ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 光GENJIのローラースケートはなぜ?採用理由と3カ月特訓、ブームの真相を徹底解説

光GENJIのローラースケートはなぜ?採用理由と3カ月特訓、ブームの真相を徹底解説

紫藤 健太 紫藤 健太 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

1987年、ローラースケートを履いてステージを縦横無尽に駆け回る7人の少年たちが、日本の音楽シーンに鮮烈な印象を残した。彼らの名前は光GENJI。デビュー曲「STAR LIGHT」とともに登場したローラースケートは、単なる衣装や小道具ではなく、グループを象徴する最大の個性となった。

しかし、なぜ光GENJIはローラースケートを履くことになったのか。実は、その背景には1987年に日本公演が行われたミュージカル『スターライト・エクスプレス』と、フジテレビによる宣伝企画が深く関係していた。メンバーはデビュー前から約3カ月にわたる特訓を重ね、滑走しながら歌い、踊り、ジャンプやバック転まで披露する独自のスタイルを確立したのである。2026年には結成39周年を迎え、当時の映像や楽曲も改めて注目されている。

【結論】光GENJIがローラースケートを履いた理由はミュージカルの宣伝企画にあった

ローラースケート光genji

光GENJIのローラースケート採用には、1987年のミュージカル『スターライト・エクスプレス』の日本公演が大きく関係している。

同作は、イギリス発のミュージカルで、列車を擬人化した登場人物たちがローラースケートを履いて舞台を駆け巡る演出が特徴だった。一般的なミュージカルとは異なり、出演者が滑走しながら演技するという視覚的なインパクトを持っていた。

この作品の日本公演をめぐる企画と連動して登場したのが光GENJIだった。デビュー曲「STAR LIGHT」も公演のテーマソング、あるいはイメージソングとして紹介されており、音楽とローラースケートを一体化させたプロモーションが展開された。

成城大学の阿部勘一氏が2024年に発表した論考『アイドルはショッピングモールを目指す!? ―消費空間とアイドル文化―』でも、光GENJIのローラースケートと『スターライト・エクスプレス』の関係が取り上げられている。

同論考によれば、1987年当時、フジテレビは開局30周年記念事業として同ミュージカルの日本公演を計画していた。光GENJIは、その広報宣伝と結びついた存在としてローラースケートを取り入れたという。

つまり、ローラースケートは偶然選ばれたファッションではない。ミュージカルの世界観を音楽番組やテレビを通じて伝えるための、企画上の重要な演出だった。

ただし、宣伝企画として始まったことと、光GENJIの人気が宣伝だけで生まれたことは別問題だ。実際には、7人の身体能力、楽曲の魅力、テレビでの露出、ファンの支持が組み合わさり、当初の企画を超える大きなブームへ発展していった。

【関係を検証】デビュー曲「STAR LIGHT」と『スターライト・エクスプレス』のつながり

光GENJIのデビュー曲「STAR LIGHT」は、1987年8月19日にポニーキャニオンから発売された。

STARTO ENTERTAINMENTの公式ディスコグラフィーにも発売日が記録されており、収録曲は「STAR LIGHT」と「ROLLING STOCK」の2曲。オリコンの作品情報でも発売日は1987年8月19日、最高順位は1位と確認できる。

この楽曲を提供したのは、チャゲ&飛鳥(現・CHAGE and ASKA)だ。作詞・作曲には飛鳥涼とCHAGEが携わり、当時の男性アイドルの楽曲としても印象的な組み合わせだった。

ミュージカルと楽曲の関係

『スターライト・エクスプレス』は、列車を擬人化したキャラクターたちが競い合う物語で、出演者がローラースケートで舞台を移動することが大きな特徴だった。

この作品の日本公演に合わせて光GENJIがデビューし、ローラースケートを使ったパフォーマンスを披露したという経緯は、スポニチアネックスや歌ネットの音楽特集でも紹介されている。

