2026年現在の主な出演者は、司会の羽鳥慎一とアシスタントの松岡朱里です。テレビ朝日の公式番組ページでは、この2人に加え、レギュラーコメンテーター、気象予報士、コーナー担当、リポーターも紹介されています。
番組の歴史を振り返ると、1964年4月1日の開始から1993年4月2日の第1期終了まで、司会者は時代ごとに交代してきました。長谷川肇、奈良和、竹中陽一、溝口泰男らが番組を支え、2015年9月28日には羽鳥慎一を中心とする現在の第2期が始まっています。さらに、2020年3月19日のダイヤモンド・プリンセス乗客夫妻の写真をめぐる謝罪は、情報番組に求められる報道倫理を考えるうえでも重要な出来事です。
【2026年最新】モーニングショーのアナウンサーは誰?現在の出演者と放送時間

2026年10月現在、テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」の中心となる出演者は、羽鳥慎一と松岡朱里です。
番組を視聴していて「羽鳥さん以外の女性アナウンサーは誰?」「玉川徹もアナウンサーなの?」と疑問に感じる人もいるでしょう。実際には、それぞれの出演者が異なる役割を担っています。
司会・アシスタントは羽鳥慎一と松岡朱里羽鳥慎一は、番組の総合司会を務めるフリーアナウンサーです。ニュースの進行を担当するだけでなく、専門家やコメンテーターへの質問、議論の整理、話題の切り替えなど、番組全体の進行を担っています。
松岡朱里は、テレビ朝日所属のアナウンサーで、番組のアシスタントを担当しています。2024年の入社直後から番組を担当しており、若手アナウンサーとして朝の情報番組の現場に立っています。
テレビ朝日の公式プロフィールによると、松岡は北海道出身。特技は13年間続けたダンスで、ヒップホップやソウルパンキングなど幅広いジャンルに取り組んできました。好きな言葉として「経験は宝なり」「初心忘るべからず」を挙げています。
そのほかの主な出演者番組には、司会・アシスタント以外にも複数の出演者がいます。特に、コメンテーターとアナウンサー、気象予報士を区別すると、出演者の役割が分かりやすくなります。
- 玉川徹:レギュラーコメンテーター。テレビ朝日で長年、番組制作や取材に携わってきた経歴を持つ。
- 片岡信和:気象予報士。2020年から番組のお天気キャスターを担当。
- 板倉朋希:コーナー担当。2020年から番組に出演。
- 草薙和輝:コーナー担当。2024年から番組を担当。
- 岡安弥生、齋藤寿寿、原元美紀、松田朋子:リポーターなどを担当。
玉川徹は番組で存在感のある出演者ですが、現在の番組公式ページでは「レギュラーコメンテーター」に分類されています。羽鳥や松岡と同じ司会・アシスタントの立場ではありません。
放送時間と番組の基本情報2026年現在の基本的な放送枠は、月曜日から金曜日の午前8時から9時55分までです。
- 番組名:羽鳥慎一モーニングショー
- 放送局:テレビ朝日系列
- 放送曜日:月曜日~金曜日
- 放送時間:午前8時~午前9時55分
- 放送形式:生放送
- メイン司会:羽鳥慎一
- アシスタント:松岡朱里
番組では政治、経済、国際情勢、事件、災害、社会問題、生活情報などを扱います。テレビ朝日の番組紹介でも、パネルを活用してニュースの背景や問題点を読み解く構成が特徴として説明されています。
なお、番組の基本放送時間と出演者は通常編成に関する情報です。祝日や特別番組、重大ニュースなどによって放送内容や出演者が変更される場合があります。
【羽鳥慎一のプロフィールと経歴】日本テレビからフリーアナウンサーへの転身
羽鳥慎一は、日本テレビの看板アナウンサーとして活躍した後、2011年にフリーへ転身した人物です。現在の「羽鳥慎一モーニングショー」につながるキャリアには、朝の情報番組で培った経験が大きく関係しています。
羽鳥慎一の基本プロフィール- 名前:羽鳥慎一(はとり・しんいち)
- 生年月日:1971年3月24日
- 出身地:埼玉県上尾市
- 出身大学:早稲田大学政治経済学部
- 血液型:A型
- 身長:182cm
- 職業:フリーアナウンサー・司会者
- 所属:株式会社テイクオフ
これらは所属事務所の公式プロフィールなどに掲載されている情報です。
日本テレビ時代に培った司会力羽鳥は1994年に日本テレビへ入社しました。
入社後はスポーツ中継やバラエティー番組などを経験し、朝の看板番組「ズームイン!!SUPER」では司会を担当。視聴者に親しみやすく情報を伝えるスタイルで知名度を高めました。
