日本代表の国際大会への出場、国内選手権の開催、競技規則の整備、次世代選手の育成。日本のバレーボール界を支える活動の中心にあるのが、公益財団法人日本バレーボール協会(Japan Volleyball Association、略称:JVA)だ。2026年現在、同協会は創立100周年を翌年に控え、2027年に向けた記念事業も進めている。
その歴史をたどると、1927年に神戸市で設立された大日本排球協会に行き着く。関東排球協会と関西排球協会の設立、三橋義雄や多田徳雄らの活動、そして戦後の組織再編を経て、現在の日本バレーボール協会が形づくられた。名誉総裁には2023年から高円宮妃久子殿下が就任している。
【基本情報】日本バレーボール協会とは何をする団体なのか?

日本バレーボール協会は、日本国内のバレーボール界を統括し、競技の普及と振興を推進する国内競技連盟である。正式名称は公益財団法人日本バレーボール協会。英語ではJapan Volleyball Associationと表記し、JVAの略称で知られている。
単に日本代表チームを支援するだけの団体ではない。トップレベルの競技から学校スポーツ、地域クラブ、ビーチバレーボールまで、国内の競技環境を維持・発展させる役割を持つ。
JVA公式の団体概要では、バレーボール界を統轄・代表する団体として、競技の普及と振興を図り、児童や青少年の健全な育成、国民の心身の健全な発達、豊かな人間性の涵養に寄与することを目的として掲げている。
つまり、勝利やメダル獲得だけを目標にする組織ではない。競技を始める子どもから、競技を支える審判員、指導者、地域の運営スタッフ、トップ選手まで、幅広い関係者を支える仕組みを整えることも重要な仕事だ。
日本バレーボール協会の基本プロフィール- 正式名称:公益財団法人日本バレーボール協会
- 英語名称:Japan Volleyball Association
- 略称:JVA
- 創設:1927年(昭和2年)
- 前身:大日本排球協会
- 法人設立認可:1973年8月27日
- 公益財団法人への移行:2011年2月1日
- 所在地:東京都渋谷区千駄ヶ谷
- 会長:川合俊一
- 名誉総裁:高円宮妃久子殿下
ここで注意したいのが、1927年の創設と1973年の法人設立認可は、同じ意味ではないという点だ。1927年は競技団体としての歴史的な出発点であり、1973年は財団法人として法的な組織形態を整えた年に当たる。
さらに2011年2月1日には公益財団法人へ移行した。現在の正式名称に「公益財団法人」が付くのは、この法人制度上の変化によるものだ。
【設立の歴史】1927年に神戸市で誕生した理由と三橋義雄・多田徳雄の功績
日本バレーボール協会の歴史を理解するには、1927年の設立だけでなく、その前段階にあった地域ごとの競技組織の活動を知る必要がある。
日本にバレーボールが紹介されたのは1908年。日本バレーボール協会の公式沿革によると、スプリングフィールド大学を卒業した大森兵蔵が東京YMCAで競技を紹介したことが、日本での普及の始まりとされている。
1917年には東京で開催された第3回極東選手権競技大会に日本が初参加した。その後、学校やYMCAなどを通じて競技が広がり、1920年代には地域大会や全国規模の選手権大会が開催されるようになった。
関東排球協会と関西排球協会の設立1921年には大日本体育協会の事業として全日本排球選手権大会が始まった。しかし、当時はバレーボール界全体を統括する独立した中央組織が存在していなかった。
競技人口の拡大や大会運営、選手選考、国際大会への対応を進めるには、地域ごとの活動をまとめる組織が必要だった。
そこで大きな役割を果たしたのが、関東と関西の競技関係者だった。
日本体育大学紀要に掲載された野上和恵・下谷内勝利の研究論文「日本における女子バレーボールの普及過程に関する研究(1908-1927)」によると、1925年5月には三橋義雄を中心に関東排球協会が設立され、同年11月には多田徳雄、渡辺、西川ら神戸高商OBを中心に関西排球協会が設立された。
両組織は競技の普及と技術向上を進めるため、大会開催、審判活動、チーム指導、刊行物による情報発信などに取り組んだ。特に関西では、神戸高等商業学校(現在の神戸大学につながる学校)を中心とした競技活動が盛んだった。
