森麗の力士人生を数字で見ると、勝ち越しよりも負け越しの多さが目立つ。
2026年9月場所終了時点の通算成績は、295勝660敗13休、勝率30.9%。大相撲のはてなに効く!観戦ガイドの力士データでは、139場所を経験し、勝ち越しは11場所と集計されている。
この数字だけを見ると、厳しい力士人生だったことが分かる。しかし、過去の星取表をたどると、森麗がまったく勝てなかったわけではないことも見えてくる。
2009年に初勝ち越しを達成2009年11月場所は、森麗にとって大きな転機となった。
改名直後の場所で4勝3敗を記録し、入門7年目にして初めて勝ち越しを達成したのである。
日刊スポーツの2009年11月28日付の記事によると、森麗は13日目に勝ち越しを決めた。相手に土俵際まで攻め込まれながらも、もろ差しからのうっちゃりで逆転勝利を収めたという。
当時は38場所連続負け越しという記録を抱えており、39場所目での初勝ち越しだった。
この出来事は、単なる一場所の勝ち越しではない。森麗という四股名が広く知られるきっかけにもなった。
2019年以降は序ノ口で苦戦が続くその後も序二段と序ノ口を行き来しながら、勝ち越しを記録する場所はあった。
しかし、2019年7月場所の4勝3敗を最後に、再び負け越しが続くようになる。
日本相撲協会の公式星取表では、2019年7月場所が4勝3敗、同年9月場所が1勝6敗と記録されている。
近年の成績を確認すると、次のようになる。
- 2024年:序ノ口を中心に2勝5敗、3勝4敗などの成績。
- 2025年:7月場所は3勝4敗、11月場所も3勝4敗。
- 2026年1月場所:1勝6敗。
- 2026年3月場所:2勝5敗。
- 2026年5月場所:1勝6敗。
- 2026年7月場所:1勝6敗。
- 2026年9月場所:1勝6敗。
特に2026年9月場所は東序ノ口14枚目で1勝6敗。初日の勝ちは対戦相手の休場による不戦勝だった。
このように、通算成績の数字だけでは分からない場所ごとの変化もある。日本相撲協会の公式プロフィールでは、2003年の初土俵から現在までの星取表を確認できる。
【42場所連続負け越し】連敗記録の更新とその経緯

森麗を語るうえで欠かせないのが、42場所連続負け越しという記録だ。
ただし、ここで注意したいのは、42場所連続負け越しと42連敗はまったく違うという点である。
42場所連続負け越しとは、42回連続して本場所の成績が負け越しになったという意味だ。各場所で一度も勝てなかったわけではない。
例えば、2026年9月場所の森麗は1勝6敗だった。1勝を挙げていても、7番の取組で負け越しているため、連続負け越しの記録は途切れない。
記録更新の時系列| 時期 | 出来事 | 成績・記録 |
|---|---|---|
| 2009年11月 | 森麗に改名 | 38場所連続負け越し後、初勝ち越し |
| 2019年7月 | 最後の勝ち越し | 4勝3敗 |
| 2019年9月 | 新たな連続負け越しが始まる | 1勝6敗 |
| 2026年3月 | 自己ワーストを更新 | 39場所連続負け越し |
| 2026年7月 | 記録がさらに伸びる | 41場所連続負け越し |
| 2026年9月 | 新たな自己ワースト | 42場所連続負け越し |
| 2026年11月 | 東序ノ口15枚目 | 次の場所へ |
2026年3月18日付のデイリースポーツは、春場所11日目に森麗が旭大陽に押し倒され、2勝4敗となった時点で39場所連続負け越しが決まったと報じた。
同記事では、序ノ口デビューからの38場所連続負け越しという記録を持っていた森麗が、2019年名古屋場所の勝ち越しを最後に、再び記録を更新している経緯も紹介されている。
さらに、2026年9月場所終了時点では42場所に到達した。
これは単純に42回負けたという話ではない。勝ち星を挙げながらも、各場所で勝ち越しに届かなかったという記録である。