情報を正確に伝えるアナウンス技術に加え、出演者との自然な掛け合いや生放送での対応力を身につけたことが、その後のキャスター活動につながっています。
2011年にフリーへ転身、「モーニングバード!」を担当羽鳥は2011年3月末に日本テレビを退社し、同年4月からフリーアナウンサーとして活動を開始しました。
独立後はテレビ朝日の「モーニングバード!」で司会を担当します。この番組は、現在の「羽鳥慎一モーニングショー」へつながる前身番組にあたります。
日本テレビ時代の知名度を生かしながら、テレビ局の枠を越えて活動するキャスターへと転身したことは、羽鳥のキャリアにおける大きな転換点でした。
2015年に現在の番組の総合司会へ2015年9月28日、「羽鳥慎一モーニングショー」がスタートしました。所属事務所の公式プロフィールにも、同日から出演中と記載されています。
テレビ朝日の現在の出演者紹介では2015年10月から総合司会を担当していると説明されていますが、これは月単位の表記です。実際の第2期の放送開始日は9月28日です。
羽鳥は単に原稿を読むだけではなく、ニュースの要点を視聴者に伝え、専門家の意見を引き出し、異なる立場の出演者をつなぐ役割を担っています。
また、「ぐるぐるナインティナイン」などのバラエティー番組でも司会を務めており、報道・情報番組と娯楽番組の両方で活動してきた点も特徴です。
【歴代司会者一覧】1964年から1993年までのモーニングショーの変遷
現在の番組を理解するには、第1期の歴史を知ることが欠かせません。
初代司会者は木島則夫。1964年4月1日に始まった番組は、日本のテレビ史におけるワイドショーの原点となりました。その後、司会者の交代を繰り返しながら、1993年4月2日まで約29年間続きました。
第1期の歴代メイン司会者主な歴代司会者と担当時期を整理すると、次のようになります。
| 時期 | メイン司会者 | 番組の動き・備考 |
|---|---|---|
| 1964年4月~1968年3月 | 木島則夫 | 初代司会者。番組を立ち上げた中心人物 |
| 1968年4月~1969年3月 | 長谷川肇 | 第2代司会者。NHK出身 |
| 1969年4月~1976年10月 | 奈良和 | 約7年半にわたって総合司会を担当 |
| 1976年10月~1977年3月 | 竹中陽一 | 一般公募で選ばれた司会者。3月11日に降板 |
| 1977年3月~4月 | 複数司会者体制 | 溝口泰男、植木まり子らが進行を担当 |
| 1977年5月~1983年3月 | 溝口泰男 | 第5代総合司会として番組を牽引 |
| 1983年4月~1986年9月 | 江森陽弘 | 第1期後半の司会者 |
| 1986年10月~1987年10月 | 美里美寿々 | 女性メイン司会者として登場 |
| 1987年10月~1988年10月 | 武見敬三 | 第1期後半の司会者 |
| 1988年10月~1991年3月 | 内田忠男 | 国際報道の経験を持つキャスター |
| 1991年4月~1993年4月 | 渡辺宜嗣 | 第1期最後のメイン司会者 |
| 2015年9月28日~ | 羽鳥慎一 | 第2期の総合司会 |
この一覧で注意したいのは、第1期と第2期が同じ番組名を引き継ぎながらも、放送休止期間を挟んでいることです。1993年に第1期が終了し、2015年に新たな体制で再スタートしました。
1964年4月1日、日本初のワイドショーとして誕生第1期の「モーニングショー」が始まったのは、1964年4月1日です。当時の放送局は日本教育テレビ、現在のテレビ朝日でした。
放送時間は月曜日から金曜日の午前8時30分から9時30分まで。現在の放送枠より30分遅く始まり、終了も25分早い、1時間番組でした。
当時の朝のテレビは、NHKの番組が中心でした。民放にとって朝は視聴者を集めにくい時間帯と考えられていましたが、NETテレビはこの時間帯に生放送の情報番組を投入しました。
ビデオリサーチが2024年に公開したテレビ史の解説記事によると、番組の企画にはスポンサーからの提案が関係していました。初代プロデューサーの浅田孝彦は、ニュースだけでなく生活情報や人間味のある話題を取り入れ、朝の視聴者に向けた独自の番組づくりを進めました。
生放送を重視し、ゲストとの台本に縛られないやり取りを取り入れたことも特徴です。テレビの即時性を生かし、ニュースに登場する人物の感情や現場の空気まで伝えようとした点に、当時の新しさがありました。