三橋義雄と多田徳雄はどのような人物だったのか三橋義雄は、1925年に設立された関東排球協会の中心人物として研究論文に記録されている。関東地域における競技の組織化を進めた人物の一人だ。
一方、多田徳雄は関西のバレーボール発展に深く関わった指導者である。1920年に神戸高商へ赴任し、同校の競技力向上に取り組んだ。極東選手権競技大会で海外のプレーを研究し、その知見を指導に取り入れたことも、神戸高商の強化につながった。
また、多田は関西地域の女子バレーボールの普及にも関わっている。学校への巡回指導や大会開催を通じて、競技を広げる活動を展開した。
なお、人物名の表記には注意が必要だ。一部の紹介情報では「三橋成雄」と記載されているが、1996年の日本体育大学紀要の研究論文では、関東排球協会の中心人物を「三橋義雄」と記している。JVAの公式沿革は創設時の人物名を列挙していないため、両者を同一人物として断定するよりも、研究論文に記載された表記と紹介情報の違いを区別して理解するのが適切だ。
1927年7月31日、大日本排球協会が設立地域組織が整備される一方で、全国を統括する中央組織の必要性は高まっていた。
野上・下谷内の研究論文によると、1927年7月31日、大日本排球協会が設立された。同年10月19日には大日本体育協会に加盟している。
設立の背景には、全国大会の運営や国際大会への選手派遣を一元的に担う組織が必要だったという事情がある。各地域で競技が盛んになっても、全国的な統括機能がなければ競技の発展には限界があった。
神戸市が日本バレーボール協会の発祥地として語られるのは、関西の競技活動と神戸高商のOBを中心とする組織づくりが、中央団体の成立に深く関わっていたためだ。神戸市立葺合高校には日本バレーボール協会発祥の地を伝える記念碑があるとする関係者の記録も残されている。
この歴史から見えてくるのは、JVAが最初から東京を中心に生まれた組織ではなかったという事実だ。関東と関西の地域組織が競技の基盤を築き、神戸で全国統括組織へと発展したのである。
【歴史年表】1927年から2027年の創立100周年までを整理
日本バレーボール協会の歩みは、設立後も組織の再編や国際競技への対応を繰り返しながら続いてきた。特に戦後の再出発、FIVBへの加盟、公益法人化は、現在のJVAを理解するうえで欠かせない節目となっている。
| 年 | 主な出来事 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1908年 | 大森兵蔵が東京YMCAでバレーボールを紹介 | 日本での普及の起点 |
| 1917年 | 第3回極東選手権競技大会に日本が初参加 | 国際競技への参加 |
| 1921年 | 全日本排球選手権大会が開始 | 全国大会の基礎形成 |
| 1925年 | 関東排球協会・関西排球協会が設立 | 地域組織の整備 |
| 1927年 | 大日本排球協会が設立 | 現在のJVAの創設につながる |
| 1946年 | 日本排球協会が設立 | 戦後の競技団体の再出発 |
| 1947年 | 日本バレーボール協会に改称 | 現在につながる名称へ変更 |
| 1951年 | 国際バレーボール連盟(FIVB)に加盟 | 国際競技組織との連携 |
| 1973年 | 財団法人設立認可 | 法人組織としての整備 |
| 2011年 | 公益財団法人へ移行 | 公益性を担う法人へ移行 |
| 2022年 | 川合俊一が会長に就任 | 現在の執行体制につながる転換点 |
| 2023年 | 高円宮妃久子殿下が名誉総裁に就任 | 名誉総裁職の設置 |
| 2025年 | 川合俊一が会長3期目に入り、組織を再編 | 発信力・国際渉外機能などを強化 |
| 2026年 | 創立100周年記念のスローガン・ロゴを発表 | 100周年に向けた準備 |
| 2027年 | 創立100周年 | 新たな100年への節目 |
この年表で注目したいのは、1927年の設立から2011年の公益財団法人化まで、組織としての形態が変化してきたことだ。
また、1946年の日本排球協会設立と1947年の日本バレーボール協会への改称は、戦後の再編を示す重要な出来事である。1927年の大日本排球協会という名称が、そのまま現在まで使用されているわけではない。
