望月めるは、SNSでの発信や独特のファッション、ドールのようなビジュアルで知られたアイドル・モデルです。活動名は本名ではなく芸名として知られ、「もちめる」「めるちゃん」という愛称でも親しまれていました。
基本プロフィールを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 望月める |
| 読み方 | もちづき める |
| 愛称 | もちめる |
| 生年月日 | 2000年8月3日 |
| 出身地 | 長野県 |
| 身長 | 155cm |
| 職業 | アイドル・ファッションモデル |
| 主な所属グループ | モノクローン(元メンバー) |
| 主な受賞歴 | ミスiD2019「きみがいる景色が、この世界〜夜〜」賞 |
| 没年月 | 2020年12月 |
特に検索されることが多いのが、生年月日と身長、出身地です。望月めるは2000年8月3日生まれで、長野県出身。身長は155cmと公表されていました。
また、ミスiDの公式プロフィールには、彼女自身の好みや将来像が分かる回答も残っています。
- 将来の夢:専業主婦
- 好きなアーティスト:Perfume
- 憧れのアイドル:白石麻衣
- 好きな言葉:なるようになる
- 人生で経験しておきたいこと:結婚式
このプロフィールからは、ステージ上のアイドルとしての顔だけでなく、家庭を持つことへの憧れや、好きな音楽、理想とするアイドル像なども読み取れます。
とりわけ、好きなアーティストにPerfume、憧れのアイドルに白石麻衣を挙げていた点は、彼女の人物像を知るうえで興味深い情報です。
【ミスiD2019受賞】望月めるが注目された理由とは?

2018年開催・2019年度のオーディション
望月めるの知名度を大きく押し上げた出来事が、講談社が主催する女性オーディションプロジェクト「ミスiD2019」での受賞です。
受賞したのは、「きみがいる景色が、この世界〜夜〜」賞。
この賞をきっかけに、望月めるはインターネットを中心に広く知られる存在になりました。
ミスiDは、一般的な美少女コンテストとは異なり、外見だけでなく、個人の価値観や表現力、独自性などにも目を向けるオーディションです。
2019年1月に掲載された講談社のFRIDAYデジタルの鼎談では、実行委員長の小林司氏らがミスiD2019の選考過程を振り返っています。
そのなかで望月めるについて小林氏は、オーディション期間中に大きく成長した参加者の一人として紹介しました。
カメラテストでは緊張や戸惑いを見せていたものの、授賞式では自分の変化を振り返るスピーチを披露。選考委員に強い印象を残したとされています。
このエピソードから分かるのは、受賞の背景に単なるビジュアルの評価だけではなく、本人の個性や成長もあったということです。
SNSでの発信力と飾らないキャラクター
望月めるが注目されたもう一つの理由は、SNSでの発信でした。
当時の彼女は、かわいらしい自撮り写真だけでなく、自分の考えや感情を率直に表現する投稿でも話題になっていました。
2019年2月16日放送のテレビ東京『ゴッドタン』では、「このツイッターが心配だ2019」という企画に出演。
番組では、SNSでの発言や美容整形について隠さず話す姿が取り上げられました。テレビ東京の番組紹介記事でも、何を聞かれても率直に答える彼女のキャラクターが紹介されています。
SNS上の発信がテレビ出演につながり、さらに知名度が高まるという流れは、当時のインターネット発アイドルの特徴をよく表しています。
望月めるは、既存のアイドル像に完全に収まるタイプではありませんでした。自分の美意識や考え方を前面に出す姿勢そのものが、彼女の個性として受け止められていたのです。
【望月めるの経歴・年表】2018年から2020年12月までの活動を整理
望月めるの活動歴を理解するには、ミスiD受賞前後からモノクローン脱退、そして2020年冬までの流れを時系列で確認すると分かりやすくなります。
主な活動・公表記録
| 時期 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 2000年8月3日 | 誕生 | 長野県出身 |
| 2018年 | ミスiD2019 | オーディションで注目を集める |
| 2019年 | ミスiD受賞 | 「きみがいる景色が、この世界〜夜〜」賞 |
| 2019年2月16日 | ゴッドタン出演 | 「このツイッターが心配だ2019」に登場 |
| 2020年4月16日 | モノクローンデビュー | 結成メンバーとして活動 |
| 2020年5月12日 | 活動休止 | 心身の回復に専念するため無期限休止 |
| 2020年6月25日 | グループ脱退 | 活動辞退の申し出を運営が受理 |
| 2020年12月 | 死去 | 20歳で永眠 |
| 2021年5月21日 | 訃報公表 | 家族名義のアカウントから報告 |
| 2021年10月15日 | 写真集発売 | 講談社から『mell』刊行 |
この年表で注目したいのは、ミスiD受賞からテレビ出演、アイドルグループへの参加まで、比較的短い期間に活動の幅を広げていたことです。
