天鎧鵬は1984年10月14日生まれ。2026年10月現在、42歳です。
本名は南貴由輝(みなみ・たかゆき)。四股名の「天鎧鵬」は「てんかいほう」と読みます。熊本県玉名市(旧玉名郡天水町)で生まれ、文徳高校、日本大学を経て大相撲の世界に入りました。
日本相撲協会の公式力士プロフィールには、出身地や所属部屋、得意技、現役時代の成績などが掲載されています。
基本プロフィール一覧| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 四股名 | 天鎧鵬 貴由輝 |
| 読み方 | てんかいほう たかゆき |
| 本名 | 南 貴由輝 |
| 生年月日 | 1984年10月14日 |
| 年齢 | 42歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 熊本県玉名市 |
| 出身高校 | 文徳高校 |
| 出身大学 | 日本大学 |
| 所属部屋 | 尾上部屋 |
| 身長 | 182.5cm(約183cm) |
| 体重 | 公式記録では179.0kg |
| 得意技 | 右四つ・寄り |
| 最高位 | 西前頭8枚目 |
特に体格については、身長183cm・体重188kgと紹介する人物プロフィールもあります。一方、日本相撲協会の公式プロフィールに記載されている数値は身長182.5cm、体重179.0kgです。
身長は約183cmという理解で差し支えありませんが、体重については公式記録の179kgと188kgの記載を区別する必要があります。人物紹介を参照するときは、どの資料の数値なのかを確認することが大切です。
熊本県玉名市から大相撲の世界へ天鎧鵬の出身地は熊本県玉名市です。
文徳高校、日本大学と進学し、大学卒業後は尾上部屋に入門しました。高校・大学時代の先輩に当たる尾上親方(元小結・浜ノ嶋)との縁も、同部屋への入門につながっています。
故郷とのつながりも印象的です。2016年に熊本地震が発生した際には、被災した地元から応援を受けていたことに感謝を示していました。
力士としての活動を通じて、熊本出身の関取として地元との関係を築いてきた人物です。
【天鎧鵬の経歴】尾上部屋での下積みから最高位・西前頭8枚目へ

天鎧鵬の相撲人生は、最初から順調だったわけではありません。
2007年1月場所で初土俵を踏んだ後、関取になるまで約4年半を要しました。同期の力士が先に昇進するなか、幕下で経験を積み重ねたことが、その後の土台になっています。
2007年から2013年までの主な歩み- 2007年1月場所: 初土俵。尾上部屋で力士としての生活を開始。
- 2011年7月場所: 新十両に昇進。
- 2012年1月場所: 新入幕を果たす。
- 2013年11月場所: 自己最高位となる西前頭8枚目に到達。
特に新入幕を果たした2012年1月場所は、長い幕下生活を経てつかんだ大きな転機でした。
引退会見で天鎧鵬は、新入幕後に旭天鵬と対戦して勝ち越した一番を思い出として挙げています。テレビで見ていた大先輩と実際に対戦し、勝利できたことは、本人にとっても特別な経験だったようです。
右四つ・寄りを武器にした相撲天鎧鵬の得意技は右四つと寄りです。
右四つとは、組み合ったときに右手を相手の左下手に差す組み手のこと。そこから相手の体勢を崩し、前に出て寄り切るのが基本的な攻め方です。
大きな体格を生かして相手との距離を詰め、組んでから力を発揮する相撲が持ち味でした。
日本相撲協会の公式記録でも、得意技は「右四つ・寄り」とされています。また、決まり手の傾向では寄り切りが最も多く、公式プロフィールの集計では44%を占めています。
2014年の右足首の故障と現役引退天鎧鵬の土俵人生における大きな転換点は、2014年3月場所でした。
右足関節を故障し、その後、番付を落とすことになります。一度は十両に復帰したものの、2016年7月場所以降は再び幕下での相撲が続きました。
関取への復帰を目指して土俵に立ち続けましたが、2019年3月場所を最後に現役を引退します。
引退会見では、幕下に落ちてから約2年半が経過し、再び関取に戻ろうとする気持ちに体がついてこなくなったと説明しました。
長年の挑戦を振り返りながら語った「やり切った」という思いには、簡単には諦めなかった力士生活の重みが表れています。
現役時代の通算成績日本相撲協会の公式プロフィールによると、天鎧鵬の主な成績は次のとおりです。
- 生涯戦歴:367勝365敗4休
- 幕内戦歴:38勝63敗4休
- 幕内在位:7場所
- 三段目優勝:1回
- 最高位:前頭8枚目
最高位への到達だけでなく、幕下から十両、幕内へと時間をかけて昇進した経歴も特徴です。
【天鎧鵬の結婚】相手は2歳年上の介護福祉士
天鎧鵬は2015年9月11日に結婚しています。
結婚相手は、介護福祉士として働いていた平島亜香利さんです。当時32歳で、天鎧鵬より2歳年上でした。