JVA公式の沿革では、1951年のFIVB加盟、1964年東京オリンピックの女子金メダル、1972年ミュンヘンオリンピックの男子金メダルなども記録されている。組織の歴史は、日本代表の国際的な発展と密接に結びついている。
【組織概要】JVAの組織構造と2026年現在の会長・名誉総裁
日本バレーボール協会は、会長や理事だけで運営されているわけではない。公益財団法人として評議員会、理事会、監事などの仕組みを備え、加盟団体や専門委員会と連携して事業を進めている。
全国の競技組織をつなぐネットワークJVAの公式概要によると、加盟団体には全国9ブロックのバレーボール連盟と全国47都道府県のバレーボール協会が含まれる。
これらの地域組織があることで、中央の競技方針や大会運営の仕組みを地域に展開できる。全国規模の大会だけでなく、都道府県や市区町村単位の競技活動も支えられる構造だ。
さらに、大学、高校、中学校、小学生、実業団、クラブ、ビーチバレー、ソフトバレーなど、異なる競技環境を持つ団体とも連携している。
2026年現在の会長は川合俊一2026年現在の会長は、元バレーボール日本代表選手の川合俊一だ。
JVAは2022年3月22日に川合氏が第12代会長に就任したと発表している。さらに2025年6月25日の理事会で会長に再選され、2026年1月の新年挨拶では会長3期目に入ったことを報告している。
2025年には組織体制の再編も実施された。JVAの新年挨拶によると、マーケティングと広報を同じグループにまとめたほか、国際試合の実現や各国との関係調整を担う国際渉外と、都道府県協会や加盟団体との連携を担う国内渉外を組み合わせた体制を整備した。
この再編からは、競技力の強化だけでなく、情報発信や国際交渉、国内組織の基盤整備にも重点を置く方針が読み取れる。
名誉総裁は高円宮妃久子殿下JVAの名誉総裁は、高円宮妃久子殿下である。
2023年4月1日付で公益財団法人日本バレーボール協会の名誉総裁に就任した。JVAが同日に公表した公式発表によると、名誉総裁という役職は創設100周年を控えた組織に新たに設けられたものだった。
高円宮妃久子殿下は、憲仁親王妃久子としても知られる。スポーツ全般への造詣が深いことから、バレーボールの普及と振興を進めるJVAの名誉総裁に推戴された。
ここで押さえておきたいのは、名誉総裁と会長は役割が異なることだ。
- 名誉総裁:協会の名誉を象徴する立場。
- 会長:協会を代表する役職で、代表理事として組織運営を担う。
- 理事:理事会を構成し、法人の業務執行や意思決定に関わる。
- 監事:理事の職務執行などを監査する。
- 評議員:評議員会を構成し、法人運営に関する重要事項を決議する。
したがって、高円宮妃久子殿下が日常的な協会運営を指揮しているという理解は正確ではない。実際の業務執行は、会長や業務執行理事などの役員が担っている。
【JVAの役割】日本代表・国内大会・選手育成を支える6つの仕事
日本バレーボール協会の存在意義は、国内競技の統括という言葉だけでは十分に理解できない。実際には、競技を成立させるための複数の機能を持っている。
1. 日本代表の活動と国際競技への対応JVAは、男子・女子のインドア日本代表と男女のビーチバレーボール日本代表に関わる国内統括団体だ。
国際大会への参加に向けた競技団体としての調整、代表活動の支援、国際競技組織との連携などを担う。選手の強化や代表チームの活動を支えるためには、国内だけでなく国際的な競技環境を理解する必要がある。
1951年のFIVB加盟は、その国際的な活動の基盤となった。日本のバレーボール界は、国際バレーボール連盟やアジアの競技組織との関係を通じて、世界の競技動向と接続している。
2. 全国規模の大会の開催と競技環境の整備国内競技大会の運営もJVAの重要な事業だ。
全日本選手権などの全国大会をはじめ、年代別の競技会やビーチバレーボールの大会など、さまざまな競技機会を整備している。
全国大会の開催は、単に優勝チームを決めるだけではない。地域の有力選手が競い合う場を設け、選手の発掘や競技水準の向上につなげる意味も持っている。
3. 競技規則と審判員の資格制度バレーボールの試合を公平に運営するためには、競技規則と審判員の育成が欠かせない。
JVAは審判員の公認資格制度を設け、A級、B級、C級などの資格や講習会・研修会を運営している。
