鎧塚俊彦さんは、1965年に京都府で生まれた日本のパティシエです。川島なお美さんの夫として知られる一方、洋菓子業界でも独自のキャリアを築いてきた職人です。
製菓の専門教育を受けた後、国内ホテルで経験を積み、スイス、オーストリア、フランス、ベルギーなどヨーロッパ各国で約8年間の修業を経験しました。
2000年にはパリの洋菓子コンクール「INTERSUC 2000」で優勝。さらに、ベルギーの三つ星レストランで日本人として初めてシェフ・パティシエに就任した経歴を持っています。辻調グループのインタビューや菓子業界のプロフィール資料にも、こうした実績が紹介されています。
帰国後の2004年には、東京・恵比寿に自身のブランド「Toshi Yoroizuka」をオープン。2007年には六本木の東京ミッドタウンにも店舗を展開しました。
鎧塚さんの菓子づくりの特徴は、素材の味を生かすことと、できたてを提供するスタイルです。単に美しいケーキを作るだけでなく、食べる瞬間の体験まで大切にする職人として活動してきました。
つまり、川島さんとの結婚によって有名になった人物というより、結婚以前から海外で実績を積み、自身のブランドを確立していたパティシエです。
【馴れ初めを時系列で解説】荒川静香がキューピッドになった出会いのきっかけ

川島なお美さんと鎧塚俊彦さんの出会いで、欠かせない人物がフィギュアスケーターの荒川静香さんです。
川島さんは荒川さんとドラマ「7人の女弁護士」で共演したことなどを通じて親しくなり、愛犬家という共通点もあって交流を深めていました。
2006年末、川島さんは自宅で荒川さんの誕生日とトリノオリンピックの金メダル獲得を祝うパーティーを開催します。その際、ケーキを作って持参したのが鎧塚さんでした。
この出来事が2人の交際につながるきっかけとなります。川島さん自身も2010年2月のブログで、荒川さんが夫婦のキューピッドだったと説明していました。
2014年4月のオリコンニュースも、川島さん本人のブログを取り上げ、荒川さんが2人の縁を結んだ経緯を紹介しています。単なる芸能界の噂ではなく、川島さん自身が公に語っていたエピソードです。
2人の初デートは2007年2月1日鎧塚さんは2022年2月1日、川島さんとの結婚記念日に、初デートについて自身のSNSで振り返りました。
その投稿によると、初デートは2007年2月1日。場所は東京・恵比寿のフレンチレストラン「モナリザ」でした。
出会いのきっかけとなったパーティーから、初デート、交際、婚約へと関係が進んでいったことが分かります。
注目したいのは、荒川さんが2人を直接引き合わせたという単純な話ではないことです。荒川さんの誕生日と金メダルを祝う場に、鎧塚さんがパティシエとして参加したことが、2人の距離を縮めるきっかけになりました。
【婚約発表から入籍まで】2007年10月から2009年2月1日の結婚を年表で整理
川島なお美さんと鎧塚俊彦さんは、出会いから約2年を経て夫婦になりました。婚約発表から入籍、披露宴までを整理すると、次のようになります。
2人の結婚までの歩み
2006年末
荒川静香さんの誕生日とトリノ五輪金メダルを祝うパーティーで、鎧塚さんとの縁が生まれる。
2007年2月1日
恵比寿のフレンチレストラン「モナリザ」で初デート。
2007年10月
鎧塚さんとの婚約を発表。
2007年11月23日
婚約報告会見を開催。川島さんは結婚への喜びを語った。
2009年2月1日
2人が婚姻届を提出。川島さんは鎧塚なお美となったことをブログで報告。
2009年6月23日
東京都内のホテルで結婚披露宴を開催。
出典:オリコン、日刊スポーツなどの当時の報道と本人の発信。
特に注目されるのが、2009年2月1日の入籍です。川島さんは翌2日、自身のブログで入籍を報告しました。
オリコンニュースによると、川島さんは仕事でタイに滞在しており、帰国後、成田空港から区役所へ向かって婚姻届を提出しています。提出時刻は午前7時45分でした。
さらに、この日は2人にとって初デートからちょうど2年となる記念日でもありました。川島さんはブログで、結婚によって「鎧塚なお美」になった喜びを伝えています。
その後、2009年6月23日に結婚披露宴を開催。日刊スポーツの報道によると、神田うのさんや片岡鶴太郎さんら約350人が出席し、華やかな式となりました。
法律上の結婚と披露宴を分けて理解することが大切です。2人の入籍日は2009年2月1日であり、6月23日は結婚披露宴の日です。
【結婚後の夫婦仲】テレビ共演や互いを支え合う生活とは?
