2026年シーズン終了時点で、九里はオリックスの背番号22を背負う35歳の投手だ。日本野球機構(NPB)の個人年度別成績によると、今季の成績は次のとおりとなっている。
オリックス・バファローズ/背番号229勝12敗

2026年シーズン成績
防御率
3.19
投球回
163回2/3
奪三振
150
登板・先発
27試合
出典:NPB公式個人年度別成績、2026年シーズン終了時点。
注目したいのは、9勝12敗という勝敗だけでは評価しきれない点だ。
2025年の移籍1年目は164回1/3を投げたが、2026年も163回2/3を記録。投球回数はほぼ変わっていない。さらに、奪三振数は2025年の114個から150個へ増加した。
一方、防御率は2.41から3.19へ上昇している。つまり、投球回数と奪三振数を維持・向上させながらも、失点を抑える部分では前年を下回ったシーズンだった。
2026年のパ・リーグ投手成績では、九里は奪三振150個でリーグ8位。35歳を迎えたシーズンに自己最多の奪三振を記録したことは、見逃せない実績である。
2027年に向けては、投球回数を維持しながら防御率をどこまで改善できるかが評価のポイントになる。
【プロフィールと経歴】九里亜蓮の出身地・学歴・父親の素顔
九里亜蓮は、恵まれた体格と長いイニングを投げられるスタミナを持つ右投右打の投手だ。
基本プロフィールを整理すると、次のようになる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 九里亜蓮(くり・あれん) |
| 生年月日 | 1991年9月1日 |
| 年齢 | 35歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 鳥取県 |
| 身長・体重 | 188cm・98kg |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| 背番号 | 22 |
| ドラフト | 2013年2位指名 |
| 高校 | 岡山理科大学附属高校 |
| 大学 | 亜細亜大学 |
| 所属球団 | オリックス・バファローズ |
鳥取県米子市との関係
九里は鳥取県米子市にゆかりのある選手だ。
ただし、生まれた場所については少し注意が必要である。2013年の日刊スポーツのドラフト関連記事では、1991年9月1日に米国フロリダ州で生まれたと紹介されている。
幼少期には海外を転々とし、日本に移り住んだ後は鳥取県米子市の東山中学校で野球に取り組んだ。中学時代には米子ビクターズに所属し、投手として経験を積んでいる。
その後、岡山理科大学附属高校に進学。全寮制の環境で野球に打ち込み、2年春からベンチ入り、3年春には背番号1を背負った。
父親はマーク・アントニオ・シェック
九里の父親は、マーク・アントニオ・シェック氏。
日刊スポーツの2013年の記事によれば、父親はかつてアトランタ・ブレーブス傘下の3Aチームで遊撃手としてプレーした野球経験者だった。
つまり、九里には父親から受け継いだ野球との縁がある。
ただし、父親がメジャーリーグのトップチームでプレーしたという意味ではない。正確には、ブレーブス傘下のマイナーリーグ3Aでプレーした経歴を持つ選手である。
同記事では、父親が投手としても高い能力を持っていたことや、九里が幼少期に父親のプレー映像を見ていたことも紹介されている。
亜細亜大学で実力を磨き、ドラフト2位へ
高校卒業後は亜細亜大学に進学。
東都大学野球では、4年春からリーグ戦11連勝を記録し、先発登板では8試合連続完投という実績を残した。4年秋にはリーグ優勝に貢献し、2季連続でMVPを獲得している。
2013年のドラフト会議では広島東洋カープから2位指名を受けた。
大学時代から完投能力とスタミナを評価されていたことが、プロ入り後の投手としての方向性にもつながっている。
【年度別成績】広島時代から2026年までの歩みを一覧で比較
九里のキャリアを理解するには、単年の勝利数だけでなく、投球回数や防御率、奪三振数を組み合わせて見ることが大切だ。
NPB公式記録を中心に、節目となるシーズンを整理した。
| 年度 | 所属 | 勝敗 | 投球回 | 防御率 | 奪三振 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | 広島 | 2勝5敗 | 83回1/3 | 4.00 | 50 |
| 2017 | 広島 | 9勝5敗 | 116回1/3 | 3.64 | 97 |
| 2020 | 広島 | 8勝6敗 | 130回2/3 | 2.96 | 106 |
| 2021 | 広島 | 13勝9敗 | 149回 | 3.81 | 102 |
| 2022 | 広島 | 6勝9敗 | 140回1/3 | 3.33 | 121 |
| 2023 | 広島 | 8勝8敗 | 174回1/3 | 2.53 | 129 |
| 2024 | 広島 | 7勝10敗 | 131回2/3 | 3.21 | 95 |
| 2025 | オリックス | 11勝8敗 | 164回1/3 | 2.41 | 114 |
| 2026 | オリックス | 9勝12敗 | 163回2/3 | 3.19 | 150 |
出典:日本野球機構(NPB)個人年度別成績。主要シーズンを抜粋。2026年はシーズン終了時点。
この表から読み取れるのは、九里が特定の1年だけ活躍した投手ではないということだ。
2017年には35試合に登板して9勝を挙げ、2020年には防御率2.96を記録。2021年に最多勝を獲得した後も、2023年には174回1/3を投げ、防御率2.53という安定した成績を残した。
2025年のオリックス移籍後も164回1/3を投げており、球団が変わっても長いイニングを任せられる投手としての特徴は変わっていない。
なお、プロ通算成績は2026年終了時点で次のとおりだ。
- 登板:312試合
- 勝利:91勝
- 敗戦:87敗
- 投球回:1588回
- 奪三振:1208個
- 防御率:3.35
通算1000奪三振を超え、1200奪三振にも到達している。 これだけの登板数と投球回数を積み重ねてきたことが、九里のキャリアを特徴づけている。
【広島東洋カープ時代】2021年の最多勝はどれほど価値がある?
