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【家族構成】吉行あぐりの娘、吉行淳之介の妹として育った芸術一家

如月 なお 如月 なお • 更新: • 公開: • 読了約 10 分
目次

吉行和子さんの家族構成を語るうえで欠かせないのが、吉行家の存在です。

父は作家の吉行エイスケさん、母は美容師の吉行あぐりさん。兄は芥川賞作家の吉行淳之介さん、妹は詩人・作家の吉行理恵さんです。

それぞれが異なる分野で活躍した、芸術的な才能に恵まれた一家でした。

吉行和子さんの家族一覧

- 父:吉行エイスケ — 作家・詩人。和子さんが4歳のときに亡くなった。
- 母:吉行あぐり — 美容師。NHK連続テレビ小説『あぐり』のモデルとなった人物。
- 兄:吉行淳之介 — 小説家。芥川賞受賞者。
- 本人:吉行和子 — 女優・エッセイスト・俳人。
- 妹:吉行理恵 — 詩人・小説家。芥川賞受賞者。

家族それぞれが独立した活動をしていたこともあり、吉行家には一般的な家庭とは異なる生活スタイルがありました。

吉行さんは過去のインタビューで、幼少期には家族全員で食卓を囲む機会がほとんどなかったと振り返っています。父を早くに亡くし、母は美容師として忙しく働き、兄も早い時期に家を離れていたためです。

母・吉行あぐりとの関係


吉行あぐりさん

1907年生まれの美容師。NHK連続テレビ小説『あぐり』の主人公のモデルとしても知られています。2015年1月5日、107歳で亡くなりました。

母のあぐりさんは、仕事に打ち込む自立した女性でした。

吉行さんは2021年のテレビ朝日のインタビューで、母が90歳を過ぎてから一緒に食事をしたり、旅行に出かけたりするようになったことを語っています。

それまで母娘で過ごす時間が少なかった二人が、晩年になって一緒に旅行を楽しむ関係になったのです。

また、母が91歳のときに初めて海外旅行に出かけたエピソードも紹介されています。年齢を理由に行動を制限しない、あぐりさんの好奇心旺盛な性格が伝わる話です。

兄・吉行淳之介との関係


吉行淳之介さん

1924年生まれの小説家。1954年に『驟雨』で芥川賞を受賞。1994年に亡くなりました。

兄の吉行淳之介さんは、戦後文学を代表する作家の一人です。

妹の和子さんは、兄の文学的な評価とは別の立場から、吉行家で過ごした日々や兄との関係を文章に残しています。

著書『兄・淳之介と私』などからも、作家の妹としてだけでなく、一人の家族として兄を見つめていたことがうかがえます。

妹・吉行理恵との関係


吉行理恵さん

詩人・小説家。兄と同じく芥川賞を受賞した文学者で、2006年に亡くなりました。

妹の理恵さんも文学の世界で活躍しました。

和子さんは兄と妹を相次いで亡くし、2015年には母も見送りました。2019年公開のインタビューでは、吉行家の家族史や一人で暮らすようになった経緯についても語っています。

こうした家族との経験は、吉行さんのエッセイにも反映されています。

【エッセイスト・俳人としての顔】女優だけではなかった吉行和子の才能

吉行和子現在

吉行和子さんは、俳優としての活動と並行して文章を書く仕事にも取り組んでいました。

特にエッセイストとしての評価は高く、1984年には著書『どこまで演れば気がすむの』で第32回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。

女優という仕事の裏側や、日常生活で感じたこと、人間関係などを率直な言葉で表現してきました。

代表的な著書

- 『どこまで演れば気がすむの』
- 『男はみんなハムレット』
- 『兄・淳之介と私』
- 『ひとり語り―女優というものは―』
- 『そしていま、一人になった』

なかでも『そしていま、一人になった』は、母・あぐりさんとの生活や兄・淳之介さん、妹・理恵さんとの思い出を通じて、自分の人生を振り返った作品です。

家族を失った悲しみだけでなく、一人で暮らすことへの考え方や、残された人生をどう楽しむかというテーマも扱っています。

俳号は「窓烏」!俳句にも取り組んでいた

吉行さんには、俳句を詠む一面もありました。

俳号は「窓烏(まどがらす)」です。

俳優の冨士眞奈美さんとの対談では、二人がそれぞれの俳号で自選句を紹介し、俳句や人生、恋愛、仕事について語っています。

俳句は、演技とは異なる表現方法です。

限られた文字数の中に季節や感情、日常の発見を込める俳句には、観察力や言葉への感覚が求められます。吉行さんが俳優だけでなく、文章や俳句にも関心を持っていたことは、表現者としての幅広さを示しています。

【代表作を振り返る】『妻よ薔薇のように』で演じた平田富子とは?