特に注目したいのは、デビュー曲のタイトルとミュージカルの作品名が似ているだけではなく、両者に宣伝上の接点があったことだ。

成城大学の阿部氏の論考では、「STAR LIGHT」が同ミュージカルのイメージソングとして使用されたことに触れ、曲名も作品名から取られたと推測できるとしている。ただし、曲名の命名過程を直接証明する制作関係者の発言を示したものではないため、タイトルの由来については、宣伝上の関係と区別して捉える必要がある。

なぜローラースケートが必要だったのか

答えは、ミュージカルの最大の見せ場を、光GENJI自身のパフォーマンスでも表現するためだ。

単に楽曲を歌うだけでは、ミュージカルの宣伝としての視覚的な訴求力は限定される。一方、メンバーがローラースケートで移動しながら歌えば、作品の特徴をテレビ視聴者に直感的に伝えられる。

さらに、当時のアイドルグループとの差別化にもつながった。従来の歌とダンスを中心としたステージに、滑走という動きを加えることで、光GENJIならではの個性が生まれたのである。

「STAR LIGHT」は、単なるデビュー曲というだけではなく、ミュージカルの世界観と新しいアイドル像を結びつける役割を担っていた。

【デビュー前の舞台裏】ローラースケート3カ月特訓とフジテレビの宣伝活動

光GENJIのパフォーマンスを語るうえで欠かせないのが、デビュー前のローラースケート特訓だ。

現在の映像を見ると、7人が最初から自由自在に滑れたように感じるかもしれない。しかし、成城大学の阿部氏の論考では、光GENJIはもともとローラースケートの熟練者を集めて結成されたグループではなく、結成後にデビューへ向けて練習を重ねたと説明されている。

約3カ月に及んだ練習

スポニチアネックスの2011年の回顧記事によると、メンバーはローラースケートを使った演技を身につけるため、約3カ月の特訓を実施した。

歌ネットの『ザ・ベストテン』関連特集では、練習は1987年4月から始まり、3カ月以上に及んだと紹介されている。

光GENJIの結成日は1987年6月25日とされているため、練習開始時期については、正式な7人組としての結成以前から準備が進められていたこともうかがえる。

最初に必要だったのは、単純に前へ進む技術だけではない。歌いながら滑ること、メンバー同士の間隔を保つこと、方向転換すること、ステージ上で安全に動くことなど、パフォーマンスとして成立させるための技術が求められた。

フジテレビが練習風景を追った理由

特訓の背景には、ミュージカルの宣伝という目的もあった。

阿部氏の論考では、フジテレビがワイドショーなどを通じて、ローラースケートの練習をする光GENJIに密着取材していたことが記されている。

さらに、当時の河田町にあったフジテレビ社屋内を、メンバーがローラースケートを履いたまま移動していたというエピソードも紹介されている。これは、日常的にスケートに慣れるための練習風景として描かれている。

こうした映像は、完成されたアイドルの姿だけでなく、練習を重ねて技術を身につけていく過程を視聴者に見せる効果もあった。

デビュー前から練習風景をテレビで紹介し、デビュー後には実際のステージで完成したパフォーマンスを披露する。この流れは、ミュージカルの宣伝とアイドルの認知拡大を同時に進める仕組みとして機能した。

光GENJI誕生からブームまでの時系列
時期 出来事 注目ポイント
1987年4月ごろ ローラースケートの練習開始とされる デビューに向けた特訓が進む
1987年6月25日 光GENJI結成 「光」と「GENJI」の2ユニットが合体
1987年8月19日 「STAR LIGHT」でデビュー ポニーキャニオンから発売
1987年9月 「STAR LIGHT」がランキング1位を獲得 テレビ歌番組でも人気が拡大
1987年11月 ミュージカル日本公演・「ガラスの十代」発売 プロモーションと人気が本格化
1988年 「パラダイス銀河」が大ヒット グループの人気が頂点へ
2011年 Kis-My-Ft2がデビュー ローラースケートを使った演出を継承
2015年10月 HiHi Jet結成 後輩Jr.グループの象徴的な演出に
2025年2月 ジュニアのグループ再編 HiHi Jetsとしての活動体制が終了
2026年6月25日 結成39周年 「STAR LIGHT」のMVが公開
2026年8月19日 デビュー39周年 作品のサブスク・ダウンロード配信企画が進行

