バドミントン元世界王者・桃田賢斗選手の事故は、2020年1月13日、マレーシアのクアラルンプール近郊で発生した交通事故です。当時、男子シングルスの世界ランキング1位だった桃田選手は、遠征先から空港へ向かう途中、乗車していたワゴン車が大型トラックに追突する事故に巻き込まれました。顔面の裂傷や全身打撲を負い、帰国後には右目の眼窩底骨折も判明。手術を受ける事態となりました。
事故から6年以上が経過した2026年、桃田選手は日本代表を引退した後もNTT東日本に所属し、選手兼コーチとして活動しています。世界ランキング1位を121週連続で守り、2019年には年間11勝というギネス世界記録を打ち立てたトップ選手に何が起きたのか。事故の経緯や原因に関する報道、復帰までの道のり、現在の競技活動、2026年1月の結婚発表までを時系列で整理します。
【桃田賢斗の事故】2020年1月13日にマレーシアで何が起きたのか?

桃田賢斗選手が交通事故に遭ったのは、2020年1月13日の早朝です。場所はマレーシアの首都クアラルンプール近郊。男子シングルスの世界ランキング1位として世界の頂点に立っていた桃田選手にとって、東京オリンピックを控えた重要なシーズンの始まりでした。
事故の前日、桃田選手はマレーシア・マスターズ2020の男子シングルス決勝に出場。デンマークのビクトル・アクセルセン選手をストレートで破り、優勝を飾っていました。
しかし、翌13日、宿泊していた大会ホテルからクアラルンプール国際空港へ移動するために乗車したワゴン車が、高速道路で前方を走る大型トラックに追突しました。
世界バドミントン連盟(BWF)の発表によると、この事故で車の運転手が死亡。桃田選手のほか、日本代表のサポートコーチだった平山優氏、トレーナーの森本哲史氏、大会関係者も負傷しました。桃田選手は現地の病院に搬送され、治療を受けています。
当時の日本バドミントン協会の発表では、桃田選手の負傷は顎部裂傷、眉間部裂傷、唇裂傷、全身打撲とされました。命に別状はないと伝えられたものの、事故の衝撃は大きく、東京五輪の金メダル候補だった選手の突然の負傷は国内外で大きく報道されました。
特に重要なのは、この事故が単なる選手の負傷事故ではなかったことです。亡くなった運転手がいたという事実があり、桃田選手自身も帰国後に長期的な治療を必要とするけがを抱えることになりました。NTT東日本も事故直後から選手の治療と静養に関する情報を公表しています。
(参考:世界バドミントン連盟の発表、日本バドミントン協会の発表を伝えたスポーツ各社の報道、NTT東日本の公式発表)
【事故の真相】負傷の全容と追突原因に関する報道を検証
桃田賢斗選手の事故について検索すると、「事故の原因は何だったのか」「右目を失明したのか」「後遺症は残ったのか」といった疑問が見られます。
実際に公表された情報を時系列で見ると、事故直後の診断と、その後に判明した負傷には重要な違いがあります。
事故原因は居眠り運転だったのか?事故原因については、2020年1月16日付のスポーツニッポンが、マレーシアの地元警察による捜査段階の見解を報じています。
報道によると、事故を調べていたスルダン警察署の署長は、一部メディアで取り上げられた居眠り運転の可能性について否定的な見方を示しました。そのうえで、速度超過が原因だった可能性を指摘しています。
ただし、これは当時の警察関係者による捜査段階の説明です。速度超過の可能性を示した発言と、事故原因についての最終的な確定判断は区別する必要があります。居眠り運転が確定したという情報も、事故原因が桃田選手側にあったという情報も、当時の報道からは導けません。
事故の基本的な構図は、空港へ向かっていた送迎車が高速道路で大型トラックに追突し、運転手が死亡、乗客らが負傷したというものです。
(参考:スポーツニッポン、2020年1月16日付の現地警察の見解に関する報道)
右目の眼窩底骨折はいつ判明した?事故後の経過で見落とせないのが、右目の眼窩底骨折です。
桃田選手は2020年1月15日に日本へ帰国。NTT東日本は1月17日、所属先の病院で精密検査を受けた結果、身体面に異常は認められず、同日退院すると発表しました。退院後は静養する予定とされ、競技復帰の時期は未定でした。
ところが、2月3日から参加していた日本代表合宿で身体の不調を訴え、2月5日に合宿を離脱。2月7日の精密検査で右眼の眼窩底骨折が判明しました。
