広島東洋カープのエース候補として長年チームを支えてきた森下暢仁(もりした・まさと)投手。東京オリンピックの野球日本代表として金メダルを獲得し、プロ1年目には新人王に輝くなど、実績と実力を兼ね備えた右腕です。
一方、プライベートでは2022年12月に一般女性との結婚を公表。野球面では同年10月に右肘の手術を受け、侍ジャパンの強化試合や翌年のWBCへの出場にも影響が及びました。さらに、2022年12月の契約更改では推定年俸1億1000万円に到達し、2026年度には推定2億円となっています。
森下暢仁とはどのような投手なのか。大分市出身の生い立ちから広島カープでの経歴、結婚相手の人物像、右肘痛と手術の経緯、年度別成績まで、2026年11月時点の情報を整理します。
- 結婚: 2022年12月16日に結婚を公表。相手は明治大学時代に知り合った1学年下の一般女性。
- 右肘手術: 2022年10月26日に骨棘切除と関節内滑膜切除の手術を受けた。
- 2022年の成績: 10勝8敗、防御率3.17、178回2/3を記録。
- 東京オリンピック: 2021年の大会で日本代表として金メダルを獲得。
- 年俸: 2022年12月の契約更改で推定1億1000万円、2026年度は推定2億円。
- 2026年の成績: 23試合に先発し、7勝11敗、防御率3.60。
【プロフィール】森下暢仁はどんな投手?大分市出身から広島カープ入団まで

森下暢仁(もりした・まさと)
広島東洋カープ・投手
- 生年月日:1997年8月25日
- 出身:大分県大分市
- 身長・体重:181cm・81kg
- 投打:右投右打
- 背番号:18
- ドラフト:2019年1位
森下暢仁は1997年8月25日生まれ。大分県大分市で育ち、大分商業高校から明治大学へ進学しました。
広島東洋カープの公式プロフィールでは、出身校を県立大分商業高校、明治大学とし、2020年から広島に所属していると紹介されています。
野球を始めたのは幼少期で、学生時代から投手として頭角を現しました。日本代表の選手プロフィールにも大分商業高校、明治大学での経歴が掲載されています。
大分商業高校から明治大学へ高校時代は大分商業高校のエースとして活躍。2015年にはU-18日本代表にも選出され、国際大会を経験しています。
明治大学進学後は東京六大学野球で実績を積み、大学通算15勝を記録しました。
特に2019年の全日本大学野球選手権では、明治大学の38年ぶりとなる優勝に貢献。最高殊勲選手賞と最優秀投手賞を受賞しました。
この実績がプロ球団からの高い評価につながり、2019年のドラフト会議で広島東洋カープから1位指名を受けます。
森下暢仁の基本プロフィールと主な経歴| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1997年8月25日 |
| 出身地 | 大分県大分市 |
| 高校 | 大分商業高校 |
| 大学 | 明治大学 |
| ドラフト | 2019年・広島1位 |
| プロ初登板 | 2020年6月21日 |
| 新人王 | 2020年 |
| オリンピック | 東京2020・野球金メダル |
| 2022年の成績 | 10勝8敗、防御率3.17 |
| 2022年12月の推定年俸 | 1億1000万円 |
| 2026年度の推定年俸 | 2億円 |
明治大学の広報媒体「Meiji NOW」では、大学時代の活躍やプロ入り後の歩みについて本人へのインタビューを掲載しています。学生時代からプロ入りまでの経歴を知るうえで参考になる資料です。
【広島カープでの実績】新人王から東京オリンピック金メダルまで
森下暢仁がプロ野球で注目を集めたのは、入団1年目の2020年です。
2019年のドラフト1位で広島に入団すると、即戦力として先発ローテーションに定着。2020年は18試合に登板して10勝3敗、防御率1.91という好成績を残しました。
この活躍によって、2020年度のセ・リーグ新人王を獲得しています。
大卒新人ながら2桁勝利を達成し、安定した投球内容を示したことは、その後の日本代表選出にもつながりました。
東京オリンピックでは決勝のアメリカ戦に先発森下のキャリアを語るうえで欠かせないのが、2021年に開催された東京2020オリンピックです。
森下は野球日本代表の一員として大会に出場。特に注目されたのが、アメリカとの決勝戦でした。
明治大学の公式広報媒体によると、森下は決勝のアメリカ戦に先発し、5回無失点で勝利投手となりました。
日本はこの試合に勝利し、野球競技で金メダルを獲得。森下自身にとっても、プロ野球選手としての評価を国際舞台で高める大きな経験になりました。
日本オリンピック委員会(JOC)の公式選手プロフィールにも、東京2020の男子野球金メダリストとして記録されています。
森下暢仁のプロ入り後の主な転換点- 2020年: 広島でプロ初登板。10勝を挙げ、新人王を獲得。