なぜ42場所も負け越しが続くのか大相撲では、原則として1場所につき7番の取組が組まれる。4勝以上が勝ち越し、3勝以下が負け越しとなる。
つまり、1勝6敗でも2勝5敗でも負け越しである。
森麗の場合、各場所で勝利を挙げることはあるものの、勝ち越しに必要な4勝には届かない状態が長く続いている。
さらに、序ノ口や序二段の下位では、相手力士の顔ぶれも場所ごとに変わる。番付の上下動や対戦相手との相性など、複数の要素が成績に影響する。
森麗の記録を理解する際には、単純な連敗数ではなく、場所ごとの勝敗と番付の推移を合わせて見る必要がある。
【四股名の由来】森麗ともりうららはハルウララがモデル
森麗という珍しい四股名の由来は、競走馬のハルウララだ。
高知競馬で走り続け、113連敗を記録しながらも多くのファンに愛された競走馬として知られている。
勝てなくても懸命に走る姿が話題となり、2000年代初頭には全国的な人気を集めた。
森麗が改名した2009年は、まさにこの競走馬の存在が世間に広く知られていた時期だった。
なぜ本名の森川から森麗に改名したのか2009年11月3日付の日刊スポーツは、森川から森麗への改名を報道している。
当時の森川は、番付に名前が掲載されて以来38場所連続負け越しという記録を持っていた。
そのため、負け続けてもファンに愛されたハルウララを連想させる名前に変更し、再出発を図ったのである。
この改名には、もう一つ注目すべき点がある。
2025年9月15日付のスポニチアネックスによると、「麗」という文字には、少しでも愛される力士になってほしいという願いも込められていた。
森麗本人も、ハルウララのおかげで多くの人に名前を覚えてもらえたとして、馬への感謝を語っている。
改名後の初勝ち越しが名前の意味を強めた興味深いのは、森麗に改名した最初の場所で、実際に4勝3敗の勝ち越しを達成したことだ。
それまで38場所連続で負け越していた力士が、新しい四股名で最初の勝ち越しを決めた。
この出来事によって、森麗という名前は単なる珍しい四股名ではなく、再出発と努力を象徴するものになった。
2017年には一時的に勇竜へ改名したものの、再び森麗へ戻っている。
長年使ってきた四股名に対する愛着もあり、スポニチの2025年の取材では、本人が森麗という名前への愛着を示していた。
【なぜ現役を続ける?】森麗の力士人生と土俵への思い
42場所連続負け越しという記録を持ちながら、なぜ森麗は引退せずに土俵へ立ち続けるのか。
本人が公に語った言葉や、2026年の取組を追うと、その姿勢が見えてくる。
本人が語った目標は勝ち越し2026年3月17日のデイリースポーツの記事では、森麗が7年ほど勝ち越せていないことを意識しながら、勝ち越しを目指している様子が紹介された。
同記事によると、師匠の大嶽親方は森麗に対し、勝ち負けを気にせず前に出ることを指導していた。
前に出れば勝ちにつながるという考え方だ。
森麗本人も、勝ち越したいという目標を口にしている。
一方、2026年5月17日付の日刊スポーツでは、森麗が「一番一番いい相撲を取りたい」と話したことが紹介された。
勝ちを強く意識すると緊張するため、目の前の一番に集中するという姿勢がうかがえる。
2026年には膝のサポーターを外して土俵へ2026年5月場所には、森麗の取り組み方に関する変化も報じられた。
日刊スポーツによると、長年膝の痛みに悩まされてきた森麗は、2026年4月から、それまで使用していたサポーターを外して稽古に取り組んでいた。
本人は、膝の曲がり方が違うと感じたことや、稽古場から慣らしていきたいという考えを説明している。
一方で、土俵でけがをすることへの怖さも口にしていた。
同年5月場所8日目には、身長190センチの本多と対戦。森麗は168センチほどの体格ながら、立ち合いから前に出て押し出しで勝利した。
相手との身長差は約22センチ。23歳年下の力士を相手に、前へ出る相撲で白星を挙げた一番だった。