NTT東日本の2020年2月8日付公式発表によると、桃田選手は同日に手術を受け、無事終了。執刀医の見解では、全治まで約3か月かかる見通しでした。
この経過から分かるのは、事故直後の検査で退院できたことと、その後に目の骨折が判明したことは別の段階の出来事だという点です。退院したからといって、競技への完全復帰が可能な状態だったわけではありません。
また、右目の眼窩底骨折は失明とは異なる診断です。事故によって失明したという説明は、NTT東日本の公表した診断内容とは一致しません。
(参考:NTT東日本「バドミントン部 桃田賢斗選手の退院について」2020年1月17日、「同選手の故障と手術結果について」2020年2月8日)
【事故から復帰まで】桃田賢斗の11か月を時系列で振り返る
事故後の桃田選手の歩みは、短期間で元の競技力を取り戻すという単純なものではありませんでした。手術、静養、練習再開、実戦復帰という段階を踏み、東京オリンピックを目指すことになります。
日本オリンピック委員会(JOC)やNTT東日本の発表、当時のスポーツ報道を整理すると、次のような経過になります。
特に大きな転換点となったのは、2020年12月23日の全日本総合バドミントン選手権です。桃田選手は事故から約11か月ぶりに公式戦へ戻り、男子シングルス1回戦で勝利しました。
その後、12月27日の決勝でも勝利し、同大会3年連続4度目の優勝を達成しています。事故で長期間コートを離れながらも、国内トップレベルの大会で優勝したことは、競技復帰を象徴する出来事でした。
ただし、実戦復帰と事故前の状態への完全回復は同じではありません。翌2021年の東京オリンピックでは、男子シングルスで予選敗退となり、最終順位は15位でした。事故前に金メダル候補と評価されていたことを考えると、本人にとっても厳しい結果だったといえます。
(参考:JOC「バドの桃田賢斗が復帰戦で快勝 交通事故から11カ月ぶり」、2020年12月23日。JOC東京2020大会記録)
【競技人生の実績】世界ランキング121週連続1位と2019年年間11勝の意味
桃田賢斗選手を語るうえで、2020年の事故だけに注目するのは適切ではありません。事故以前の競技実績は、日本男子バドミントンの歴史に残るものです。
1994年9月1日生まれ、香川県出身。左利きの男子シングルス選手で、2013年からNTT東日本に所属しています。2014年には日本代表としてトマス杯の団体優勝に貢献し、2015年にはスーパーシリーズの男子シングルスで日本人選手として初優勝を達成しました。
日本男子初の世界ランキング1位2018年9月27日、桃田選手はBWF(世界バドミントン連盟)が発表した男子シングルスの世界ランキングで1位に到達しました。日本人男子シングルス選手として初めての快挙です。
さらに、その後もトップの座を維持し、2018年9月27日から2021年11月23日まで、121週連続で世界ランキング1位を記録しました。
なお、この期間には新型コロナウイルス感染拡大の影響でBWF世界ランキングが2020年3月から2021年2月まで凍結された時期があります。そのため、121週という数字はランキング制度上の連続在位記録として理解する必要があります。121週すべてで通常どおり国際大会が開催されたという意味ではありません。
2019年の年間11勝はギネス世界記録桃田選手のキャリアで最も際立つシーズンの一つが2019年です。
この年、桃田選手は国際大会で年間11回の優勝を達成しました。世界バドミントン選手権の連覇、全英オープン優勝、BWFワールドツアーファイナルズ優勝など、主要大会で結果を残しています。
ギネスワールドレコーズの公式記録によると、2019年3月3日から12月15日までの間に達成した男子シングルス年間11勝が、「Most badminton men's singles titles in a season」として認定されました。2010年にリー・チョンウェイ選手が記録した年間10勝を上回る数字です。
NTT東日本も2020年11月18日付の公式発表で、桃田選手の記録数値11回がギネス世界記録に登録されたことを公表しています。
桃田賢斗の主な競技実績
BWF世界ランキング最高位1位
日本男子シングルス初
世界1位の連続在位121週
2018〜2021年
2019年の国際大会優勝11回
ギネス世界記録