また、2020年は望月めるにとって大きな転換期でした。モノクローンの結成メンバーとして活動を始めた一方、数か月後には活動休止と脱退を経験しています。
2020年夏には、後年に刊行される写真集の撮影も行われていました。
こうした記録を並べると、短期間でさまざまな表現活動に取り組んでいたことが分かります。
【モノクローン時代】結成メンバーとして活動、2020年6月に脱退
望月めるのアイドル活動を語るうえで欠かせないのが、男女混成アイドルグループ「モノクローン」です。
モノクローンは2020年に結成されたグループで、元アイドルやインフルエンサーなど、SNSで知名度を持つメンバーが集まったことでも注目されました。
望月めるは結成メンバーの一人として参加し、担当カラーはピンクでした。
デビューは2020年4月16日モノクローンは2020年4月16日にデビューしました。
当時は新型コロナウイルス感染症の影響でライブイベントの開催が難しく、グループは無観客ライブでステージデビューしています。
望月めるにとっては、ミスiD受賞後に進めていた個人活動から、グループの一員としてステージに立つ新たな段階でした。
2020年5月に活動休止を発表しかし、グループでの活動は長く続きませんでした。
2020年5月12日、モノクローンの運営は、望月めるについて心身の回復に専念するため無期限の活動休止とすることを発表しました。
その後、本人と運営側との協議が続けられました。
2020年6月25日に脱退2020年6月25日、モノクローンは望月めるの脱退を正式に発表しました。
スポニチアネックスの2020年6月26日付報道によると、本人から活動辞退の申し出があり、運営側がこれを受理したとのことです。
脱退理由については、公式発表で「方向性の違い」と説明されていました。
本人も同日、SNSで直筆の謝罪文を公開し、運営やメンバー、ファンに対する思いを伝えています。
モノクローンでの活動期間は、2020年4月16日から6月25日まで。
約2か月という短い期間でしたが、彼女の経歴における重要な活動の一つです。
なお、脱退後も個人活動を続ける予定が報じられていましたが、その後の活動については、モノクローン在籍時と同じような継続的な公式活動記録は確認できません。
【望月めるの死去の経緯】2020年12月の訃報はいつ公表された?
望月めるについて、現在も検索されることが多いのが死去の経緯です。
彼女が亡くなったのは、2020年12月(2020年冬)、20歳のときです。
ただし、亡くなった当日に大々的な発表があったわけではありません。
2021年5月21日、家族名義のアカウントから報告2021年5月21日、「望月める(家族)」名義のSNSアカウントから、2020年冬に望月めるが永眠したとの報告がありました。
投稿では、親しくしていた人や支えてくれた人への感謝も伝えられています。
突然の訃報だったため、当初はアカウントの真偽を疑う声も出ました。
しかし、ミスiD関係者の小林司氏が家族からの報告を確認したうえで追悼のコメントを発表。さらに、元所属グループのモノクローンも公式SNSで訃報を受けたことを伝えました。
デイリースポーツも2021年5月23日、家族名義の報告とモノクローンのコメントを報道しています。
なぜ公表まで時間がかかったのか2020年12月に亡くなったとされる望月めるについて、家族名義の報告が出たのは約5か月後の2021年5月でした。
家族名義のアカウントでは、公表までに心の整理に時間がかかったことが伝えられています。
また、モノクローンのメンバーやスタッフも、家族からの報告を受けて初めて事実を知ったと説明していました。
つまり、訃報が公表された時点では、元所属グループ側も詳細を把握していたわけではありませんでした。
死因は公表されている?望月めるの死去については、死因や具体的な状況を示す正式な公表は確認できません。
SNS上では、亡くなる前の活動状況や誹謗中傷との関係など、さまざまな推測が見られました。
講談社は写真集の発売発表時に、彼女がSNSを通じて注目を集める一方、誹謗中傷にも悩んでいたことを紹介しています。
しかし、そうした背景と死去との因果関係を確定する公式情報はありません。
誹謗中傷を受けていたという情報と、死因が特定されたという話は別のものです。
亡くなった理由について断定的な説明をすることはできません。2026年現在も、死去の時期として確認できるのは2020年12月という情報です。
【写真集『mell』】望月めるが生前に残した最後の作品
『望月める写真集 mell』
講談社・2021年10月15日発売
撮影:飯田エリカ
2020年夏に本人がセルフプロデュースで撮影したメモリアル写真集。
望月めるの活動を振り返るうえで、重要な作品となっているのが、講談社から発売された写真集『mell』です。
この写真集は、彼女が亡くなる前の2020年夏に撮影を終えていたものです。
特徴は、本人がセルフプロデュースに携わっていたこと。
講談社の発売発表によると、写真集は一度企画中止となったものの、本人が生前に残した強い希望と、遺族との相談を経て刊行が決まりました。