【長谷川肇・奈良和・竹中陽一】歴代司会者の時代と降板の経緯
第1期の歴史で特に興味深いのが、長谷川肇、奈良和、竹中陽一、溝口泰男へと続く司会者の交代です。
この時代は、単純に人気アナウンサーを入れ替えたわけではありません。ニュースを求める視聴者の変化、番組の制作体制、司会者に求められる能力などが複雑に関係していました。
長谷川肇は木島則夫の後を継いだ第2代司会者初代の木島則夫は、1968年3月限りで降板しました。疲労が理由とされ、番組の視聴者が娯楽や企画だけでなく、より多くのニュースを求めるようになっていたことも背景にありました。
1968年4月から後任に就いたのが、NHK出身のアナウンサー、長谷川肇です。
長谷川は木島と同じくNHKで経験を積んだ人物でした。しかし、担当期間は約1年間と比較的短く、1969年4月にはNETテレビのアナウンサーだった奈良和へ司会が交代します。
奈良和は約7年半にわたり番組を支えた奈良和は1969年4月から1976年10月まで、約7年半にわたって総合司会を務めました。
この時期、溝口泰男がサブ司会者として番組に参加していました。後に溝口が総合司会へ昇格することを考えると、奈良の時代は溝口にとって重要な経験を積む期間だったといえます。
奈良から竹中への交代は、番組の歴史の中でも特異な出来事でした。アナウンサー経験の豊富な人物ではなく、一般公募によって選ばれた人物をメイン司会に起用したためです。
竹中陽一の降板理由は?一般公募から短期間での交代へ1976年10月、奈良和の後任として第4代司会者に就任したのが竹中陽一です。
竹中は、報道カメラマンやタクシー運転手としての経歴を持つ人物でした。一般公募のコンテストで選ばれたため、従来のアナウンサー中心の人選とは大きく異なる試みでした。
番組側は、一般社会での経験や独自の視点を生かした進行を期待していたと考えられます。しかし、実際の放送では「喋らない司会者」と評されるようになり、司会としての適性を疑問視される状況になりました。
竹中の契約は1977年3月末までの6か月間でした。NET側は1977年1月に契約を更新しない意向を伝えています。
ところが、竹中の妻が番組の内情を記した手紙を新聞社へ送ったことで、局側と竹中側の関係がさらに複雑になりました。最終的に契約満了を待たず、1977年3月11日に降板することになります。
その後、竹中は1977年3月18日にフジテレビの裏番組「小川宏ショー」へゲスト出演し、初代司会者の木島則夫と共演しました。
竹中の降板は、一般人をメイン司会者に抜擢するという実験的な人事が、必ずしも生放送の情報番組に適合するとは限らないことを示す出来事でした。
溝口泰男と植木まり子が支えた移行期間竹中の降板後、番組はすぐに新しいメイン司会者を据えたわけではありません。
しばらくの間は、アシスタントだった溝口泰男と植木まり子らが司会進行を担当する複数司会者体制へ移行しました。
特に溝口は、奈良和の時代からサブ司会者として番組を支えていた経験があります。番組の進行や出演者との関係を理解していたため、移行期の重要な存在となりました。
そして1977年5月、溝口が正式に第5代総合司会へ就任します。
1977年5月から1983年3月まで約6年間にわたって番組を担当した溝口の時代は、竹中の降板によって生じた不安定な時期から番組を立て直す転換点となりました。
この一連の交代劇から分かるのは、司会者の知名度や話題性だけでは番組を維持できないということです。生放送では、ニュースの理解力、即時対応、出演者との連携、視聴者に伝える技術が求められます。
【2015年に再始動】羽鳥慎一モーニングショーの特徴と評判
1993年4月2日に第1期が終了した「モーニングショー」は、約22年の空白期間を経て、2015年9月28日に第2期として再始動しました。
現在の「羽鳥慎一モーニングショー」は、前身の「モーニングバード!」から羽鳥慎一を引き継ぎ、ニュースを中心とした情報番組として新しい歴史を築いています。
第1期と第2期は何が違う?両者の大きな違いは、時代に合わせたニュースの扱い方と番組の進行スタイルです。
第1期は、ニュース、芸能、生活情報、ゲストとのトークなどを組み合わせた総合的なワイドショーでした。生放送ならではの人間味や、司会者とゲストのやり取りが番組の魅力となっていました。