世界選手権優勝2連覇
2018年・2019年
これらの数字が示すのは、桃田選手が一時的に世界ランキング1位になった選手ではなかったということです。長期間にわたる安定した勝率と、年間を通じて複数の国際大会で勝ち続ける競技力を兼ね備えていました。
一方で、桃田選手の競技人生には2016年の違法賭博問題による出場停止処分という大きな転換点もありました。2017年に競技へ復帰し、ランキングを大きく落とした状態から世界の頂点まで上り詰めています。事故だけでキャリアの浮き沈みを説明できない点も、選手としての歩みを理解するうえで重要です。
(参考:NTT東日本の選手紹介・公式戦績、ギネスワールドレコーズ公式記録、ヨネックスの2018年9月27日付発表、J SPORTSの桃田選手の競技記録解説)
【事故後の現在】桃田賢斗は日本代表を引退して何をしている?
2026年10月現在、桃田選手は日本代表として国際大会を転戦する立場ではありません。しかし、バドミントン選手としての活動そのものを終了したわけではありません。
2024年4月に日本代表引退を発表2024年4月18日、NTT東日本は桃田選手が同月27日から開催されるトマス杯での活動をもって日本代表を引退すると発表しました。
所属先の発表では、本人は再び世界トップを目指すことについて、体力面・精神面で限界を感じたことを決断の理由として説明しています。
事故後の競技生活では、右目の手術を経験したほか、思うように身体を動かせない感覚との向き合いも続きました。2024年の代表引退に際しては、事故後に目の見え方や身体の動きに関する問題を感じていたことも報道されています。
ただし、代表引退は競技引退とは異なります。NTT東日本の発表では、今後も同社バドミントン部に所属し、S/Jリーグや全日本総合選手権などの国内大会に出場する方針が明確に示されました。
2026年はNTT東日本の選手兼コーチNTT東日本の2026年版選手・スタッフ紹介では、桃田選手は「選手兼コーチ」として掲載されています。所属はNTT東日本総務人事部で、2026年の抱負として「全てを全力で!!」と紹介されています。
また、日本バドミントン協会のS/Jリーグ選手情報にも桃田選手の名前が掲載されており、NTT東日本の所属選手として国内競技に関わっていることが確認できます。
2026年2月5日には、新潟県内で開催された講演会にも登壇。NST新潟総合テレビの報道によると、桃田選手はバドミントンを続けられる喜びや、競技の素晴らしさを広めたいという今後の目標について語りました。子どもたちの指導にも取り組んでいると報じられています。
世界の頂点を目指す日本代表選手から、国内競技を続けながら次世代の育成にも関わる選手兼コーチへ。事故後のキャリアは、競技との向き合い方そのものが変化した歩みでもあります。
(参考:NTT東日本「桃田賢斗選手の日本代表引退について」2024年4月18日、NTT東日本選手紹介、日本バドミントン協会S/Jリーグ選手情報、NST新潟総合テレビ2026年2月5日報道)
【2026年最新】桃田賢斗の結婚発表とプライベートの変化
2026年の桃田選手に関する大きなニュースの一つが、結婚発表です。
2026年1月9日、桃田選手は自身のSNSを通じて結婚したことを公表しました。日刊スポーツや共同通信系の報道によると、相手は一般女性で、婚姻届は2025年12月30日に提出したとされています。
発表では、競技生活で苦しい時期を経験するなか、家族や関係者、ファン、そして身近で支えてくれたパートナーへの感謝を伝えています。競技を続けてこられたことへの感謝と、人生の新たなスタートに向けた決意も表明しました。
この結婚発表は、2020年の事故や2024年の日本代表引退を経た桃田選手の新たな人生の節目として報道されました。
なお、結婚相手は一般女性として発表されており、本人の競技活動と直接関係のない詳細なプライベート情報は公表されていません。2026年の近況を整理するうえでは、結婚という公表された事実と、選手兼コーチとしての活動を分けて捉えることが大切です。
(参考:日刊スポーツ2026年1月9日付、共同通信配信記事、2026年1月9日付の結婚発表報道)
【桃田賢斗事故】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:桃田賢斗の事故はいつ、どこで起きましたか?