- 2021年: 東京オリンピックに出場。アメリカとの決勝で勝利投手となり、金メダル獲得に貢献。
- 2022年: 10勝を記録。シーズン終了後に右肘手術を受け、一般女性との結婚も公表。
- 2023年: 手術から復帰し、9勝6敗、防御率3.01。
- 2024年: 10勝10敗、防御率2.55。
- 2025年: 初の開幕投手を務め、6勝14敗、防御率2.48。
- 2026年: 23試合に先発し、7勝11敗、防御率3.60。
森下は新人王、オリンピック金メダルという実績を持ちながら、長期的に広島の先発陣を支えてきました。
【2022年の成績と年俸】10勝・178回2/3で1億1000万円に到達した理由
森下暢仁のキャリアを振り返る際、2022年は重要なシーズンです。
この年は27試合すべてに先発し、10勝8敗、防御率3.17、178回2/3を記録しました。
投球回数はリーグ最多。長いイニングを任される先発投手として、チームに大きく貢献したシーズンでした。
2022年は10勝を挙げる一方、被安打も多かったNPBの公式年度別成績によると、2022年の森下は次の数字を残しています。
- 登板:27試合
- 先発:27試合
- 勝利:10勝
- 敗戦:8敗
- 防御率:3.17
- 投球回:178回2/3
- 被安打:195
- 奪三振:133
- 与四球:44
- 完投:3試合
- 完封:2試合
特筆すべきは、178回2/3という投球回数です。
先発投手にとって、長いイニングを投げ続ける能力はチーム編成上の大きな価値があります。試合中盤以降もマウンドを任せられることは、救援投手の登板負担を抑えることにもつながります。
一方、被安打195はリーグワーストでした。
つまり、2022年の森下は圧倒的な数字だけで相手を封じ込めたというより、被安打を許しながらも長いイニングを投げ、10勝を積み上げた投手だったと評価できます。
年俸1億1000万円はいつ決まった?2022年12月16日、森下は広島の球団事務所で契約更改に臨みました。
報道によると、前年から3500万円増となる推定年俸1億1000万円で契約しています。
ここで注意したいのは、1億1000万円が2022年シーズン中の年俸ではなく、2022年12月の契約更改で決まった翌2023年度の推定年俸だという点です。
入団から4年目での1億円突破は、当時の球団史上最速と報じられました。
右肘の手術を受けた直後でありながら、球団が高く評価した背景には、プロ入り後の安定した先発実績と、2022年の投球回数の多さがあったと考えられます。
その後も年俸は上昇し、2025年12月10日の契約更改では2000万円増の推定2億円に到達しました。この金額が2026年度の推定年俸に当たります。
【結婚発表は2022年】森下暢仁の妻は誰?一般女性との馴れ初め
森下暢仁の結婚が明らかになったのは、2022年12月16日です。
この日、契約更改を終えた森下が、同年に結婚していたことを公表しました。
結婚相手は芸能人や著名人ではなく、明治大学時代に知り合った1学年下の一般女性です。
妻は明治大学時代に知り合った一般女性スポーツニッポンやデイリースポーツの報道によると、森下の妻は明治大学時代に知り合った女性で、森下より1学年下です。
2022年12月の公表時点で24歳と報じられており、同年に婚姻届を提出していました。
大学時代からの知人だったことが分かっているため、プロ入り後に出会った相手ではありません。
また、結婚発表時にはすでに同居していたことも報じられています。
結婚相手の名前や顔写真は公表されている?妻は一般女性であり、名前や顔写真、詳しいプロフィールなどは広く公表されていません。
報道で確認できる主な情報は次のとおりです。
| 項目 | 公表・報道されている内容 |
|---|---|
| 結婚発表日 | 2022年12月16日 |
| 結婚した時期 | 2022年 |
| 妻の職業・立場 | 一般女性 |
| 年齢 | 発表時24歳 |
| 年齢差 | 森下より1学年下 |
| 出会い | 明治大学時代 |
| 婚姻届 | 2022年に提出 |
| 妻の名前 | 公表されていない |
| 顔写真 | 一般に公開されていない |
結婚発表時の報道では、森下は家庭での生活についても触れ、帰宅すると食事が用意されていることへの感謝を語っていました。
また、結婚を機に野球にも一層取り組む決意を示しています。
子供はいる?家族構成について森下の結婚に関連して、子供の有無や家族構成を調べる読者も少なくありません。
しかし、結婚発表時の主要報道で明らかになったのは、妻が一般女性であることや大学時代からの知人であることなどです。
子供の人数や誕生時期について、結婚発表の情報から推測することはできません。
妻が一般人であることを踏まえると、家族のプライバシーに関わる情報と、野球選手として公表されている情報は分けて理解する必要があります。
【右肘痛と手術の経緯】森下暢仁はなぜ侍ジャパンを辞退した?
