大銀杏という名称は、髷の先端部分を広げた形が、植物のイチョウの葉に似ていることに由来する。読み方は「おおいちょう」。相撲界では、十両以上の関取が本場所などで結う格式ある髪型として知られている。
日本相撲協会の公式解説では、頭頂部に乗った髷のはけ先がイチョウの葉の形に似ていることが、名前の由来として紹介されている。後ろから見ると、頭の上に大きく広がった髷が載っているように見えるのが特徴だ。
ただし、大銀杏の形を正確に理解するには、髷の先端だけでなく、頭頂部にまとめられた髪全体にも注目したい。
「大たぶさ」とは?髷の名称を正しく理解する相撲界では、大銀杏の頭頂部に載せた部分を「大たぶさ」と呼ぶ。
日本相撲協会の2023年8月の公式クイズでは、大たぶさについて、前方をイチョウの葉の形に広げ、後方に丸く突き出した部分と説明している。
一般に、頭頂部に集めて束ねた髪は「たぶさ」または「もとどり」と呼ばれる。力士の場合は、この部分を大きく、ゆったりと結い上げるため「大たぶさ」という名称が使われる。
ここで覚えておきたいのは、次の違いだ。
- 大銀杏:髷全体の形を表す呼び名。
- 大たぶさ:頭頂部に載せた、束ねて折り曲げた髪の部分。
- イチョウの葉の形:大たぶさの毛先を広げた特徴的な部分。
引退力士の断髪式で、司会者が「大たぶさが切り落とされました」と紹介することがある。これは単に髪の毛を切ったという意味ではなく、力士生活を象徴する髷が最後に切り離されたことを表している。
大銀杏は、力士の身分を示すだけでなく、現役生活の節目にも深く関係する髪型なのである。
【十両以上が条件?】大銀杏の規定と幕下力士の例外

大銀杏を結えるかどうかを決める基本的な基準は、番付上の地位だ。
日本相撲協会の「寄付行為施行細則・附属規定」に定められた相撲規則の力士(競技者)規定第3条には、次の内容が記されている。
「十枚目以上の力士は、出場に際して大銀杏に結髪しなければならない」
ここでいう十枚目とは、現在の番付でいう十両のこと。つまり、十両に昇進して関取になると、大銀杏を結う立場になる。
重要なのは、大銀杏が単なる自由選択の髪型ではないという点だ。規定上、関取には出場時に大銀杏を結う義務がある。ただし、異例の速さで昇進し、まだ髪の長さが十分でない場合は例外として扱われる。
また、関取であっても日常生活や稽古では丁髷で過ごす。大銀杏は本場所や公式行事など、格式が求められる場面で結う髪型だ。
幕下と十両の見分け方は髷だけではないテレビ中継で力士の髪型を見れば、番付上の立場を判断する大きな手掛かりになる。
基本的には、大銀杏なら十両以上、丁髷なら幕下以下という見分け方ができる。ただし、髷だけで個々の力士の番付を断定するのは避けたい。初切などの特別な出演や、昇進直後の髪の長さなど、例外があるためだ。
幕下以下でも大銀杏を結える特別なケース幕下以下の力士が大銀杏を結う場面も存在する。日本相撲協会が2025年10月に掲載した公式クイズでは、次のケースが例外として紹介されている。
- 弓取り式:本場所の結びの一番後などに行われる儀式を担当するとき。
- 初切:相撲の禁じ手や珍しい決まり手を紹介する演目に出演するとき。
- 床山の練習台:床山が大銀杏の技術を磨くために結髪の練習をするとき。
- 引退時の断髪式:現役最後の儀式で髷を切り落とすとき。
ただし、十両との対戦については公式解説の時期によって記載に違いがある。2025年10月のクイズでは十両との対戦時も例外に挙げられている一方、2026年1月13日の公式クイズでは、幕下上位5番について「大銀杏が許される」という選択肢を否定し、幕下以下は取組時には大銀杏を結わないと説明している。
したがって、幕下上位だから大銀杏が許されるという理解は正しくない。少なくとも幕下上位5番は、通常の幕下の取組と同様に大銀杏の対象外だ。特別な出演と通常の取組を区別する必要がある。
なお、初切は巡業などで行われる人気の演目で、日本相撲協会によれば、江戸時代から続く伝統がある。2人の力士が禁じ手や珍しい技をコミカルに紹介するため、通常の取組とは異なる演出が認められている。
このように、大銀杏の例外は番付上の昇進を意味するものではない。あくまで儀式や演目に伴う特別な扱いである。
【大銀杏と丁髷の違い】形・番付・結う場面を比較
大銀杏と丁髷は、どちらも力士が結う伝統的な髪型だが、見た目も役割も異なる。
最大の違いは、髷の毛先を広げるかどうか。大銀杏は頭頂部に載せた髷を大きく広げ、イチョウの葉のような形に整える。一方、丁髷は髪をまとめて折り曲げた、比較的小さくシンプルな形だ。
日本相撲協会の公式解説では、現在の力士の髷は基本的にこの2種類に整理されている。