一方、第2期では政治や社会問題、国際情勢などを掘り下げる構成が目立ちます。特に、羽鳥が進行するパネル解説は、複雑なニュースを視覚的に整理する番組の代表的な手法です。
第1期と第2期の基本的な違いは次のとおりです。
- 第1期:1964年から1993年まで。木島則夫を初代司会者とする日本初のワイドショー。
- 第2期:2015年から現在まで。羽鳥慎一を総合司会とするニュース・情報番組。
番組の特徴は、司会者とコメンテーターがニュースについて意見を交わす構成にあります。
羽鳥は議論の進行役として、出演者の意見を引き出しながら番組を進めます。玉川徹をはじめとするコメンテーターが独自の見解を述べる場面もあり、ニュースの背景に踏み込む姿勢が番組の個性を形づくっています。
こうしたスタイルには、ニュースを詳しく知ることができるという評価がある一方、出演者の強い意見や表現をめぐって批判が生じることもあります。
情報番組の評価が分かれるのは、事実を伝える役割と、社会問題に対して意見を述べる役割が同じ番組内に存在するためです。
視聴者にとっては、ニュースの事実関係とコメンテーター個人の評価を区別して受け取ることが大切です。
出演者の個性が番組の評価に与える影響朝の情報番組は、毎日同じ時間帯に放送されるため、司会者への信頼感が視聴習慣に影響します。
羽鳥の役割は、個性的な出演者の発言を生放送の中で整理し、番組としての進行を成立させることです。意見が異なる出演者が集まる番組では、司会者が議論をどのように扱うかも評価の対象になります。
その意味で、現在の番組は羽鳥個人の知名度だけで成り立っているわけではありません。アシスタント、コメンテーター、リポーター、専門家など、それぞれの役割が組み合わさって構成されています。
【2020年3月19日の謝罪】ダイヤモンド・プリンセス報道で何があった?
「羽鳥慎一モーニングショー」の過去を振り返るうえで、2020年3月19日の放送も外せません。
新型コロナウイルスの感染拡大が続いていた時期、番組は集団感染が確認されたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客夫妻をめぐる問題について説明し、羽鳥が謝罪しました。
乗客夫妻の写真をめぐる問題問題となったのは、以前の放送で夫妻の顔写真を紹介した際、番組側が改めて本人たちの了解を得ていなかったことです。
2020年3月19日の放送で羽鳥は、夫妻が3回のPCR検査で陰性だったにもかかわらず、スポーツジムに事実上通えず、病院でも受け付けてもらえない状態になっていると説明しました。
さらに、番組で夫妻の写真を改めて了解を得ることなく放送したことについて、次のように謝罪しました。
「番組側が配慮をするべきでした。大変申し訳ありませんでした」
これは、報道する側が個人のプライバシーや、その後の生活への影響を十分に考慮する必要があることを示す事例です。
謝罪後の発言にも批判が集まった理由この放送では、羽鳥は番組の配慮不足を謝罪した後、差別的な行動についても言及しました。
「そういったなかで、心ない差別的な行動は多く、決して許されることではありません」と述べ、感染者やその関係者への偏見を問題視しました。
しかし、この発言の流れについては、番組側の写真使用に関する不手際と、社会に存在する差別の問題を一緒に説明することで、責任の所在が曖昧になっているのではないかという批判が報じられました。
当時の報道では、写真を無断で使用した番組側の問題と、夫妻に対する周囲の差別的な対応は、分けて説明するべきだという指摘が取り上げられています。
この問題を整理すると、次の3点が重要です。
- 番組側の問題:夫妻の顔写真を、改めて了解を得ずに放送したこと。
- 本人たちへの影響:3回のPCR検査で陰性だったにもかかわらず、生活上の不利益を受けていたと番組が説明したこと。
- 放送後の論点:番組の不手際への謝罪と、社会的な差別への批判をどう区別して伝えるかが問われたこと。
テレビの報道では、映像や写真が持つ影響力は非常に大きくなります。特に感染症や事件に関係する個人を取り上げる場合、情報の正確性だけでなく、本人の同意、プライバシー、放送後の生活まで考慮する必要があります。
2020年3月19日の出来事は、番組の評判を考えるうえでも、テレビ朝日の情報番組が向き合うべき報道倫理を考えるうえでも重要な事例です。
【プロの結論】モーニングショーの歴史から見える司会者と情報番組の役割
「モーニングショー」の歴史をたどると、番組の成功を左右するのは司会者の知名度だけではないことが分かります。