この取組は、森麗が単に過去の記録を持つ力士ではなく、現在も一番ごとに勝利を目指していることを示している。
対戦相手の研究も欠かさない2026年9月場所でも、森麗の相撲に向き合う姿勢が報道された。
スポーツ報知の記事を配信したライブドアニュースによると、初日の対戦相手の稽古動画をYouTubeで確認し、事前に研究していたという。
ところが、相手の休場によって不戦勝となり、実際の対戦は実現しなかった。
それでも、相手の稽古風景を確認してから本場所に臨んでいた点は注目できる。
記録だけでは測れない大嶽部屋での存在感2026年1月のデイリースポーツの記事では、森麗は大嶽部屋で親方や仲間から親しまれている存在として紹介された。
親方の付き人を務め、稽古場では親方たちにコーヒーを出すこともあるという。
こうした姿からは、力士の役割が取組の勝敗だけではないことも分かる。部屋の生活を支える仕事や、仲間との関係も日々の力士生活を構成している。
森麗が現役を続ける理由を、本人の発言以上に断定することはできない。
ただ、報道から確認できるのは、本人が勝ち越しを目指し、膝の状態と向き合い、対戦相手の研究を続けていること。そして、所属する部屋でも役割を持って活動していることだ。
少なくとも、記録を更新することだけを目的に土俵に立っているわけではない。
【森麗力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:森麗力士は2026年現在も現役ですか?
A1:はい。2026年10月31日現在も現役です。日本相撲協会の公式プロフィールには、2026年11月場所の東序ノ口15枚目として掲載されています。
Q2:森麗は「もりれい」ではなく何と読みますか?
A2:正しい読み方は「もりうらら」です。本名は森川勇樹(もりかわゆうき)です。四股名は競走馬ハルウララにちなんで名付けられました。
Q3:森麗の通算成績と連続負け越し記録は?
A3:2026年9月場所終了時点で295勝660敗13休です。2019年9月場所から42場所連続負け越しとなっています。これは42連敗ではなく、42場所続けて負け越したという記録です。
Q4:森麗の最高位は何枚目ですか?
A4:最高位は序二段56枚目です。2026年11月場所の番付は東序ノ口15枚目です。
Q5:森麗という四股名はなぜ付けられたのですか?
A5:2009年11月場所前に、競走馬ハルウララにちなんで改名しました。「麗」には、少しでも愛される力士になってほしいという願いも込められています。
Q6:森麗はなぜ引退しないのですか?
A6:本人は報道で勝ち越しへの意欲や、一番一番いい相撲を取りたいという思いを語っています。2026年も相手の研究や稽古を続けており、現役力士として土俵に立っています。
森麗(もりうらら)は、2026年10月31日現在も大嶽部屋に所属する現役力士だ。11月場所は東序ノ口15枚目で迎える。
本名は森川勇樹。2003年5月場所に初土俵を踏み、最高位は序二段56枚目。通算成績295勝660敗13休、2019年9月場所から42場所連続負け越しという記録を持つ。
2009年の改名は、競走馬ハルウララにちなんだものだった。負け続けても懸命に走る馬の姿と、森麗自身の力士人生が重なり、多くの人に名前を覚えられるきっかけになった。
しかし、森麗の現在を連続負け越しという数字だけで判断するのは十分ではない。2026年にも膝の状態と向き合い、対戦相手を研究し、白星を目指して土俵に上がっている。
今後注目したいのは、42場所連続負け越しの記録そのものだけではない。2019年7月以来遠ざかっている勝ち越しを再び達成できるかどうかだ。2026年11月場所での一番一番が、森麗の新たな力士人生を形づくっていく。
次に注目したいのは、2026年11月場所の星取表と、久しぶりの勝ち越しに向けた森麗の取組である。