森下暢仁のキャリアにおいて、2022年の右肘手術は大きな転換点でした。
10勝を挙げ、178回2/3を投げたシーズンを終えた後、右肘の痛みが問題となります。
当初は侍ジャパンの強化試合に選ばれていましたが、右肘痛によって出場を辞退。その後、10月26日に手術を受けました。
2022年10月19日:侍ジャパン強化試合を辞退2022年10月19日、野球日本代表の公式サイトは、11月に予定されていた「侍ジャパンシリーズ2022」の出場選手変更を発表しました。
対象となったのが森下です。
辞退理由は公式発表で明確に示されており、右肘痛でした。
この辞退は本人の希望による単純な代表活動の見送りではなく、身体の状態を踏まえた判断だったことが、その後の報道からも分かります。
2022年10月21日:WBC出場も難しい状況にスポーツニッポンの10月21日付報道では、森下が翌年3月のWBC出場についても難しいとの見通しを示していたことが伝えられました。
東京オリンピックで金メダル獲得に貢献した森下にとって、再び日本代表として大きな国際大会に出場することは目標の一つでした。
しかし、シーズン終了後も右肘の状態が十分に改善せず、本人もWBC出場は厳しいと認識していたと報じられています。
2022年10月26日:右肘の手術を実施2022年10月27日、広島球団は森下が前日の26日に右肘の手術を受けたと発表しました。
手術の正式な名称は次の2つです。
- 右肘関節鏡視下骨棘切除
- 右肘関節内滑膜切除
骨棘とは、骨の表面にできる骨の突起を指します。
今回の手術では関節鏡を使って骨棘を取り除き、さらに関節内の滑膜を切除しました。いわゆる右肘のクリーニング手術として報じられています。
復帰時期については当初、球団から具体的な日程は発表されませんでした。
右肘痛の理由は何だったのか?森下の右肘痛について、読者が気になるのは「なぜ痛みが出たのか」という点でしょう。
手術によって骨棘と滑膜を切除したことは明らかになっています。
一方、骨棘が形成された直接的な原因や、右肘痛が発生した医学的な経緯について、球団が詳細な診断説明を公表したわけではありません。
日刊スポーツの2022年12月4日付報道では、プロ入り後3年間にわたって先発ローテーションを支えてきたことによる蓄積疲労や、患部以外も含めた身体のメンテナンスについて伝えられています。
2022年はリーグ最多の178回2/3を投げており、先発投手としての負担が大きかったことは成績からも読み取れます。
ただし、投球回数の多さだけを手術の直接原因と結びつけることはできません。
右肘手術から復帰までの流れ| 時期 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 2022年10月19日 | 侍ジャパン辞退 | 右肘痛を理由に強化試合を辞退 |
| 2022年10月21日 | WBC出場に言及 | 翌年3月の出場も厳しいとの見通し |
| 2022年10月26日 | 右肘手術 | 骨棘切除・関節内滑膜切除 |
| 2022年10月27日 | 球団発表 | 手術実施を公表 |
| 2022年11月 | リハビリ開始 | 来季開幕を視野に調整 |
| 2023年1月 | 投球再開に向けた調整 | キャッチボールの距離を延ばす |
| 2023年シーズン | 一軍復帰 | 9勝6敗、防御率3.01 |
手術後、森下は慎重にリハビリを進めました。
日刊スポーツの2023年1月17日付報道では、キャッチボールの距離を40メートル程度まで伸ばし、投球再開に向けた調整を進めていたことが紹介されています。
そして2023年シーズンには一軍で20試合に登板し、9勝6敗、防御率3.01を記録しました。
手術によって長期離脱を余儀なくされたものの、先発投手として再び実績を残したことは、復帰過程における大きな成果です。
【2023年から2026年の成績】復帰後の森下暢仁はどう変わった?