吉行和子さんの代表作の一つとして挙げられるのが、山田洋次監督の『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』です。

この作品は2018年5月25日に公開された映画で、『家族はつらいよ』シリーズの第3作に当たります。

吉行さんは橋爪功さん演じる平田周造の妻、平田富子役を担当しました。

『妻よ薔薇のように』の作品概要
項目 内容
作品名 妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ
公開日 2018年5月25日
監督 山田洋次
主な出演者 橋爪功、吉行和子、西村まさ彦、夏川結衣
吉行和子の役 平田富子
上映時間 123分
ジャンル 家族コメディ・ドラマ

物語の中心となるのは、主婦の史枝が家を飛び出したことから始まる家族の騒動です。

家事を担っていた妻がいなくなり、家族は掃除や洗濯、食事の準備など、日常生活のさまざまな問題に直面します。

山田洋次監督は、この作品のテーマを「主婦への讃歌」と位置づけています。

吉行さんが演じた富子は、平田家を支える熟年夫婦の妻です。

ここで興味深いのは、実生活では独身を選んだ吉行さんが、映画では長年連れ添った夫婦の妻を自然に演じていたことです。

俳優にとって、役柄と実生活は必ずしも一致しません。自身が経験していない人生や家庭環境であっても、人物の感情や関係性を表現することが演技の仕事です。

吉行さんは、こうした役柄を通じて、実生活とは異なる多様な女性像を観客に届けてきました。

2026年以降に見られる出演作品

2026年10月31日時点で、吉行さんの出演作品には次のような動きがあります。

- 『金子文子 何が私をこうさせたか』:2026年2月28日公開。文子の朝鮮の祖母役。
- 『あなたの息子ひき出します!』:2026年10月2日公開。吉行さんも出演。
- 『ひとりで死ぬのはイヤだから』:2027年1月16日公開予定。映画作品情報に出演者として記載。

これらは、吉行さんの死後も作品を通じて演技に触れられることを示しています。特に2027年公開予定作については、今後の公開情報にも注目したいところです。

【吉行和子現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:吉行和子さんは現在も存命ですか?
A1:いいえ。2025年9月2日未明、肺炎のため90歳で亡くなりました。所属事務所が同月8日に正式発表しています。

Q2:吉行和子さんは結婚していましたか?元夫は誰ですか?
A2:28歳のときに結婚し、約4年で離婚しています。相手は芝居の仲間だったと報じられていますが、氏名は公表情報から確認できません。その後は再婚していません。

Q3:吉行和子さんに子供はいましたか?
A3:子供はいません。子供を持たなかった具体的な理由については、本人が明確に公表した情報は確認できません。

Q4:吉行和子さんの母親は誰ですか?
A4:母親は美容師の吉行あぐりさんです。NHK連続テレビ小説『あぐり』のモデルとして知られ、2015年に107歳で亡くなりました。

Q5:吉行和子さんの代表作は何ですか?
A5:映画『愛の亡霊』『折り梅』『佐賀のがばいばあちゃん』『おくりびと』『東京家族』などがあります。ドラマでは『3年B組金八先生』『ふぞろいの林檎たち』『ナースのお仕事』などが代表的です。

吉行和子さんは、2025年9月2日に90歳で亡くなりました。

1957年の舞台『アンネの日記』で主演デビューして以来、映画、テレビドラマ、舞台で長く活躍。エッセイストとしても日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、俳句にも取り組んできました。

私生活では28歳で結婚し、約4年で離婚。その後は再婚せず、子供を持たないまま自分らしい独身生活を送りました。

母の吉行あぐりさん、兄の吉行淳之介さん、妹の吉行理恵さんとの関係も、彼女の人生を理解するうえで欠かせない要素です。

吉行さんの歩みから見えてくるのは、結婚や家族の形だけで人生の幸福を決めることはできないということです。自分に合った暮らし方を選び、長年にわたって仕事と表現を続けた姿勢には、今も学ぶべきものがあります。

2026年以降も出演映画の公開を通じて、新しい世代が吉行さんの演技に触れる機会は続きます。

女優、エッセイスト、俳人として多彩な才能を発揮した吉行和子さん。その作品と生き方は、これからも日本の映画・演劇史に残り続けるでしょう。

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如月 なお
コンテンツディレクター 如月 なお
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アイドルグループのリリース情報とライブ告知を追いかけて8年。卒業や加入の発表は必ず公式発表の日付とあわせて記録しています。

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