この時系列から分かるのは、光GENJIのローラースケートが、デビュー直前に思いつきで追加された演出ではなかったということだ。練習、テレビでの紹介、楽曲発売、ミュージカルの日本公演が連動した、段階的なプロモーションだった。

【ブームの真相】光GENJIのパフォーマンスはなぜ日本中を熱狂させたのか

ローラースケートを履いて歌うアイドルは、当時の視聴者にとって非常に新鮮だった。しかし、光GENJIの魅力は、単に珍しい道具を使っていたことだけではない。

滑走・スピン・ジャンプ・バック転の組み合わせ

歌ネットの特集では、光GENJIのステージについて、ローラースケートで高速移動しながら、ジャンプやスピン、バック転まで披露するアクロバティックなパフォーマンスだったと紹介されている。

特に特徴的だったのは、歌唱、ダンス、移動が別々の動作ではなく、一つのステージ演出として組み合わされていた点だ。

通常のダンスでは、メンバーがステージ上の定位置を中心に動く場面が多い。一方、光GENJIはローラースケートによって移動そのものを演出に変えた。

ステージの端から端まで滑走し、隊列を変え、回転し、アクロバットを決める。こうした動きによって、テレビ画面の中でも常に変化が生まれた。

小学生や男の子にも人気が広がった

スポニチアネックスの回顧記事が指摘する重要なポイントは、ファン層の広がりだ。

当時の男性アイドルグループは、女子中高生を中心に支持される傾向があった。しかし、光GENJIはメンバーの年齢が比較的若く、小学生にとっても身近な憧れの存在になった。

さらに、ローラースケートという道具が人気を広げるきっかけになった。男性アイドルに強い関心を持っていなかった小学生の男の子にも、滑走する姿は魅力的に映ったのである。

アイドルのファンになることと、ローラースケートで遊ぶこと。この2つの入口があったことで、光GENJIの人気は従来のアイドルファン層を超えて広がった。

数字で見るデビューからの躍進

デビュー曲「STAR LIGHT」は、オリコンの作品情報で最高順位1位、ランキング登場回数47週を記録している。

スポニチアネックスの報道では、同曲のレコード売り上げは49万枚。1987年9月にはTBS系『ザ・ベストテン』でも1位を獲得し、6週連続でトップを維持した。

続く「ガラスの十代」は1987年11月に発売され、同紙によると68万枚を記録。1988年の「パラダイス銀河」は88万枚に達した。

つまり、ローラースケートの話題性が一時的な注目で終わらず、楽曲のヒットへとつながっていたことが分かる。

なお、当時のローラースケートの全国販売個数を示す統一的な数字と、光GENJIによる影響分だけを切り分けた統計は別の話だ。ブームの大きさを考える際は、レコード売り上げとスケート用品の販売動向を混同しないことも大切だ。

【用具の違い】光GENJIが履いていたローラースケートとインラインスケートは別物?

光GENJIの映像を見て、現在一般的に見かけるインラインスケートとの違いが気になった人も多いだろう。

結論からいえば、光GENJIが使用していたのは、車輪が左右それぞれ前後2個ずつ配置された「クワッドローラースケート」だ。

一方、インラインスケートは車輪が靴底の中央に沿って一列に並んでいる。どちらも広い意味ではローラースケートの仲間だが、構造や得意な動作には違いがある。

クワッドローラースケートの特徴

光GENJIが履いていたタイプは、車輪が2列に配置されているため、左右方向の安定性を確保しやすい。

この構造は、ダンスやショーで必要になる方向転換、スピン、ステップなどと相性がよい。特に、音楽に合わせて細かな動きを組み合わせるパフォーマンスでは、その特徴を生かしやすい。

インラインスケートの特徴

インラインスケートは車輪が一列に並んでおり、直進性やスピードを生かした滑走に適している。

ローラーブレードという呼び方も広く知られているが、これは本来ブランド名に由来する呼称だ。用具の一般名称としてはインラインスケートが使われる。

笹川スポーツ財団のスポーツ辞典やローラースケート関連の専門記事でも、両者は車輪の配置や競技特性によって区別されている。

違いを整理すると次のようになる。

  • クワッドローラースケート:車輪が2列。ダンスやスピンなどの演技に適した特徴を持つ。
  • インラインスケート:車輪が1列。直進性やスピードを生かす滑走に適している。

