2026年11月現在、元フィギュアスケート日本代表の村主章枝さんは、アメリカを拠点にフィギュアスケートの指導者と映画プロデューサーという2つの分野で活動しています。2026年7月10日放送のABEMA『ダマってられない女たち season3』では、13歳年下のアメリカ人男性との国際結婚を初めて公表。さらに、ラスベガスでの出会い、映画製作会社の設立、流産や4回にわたる体外受精など、これまで公にしてこなかった人生についても語りました。
ソルトレイクシティ五輪5位、トリノ五輪4位、世界選手権銀メダル、GPファイナル優勝、全日本選手権5回優勝という輝かしい競技実績を持つ村主さん。引退後はなぜアメリカへ渡り、映画の世界に進んだのでしょうか。現在の居住地や夫との関係、妊活の経緯、これまでの経歴を時系列で整理します。
【2026年最新】村主章枝の現在は?ダラスでコーチと映画プロデューサーの二刀流

村主章枝さんは1980年12月31日生まれ。2026年11月現在45歳で、12月31日に46歳を迎えます。
現在の活動拠点はアメリカ・テキサス州ダラスです。かつてラスベガスを生活と仕事の拠点にしていましたが、2026年7月のABEMA関連報道では、現在はダラスで暮らしていることが紹介されています。
2026年2月13日放送のフジテレビ系『あの金どこいった?』でも、村主さんは現在の仕事について紹介されました。スポーツニッポンの報道によると、フィギュアスケートのコーチとして約20人の生徒を指導する一方、映画プロデューサーとしても活動しています。
かつて世界の舞台で戦った経験を、次世代のスケーターの育成に生かしているのです。
映画制作についても、単に名前を貸すような立場ではありません。小規模な制作会社の一員として、撮影現場での準備や演者の送迎、食事の手配、マイク係など幅広い業務を担当してきました。本人も、映画制作はスケートとは異なる難しさがあるとテレビ番組で語っています。
スポーツ選手として培った表現力や粘り強さを、指導と映像制作の両方に生かしていることが、現在の村主さんの大きな特徴です。
【結婚相手は誰?】13歳年下のアメリカ人夫デビンさんとの出会いとラスベガス移住
2026年7月の大きな話題となったのが、村主章枝さんの国際結婚です。
ABEMA『ダマってられない女たち season3』の初回放送で、村主さんは13歳年下のアメリカ人男性と結婚していたことをメディアで初めて公表しました。夫の名前はデビンさんです。
2018年の渡米とラスベガスでの偶然の出会い村主さんは2018年にアメリカへ生活の拠点を移しました。ラスベガスで暮らしていた時期に、同じアパートに住んでいたデビンさんと知り合います。
2人の出会いは、ドラマのような偶然から始まりました。
毎日の生活のなかで顔を合わせるようになり、エレベーターでのやり取りなどをきっかけに会話を交わすようになったといいます。
当時のデビンさんは映像制作の仕事に携わっていました。一方、村主さんはアイスショーの企画に取り組んでおり、演出に使用する映像を制作するためのチームを探していました。
仕事を通じて共通の関心を持つことが分かり、2人の交流は深まっていきます。
恋愛だけではなく仕事でもパートナーに新型コロナウイルスの感染拡大によって、当初計画していたアイスショーの開催が難しくなったことも転機になりました。
そこで2人は映画や映像制作に取り組むようになり、会社の立ち上げにも関わりました。その後、仕事上の関係から交際へと発展し、結婚に至ったと報じられています。
つまり、村主さんとデビンさんの関係は、最初から恋愛を目的とした出会いではありませんでした。共通する仕事や創作活動を通して信頼関係を築いていったことが特徴です。
日刊スポーツの2026年7月11日の報道では、村主さんは夫について、考え方が異なるからこそ意見を交わせることを大切にしていると語っています。
結婚した正確な年月日や婚姻届を提出した時期については、番組で詳細な公表はありませんでした。国際結婚を初めて明かしたのは2026年7月ですが、結婚そのものが2026年に行われたという意味ではありません。
【映画プロデューサーに転身】2019年に映画製作会社を設立した理由と代表作
村主章枝さんの現在を語るうえで、フィギュアスケートと並んで欠かせないのが映画制作です。
現役時代から表現することにこだわってきた村主さんは、競技生活を終えた後、映像や映画という新しい表現分野に挑戦しました。
映画製作会社MonkeY Teer Entertainmentを設立HALF TIMEマガジンなどのインタビューによると、村主さんは2018年からアメリカを拠点に活動し、2019年には映像・映画制作会社MonkeY Teer Entertainmentを設立しました。
会社設立の出発点には、将来的に自分が企画するアイスショーを実現したいという夢がありました。ショーの演出には映像が必要になるため、制作チームを集めたことが映画事業につながったのです。