大銀杏と丁髷の比較表※時間は熟練者などによる一般的な目安。髪質や毛量、髪の状態によって異なる。
この比較で注目したいのは、十両昇進が単なる番付上の変化ではないという点だ。関取になると、取組の待遇だけでなく、髪型という外見上の伝統にも変化が生まれる。
大銀杏は、力士が関取として新たな段階に進んだことを観客に視覚的に伝える役割を担っている。
一方、稽古場では関取も丁髷に戻る。つまり、同じ力士が公の場と日常で異なる髷を使い分けているのだ。
【床山の技術を解説】大銀杏の結い方・元結・鬢付け油と所要時間
大銀杏の完成度を左右するのが、床山(とこやま)の技術だ。
床山とは、力士の髪を整え、丁髷や大銀杏を結い上げる専門職人のこと。相撲部屋で力士の身だしなみを支える裏方であり、髪質や毛量、頭の形に合わせて髷を仕上げる。
日本相撲協会の公式解説では、大銀杏の結髪技術を習得するには10年以上かかると紹介されている。単純に髪を束ねる作業ではなく、長い修業によって身に付ける専門技術なのである。
大銀杏を結う工程はどうなっている?大銀杏の結髪は、おおむね次のような工程で進む。
1.髪を整える
まず髪を櫛でとかし、もつれや乱れを取り除く。必要に応じて水を使い、髪のクセや流れを整える。髪質によって扱い方を変えることも床山の腕の見せどころだ。
2.鬢付け油をなじませる
次に、鬢付け油を髪全体になじませる。髪にまとまりと艶を与え、毛流れを整えるために欠かせない工程である。
3.元結で髪を束ねる
頭頂部に髪を集め、元結(もとゆい)を使ってしっかり固定する。元結は和紙を細く巻いて作られた丈夫なひもで、伝統的な髷の結髪に使われる道具だ。
4.髷を折り曲げて固定する
束ねた髪を頭頂部に折り曲げ、再び元結などを使って形を整える。この段階で、髷全体の大きさや後頭部側のまとまりが決まってくる。
5.毛先を広げて大銀杏に仕上げる
最後に、髷棒などを使って毛先を広げ、イチョウの葉のような形を作る。左右のバランスや毛先の広がりを確認しながら、全体の形を整える。
仕上げのわずかな違いが、正面や横、後ろから見たときの印象を大きく変える。力士一人ひとりの頭の形や髪質に合わせる必要があり、経験の浅い床山には難しい作業だ。
こうした結髪の工程は、nippon.comが紹介した床山への取材記事や、日本相撲協会の床山研修会の映像でも確認できる。
元結と鬢付け油は何が違う?大銀杏を支える代表的な道具が、元結と鬢付け油だ。どちらも結髪に欠かせないが、役割はまったく異なる。
元結は髪を固定するためのひも、鬢付け油は髪を整えるための整髪料と理解すると分かりやすい。
元結は、和紙を細く巻き、海藻や米などを原料とする糊で固めたものが伝統的に使われている。力士の髪を強く束ね、取組中にも簡単に崩れないようにする役割を担う。
鬢付け油は、髪の流れを整え、まとまりと光沢を出すために使用される。一般的な現代のヘアワックスとは異なる、相撲の結髪に受け継がれてきた独特の整髪料だ。
床山への取材記事では、鬢付け油の硬さや髪へのなじませ方も、季節や作業性に関係することが紹介されている。こうした細かな調整も職人技の一部である。
大銀杏を結う時間は何分?熟練者でも20〜30分大銀杏を完成させるまでの時間は、一般的に約20〜30分が目安とされる。
日本相撲協会の公式クイズでは、熟練した床山でも一人の関取の大銀杏を仕上げるのに20〜30分かかると説明されている。
また、協会公式チャンネルが2019年6月に公開した床山研修会の映像では、通常なら約30分ほどで結う大銀杏に対し、研修会での結髪には1時間以上かかったと紹介されている。
これは完成形を作るだけなら誰でも短時間でできるという話ではないことを示している。技術を習得する段階では、髪の扱い方から固定の力加減、左右の形の調整まで、何度も練習を重ねなければならない。
大銀杏は見た目の美しさだけでなく、力士が動いても形を保つことが求められる。床山にとっては、速さと正確さを同時に求められる仕事なのである。
【幕末から明治へ】大銀杏の歴史と断髪令を乗り越えた相撲文化
現在の大銀杏は、江戸時代からまったく同じ形で受け継がれてきたわけではない。力士の髷は、その時代の社会風俗や男性の髪型の流行と深く関係していた。
江戸時代には、多くの力士が大名に召し抱えられ、武士身分に準じた扱いを受けていた。そのため、髷も武士の髪型に近いものが用いられていた。
日本相撲協会の公式解説によると、幕末の頃から大銀杏の形が流行し始め、明治中期頃には力士の標準的な髷になったという。
当時は現在のように十両以上だけが大銀杏を結う制度ではなく、三段目以上の力士が結う時期もあった。栗髷など、現在では見られない髪型も存在していた。