この結婚については、2015年9月12日付の日刊スポーツが報じています。
2人の出会いは名古屋場所の千秋楽パーティー報道によると、2人が初めて出会ったのは、結婚の約3年前に開かれた名古屋場所の千秋楽パーティーでした。
出会った翌日には食事に出かけ、その後交際に発展。約1年半後には天鎧鵬からプロポーズし、結婚に至りました。
2015年9月11日、大安の日に東京都大田区役所へ婚姻届を提出しています。
当時の天鎧鵬は30歳。秋場所での再入幕を目指していた時期でもあり、結婚は私生活における大きな節目となりました。
結婚相手のプロフィール| 項目 | 公表されている内容 |
|---|---|
| 名前 | 平島亜香利さん |
| 結婚当時の年齢 | 32歳 |
| 年齢差 | 天鎧鵬より2歳年上 |
| 職業 | 介護福祉士 |
| 出身地 | 愛知県安城市 |
| 婚姻届提出日 | 2015年9月11日 |
結婚相手は一般女性であり、力士本人とは異なる立場の人物です。
出会いや結婚に関する情報は当時のスポーツ報道で紹介されていますが、現在の生活や詳しい家族構成については、継続的に公表されている情報は限られています。
結婚したという事実と、家族のプライベートに関する情報は分けて考える必要があります。
【プロの結論】天鎧鵬の現在を理解する3つのポイント
天鎧鵬の歩みを整理すると、単に元幕内力士という肩書だけでは説明できない特徴が見えてきます。
1. 現役時代の経験を新しい仕事に転換している2025年10月に日本相撲協会を退職した後、2026年には観光事業に進出しました。
オオクマ観光株式会社の事業は、相撲部屋の稽古見学などを通じて、一般の観光客に相撲文化を体験してもらうことを目指しています。
元力士だからこそ説明できる稽古の意味や力士の日常は、通常の観光案内とは異なる価値を生み出せる分野です。
2. 親方時代に培った発信力も強み日刊スポーツなどの報道では、天鎧鵬は親方時代から明るいキャラクターと話術で知られていました。
東京場所での親方トークショーの司会や相撲教習所での新弟子指導など、土俵以外の活動も経験しています。
2026年にはYouTubeや相撲解説など、情報発信の場を広げています。現役時代の技術的な知識だけでなく、相撲を一般の人に分かりやすく伝える能力も、現在の仕事につながる資産です。
3. 相撲協会を退職しても相撲との縁は続いている日本相撲協会の親方として働くことと、民間企業で相撲文化を広めることは、立場も仕事の仕組みも異なります。
天鎧鵬の場合は、協会を退職した後も相撲解説や観光事業、動画配信などを通じて相撲との関わりを続けています。
2026年10月には、YouTubeで相撲界の隠語を解説したことも報道されました。「タニマチ」「あんこ型」「やまいく」「かまぼこ」など、一般の視聴者には分かりにくい専門用語を元力士の視点で紹介しています。
この活動は、相撲の魅力を競技そのものだけでなく、文化や生活習慣まで含めて伝える取り組みとして捉えられます。
【天鎧鵬】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:天鎧鵬は現在何をしていますか?
A1:2026年現在は、オオクマ観光株式会社の代表として観光事業に取り組み、YouTubeチャンネル「南のごっちゃんねる」などで相撲文化を発信しています。相撲解説やメディア出演も活動の一つです。
Q2:天鎧鵬の結婚相手は誰ですか?
A2:2015年9月11日に、介護福祉士の平島亜香利さんと結婚しました。結婚当時、妻は32歳で、天鎧鵬より2歳年上でした。
Q3:天鎧鵬の最高位は何枚目ですか?
A3:最高位は西前頭8枚目です。2013年11月場所に到達しました。
天鎧鵬こと南貴由輝さんは、熊本県玉名市出身の元幕内力士です。尾上部屋で長い下積みを経験し、2013年11月場所には最高位の西前頭8枚目まで昇進しました。
2015年9月11日には介護福祉士の平島亜香利さんと結婚。2019年3月に現役を引退した後は親方として後進の指導に携わり、2025年10月26日付で日本相撲協会を退職しました。
2026年はオオクマ観光株式会社の代表として観光事業に取り組むほか、「南のごっちゃんねる」を通じて相撲の魅力を発信しています。
天鎧鵬の現在を調べる際に押さえたいのは、現役引退と相撲協会退職は別の出来事であり、2026年現在は実業家・相撲文化の発信者として活動しているという点です。
現役時代の実績だけでなく、引退後のキャリアにも目を向けると、天鎧鵬という人物の歩みをより立体的に理解できます。
主な参照資料: 日本相撲協会公式力士プロフィール・引退発表、日刊スポーツの2015年結婚報道・2025年退職報道、デイリースポーツの2019年引退会見・2026年事業報道、オオクマ観光関連の公式発信、アカツキメディアスタジオの2026年プレスリリース。