光GENJIがクワッドタイプを使ったことは、単なる懐かしいファッションではない。歌いながら踊り、回転し、隊列を変えるという独自の演出を成立させるうえで、用具の構造も重要だったのである。

【後輩へ継承】Kis-My-Ft2とHiHi Jetsに見るローラースケート文化の現在

光GENJIが築いたローラースケートのパフォーマンスは、後輩グループにも受け継がれてきた。

代表的なのがKis-My-Ft2とHiHi Jetsだ。ただし、両グループが継承した方法や、2026年時点での活動状況には違いがある。

Kis-My-Ft2はローラースケートをグループの個性に

Kis-My-Ft2は2011年8月10日、「Everybody Go」でCDデビューした。

デビュー時からローラースケートを取り入れたパフォーマンスを展開し、光GENJIから続くジャニーズ系アイドルの演出を現代的に引き継いだグループとして紹介されてきた。

2019年のリアルサウンドの記事では、Kis-My-Ft2がローラースケートを単なる演出道具としてではなく、グループのブランディングにも活用していると分析されている。

さらに2026年2月には、メンバーの宮田俊哉がローラースケートでのパフォーマンスにおけるグループ内のルールを紹介した。メンバー同士がすれ違う際に右側通行を徹底することで、衝突を防いでいるという。

このエピソードからも、ローラースケートが現在も単なる懐古的な演出ではなく、実際のステージで使われる技術として維持されていることが分かる。

HiHi Jetsが示したローラースケート特化型の演出

HiHi Jetsも、ローラースケートを大きな個性としていたジュニアグループだ。

フジテレビの番組公式プロフィールでは、2015年10月結成、2016年9月から現メンバー体制となり、トレードマークはローラースケートと紹介されていた。

2019年のリアルサウンドの記事では、HiHi Jetsはローラースケートを使ったパフォーマンスに特化したグループとして取り上げられている。スピンやアクロバットなど、光GENJIが築いた演出をさらに磨き上げる姿が紹介されていた。

一方、2025年2月16日にはSTARTO ENTERTAINMENTのジュニアグループ再編が発表され、HiHi Jetsは新しいグループ体制への移行に伴い、従来のグループ名での活動を終えた。そのため、2026年現在のHiHi Jetsは、現役のグループ名というより、ローラースケート文化を継承した歴史的なユニットとして位置づけるのが正確だ。

2026年は光GENJIの39周年と作品再評価の年

2026年6月25日には光GENJIの結成39周年を記念して、デビュー曲「STAR LIGHT」のミュージックビデオがYouTubeで公開された。

映像には、デビュー当時の7人がローラースケートを履き、街を滑走する姿が収められている。デニムを基調とした1980年代らしい衣装も含め、当時のグループの魅力を振り返る内容となった。

さらに、ポニーキャニオンは2026年8月7日、8月19日のデビュー39周年に合わせて、光GENJI作品のサブスクリプションおよびダウンロード配信を開始することを発表した。

第一弾として配信されたのは、ラストアルバム『See You Again』。2027年8月19日のデビュー40周年に向け、シングル、アルバム、ベストアルバムなどを順次配信する計画も示されている。

過去の映像を見返すだけでなく、楽曲そのものを現在の音楽環境で聴き直せるようになったことは、光GENJIの再評価にとって大きな意味を持つ。

ローラースケートという視覚的な特徴だけでなく、「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」といった楽曲も含めて、その魅力が改めて注目されている。

【光GENJIのローラースケート】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:光GENJIがローラースケートを履くようになった理由は何ですか?
A1:1987年に日本公演が行われたミュージカル『スターライト・エクスプレス』との関係が大きな理由です。フジテレビの開局30周年記念事業に関連した宣伝企画と結びつき、同作の特徴であるローラースケートを使った演出が光GENJIにも取り入れられました。