公式戦で判定を担当する審判員には、JVAが公認する資格が求められる。2026年度も6人制、9人制、ビーチバレーボールについて、それぞれ競技規則や審判実技に関する資料が公開されている。
こうした仕組みは、トップリーグから地域大会まで、競技の公平性を維持するための基礎となる。
4. 選手登録と競技団体の管理JVAは選手やチームの登録管理にも関わっている。
JVA-MRSという登録管理システムを通じて、チームや個人の登録手続きを行う仕組みが整備されている。
登録制度は競技者の把握だけが目的ではない。大会参加資格の確認、年代別カテゴリーの管理、競技人口の把握、地域団体への事業支援などにも関係している。
5. 指導者育成と次世代選手の発掘競技の将来を左右するのが、選手を育てる指導者の存在だ。
JVAは指導者養成や講習会、研修会などを通じて、競技に必要な技術や知識を広げている。全国の学校や地域クラブで適切な指導環境を整えることは、長期的な競技力の向上にもつながる。
また、ジュニア世代から年代別の競技大会を整備することで、将来の日本代表につながる選手の育成を支えている。
6. ビーチバレーやソフトバレーなどの普及日本のバレーボールは、インドアの6人制だけではない。
9人制、ビーチバレーボール、ソフトバレーボールなど、競技形式や参加者の年代・目的に応じた多様な活動が存在する。
JVAの加盟団体には、日本ソフトバレーボール連盟や日本ビーチバレーボール連盟なども含まれている。競技を続ける選択肢を増やすことは、競技人口の拡大や生涯スポーツの振興にも関係する。
この6つの機能を総合すると、JVAは日本代表を管理するだけの組織ではなく、バレーボールという競技を全国で成立させるための基盤を担う団体だと理解できる。
【よくある誤解】日本バレーボール協会とSVリーグ・地域協会の違い
日本バレーボール協会を調べる際には、似た名称の団体や関連組織との違いにも注意したい。特に、国内リーグの運営主体や地域協会との関係は混同されやすい。
JVAとSVリーグは同じ組織ではないJVAとSVリーグは、日本のバレーボール界を構成する重要な組織だが、同一の法人ではない。
JVAの公式沿革によると、2005年に日本バレーボールリーグ機構が設立された。現在はSVリーグがJVAの加盟リーグとして位置づけられている。
JVAは国内競技全体の統括や普及、登録、代表活動などを担う一方、SVリーグはトップレベルのリーグ競技を運営する側の組織である。
プロリーグの試合日程やクラブ運営、リーグ独自の事業などをすべてJVAが直接実施していると理解するのは正確ではない。
日本バレーボール協会と都道府県協会の違いJVAは全国規模の中央競技団体であり、各都道府県のバレーボール協会は地域における競技活動を支える組織だ。
例えば、兵庫県バレーボール協会や東京都バレーボール協会は、それぞれの地域で大会運営や選手登録、競技普及などを進めている。
神戸市にある地域のバレーボール協会と、1927年に神戸で設立された大日本排球協会の歴史は、同じものではない。前者は地域の競技組織、後者は現在のJVAにつながる全国組織の前身である。
1927年の設立と現在の法人設立は別の出来事検索時に特に混同しやすいのが、創設年と法人設立年だ。
1927年は大日本排球協会が誕生した年であり、1973年は財団法人として認可された年、2011年は公益財団法人に移行した年である。
それぞれ異なる歴史的な意味を持つため、単に「日本バレーボール協会は2011年設立」とする説明では、約100年にわたる競技団体の歴史が抜け落ちてしまう。
2027年の100周年は何を意味するのか2026年10月19日、JVAは創立100周年記念のスローガン、ステートメント、ロゴを決定したと発表した。
1927年に大日本排球協会として設立された組織が、2027年に100周年を迎えることを記念する取り組みだ。
発表されたスローガンには、ボールを次の選手につなぐ競技の特徴と、次世代や未来の可能性へバレーボールの価値をつないでいくという考え方が込められている。
100周年は単なる記念行事ではない。地域組織の基盤、国際競技での存在感、選手育成、ガバナンスなど、次の時代に向けて競技団体の役割を見直す機会にもなる。
【日本バレーボール協会】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日本バレーボール協会はいつ設立されましたか?