九里が全国的に実績を認められるきっかけとなったのが、広島時代の活躍だ。
2014年にプロ入りしてから2024年まで、11年間にわたって広島でプレー。2016年から2018年までのセ・リーグ3連覇を経験した。
特に2017年には35試合に登板して9勝5敗を記録。先発だけでなく救援でも起用され、チームの投手陣を支えた。
2020年には先発ローテーションに定着。ここから九里の持ち味である長いイニングを投げる能力が、より明確になっていった。
2021年は13勝でセ・リーグ最多勝を獲得
2021年の九里は25試合に登板し、13勝9敗、防御率3.81、149投球回を記録した。
この年の最多勝利は、阪神タイガースの青柳晃洋も13勝を挙げており、九里との同時受賞となった。
したがって、九里が単独で最多勝を獲得したわけではなく、青柳と並んでタイトルを手にしたというのが正確な記録だ。
最多勝というタイトルは、単に勝ち運に恵まれた投手という評価ではない。
先発投手は、試合を作り、一定の投球回数を消化し、チームが勝てる展開を維持する役割を担う。九里の場合、149イニングを投げて13勝を挙げたことに意味がある。
2023年には174回1/3を記録
2021年のタイトル獲得後も、九里は先発投手としての実績を積み上げた。
2023年には26試合に登板し、174回1/3を投げて防御率2.53を記録。勝敗は8勝8敗だったが、投球内容は安定していた。
特に注目したいのは、投球回数の多さと防御率の両立だ。
2021年の最多勝だけを切り取ると、九里の実力を勝利数だけで判断してしまいがちだ。しかし、2023年の成績も合わせて見ると、シーズンを通して先発の役割を果たす能力が、継続的な強みだったことが分かる。
【オリックス移籍後の成績】11勝・164回1/3と通算1000奪三振
2024年12月、九里は海外FA権を行使し、広島からオリックスへの移籍を決断した。
2014年から11年間在籍した広島を離れ、新たなリーグで挑戦することになった。
移籍の背景には、環境を変えてさらに野球がうまくなりたいという本人の意向があった。2024年12月の会見では、パ・リーグという新しい環境で挑戦したいという思いを語っている。
オリックスとの契約は2年契約と報じられ、背番号は22に決定。入団会見では200イニングを目標に掲げた。
移籍1年目の2025年は期待に応える成績
2025年の九里は、25試合に登板して11勝8敗、防御率2.41を記録した。
特筆すべき実績は次の3つだ。
- 11勝8敗: チーム最多の勝利数を記録。
- 164回1/3: チームトップの投球回数。
- 防御率2.41: 広島時代を含めても優れたシーズン成績。
11勝を挙げたのは、広島時代の2021年以来4年ぶりだった。
移籍によって環境が変わったにもかかわらず、先発ローテーションを守り、年間を通して投げ続けたことは大きな評価材料となる。
2025年6月10日、通算1000奪三振を達成
もう一つの大きな節目が、通算1000奪三振だ。
2025年6月10日、京セラドーム大阪で行われた横浜DeNAベイスターズ戦。九里は6回表2アウトから佐野恵太を空振り三振に仕留め、プロ野球史上158人目となる通算1000奪三振を達成した。
達成した球は9球目のスライダーだった。
この記録は、広島時代から積み上げてきた奪三振数と、オリックス移籍後の登板が合わさって実現したものだ。
なお、初奪三振は2014年4月5日のDeNA戦。プロ入りから約11年をかけて大台に到達した。
この記録について興味深いのは、九里自身が奪三振数だけを目標にしていたわけではないことだ。
当時の日刊スポーツの報道では、本人は奪三振よりもイニングを投げることにこだわりを持っていると説明していた。
三振を取る能力に加えて、打者と対戦し続け、試合の後半までマウンドに立つことを重視する姿勢がうかがえる。
【九里亜蓮の年俸】2026年は1億6000万円+出来高払い
九里の年俸も、広島時代からオリックス移籍後の評価を知るうえで重要な情報だ。
2025年12月18日の契約更改では、前年の1億4000万円から2000万円増となる、推定年俸1億6000万円+出来高払いでサインしたと報じられた。
この金額は2026年シーズンの契約に関する報道額であり、球団が公表した確定的な給与明細ではない。
年俸の推移を整理すると、次のようになる。
| 時期 | 推定年俸 | 備考 |
|---|---|---|
