2026年現在の日高裕次郎さんについて、公開情報から確認できる活動の一つが、妻の木村沙織さんと立ち上げたアパレルブランド「GOOPARS(グーパーズ)」です。
以前は大阪でカフェを共同経営していましたが、2023年末に店舗営業を終了。その後は、夫婦でライフスタイルブランドを手掛けるなど、飲食店経営とは異なる事業へ活動の幅を広げています。
夫婦で創設したアパレルブランド「GOOPARS」とは?GOOPARSは、日高裕次郎さんと木村沙織さんが共同で創設したライフスタイルアパレルブランドです。
公式オンラインショップのブランド紹介によると、コンセプトの中心にあるのは、1980年代後半から1990年代、2000年代のアメリカンスポーツやアメリカントラディショナルの文化です。
当時のファッションをベースに、2人の感性を加えたオリジナルリメイク商品を展開しています。自分たちが着たいものを必要なだけ作るという考え方も、ブランドの特徴です。
2024年には木村さんがGOOPARSのTシャツを自身のSNSで紹介し、夫婦で立ち上げたブランドとして認知が広がりました。
さらに、2025年5月には広島でポップアップストアを開催。同年11月には仙台PARCOでも期間限定店舗が企画されており、オンライン販売だけでなく、実際に商品を手に取れる販売機会も設けられています。
こうした活動は、日高さんが現役選手時代とは異なる分野で仕事に取り組んでいることを示す材料です。GOOPARS公式のブランド紹介でも、日高さんは創設者の一人として名前が掲載されています。
ただし、ブランド内での日高さんの具体的な役職や、デザイン・生産・販売の担当範囲について、詳細な業務分担までは公表されていません。
そのため、現在の職業を説明するなら、元バレーボール選手であり、妻とともにアパレルブランドを手掛ける事業家という表現が適切です。
現在の生活拠点は大阪から関東へ日高さん夫婦は、長年生活していた関西から関東へ拠点を移しています。
2024年2月の集英社オンラインのインタビューで、木村さんは大阪のカフェを閉め、関東圏に移り住むことになった経緯を説明しました。
夫婦は以前から、子どもが生まれたらどちらかの故郷で育てようと話し合っていたそうです。日高さんの出身地は鹿児島県、木村さんの出身地は東京。話し合いの結果、子育てを中心とする生活に切り替えるため、関東への移住を決めたと語っています。
つまり、カフェ閉店後の生活は、単純に事業をやめたというものではありません。家族の生活環境を変えながら、新しい事業にも取り組む転換期だったと考えられます。
なお、2026年11月時点で、日高さんの勤務先や個人事業の詳細、現在の役職を網羅した公式プロフィールは確認できません。GOOPARS以外の具体的な勤務先を断定する情報にも注意が必要です。
【元バレーボール選手】日高裕次郎の経歴・プロフィールと競技実績

日高裕次郎さんは、単に木村沙織さんの夫というだけではありません。学生時代からバレーボールに打ち込み、実業団チーム、ビーチバレー、再びインドアバレーという競技人生を歩んできました。
日高裕次郎の基本プロフィール上記の身長やポジション、学歴などは、2014年にパナソニックへの加入が発表された際の情報や、バレーボール専門メディアの選手紹介を基にしています。
191cmという長身は、ネット際での攻防が重要になるミドルブロッカーにとって大きな武器です。日体大時代には大学バレーでも実績を残しています。
学生時代からNECブルーロケッツ時代まで日高さんは鹿児島商業高校から日本体育大学へ進学しました。
大学時代には、全日本インカレで3年生、4年生のときに2年連続優勝を経験しています。バレーボール専門メディア「バレーボールマガジン」の本人インタビューでも、当時の大学選手権について振り返っています。
卒業後はNECブルーロケッツでプレーしました。しかし、入団直後の5月にチームの廃部が決まり、所属先を失うという大きな転機を迎えます。
その後、以前から興味を持っていたビーチバレーへ転向しました。
ビーチバレーへの転向とパナソニック復帰日高さんがビーチバレーに関心を持ったのは、学生時代に北京五輪の試合を見たことがきっかけだったと、2014年のインタビューで語っています。