2021年10月15日に紙版と電子版が発売されています。
歌舞伎町や渋谷で撮影された写真講談社の発売時の発表では、写真集の撮影場所として歌舞伎町や渋谷が紹介されています。
後半には、本人が見せたかったというガーリーな世界観の写真も収録されています。
また、成人式の前撮り写真など、メディア初公開となる写真も掲載されました。
単なる活動記録ではなく、本人が表現したかった自分自身を形にした作品として位置づけられています。
写真集の印税は支援団体へ寄付もう一つ注目したいのが、写真集の印税の扱いです。
講談社の2021年9月の発表によると、遺族からの申し出により、印税の全額を、悩みを抱える中高生や10代女性を支援する団体に寄付することになりました。
その後、NPO法人BONDプロジェクトによる2024年の特集記事でも、写真集の印税を活用した企画について紹介されています。
祖母が語った望月めるの人物像講談社の発表には、祖母からのコメントも掲載されています。
祖母は、望月めるについて、自分のやりたいことを貫く強さがある一方、寂しがり屋で繊細な一面も持っていたと振り返りました。
また、ミスiD受賞後、アイドルとしてステージに立ち、ファンの期待に応えようと楽しそうに話していた姿も記しています。
こうした家族の言葉は、SNSやテレビで見せていた強いキャラクターだけでは捉えきれない、彼女の人間的な側面を伝えています。
2024年4月に公開されたBONDプロジェクトの特集「Sign -もちめる忘れない-」でも、祖母の証言や生前の発信を通じて、望月めるの記憶が紹介されました。
同記事は、彼女が生まれ故郷の長野について発信していたことや、将来の夢として専業主婦を挙げていたことにも触れています。
【望月める】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:望月めるの生年月日や出身地、身長は?
A1:2000年8月3日生まれで、長野県出身です。身長は155cm。愛称は「もちめる」です。
Q2:望月めるはミスiD2019で何賞を受賞した?
A2:「きみがいる景色が、この世界〜夜〜」賞です。この受賞をきっかけに、インターネットを中心に知名度を高めました。
Q3:望月めるがモノクローンを脱退したのはいつ?
A3:2020年6月25日です。同年5月12日に心身の回復に専念するため活動休止が発表され、その後、本人からの活動辞退の申し出を受けて脱退が決まりました。
Q4:望月めるはいつ亡くなった?
A4:2020年12月です。20歳でした。家族名義のSNSアカウントから2021年5月21日に訃報が公表されました。
Q5:望月めるの死因は何?
A5:死因や具体的な状況は公表されていません。SNS上の推測を確定した事実として扱うことはできません。
Q6:望月めるの写真集は現在も読める?
A6:講談社から発売された『望月める写真集 mell』があります。2021年10月15日に紙版・電子版が刊行されました。生前に本人がセルフプロデュースで撮影した作品です。
Q7:望月めるは2026年現在、活動している?
A7:活動していません。2020年12月に亡くなっています。2026年現在は、写真集や過去の出演記録などを通じて活動を振り返ることができます。
望月めるは、2000年8月3日に生まれ、長野県出身のアイドル・ファッションモデルとして活動した人物です。
ミスiD2019で「きみがいる景色が、この世界〜夜〜」賞を受賞したことをきっかけに注目され、テレビ東京『ゴッドタン』への出演やSNSでの発信を通じて知名度を高めました。
2020年4月にはモノクローンの結成メンバーとしてデビュー。しかし、同年5月に活動休止を発表し、6月25日にグループを脱退しています。
そして2020年12月、20歳で永眠。2021年5月に家族から訃報が公表されました。
彼女が生前にセルフプロデュースした写真集『mell』は、2021年10月に講談社から刊行され、印税は若い世代の女性を支援する活動に寄付されました。
【プロの結論】望月めるを知るうえで押さえておきたい3つの視点
1. ミスiD受賞と独自の表現力: 彼女の知名度は、外見だけではなく、率直な発信や個性的な存在感によって築かれたものでした。
2. モノクローンでの短い活動期間: 2020年4月のデビューから6月の脱退まで、グループでの活動は約2か月でした。公式発表に基づく時系列を把握することが大切です。
3. 写真集に残された本人の表現: 『mell』は、亡くなる前に本人が完成を望んでいた作品です。生前の活動や美意識を知るための重要な記録となっています。
2026年現在、望月めるの新しい芸能活動はありません。一方、ミスiDの選考記録、テレビ出演、モノクローンでの活動、そして写真集は、彼女が確かに活動していた証しとして残っています。
彼女について調べる際は、家族や関係者、出版社による公表内容と、SNS上で広がった推測を区別することが大切です。短い生涯のなかで自分らしい美しさを追い求めた「もちめる」の歩みは、今も過去の作品や記録を通じてたどることができます。