| 2025年 | 1億4000万円 | オリックス移籍1年目 |
| 2026年 | 1億6000万円 | 2000万円増+出来高 |
2025年の活躍を受けて年俸が増額された背景には、11勝、防御率2.41、164回1/3という実績がある。
特に、先発投手としてシーズンを通じてローテーションを守り、チーム最多の投球回数を記録した点は評価につながった。
また、2025年12月の契約更改報道では、2年契約の最終年が2026年であることも伝えられている。
2027年の契約条件や新たな年俸については、2026年11月1日時点で発表済みの金額として扱うことはできない。今後の契約更改が次の注目点となる。
【プロの結論】九里亜蓮を評価するなら勝敗より投球回数に注目
九里亜蓮のキャリアを通して見えてくるのは、長いイニングを投げられる先発投手としての価値だ。
2021年の最多勝、2023年の174回1/3、2025年の11勝と164回1/3、そして2026年の163回2/3。
所属球団や対戦リーグが変わっても、先発として試合を作り続ける役割を担ってきた。
投手を評価する場合、勝利数だけでは不十分だ。
例えば、2026年は9勝12敗という数字だけを見ると負け越しだが、27試合すべてに先発し、163回2/3を投げ、150奪三振を記録している。
一方で、防御率3.19は2025年の2.41から悪化しており、改善すべき部分も残った。
こうした数字を総合すると、2026年の九里は投球量と奪三振能力を維持・向上させた一方、失点を抑える面では課題を残したと評価できる。
九里亜蓮の成績を見るときの3つの判断基準
1. 投球回数: 先発投手としてどれだけ長く試合を任されているか。
2. 防御率: 投球回数を重ねながら、どれだけ失点を防げているか。
3. 奪三振数: 打者を自分の投球で打ち取る能力が維持されているか。
特に35歳を迎えた2026年に自己最多の150奪三振を記録したことは、今後の評価でも重要な材料となる。
勝敗だけで判断するのではなく、投球回数、防御率、奪三振を合わせて見ることが、九里の実力を正しく理解するポイントだ。
【九里亜蓮】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:九里亜蓮は現在どこの球団に所属していますか?
2026年シーズン終了時点では、オリックス・バファローズに所属している。背番号は22。2014年から2024年までは広島東洋カープでプレーしていた。
Q2:九里亜蓮は2021年に最多勝を獲得したのですか?
獲得している。2021年に13勝9敗を記録し、阪神の青柳晃洋と並んでセ・リーグ最多勝利のタイトルを獲得した。
Q3:九里亜蓮の父親はどんな人物ですか?
父親はマーク・アントニオ・シェック氏。かつてアトランタ・ブレーブス傘下3Aのチームで遊撃手としてプレーした経歴がある。九里自身は米国フロリダ州生まれで、鳥取県米子市の中学校で野球に取り組んだ。
Q4:九里亜蓮の2026年の年俸はいくらですか?
報道による推定年俸は1億6000万円で、出来高払いが別途設定されている。2025年12月の契約更改で2000万円増となった。
Q5:九里亜蓮の通算成績はどれくらいですか?
2026年シーズン終了時点で312試合に登板し、91勝87敗、防御率3.35、通算1208奪三振を記録している。投球回数は1588回に達している。
九里亜蓮は、広島東洋カープで11年間プレーし、2021年の最多勝をはじめ、先発投手として数々の実績を残してきた。
2024年オフに海外FA権を行使してオリックス・バファローズへ移籍すると、2025年には11勝8敗、防御率2.41、164回1/3という好成績を記録。6月10日には通算1000奪三振も達成した。
2026年は9勝12敗、防御率3.19、163回2/3、150奪三振。勝ち星こそ前年を下回ったものの、投球回数を維持し、奪三振数では自己最多を更新している。
鳥取県米子市で野球に取り組んだ少年時代から、亜細亜大学、広島、そしてオリックスへ。九里の歩みは、先発投手としての役割にこだわり続けてきたキャリアでもある。
今後の注目点は、2027年以降の契約と、35歳を超えても長いイニングを投げ続けられるかどうかだ。
九里亜蓮を評価するうえで最も大切なのは、勝敗だけではなく、投球回数・防御率・奪三振という3つの数字を合わせて見ること。 それが、広島時代からオリックス移籍後まで続く投手としての価値を理解する近道となる。