その後、映画制作そのものに関心を持つ仲間たちと作品を手がけるようになりました。
Smart FLASHの2023年のインタビューでは、村主さんは2人のパートナーと会社を共同経営し、作品の制作費も3人で出資し合っていると説明しています。
代表的な映画作品『Son of Sheba』村主さんが関わった作品のなかでも注目されるのが、歴史ファンタジーの短編映画『Son of Sheba』です。
この作品はエジプトの女王シバの息子を題材にした歴史ファンタジーで、映画祭で複数の賞を受賞しました。
Smart FLASHの2023年12月の記事では、インディペンデント・ショーツ・アワードで最優秀ファンタジー賞など4賞、国際インディペンデント・フィルム・アワードでも最優秀作曲賞など4賞を受賞したと紹介されています。
また、村主さんが携わる映画のテーマは歴史ファンタジーだけではありません。社会問題を扱った作品やホラーなど、ジャンルも幅広く展開しています。
映画制作では現場の仕事も自ら担当2024年のCHANTO WEBのインタビューでは、村主さんは共同経営者3人で制作プロダクションを運営し、資金調達、撮影計画、出演者の送迎、買い出し、照明のセッティングなども担当していると説明しています。
さらに2026年2月のスポニチ報道では、これまでに8本の映画を制作したことも紹介されました。
注目したいのは、村主さんが映画制作を単なる引退後の副業として扱っていない点です。自分たちで資金を集め、企画を立ち上げ、撮影現場を動かすという制作の全工程に関わっています。
かつて自分自身が氷上で作品を表現していたように、今度は映像作品を生み出す側に回ったのです。
【流産・不妊治療を告白】体外受精4回と夫婦が抱える将来への葛藤
2026年7月10日放送の『ダマってられない女たち season3』で、視聴者の関心を集めたもう一つのテーマが、村主章枝さんの妊活と不妊治療でした。
これまで競技生活や仕事について語る機会はあったものの、結婚生活や妊娠に関する個人的な経験を公にすることは多くありませんでした。
結婚後に経験した流産番組で村主さんは、夫との間に子どもを授かったものの、1度流産を経験したことを明かしました。
妊娠と出産を望んでいた2人にとって、つらい経験だったことがうかがえます。
さらに、検査を通じて自身の身体の状態についても向き合うことになりました。現役選手だったころには月経が止まっていた時期もあったと振り返り、当時から将来の妊娠について不安を感じていたことも語っています。
ただし、アスリートの競技生活と個人の妊娠・出産に関する医学的な因果関係は、一人の経験だけで判断できるものではありません。村主さん自身の身体の経過として受け止める必要があります。
日本とトルコで計4回の体外受精に挑戦毎日キレイや日刊スポーツなどの報道によると、村主さんは2025年までに日本とトルコで合計4回の体外受精に挑戦しました。
しかし、番組で語られた時点では妊娠には至っていませんでした。
長年、競技の世界で努力を積み重ねてきた村主さんにとって、妊活はこれまでの人生とは異なる現実に直面する経験だったようです。
フィギュアスケートは、練習を重ね、技術を磨き、演技を改善することで結果を追求する競技です。一方、妊娠や出産には努力だけでは左右できない身体的・医学的な要素があります。
村主さんは、妊活について語ることを決めた理由として、取り組んでいる最中は誰にも話したくなかったものの、妊活に関する情報が得られにくいことから、自身の経験を共有したいという思いを明かしました。
夫の将来を思うからこその葛藤番組で特に注目されたのは、夫デビンさんの将来を考える村主さんの複雑な心境です。
村主さんは、夫が自分と一緒にいることで、将来自分の子どもを持つ機会を失ってしまうのではないかと心配していることを明かしました。
そのうえで、夫には父親としての経験もしてほしいという思いから、円満に離婚した方がよいのではないかと考えることもあると語っています。
この告白は、離婚が決定したという発表ではありません。夫を大切に思う気持ちと、子どもを望む夫の将来を考える気持ちの間で揺れていることを打ち明けたものです。
結婚生活の継続や妊活の今後について、2人がどのような結論を出すのかは、2026年11月現在、公表された情報からは判断できません。
今回の告白が多くの関心を集めた理由は、華やかな実績を持つ元五輪選手も、人生のすべてを努力だけで思いどおりにできるわけではないという現実を率直に語った点にあります。
【五輪・世界選手権の輝かしい実績】村主章枝の現役時代を年表で振り返る
現在の活動を理解するには、村主章枝さんがどのような競技人生を歩んできたのかを振り返る必要があります。
村主さんは女子フィギュアスケートの日本代表として、2000年代に世界のトップクラスで活躍しました。