A1:2020年1月13日早朝、マレーシアのクアラルンプール近郊で発生しました。ホテルから空港へ向かう送迎車が大型トラックに追突し、運転手が死亡。桃田選手も顔面裂傷や全身打撲などのけがを負いました。
Q2:桃田賢斗は事故で右目を失明したのですか?
A2:失明したという公式発表はありません。事故後の精密検査で右眼眼窩底骨折が判明し、2020年2月8日に手術を受けています。負傷による見え方の問題などは報道されましたが、失明と眼窩底骨折は異なる状態です。
Q3:事故から何か月後に競技復帰しましたか?
A3:2020年12月23日、全日本総合バドミントン選手権で実戦復帰しました。事故発生から約11か月後のことです。その大会では決勝まで勝ち進み、優勝を達成しました。
Q4:桃田賢斗は現在もバドミントンを続けていますか?
A4:はい。2024年4月に日本代表を引退しましたが、NTT東日本の所属選手として国内大会への出場を継続しています。2026年現在は選手兼コーチとして活動しています。
Q5:桃田賢斗の世界ランキング1位は何週間続きましたか?
A5:2018年9月27日から2021年11月23日まで121週連続です。日本男子シングルス初の世界ランキング1位となり、2019年には国際大会年間11勝のギネス世界記録も達成しました。
Q6:桃田賢斗は2026年に結婚したのですか?
A6:2026年1月9日に結婚を発表しました。報道によると、相手は一般女性で、婚姻届は2025年12月30日に提出されています。
桃田賢斗選手の事故は、2020年1月13日にマレーシアで起きた交通事故です。世界ランキング1位の絶頂期に、本人の意思とは関係なく競技生活を中断せざるを得なくなり、右目の眼窩底骨折による手術と長期のリハビリを経験しました。
事故から約11か月後には実戦復帰し、全日本総合選手権で優勝。東京オリンピックにも出場しましたが、事故前に期待された世界トップの状態を取り戻すことは容易ではありませんでした。2024年には本人が体力面・精神面の限界を感じたことを理由に日本代表を引退しています。
一方、競技人生全体を振り返れば、2018年の世界ランキング1位、121週連続のトップ在位、世界選手権2連覇、2019年の年間11勝という実績は揺るぎません。事故によってその功績が消えるわけではありません。
2026年現在はNTT東日本の選手兼コーチとして国内競技とバドミントンの普及に取り組み、1月には結婚も発表しました。世界の頂点を目指す代表選手としての時代から、競技を続けながら次世代を支える立場へと活動の幅を広げています。
桃田賢斗の事故を理解するうえで大切なのは、事故直後の負傷だけでなく、その後の手術、復帰、五輪、代表引退、そして現在までを一続きの競技人生として捉えることです。2026年の桃田選手は、かつての世界王者という肩書だけでは語りきれない、新しい競技人生を歩んでいます。
主な参考資料:NTT東日本公式発表(2020年1月・2月、2024年4月)、NTT東日本選手紹介(2026年版)、世界バドミントン連盟(BWF)、日本オリンピック委員会(JOC)、ギネスワールドレコーズ、スポーツニッポン、日刊スポーツ、J SPORTS、NST新潟総合テレビ。