1871年の散髪脱刀令で力士の髷はどうなった?大銀杏の歴史を語るうえで欠かせないのが、明治4年(1871年)に出された散髪脱刀令だ。
この法令は、髷を切って髪型を自由にすることや、帯刀をやめることを認めたもの。一般に「断髪令」と呼ばれることもあるが、正式には「散髪脱刀令」と呼ばれる。
国立公文書館の解説によると、1871年の太政官布告は、従来の身分によって定められていた髪型や服装の自由を認める内容だった。髷を結うことを一律に禁止した法令ではない。
ここで興味深いのが、相撲界の対応だ。
日本相撲協会の歴史解説によれば、当時、相撲界にも断髪の動きが及ぼうとしたものの、力士の伝統的な風俗として従来どおりの結髪が認められ、髷の文化が残った。
つまり、力士の髷が今日まで続いているのは、単に古い習慣を守り続けたからではない。明治初期の社会制度の変化のなかで、相撲独自の文化として結髪が存続した歴史がある。
明治中期に大銀杏が標準化、現在は2種類に明治中期になると、大銀杏が力士の標準的な髪型として定着していった。
ただし、すぐに現在の形に統一されたわけではない。栗髷などの異なる髷も残り、昭和初期頃まで見られたとされる。
その後、相撲界の結髪は整理され、現在は十両以上の大銀杏、幕下以下の丁髷という2種類が基本になった。
歴史を整理すると、次のようになる。
- 江戸時代:力士の髷は当時の風俗や武士の髪型の影響を受けていた。
- 幕末:大銀杏が流行し始める。
- 1871年(明治4年):散髪脱刀令が公布される。相撲界では伝統的な結髪が維持される。
- 明治中期:大銀杏が力士の標準的な髪型として定着する。
- 昭和初期頃まで:栗髷などの古い髷も一部で残る。
- 2026年:十両以上の大銀杏、幕下以下の丁髷という基本的な区分が続いている。
この変遷から分かるのは、大銀杏が単なる江戸時代の名残ではないということだ。明治以降の相撲界が、伝統と組織の格式を維持するなかで標準化してきた髪型なのである。
【相撲大銀杏】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大銀杏は十両以上の力士しか結えないのですか?
A1:原則として、そのとおりです。日本相撲協会の力士規定では、十枚目以上の力士は出場時に大銀杏を結うことが定められています。ただし、弓取り式や初切、断髪式など、幕下以下の力士にも認められる特別なケースがあります。
Q2:大銀杏を結うのに何分かかりますか?
A2:熟練した床山でも、およそ20〜30分が目安です。力士の髪質や毛量、頭の形に合わせて調整するため、個人差があります。技術の習得には10年以上かかるともいわれています。
Q3:関取は普段から大銀杏を結っているのですか?
A3:いいえ。関取も稽古や普段の生活では丁髷で過ごします。本場所や公式行事など、格式が求められる場面で大銀杏を結うのが基本です。
Q4:大銀杏の名前の由来は何ですか?
A4:髷の毛先を前方に広げた形が、イチョウの葉に似ていることに由来します。頭頂部に載せた髪の部分は「大たぶさ」と呼ばれます。
Q5:大銀杏と丁髷の最大の違いは何ですか?
A5:髷の形と結える立場です。大銀杏は毛先をイチョウの葉の形に広げる関取の髪型で、丁髷は髪を束ねて折り曲げた比較的シンプルな髪型です。幕下以下の力士は基本的に丁髷を結います。
Q6:幕下上位の力士は十両に近いので大銀杏を結えますか?
A6:幕下上位という理由だけでは結えません。2026年1月の日本相撲協会の公式解説でも、幕下上位5番で大銀杏が許されるという説明は否定されています。初切や弓取り式などの特別な場面と、通常の取組は区別する必要があります。
大銀杏は、十両以上の関取が本場所や公式行事などで結う、相撲界を象徴する伝統的な髪型だ。
名前の由来は、髷の毛先がイチョウの葉に似ていること。頭頂部に載せた部分は大たぶさと呼ばれ、元結や鬢付け油を使いながら、床山が一人ひとりの髪質や頭の形に合わせて仕上げる。
また、幕下以下の力士が結う丁髷とは、見た目だけでなく、番付上の意味も異なる。大銀杏は関取としての地位を示すと同時に、明治初期の断髪政策を経ても残された相撲独自の文化を伝えている。
2026年現在、大銀杏を理解するうえで押さえておきたいポイントは次の3つだ。
- 番付:十両以上の関取が出場時に結うのが基本。
- 技術:熟練した床山が元結や鬢付け油を使い、20〜30分ほどかけて仕上げる。
- 歴史:幕末に流行し、明治中期に標準化された、日本の相撲文化を象徴する髪型。
次に大相撲を観戦するときは、力士の髷にも注目してほしい。大銀杏の美しい形の裏側には、関取としての格式だけでなく、床山が長年積み重ねてきた修業と、時代を越えて受け継がれてきた日本の伝統が息づいている。