特に印象的なのは、ソルトレイクシティ五輪とトリノ五輪で2大会連続入賞を果たしたことです。
主な競技実績・経歴一覧| 時期 | 出来事・大会 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 1997年 | 全日本選手権 | 初優勝 |
| 2002年 | ソルトレイクシティ五輪 | 女子シングル5位 |
| 2002年 | 世界選手権 | 3位・銅メダル |
| 2003年 | 世界選手権 | 2年連続3位・銅メダル |
| 2003年 | GPファイナル | 優勝 |
| 2006年 | トリノ五輪 | 女子シングル4位 |
| 2006年 | 世界選手権 | 2位・銀メダル |
| 現役時代 | 全日本選手権 | 通算5回優勝 |
| 2014年11月 | 現役引退 | 33歳で競技生活に区切り |
早稲田大学の卒業生インタビューやテレビ朝日のフィギュアスケート関連資料にも、これらの主要な戦績が記録されています。
ソルトレイクシティ五輪で5位入賞2002年のソルトレイクシティ五輪では、女子シングルで5位に入りました。
世界の強豪選手が集まる五輪の舞台で入賞を果たし、日本女子フィギュアスケート界を代表する選手の一人として存在感を示しました。
同年の世界選手権でも3位に入り、国際大会で安定した実績を残しています。
2003年GPファイナル優勝と2006年世界選手権銀メダル2003年にはGPファイナルで優勝。世界選手権では2002年、2003年と連続して銅メダルを獲得しました。
さらに2006年のトリノ五輪では4位入賞。同年の世界選手権では2位となり、銀メダルを獲得しています。
全日本選手権でも通算5回の優勝を達成。四大陸選手権でも3度優勝するなど、国内外の大会で高い競技力を発揮しました。
村主さんの持ち味は、ジャンプなどの技術だけではなく、表情や身体の動きによって音楽の世界観を伝える表現力でした。独自の演技スタイルから「氷上のプリマドンナ」とも呼ばれました。
【引退後の人生と現在の評価】なぜ村主章枝はスケートから映画の世界へ進んだのか
村主章枝さんは2014年11月に現役を引退しました。しかし、引退はフィギュアスケートとの決別を意味するものではありませんでした。
その後は指導者や振付師として活動しながら、海外で新たな仕事の可能性を探っていきます。
競技者から指導者へ選手として長年培ってきた経験は、若い世代の育成に生かされています。
2026年2月のスポニチ報道では、ダラスで約20人の生徒を指導していると紹介されました。
世界大会や五輪を経験した選手から直接指導を受けられることは、次世代のスケーターにとって大きな経験になります。
また、村主さん自身も選手時代に多くのコーチや関係者に支えられてきました。今度は指導する立場から競技の魅力を伝えているのです。
映画制作への転身は表現者としての延長線上村主さんが映画制作に興味を持った背景には、アイスショーを自ら企画したいという夢がありました。
HALF TIMEマガジンのインタビューでは、振付師としても映画制作においても、良い作品を作って人に喜んでもらいたいという考えを語っています。
この点は、競技者時代と現在を結ぶ重要な部分です。
フィギュアスケートでは音楽と身体表現を組み合わせ、観客に作品を届けます。映画では脚本や映像、音響、演技などを組み合わせて作品を完成させます。
表現する手段は変わっても、作品を作り上げて人に届けるという基本姿勢には共通点があります。
村主章枝の現在から見えるセカンドキャリアの可能性トップアスリートの引退後には、解説者やタレント、コーチなどの道があります。しかし村主さんは、それらに加えて映画制作会社の経営という新しい分野にも踏み出しました。
その過程では、資金調達や撮影現場の運営など、競技とは異なる能力も求められます。
映画制作で賞を獲得した一方、会社の経営や作品の収益化には苦労もあったと過去のインタビューで語っています。
つまり、知名度だけで成功したのではなく、新しい分野で実務を積み重ねてきたことが、現在の活動につながっています。
村主章枝さんについて調べる際には、過去の競技実績、現在の居住地、結婚や妊活に関する情報を分けて理解することが大切です。
1. 現在もラスベガス在住という情報は古い村主さんは2018年にアメリカへ移住し、ラスベガスを拠点に活動していた時期があります。そのため、過去の記事やプロフィールではラスベガス在住と紹介されることがあります。
しかし、2026年2月のスポニチ報道と同年7月の日刊スポーツ、MANTANWEBの報道では、現在の生活拠点はテキサス州ダラスとされています。
検索するときは、ラスベガスへの移住歴と現在の居住地を混同しないことが重要です。
2. 離婚が決まったわけではない妊活をめぐる夫婦の葛藤が報じられたことで、離婚するのではないかという関心も高まりました。