ビーチバレーでは、インドア競技とは異なる環境のなかで活動。選手自身が練習環境や遠征、資金面などを管理する必要がありました。
特に興味深いのは、日高さん自身が当時の生活について語った内容です。練習拠点だった神奈川県の焼き肉店でアルバイトをしながら競技を続けていたと明かしています。
ビーチバレーだけで生活できたのは1年間だったとも説明しており、競技を続けることと経済的な安定を両立させる難しさを経験していました。
そして2014年8月、パナソニックパンサーズへの加入が発表され、再びインドアバレーの世界に戻ります。ポジションはミドルブロッカー、背番号は10でした。
この経歴から分かるのは、日高さんが一つの競技環境にとどまらず、状況に合わせてキャリアを選択してきた選手だということです。
競技生活の厳しさを経験したことは、その後の飲食店経営やアパレル事業にもつながる経験になった可能性があります。
【結婚の真相】木村沙織との馴れ初めと2016年12月31日の発表
日高裕次郎さんの名前が広く知られるようになった大きなきっかけが、元女子バレーボール日本代表の木村沙織さんとの結婚です。
2人は同じ1986年生まれの元バレーボール選手同士。競技を通じた接点を持つ2人が、どのように夫婦になったのでしょうか。
2人の出会いは学生時代からの縁日高さんと木村さんは、学生時代からお互いの存在を知っていたとされています。ただし、当時から親しい交際関係にあったわけではありません。
関係が深まるきっかけになったのは、共通の先輩を通じた再会です。
2人が夫婦で運営していたYouTubeチャンネル「SAORI & J STYLE」では、2020年10月公開の最初の動画で自己紹介と馴れ初めを紹介しています。
芸能ニュースメディア「アスネタ」などでも紹介されたエピソードによると、共通の先輩の自宅で開かれた鍋パーティーが再会の場となり、その後、連絡を取り合うようになったそうです。
同じ競技に取り組んできた経験があり、共通の知人もいたことから、自然に距離が縮まっていったと考えられます。
2015年に結婚準備が報じられ、2016年大晦日に正式発表2人の結婚に関する報道が最初に大きく出たのは2015年9月です。
日刊スポーツは2015年9月14日、木村さんと日高さんが結婚の準備を進めており、すでに同居していると報道しました。
その後、2016年12月31日に木村さんの所属事務所が結婚を発表。木村さん自身も公式ブログで入籍済みであることを明かしました。
当時の発表では、相手の男性は一般男性として紹介されましたが、翌2017年1月1日の日刊スポーツなどの報道で、相手が元バレーボール・ビーチバレー選手の日高裕次郎さんであることが伝えられました。
木村さんは結婚発表時点で、すでに2人で新生活を始めていることも報告しています。
木村さんはリオデジャネイロ五輪で女子日本代表の主将を務め、2012年ロンドン五輪では銅メダル獲得に貢献したトップ選手です。
一方の日高さんも、大学バレー、実業団、ビーチバレーを経験してきたアスリート。競技への理解を共有できることは、2人の関係を考えるうえで注目すべき点です。
【カフェ32の現在】大阪市西区での共同経営と2023年閉店の理由
日高裕次郎さんと木村沙織さんの結婚後の活動として話題になったのが、大阪市西区のカフェ「32(サニー)」です。
現役引退後の新しい挑戦として、夫婦で飲食店を経営したことは、日高さんのキャリアを語るうえで欠かせない出来事です。
2019年10月に大阪市西区でオープンカフェ「32」は、2019年10月に大阪市西区北堀江で営業を開始しました。
店舗名は「32(サニー)」として知られ、「Sunny Thirty Two Club」という名称でも紹介されています。
カフェとバーの要素を持つ店舗で、昼間の飲食だけでなく、夜の食事やお酒も楽しめるスタイルでした。
当時の紹介記事や店舗の発信では、夫の日高さんが料理を担当し、木村さんも接客や焼き菓子などに関わっていたことが紹介されています。
元トップアスリートが夫婦で飲食店を始めたという話題性もあり、木村さんのファンを中心に注目を集めました。
2023年12月17日に最終営業カフェ32は、2023年12月17日に最終営業を迎えました。
2023年12月21日付の日刊スポーツによると、店舗の公式SNSでは最終営業日の様子が報告され、当日は朝8時から来店客が並び、1000人を超える来客があったと紹介されています。