2022年の右肘手術を経て、森下は再び広島の先発ローテーションを担ってきました。
年度別の投手成績を見ると、復帰後も安定した投球回数と防御率を残している一方、勝敗にはシーズンごとの差が表れています。
2020年から2026年までの年度別成績| 年度 | 登板 | 勝敗 | 防御率 | 投球回 |
|---|---|---|---|---|
| 2020年 | 18 | 10勝3敗 | 1.91 | 122回2/3 |
| 2021年 | 24 | 8勝7敗 | 2.98 | 163回1/3 |
| 2022年 | 27 | 10勝8敗 | 3.17 | 178回2/3 |
| 2023年 | 20 | 9勝6敗 | 3.01 | 131回2/3 |
| 2024年 | 23 | 10勝10敗 | 2.55 | 151回2/3 |
| 2025年 | 22 | 6勝14敗 | 2.48 | 152回1/3 |
| 2026年 | 23 | 7勝11敗 | 3.60 | 137回2/3 |
※NPB公式年度別成績を基に作成。
2023年:手術からの復帰を果たす2023年は右肘手術後の復帰シーズンでした。
20試合に先発し、9勝6敗、防御率3.01を記録。前年のような178回2/3には届かなかったものの、再び先発の柱として試合を作りました。
手術後のシーズンとしては、十分に存在感を示した結果です。
2024年:10勝・防御率2.55と安定した投球2024年は23試合に登板し、10勝10敗、防御率2.55を記録しました。
2桁勝利に到達し、防御率も前年から改善しています。
151回2/3を投げ、先発として年間を通じて一定の役割を果たしました。
2025年:防御率2.48でも6勝14敗2025年は森下にとって初めての開幕投手を務めたシーズンでした。
22試合に先発し、152回1/3を投げて防御率2.48。クオリティースタートも19回記録しています。
しかし、勝敗は6勝14敗。防御率と勝利数の間に大きな差が生まれたシーズンでした。
日刊スポーツやデイリースポーツは、打線の援護に恵まれなかったことや、シーズン終盤の右肩の張り・炎症による離脱について報じています。
ここで注意したいのは、2022年に手術したのは右肘であり、2025年に報じられた不調は右肩の問題だったという点です。異なる部位の出来事を同一の故障として扱うことはできません。
2026年:7勝11敗、防御率3.602026年シーズン終了時点の森下は、23試合に登板し、すべて先発でした。
主な成績は以下のとおりです。
- 登板:23試合
- 勝利:7勝
- 敗戦:11敗
- 防御率:3.60
- 投球回:137回2/3
- 奪三振:112
- 完投:2試合
- 完封:1試合
- WHIP:1.25
2025年に続いて負け越しとなり、防御率も前年の2.48から3.60に上昇しました。
一方で、112奪三振を記録し、23試合すべてに先発しています。先発投手としての役割を担い続けたことも評価材料です。
2026年の数字だけで全盛期からの衰えを断定するのは早計ですが、2020年の新人王獲得時や2024年の10勝シーズンと比べると、投球内容の立て直しが今後の課題になっています。
2026年度の年俸は推定2億円2025年12月10日の契約更改では、森下は2000万円増の推定2億円で契約しました。
これは2026年度の年俸に当たります。
2025年は6勝14敗という結果だったものの、防御率2.48、152回1/3、リーグ上位のQS率など、先発投手としての内容が評価されたと報じられています。
契約更改時には、将来的なメジャー挑戦についても話題になりました。
ただし、本人はチームへの貢献を優先する考えを示しており、まずは広島で結果を残す姿勢を強調していました。
2026年はその期待に応えるためにも、勝敗だけでなく投球内容の改善が求められるシーズンとなりました。
【プロの結論】森下暢仁を評価するなら勝利数だけでは不十分
森下暢仁のキャリアを振り返ると、新人王、東京オリンピック金メダル、2桁勝利、右肘手術からの復帰、そして年俸2億円への到達と、数多くの転換点があります。
その一方で、2025年と2026年は2年連続で負け越しており、2022年や2024年のような成績を安定して残せるかが課題です。
評価するときに注目したい3つの数字1. 防御率
防御率は投手自身がどれだけ失点を防いだかを測る基本指標です。