A1:1927年(昭和2年)です。前身となる大日本排球協会が設立されました。野上和恵・下谷内勝利の研究論文では、1927年7月31日に設立され、同年10月19日に大日本体育協会へ加盟したと記録されています。
Q2:日本バレーボール協会はなぜ神戸市で設立されたのですか?
A2:神戸高商を中心とした関西の競技活動が盛んで、多田徳雄らの関係者が関西排球協会の設立や競技普及に関わっていたためです。1925年には関東排球協会と関西排球協会が設立され、その後、全国を統括する中央組織として大日本排球協会が誕生しました。
Q3:日本バレーボール協会の現在の会長は誰ですか?
A3:2026年現在の会長は川合俊一氏です。2022年3月に第12代会長へ就任し、2025年6月の理事会で再選され、3期目に入っています。
Q4:日本バレーボール協会の名誉総裁は誰ですか?
A4:高円宮妃久子殿下です。2023年4月1日付で名誉総裁に就任しました。会長とは異なる名誉職であり、日常的な業務執行を担当する役職ではありません。
Q5:JVAは日本代表チームだけを管理しているのですか?
A5:いいえ。日本代表の活動に加えて、国内大会の開催、選手やチームの登録、競技規則の整備、審判員や指導者の育成、ビーチバレーなどの普及にも関わっています。
Q6:日本バレーボール協会とSVリーグの違いは何ですか?
A6:JVAは日本のバレーボール界全体を統括する国内競技団体です。一方、SVリーグはトップレベルのリーグ競技を運営する組織です。両者は連携関係にありますが、組織としての役割は異なります。
日本バレーボール協会は、1927年に神戸市で設立された大日本排球協会を起源とする、日本のバレーボール界を代表する公益財団法人だ。
その成立には、関東排球協会を中心に活動した三橋義雄や、神戸高商を拠点に関西の競技発展を支えた多田徳雄らの存在があった。地域で育まれた競技活動が全国組織へと発展したことは、日本のスポーツ史においても重要な意味を持つ。
現在のJVAは、日本代表の国際活動、全国大会、競技規則、登録制度、審判員や指導者の育成、地域スポーツの普及など、幅広い事業を担っている。会長は川合俊一氏、名誉総裁は高円宮妃久子殿下であり、全国9ブロックと47都道府県の協会などを通じて競技の基盤を支えている。
【プロの結論】
日本バレーボール協会を理解するうえで大切なのは、「日本代表を運営する団体」という一面的な見方から離れることだ。JVAの本質は、トップ選手の強化と地域の競技普及を両立させ、日本のバレーボール界全体を持続的に発展させる統括機能にある。
また、1927年の創設、1973年の財団法人化、2011年の公益財団法人化を区別することで、歴史的な組織の誕生と現在の法人制度を正しく理解できる。三橋義雄と多田徳雄らによる地域組織の活動も、現在のJVAを形づくった重要な背景だ。
2027年の創立100周年は、これまでの歩みを振り返るだけでなく、次の100年に向けた競技環境の整備を考える節目となる。日本代表の成績だけでなく、地域の競技人口、指導者の育成、審判制度、組織の透明性にも目を向けることが、日本バレーボール界の将来を見極める判断基準となる。
主な根拠資料
- 日本バレーボール協会公式「沿革」「JVAの概要」「組織・加盟団体」
- 日本体育大学紀要(1996年)野上和恵・下谷内勝利「日本における女子バレーボールの普及過程に関する研究」
- JVA公式「2026年 新年のご挨拶」
- JVA公式「高円宮妃久子殿下 名誉総裁御就任のお知らせ」
- JVA公式「創立100周年記念スローガン・ステートメント・ロゴ決定について」