約4年間にわたる営業を終えた最終日は、多くのファンや利用客に見送られる形となりました。
閉店理由は経営不振ではなく家族の生活環境の変化カフェの閉店について、ネット上では経営不振や売り上げの問題を理由に挙げる記事も見られます。しかし、本人の説明として確認できる内容は異なります。
2024年2月14日公開の集英社オンラインのインタビューで、木村さんは、2023年に長男が誕生したことを受けて、家族で過ごす時間や子育てを中心にした生活へ切り替えるために閉店を決めたと説明しています。
また、夫婦で以前から子どもが生まれたらどちらかの故郷で育てようと話し合っていたことも明かしました。
大阪でのカフェ経営は、木村さんにとって引退後の夢を実現する取り組みでもありました。コロナ禍の影響など、経営上の難しさも経験したと語っていますが、閉店の背景には子育てと転居という明確な生活上の理由がありました。
したがって、カフェの閉店を日高さんの仕事の失敗や経済的な問題と直接結び付けるのは適切ではありません。
カフェ経営という一つの事業を終え、家族の生活に合わせて新しい活動へ移行したと理解するのが自然です。
【年収・ヒモ疑惑】日高裕次郎は木村沙織に養われている?
日高裕次郎さんについて検索すると、「年収」「職業」「ヒモ疑惑」といった関連ワードが表示されます。
背景には、木村沙織さんの知名度の高さや、現役引退後に夫婦で飲食店を経営していたこと、カフェ閉店後の仕事が分かりにくいことなどがあると考えられます。
日高裕次郎の年収は公表されている?2026年11月現在、日高さん個人の年収や資産額を公表した信頼できる資料は確認できません。
GOOPARSの売上高や利益、日高さん個人の役員報酬、事業収入なども公開されていないため、具体的な金額を算出することは困難です。
ネット上では、木村さんとの収入格差を根拠に数百万円単位の年収を推定する記事もあります。しかし、現役時代の所属先や競技実績だけで現在の収入を判断することはできません。
また、木村さんの現役時代の収入についても、本人の年収を示す確定資料がないまま高額な推定値が流通しているケースがあります。
夫婦それぞれの収入が明らかになっていない以上、現在の世帯収入や経済的な負担割合を外部から判断することはできません。
ヒモ疑惑が浮上した背景日高さんのヒモ疑惑が話題になる理由は、大きく分けて次の3点です。
- 知名度の差:木村さんは日本代表の主将や五輪メダリストとして知名度が高く、日高さんは結婚後に夫として紹介される機会が増えた。
- 競技引退後の変化:現役選手としての活動が目立たなくなり、現在の職業が分かりにくくなった。
- カフェの閉店:夫婦で経営していた店舗が2023年末に営業を終えたことで、仕事を失ったのではないかという見方が生まれた。
ただし、これらはあくまで検索される背景を説明するものであり、日高さんが木村さんに経済的に依存しているという証拠にはなりません。
実際の経歴から見るとヒモという評価は妥当なのか日高さんの競技歴を振り返ると、日本体育大学で大学選手権2連覇を経験し、NECブルーロケッツ、ビーチバレー、パナソニックパンサーズと競技活動を続けてきた人物です。
さらに、2014年のバレーボールマガジンのインタビューでは、ビーチバレー時代にアルバイトをしながら競技を続けていたことも自ら説明しています。
その後は木村さんとカフェを共同経営し、現在はGOOPARSというアパレルブランドの共同創設者として名前が掲載されています。
少なくとも、これまでの公表情報からは、競技者として活動した経歴と、引退後に事業に取り組んできた事実が確認できます。
「妻の知名度が高い」「夫の現在の収入が非公開」という理由だけで、ヒモと断定することはできません。
むしろ、2人の収入や家庭内の役割分担が公開されていない以上、外部から経済的な依存関係を決め付けること自体に無理があります。
年収が非公開であることと、収入がないことはまったく別の問題です。 この点を混同しないことが、ネット上の噂を見極めるうえで重要です。
【日高裕次郎】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日高裕次郎は現在何をしていますか?