1964年の開始時、初代司会者の木島則夫には、従来のニュースアナウンサーとは異なる人間味のある進行が期待されました。その後、長谷川肇、奈良和、竹中陽一、溝口泰男らが、それぞれ異なる形で番組を支えました。
特に竹中の降板劇は、一般公募という話題性のある人選だけでは、生放送の司会に必要な技術や対応力を補えないことを示しています。
一方、2015年に再始動した第2期では、羽鳥慎一が長年のアナウンサー経験を生かし、ニュースの進行と出演者の意見をまとめる役割を担っています。
情報番組を見るときに意識したい3つの判断基準1. 事実と意見を区別する
ニュースの出来事そのものと、コメンテーターが示す解釈は同じではありません。発言の説得力だけで判断せず、何が確認された事実なのかを意識することが大切です。
2. 司会者と専門家の役割を理解する
司会者は議論を進行し、コメンテーターはそれぞれの専門性や立場から意見を述べます。出演者の肩書や専門分野を把握すると、情報の受け取り方も変わります。
3. 番組の説明とその後の訂正・謝罪にも注目する
生放送では、情報の誤りや配慮不足が後から明らかになることがあります。最初の報道だけでなく、番組がどのように訂正し、説明責任を果たしたかも評価するポイントです。
朝の情報番組に求められるのは、分かりやすさと速報性だけではありません。多様な立場を扱う慎重さ、情報を検証する姿勢、そして誤りがあった際の説明責任も欠かせません。
【モーニングショー アナウンサー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、モーニングショーの女性アナウンサーは誰ですか?
A1:アシスタントを務めるのは、テレビ朝日アナウンサーの松岡朱里です。2024年の入社直後から番組を担当しています。
Q2:モーニングショーの初代司会者は誰ですか?
A2:初代司会者は木島則夫です。1964年4月1日の番組開始から1968年3月まで担当しました。
Q3:竹中陽一がモーニングショーを降板した理由は何ですか?
A3:一般公募で起用されたものの、放送中に発言が少なく「喋らない司会者」と評されました。NET側が契約を更新しない方針を伝えた後、番組の内情をめぐる問題もあり、1977年3月11日に降板しました。
Q4:モーニングショーはいつから放送されていますか?
A4:第1期は1964年4月1日に開始しました。1993年4月2日に終了した後、2015年9月28日に「羽鳥慎一モーニングショー」として第2期がスタートしています。
Q5:モーニングショーの現在の放送時間は何時から何時までですか?
A5:基本的に月曜日から金曜日の午前8時から9時55分までです。テレビ朝日系列で生放送されています。
Q6:玉川徹はモーニングショーのアナウンサーですか?
A6:現在の番組公式ページではレギュラーコメンテーターとして紹介されています。テレビ朝日で長年取材や番組制作に携わった経歴がありますが、現在の司会・アシスタントとは役割が異なります。
2026年現在、「羽鳥慎一モーニングショー」の司会は羽鳥慎一、アシスタントは松岡朱里です。平日午前8時から9時55分まで放送され、政治、社会、経済、国際情勢など幅広いニュースを取り上げています。
番組の歴史は1964年4月1日に始まりました。初代の木島則夫から、長谷川肇、奈良和、竹中陽一、溝口泰男、江森陽弘、美里美寿々、武見敬三、内田忠男、渡辺宜嗣へと司会者が交代し、1993年4月2日に第1期が終了しています。
そして2015年9月28日、羽鳥慎一を総合司会に迎えて第2期がスタートしました。現在の番組は、従来のワイドショーの要素を受け継ぎながら、ニュースの背景や社会問題をパネルなどで掘り下げる構成になっています。
一方、2020年3月19日のダイヤモンド・プリンセス乗客夫妻の写真をめぐる謝罪は、情報番組におけるプライバシー保護や説明責任の重要性を浮き彫りにしました。
歴代司会者の変遷を知ることは、単なる出演者の名前を覚えることではありません。時代ごとに視聴者が求める情報や、テレビの報道姿勢がどのように変わってきたのかを理解する手掛かりにもなります。今後も羽鳥慎一と松岡朱里を中心とする出演者の役割、そして番組が社会の出来事をどう伝えるのかに注目したいところです。
主な参照資料: テレビ朝日公式番組ページ・所属事務所テイクオフ公式プロフィール・ビデオリサーチのテレビ史解説・日本記録認定協会・2020年3月19日の放送に関する報道。