しかし、番組で語られたのは、夫の将来を思うからこそ離婚という選択肢まで考えてしまうという心情です。離婚成立や別居を発表したわけではありません。
夫婦の関係については、本人が公表した発言と、報道で紹介された事実を区別して受け止める必要があります。
3. 映画プロデューサーは引退後の一時的な肩書きではない村主さんは2019年から映画制作会社の経営に関わり、短編・長編映画の制作を続けてきました。
2026年2月時点で制作作品は8本と報じられており、映画制作は長期的に取り組んでいる事業です。
コーチ業と映画制作を並行している点からも、現在の村主さんを単に「元フィギュアスケート選手」と紹介するだけでは、その活動の全体像を捉えきれません。
村主章枝の人生から読み取れること村主さんの経歴を振り返ると、競技の世界で結果を追い求めてきた人が、引退後にまったく異なる分野で挑戦を続けていることが分かります。
映画制作では会社経営や資金調達、作品の完成まで多くの課題に直面し、妊活では努力だけでは結果を変えられない現実にも向き合いました。
特に2026年7月の告白は、五輪入賞や世界選手権のメダルといった華やかな経歴だけでは見えてこなかった、一人の人間としての悩みや人生観を伝えるものでした。
今後の活動を見るうえでは、映画の新作や受賞歴、コーチとしての活動に加え、本人がどのような形で自身の経験を発信していくかも注目点になります。
【村主章枝現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:村主章枝は2026年現在どこに住んでいますか?
A1:アメリカのテキサス州ダラスです。2018年に渡米し、ラスベガスを拠点に活動していた時期を経て、2026年の報道ではダラス在住と紹介されています。
Q2:村主章枝の結婚相手は誰ですか?
A2:13歳年下のアメリカ人男性デビンさんです。ラスベガスで同じアパートに住んでいたことが出会いのきっかけで、映像や映画制作を通じて関係を深め、結婚しました。
Q3:村主章枝は子どもがいますか?
A3:2026年7月の番組出演では、流産を1度経験し、日本とトルコで計4回の体外受精に挑戦したものの、放送時点では妊娠に至らなかったと明かしています。その後の妊娠や出産については、公表された情報では確認できません。
Q4:村主章枝は現在もフィギュアスケートに関わっていますか?
A4:はい。2026年2月の報道では、テキサス州ダラスで約20人の生徒を指導するコーチとして活動していると紹介されています。
Q5:村主章枝が設立した映画製作会社の名前は何ですか?
A5:MonkeY Teer Entertainmentです。2019年に設立された映画・映像制作会社で、村主さんは共同経営者として映画制作に携わっています。
Q6:村主章枝のオリンピックの最高成績は何位ですか?
A6:2006年トリノ五輪の女子シングル4位です。2002年ソルトレイクシティ五輪でも5位に入賞し、2大会連続で入賞を果たしました。
村主章枝さんは、2026年現在、アメリカ・テキサス州ダラスを拠点にフィギュアスケートの指導者と映画プロデューサーとして活動しています。
2018年の渡米後、ラスベガスで出会った13歳年下のアメリカ人男性デビンさんと結婚。2019年には映画製作会社MonkeY Teer Entertainmentを設立し、映画制作という新しいキャリアを築いてきました。
一方、2026年7月のABEMA『ダマってられない女たち season3』では、流産や4回の体外受精、夫の将来を思うがゆえの葛藤も告白しました。
ソルトレイクシティ五輪5位、トリノ五輪4位、世界選手権銀メダル、GPファイナル優勝、全日本選手権5回優勝という実績は、今も色あせていません。しかし、現在の村主さんの姿は、過去の栄光だけでは説明できないものです。
競技者から指導者へ、そして映画プロデューサーへ。新しい分野に挑みながら、自身の人生と向き合う村主さん。今後は映画制作のさらなる展開とともに、スケート指導者としてどのような次世代を育てていくのかにも注目が集まります。
2026年7月の告白によって明らかになったのは、五輪選手としての華やかな経歴の裏側にある、一人の女性としての人生でした。村主章枝さんの現在を知ることは、アスリートのセカンドキャリアと人生の選択肢の広がりを考えるきっかけにもなっています。
主な参照資料: ABEMA『ダマってられない女たち season3』番組情報・ABEMA TIMES(2026年7月10日)、日刊スポーツ・ORICON NEWS・MANTANWEB(2026年7月11日)、スポーツニッポン(2026年2月13日)、早稲田大学公式インタビュー、テレビ朝日フィギュアスケート関連資料、HALF TIMEマガジン、Smart FLASH、CHANTO WEB。