結婚後の2人は、芸能界でも仲の良い夫婦として知られるようになりました。川島さんは女優・タレントとして活動し、鎧塚さんはパティシエとして店舗運営や菓子づくりに取り組むという、それぞれ異なる仕事を持つ夫婦でした。
夫妻でテレビ番組に出演することもあり、普段の生活や仕事について語る姿が紹介されていました。
2012年には夫婦でラジオ番組にも出演2012年8月25日、川島さんがパーソナリティーを務める文化放送の番組「川島なお美 ミセスDJ ラ・ラ・ララン♪」の公開録音に、鎧塚さんがゲストとして出演しました。
オリコンニュースによると、2人がテレビ番組で共演したことはあったものの、ラジオで向かい合って話すのはこのときが初めてでした。
結婚から3年以上が経過していた川島さんは、新婚当時のような気持ちを持ち続けていることを明かし、夫婦として愛情だけでなく互いへの尊敬も大切にしたいという思いを語っていました。
夫の病気を気遣う川島なお美夫婦の支え合いを示す出来事として、鎧塚さんの目の病気も挙げられます。
鎧塚さんは2009年の人間ドックで眼底の神経に異常が見つかり、網膜中心静脈閉塞症と診断されました。手術後も左目の視力が大きく低下していたことが報じられています。
2012年の公開録音では、川島さんが夫の病状について説明し、回復を願う気持ちを示しました。鎧塚さんも前向きに仕事を続けており、互いを気遣う様子が伝えられています。
また、2014年に川島さんが肝内胆管がんの手術を受けた際には、鎧塚さんが妻を笑わせようと頭を丸めたエピソードも報じられました。川島さんは夫の愛情を感じたとブログで伝えています。
2人の夫婦関係は、単に仲良くテレビに出演するだけではありませんでした。それぞれが仕事を持ちながら、相手の体調や人生の選択を尊重していたことが、当時の報道や本人の発信からうかがえます。
【川島なお美の本名は鎧塚なお美?】結婚後の名前とプロフィール
川島なお美さんの本名は、結婚前は川島なお美、結婚後は鎧塚なお美(よろいづか・なおみ)です。
芸能活動では結婚後も「川島なお美」の名前を使い続けていました。そのため、テレビや映画、舞台などで彼女を知った人にとっては、結婚後の戸籍上の名前があまり知られていない場合もあります。
2009年2月2日の入籍報告では、本人が「鎧塚なお美」になったことを伝えており、結婚後の名前を確認できる記録となっています。
川島さんは1960年11月10日生まれで、女優、タレント、歌手として活動しました。2015年9月24日、54歳で亡くなっています。
芸名と本名が異なるのは芸能界では珍しいことではありませんが、川島さんの場合は結婚による姓の変更が理由です。結婚後も長年親しまれた芸名を維持していたため、検索時には両方の名前が使われています。
【2015年の死別から2026年現在まで】鎧塚俊彦が続ける仕事と妻への思い
2015年9月24日、川島なお美さんは胆管がんのため54歳で亡くなりました。夫の鎧塚さんは、妻を見送った後もパティシエとしての仕事を続けています。
川島さんの死去後、鎧塚さんは葬儀や取材を通じて妻への思いを語りました。2015年10月の通夜後のオリコンの取材では、川島さんの女優としての人生を尊重した見送りについて説明し、夫婦の思い出も振り返っています。
川島なお美の存在を伝え続ける活動鎧塚さんは、妻が生前に取り組んでいた動物愛護活動にも関わり続けています。
2025年9月には、川島さんの没後10年にあわせて「第9回 川島なお美動物愛護賞」の授与式が開催されました。この賞は、川島さんの遺志に基づいて設立されたもので、動物愛護に貢献した人々をたたえる取り組みです。
鎧塚さんは同賞の活動に関わり、妻の名前と活動を次世代に伝えています。デイリースポーツの報道では、没後10年を迎えた心境と、今後も妻を弔っていく思いを語っていました。
2025年のインタビューで語った妻との日々2025年12月の文春オンラインのインタビューでは、鎧塚さんが川島さんとの結婚生活や闘病中の意思決定、死別後の人生について語っています。