A1:元バレーボール・ビーチバレー選手で、現在は妻の木村沙織さんと創設したライフスタイルアパレルブランド「GOOPARS」に関わっています。個人の勤務先や具体的な役職は公表されていません。
Q2:日高裕次郎と木村沙織はいつ結婚しましたか?
A2:2016年12月31日に結婚を発表しました。木村さんは公式ブログで、すでに入籍を済ませ、2人で新生活を始めていることを報告しています。
Q3:日高裕次郎と木村沙織の馴れ初めは?
A3:学生時代からお互いの存在を知っており、共通の先輩を通じた再会が交際のきっかけになったとされています。夫婦のYouTubeチャンネルでも馴れ初めを紹介しています。
Q4:日高裕次郎が経営していたカフェ32は現在も営業していますか?
A4:営業していません。大阪市西区のカフェ32は2019年10月に営業を開始し、2023年12月17日に最終営業を終えました。
Q5:日高裕次郎の年収はいくらですか?
A5:個人年収は公表されていません。GOOPARSの売り上げや個人の事業収入、役員報酬なども明らかになっていないため、具体的な金額は分かりません。
Q6:日高裕次郎はヒモという噂は本当ですか?
A6:日高さんが木村さんに経済的に依存していると裏付ける公表資料はありません。元プロ選手としての経歴や夫婦でのカフェ経営、アパレルブランドの共同創設などの活動が確認されています。
Q7:日高裕次郎と木村沙織に子どもはいますか?
A7:2人には子どもが1人います。木村さんは2023年2月28日に第1子となる男の子を出産したことを公表しています。2024年には子育てを中心にするため関東へ生活拠点を移したことも語っています。
日高裕次郎さんは、1986年11月21日生まれの元男子バレーボール・ビーチバレー選手です。鹿児島商業高校、日本体育大学を経てNECブルーロケッツでプレーし、ビーチバレーへの転向、パナソニックパンサーズへの加入と、競技人生のなかで複数の転機を経験してきました。
木村沙織さんとは2016年12月31日に結婚を発表。2019年10月には大阪市西区でカフェ「32(サニー)」を共同経営し、2023年12月に営業を終了しました。
その後は子育てを中心とした生活に移行し、関東へ拠点を変更。夫婦で創設したGOOPARSというアパレルブランドも、新たな活動として注目されています。
一方、日高さんの個人年収や具体的な仕事の分担は公開されていません。ヒモ疑惑についても、経済的に依存していると判断できる客観的な根拠は見当たりません。
日高裕次郎さんの人物像を理解するうえで大切なのは、木村沙織さんの夫という肩書だけでなく、長年の競技経験と、その後の仕事や生活の変化を合わせて見ることです。
アスリートとして培った経験を生かしながら、家族との生活を大切にし、新しい事業に取り組む。日高さんの現在は、競技引退後のキャリア形成という視点からも興味深いものがあります。
今後はGOOPARSの事業展開や夫婦での活動など、日高さん自身がどのような形で新しいキャリアを築いていくのかにも注目が集まりそうです。
主な参考資料:バレーボールマガジン(2014年の日高裕次郎インタビュー・パナソニック加入発表)、日刊スポーツ(2015年・2017年の結婚関連報道、2023年のカフェ閉店報道)、集英社オンライン(2024年2月14日・木村沙織さんインタビュー)、GOOPARS公式ブランド紹介、夫婦のYouTubeチャンネル「SAORI & J STYLE」。