Q2:光GENJIのローラースケート特訓は何カ月間でしたか?
A2:スポニチアネックスの回顧記事では約3カ月と紹介されています。歌ネットの特集では1987年4月から3カ月以上にわたって練習したとされています。滑走だけでなく、ステージで見せるための技術も身につけていきました。

Q3:「STAR LIGHT」は『スターライト・エクスプレス』の主題歌ですか?
A3:日本公演のテーマソング、イメージソングとして紹介されています。ミュージカルの宣伝と光GENJIのデビューは密接に結びついていました。なお、曲名が作品名から直接付けられたという点については、研究論考でも推測として扱われています。

Q4:光GENJIが履いていたのはインラインスケートですか?
A4:いいえ。光GENJIが履いていたのは、車輪が前後左右の2列に配置されたクワッドローラースケートです。車輪が縦一列に並んだインラインスケートとは構造が異なります。

Q5:ローラースケートの演出は現在も受け継がれていますか?
A5:はい。Kis-My-Ft2が現在もライブなどでローラースケートを使用しています。また、HiHi Jetsもジュニア時代にこの演出を継承した代表的なグループです。ただし、HiHi Jetsは2025年2月のグループ再編に伴い、従来のグループ体制を終了しています。

光GENJIがローラースケートを採用した背景には、1987年のミュージカル『スターライト・エクスプレス』の日本公演と、フジテレビの宣伝企画があった。

デビュー曲「STAR LIGHT」とミュージカルの関係、デビュー前の約3カ月に及ぶ特訓、ワイドショーを通じた練習風景の紹介。これらが連動したことで、ローラースケートは光GENJIを象徴する演出へと成長した。

さらに、成功の理由は宣伝企画だけではない。滑走しながら歌い、踊り、スピンやジャンプ、バック転まで披露するパフォーマンスは、当時のアイドルシーンに新しい視覚的な魅力を持ち込んだ。小学生や男の子にも支持が広がったことが、ローラースケートブームを後押しした。

【プロの結論】

光GENJIの成功から読み取れるのは、優れたエンターテインメント企画には、明確なコンセプトと、それを実際に表現できる技術の両方が必要だということだ。

『スターライト・エクスプレス』とのタイアップという出発点があり、そこに7人の努力と身体能力、CHAGEと飛鳥涼による楽曲、テレビという当時の強力なメディアが加わった。企画として用意されたローラースケートが、やがて光GENJI自身の代名詞になったのである。

2026年の結成39周年を経て、2027年にはデビュー40周年を迎える光GENJI。作品の再配信や当時の映像公開によって、彼らのパフォーマンスを新しい世代が知る機会も広がっている。

ローラースケートは、光GENJIにとって単なる移動手段ではなかった。それは、音楽と身体表現を融合させ、1980年代のアイドル文化を大きく変えた象徴的な演出だったのである。

主な参照資料・検証根拠

- STARTO ENTERTAINMENT公式ディスコグラフィー
- 成城大学・阿部勘一「アイドルはショッピングモールを目指す!?」(2024年)
- スポニチアネックス「1987年9月 STAR LIGHT/光GENJI登場!ローラースケート大ブーム!」
- 歌ネット「光GENJI『ガラスの十代』/ザ・ベストテン 今月のスポットライト」
- オリコンニュース「STAR LIGHT」作品情報
- ニッポン放送 NEWS ONLINE「光GENJIはなぜローラースケートを履き、あのメンバーが選ばれたのか?」
- リアルサウンド「Kis-My-Ft2、HiHi Jets…光GENJIから受け継がれるジャニーズのローラースケートパフォーマンス」
- フジテレビ「ジャニーズJr.dex」公式番組プロフィール
- 2026年のポニーキャニオン配信発表、JOYSOUND音楽ニュース

出典確認用資料

同じカテゴリの記事

紫藤 健太
デジタルマーケター 紫藤 健太
プロフィールを見る →

プロ野球とサッカーを中心に、試合結果と選手コメントを公式記録で裏取りして書いています。数字は必ず一次記録から拾います。

おすすめの関連記事