川島さんの病気が分かった際、鎧塚さん自身は手術を勧めたものの、最終的には本人がさまざまな人に相談したうえで決めた治療方針を夫として受け入れたと説明しています。
また、妻が亡くなった後も過去を悔やみ続けるのではなく、彼女の決断も含めて受け止めながら生きていくという考えを明かしました。川島なお美という存在を忘れられないようにすることも、自分の役割だと考えているそうです。
2026年2月、17回目の結婚記念日に投稿2026年2月1日、鎧塚さんは川島さんとの17回目の結婚記念日を迎えたことをSNSで報告しました。
テレビ朝日系の報道によると、鎧塚さんは2人が出会った2006年から20年が経過したことにも触れ、妻と過ごした時間と、死別後の時間が同じ長さになったことを振り返りました。
悲しみに沈むのではなく、その思いを日々の仕事や人生を歩む力に変えていくという姿勢も伝えています。
2026年現在も鎧塚さんは「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフとして活動しています。2025年の文春オンラインの取材では、同ブランドが開業21周年を迎えたことも紹介されました。
川島さんとの結婚生活は約6年半でしたが、2人の関係を振り返る記録は今も残されています。鎧塚さんにとって、妻との思い出は過去の出来事にとどまらず、菓子職人としての仕事や動物愛護活動にもつながっています。
【川島なお美旦那】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:川島なお美の旦那は誰ですか?
A1:川島なお美さんの旦那は、パティシエの鎧塚俊彦さんです。自身のブランド「Toshi Yoroizuka」を展開するオーナーシェフで、2009年2月1日に川島さんと入籍しました。
Q2:川島なお美と鎧塚俊彦の馴れ初めは何ですか?
A2:2人の縁をつないだのは荒川静香さんです。2006年末、川島さんが自宅で開いた荒川さんの誕生日とトリノ五輪金メダルのお祝いパーティーに鎧塚さんがケーキを持参したことが、交際につながるきっかけになりました。
Q3:川島なお美と鎧塚俊彦の入籍日はいつですか?
A3:2009年2月1日です。初デートから2年となる記念日に婚姻届を提出し、川島さんは翌2日に自身のブログで入籍を報告しました。
Q4:川島なお美の結婚後の本名は何ですか?
A4:鎧塚なお美(よろいづか・なおみ)です。芸能活動では結婚後も川島なお美の名前を使い続けていました。
Q5:川島なお美が亡くなった後、鎧塚俊彦はどうしていますか?
A5:パティシエとして「Toshi Yoroizuka」の運営や菓子づくりを続けています。また、川島さんの名前を冠した動物愛護賞にも関わり、妻が大切にしていた活動を継承しています。2026年2月には17回目の結婚記念日についても発信しました。
川島なお美さんの旦那は、ヨーロッパで8年間の修業を積み、国内外で実績を重ねてきたパティシエの鎧塚俊彦さんです。
2人の出会いには荒川静香さんが関わっていました。2006年末の誕生日パーティーが交際のきっかけとなり、2007年2月1日の初デート、同年10月の婚約発表を経て、2009年2月1日に夫婦となりました。
結婚後はテレビやラジオでも共演し、互いの仕事や健康を気遣う姿が報じられました。2015年9月24日に川島さんが亡くなった後も、鎧塚さんは菓子職人として歩み続け、妻の名前を冠した動物愛護活動にも取り組んでいます。
この2人の歩みを理解するうえで押さえておきたいのは、婚約発表日、入籍日、披露宴の日を混同しないこと、そして荒川静香さんがキューピッドとなったエピソードは川島さん本人のブログでも説明されていたという点です。
2009年2月1日の入籍から2026年の17回目の結婚記念日まで。川島なお美さんと鎧塚俊彦さんの関係は、結婚生活だけでなく、死別後も続く思い出と活動を通じて語り継がれています。