2025年は6勝14敗ながら防御率2.48でした。勝敗だけを見ると苦しいシーズンですが、投球内容には評価できる部分がありました。
2. 投球回数
先発投手にとって、年間を通して何回投げられるかは重要です。
2022年の178回2/3、2025年の152回1/3は、先発としての稼働力を示す数字です。
3. QS率・WHIP
QSは先発投手が6イニング以上を投げ、自責点3以内に抑えた試合の割合です。
WHIPは1イニング当たりに許した走者数を示す指標で、被安打と与四球から算出されます。
勝利数だけでなく、こうした数字を組み合わせることで、打線の援護やチーム事情に左右されにくい投球評価ができます。
森下の2025年は防御率2.48とQS率の高さが評価材料になり、2026年は防御率3.60、WHIP1.25という数字から改善の余地が読み取れます。
森下暢仁の情報を調べる際に間違えやすいポイント- 年俸1億1000万円は2022年の年俸ではない: 2022年12月の契約更改で決まった2023年度の推定年俸。
- 結婚発表は2022年12月16日: 結婚相手は明治大学時代の知人である一般女性。
- 侍ジャパン辞退の理由は右肘痛: 2022年11月の強化試合を辞退した公式理由。
- WBCと侍ジャパン強化試合は別の大会: 2023年WBCについても右肘の状態から出場が難しいと報じられた。
- 2022年の手術は右肘: 骨棘切除と関節内滑膜切除を実施。2025年には右肩の不調も報じられた。
選手の評価では、発表された事実、年度別の公式記録、報道上の推定を区別することが大切です。
【森下暢仁】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:森下暢仁の結婚相手は誰ですか?
A1:明治大学時代に知り合った1学年下の一般女性です。2022年12月16日に結婚を公表しました。妻の名前や詳しいプロフィールは公表されていません。
Q2:森下暢仁はいつ結婚しましたか?
A2:2022年に結婚し、同年12月16日に公表しました。契約更改のタイミングで結婚を明らかにしています。
Q3:森下暢仁が右肘の手術を受けた理由は何ですか?
A3:右肘痛が続いていたためです。2022年10月26日に右肘関節鏡視下骨棘切除と右肘関節内滑膜切除を受けました。骨棘ができた直接的な原因については詳細な公表がありません。
Q4:森下暢仁が侍ジャパンを辞退した理由は?
A4:2022年11月の侍ジャパン強化試合について、右肘痛を理由に出場を辞退しました。翌年3月のWBC出場も難しいと報じられています。
Q5:森下暢仁の2022年の成績は?
A5:27試合に先発して10勝8敗、防御率3.17、178回2/3、133奪三振でした。投球回数はリーグ最多でした。
Q6:森下暢仁の年俸はいくらですか?
A6:2022年12月の契約更改では推定1億1000万円でした。その後、2025年12月の契約更改で2000万円増の推定2億円となり、2026年度の年俸は2億円です。
Q7:森下暢仁は東京オリンピックで金メダルを獲得しましたか?
A7:はい。2021年開催の東京2020オリンピックに野球日本代表として出場し、決勝のアメリカ戦で先発して5回無失点。日本の金メダル獲得に貢献しました。
森下暢仁は大分県大分市出身で、大分商業高校、明治大学を経て2019年に広島東洋カープへ入団した右投右打の先発投手です。
プロ1年目の2020年に新人王を獲得し、2021年には東京オリンピックで金メダルを獲得。2022年には10勝8敗、178回2/3という成績を残し、同年12月には一般女性との結婚と推定年俸1億1000万円が明らかになりました。
一方、2022年10月には右肘痛によって侍ジャパンの強化試合を辞退し、骨棘切除と滑膜切除の手術を受けています。その後、2023年に一軍復帰を果たし、2024年には再び10勝を記録しました。
2026年は7勝11敗、防御率3.60という結果でシーズンを終えています。推定年俸2億円の右腕として、今後は再び安定した投球を取り戻せるかが注目されます。
森下の実力を正しく評価するには、勝利数だけでなく、防御率、投球回数、QS率、WHIPなどを総合的に見ることが欠かせません。
東京オリンピック金メダリストであり、広島の先発陣を長く支えてきた森下暢仁。今後の復調とチームへの貢献が、引き続き大きな注目ポイントです。