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【原点】坂本勇人と田中将大は小学校時代からの幼なじみ!昆陽里タイガースでバッテリーを結成

如月 なお 如月 なお • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
目次

2人の関係を語るうえで欠かせないのが、兵庫県伊丹市の少年野球チーム「昆陽里(こやのさと)タイガース」だ。

坂本と田中が出会ったのは小学1年生のころ。同じ小学校に通い、同じ中学校にも進んだ同級生で、少年野球ではチームメートとして時間を共有した。

当時のポジションは、現在のイメージとは少し異なる。坂本が投手、田中が捕手だった。つまり、現在は巨人で内野手と投手としてプレーする2人が、子どものころには投手と捕手のバッテリーを組んでいたのである。

2025年9月30日付のデイリースポーツの取材で、坂本は当時の田中について、体が大きかった一方、走る速さでは自分のほうが上だったと笑いながら回想した。

さらに印象的なのは、田中の野球センスについての証言だ。坂本は捕手としての田中の二塁送球を振り返り、「その辺の小学生とはレベルが違う」と評価している。

少年時代から田中の能力を間近で見ていた坂本にとって、後に彼がプロ野球を代表する投手になったことは、驚きだけではなく、長年見続けてきた成長の延長線上にあったのかもしれない。

少年時代は打撃でもライバルだった

2人はバッテリーを組むだけの関係ではなかった。打撃練習では飛距離を競い合っていたという。

坂本によると、校舎に向かって軟式球を打ち、窓ガラスを狙うような気持ちで互いに競争していた。飛距離では田中のほうが上だったと明かしている。

もちろん、実際に窓ガラスを割ったわけではない。坂本自身も軟式球だったことを笑いながら説明している。

このエピソードから伝わるのは、幼なじみでありながら、互いの能力を認め合う競争相手でもあったということだ。

坂本は後年、田中が高校時代から常に自分より先を走っていたと振り返り、負けたくない気持ちを持ち続けていたと語っている。2人の関係には、友情と同時に、同じ野球少年としての健全なライバル意識があった。

出典:デイリースポーツ「巨人・坂本勇人が田中将大の日米通算200勝を祝福」(2025年9月30日)。

【関係の経緯】別々の道を歩んだ2人がプロ野球界のスターになるまで

坂本勇人田中将大

同じ小学校、中学校で野球をしていた2人だが、高校進学後はそれぞれ異なる道を歩むことになる。

田中は駒大苫小牧高校に進学。甲子園で全国的な注目を集め、2006年の高校生ドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスから1巡目指名を受けた。

一方、坂本は光星学院高校(現・八戸学院光星)に進学。同じく2006年の高校生ドラフトで巨人から1巡目指名を受け、プロの世界に入った。

田中は楽天でエースとして成長し、2013年には24勝0敗という圧倒的なシーズンを記録。翌2014年にはニューヨーク・ヤンキースへ移籍し、メジャーリーグでも活躍した。

坂本は巨人の遊撃手として定位置を確保。2016年には首位打者を獲得し、2019年には40本塁打を記録するなど、球界を代表する内野手へと成長した。

田中が投手として日米の舞台で勝利を積み重ねる一方、坂本は巨人の中心選手として長年チームを支えた。所属球団もポジションも違ったが、同じ1988年生まれの2人は、それぞれの場所で実績を築いていった。

2人の歩みを時系列で整理
時期 坂本勇人・田中将大の歩み 小学校時代 兵庫県伊丹市の昆陽里タイガースでチームメート。坂本が投手、田中が捕手。 中学校時代 同じ中学校に通った同級生として交流。 2006年 2人とも高校生ドラフト1巡目でプロ入り。坂本は巨人、田中は楽天へ。 2014年 田中がヤンキースへ移籍。坂本は巨人の主力として活躍を続ける。 2020年 坂本がNPB通算2000安打を達成。 2025年 田中が巨人に加入。少年時代の幼なじみが再び同じチームに。 2025年9月30日 田中が日米通算200勝を達成。坂本が祝福。 2026年2月16日 春季キャンプのライブBPで田中と坂本が対決。 2026年5月13日 坂本が逆転サヨナラ3ランでNPB通算300本塁打を達成。 2026年9月19日 田中が日米通算204勝目を挙げ、坂本への感謝を語る。

この経緯で注目したいのは、2人が同じチームに所属していなかった期間にも、互いの存在が競争意識の基準になっていたことだ。

坂本は2025年9月の取材で、田中が高校時代から常に先を行く存在だったと振り返っている。幼なじみという親しさだけではなく、長年にわたって刺激を受け続けてきた関係だった。

出典:日本野球機構の選手プロフィール・年度別成績、デイリースポーツの報道。

【巨人で再び同僚】田中将大の加入を坂本勇人はどう受け止めた?

2人の関係に大きな変化が訪れたのは2025年。楽天を退団した田中が巨人に加入し、坂本と再び同じユニホームを着ることになった。

少年時代に同じチームでプレーしていた2人が、プロ野球の舞台でチームメートになる。しかも、それぞれが長いキャリアを積んだ後の再会だった。

田中からの電話はクリスマスイブ

2025年2月、坂本は日本テレビ系「Going!Sports&News」で、田中が巨人加入を伝えてきた際のやり取りを明かした。

田中のほうから電話があり、「ジャイアンツの方でお世話になります」と連絡があったという。坂本は電話を受けた日について「クリスマスイブだったかな」と振り返っている。

幼なじみが自分の所属するチームにやってくるという展開は、坂本にとっても予想外だったようだ。

加入当初は、どう反応してよいか分からないほど照れくさかったという坂本。しかし、同じユニホームで過ごす時間が増えるにつれて、昔のような自然な関係に戻っていった。

後輩がなかなか会話に入れない?

2025年2月28日付のスポニチアネックスでは、坂本が田中とのチーム内での様子を語っている。

食事会場などでも一緒に過ごすことが多く、2人で話していると、後輩選手たちは気を遣ってなかなか会話に入ってこないという。

坂本はこの状況を苦笑いしながら説明していた。

長い付き合いがある2人には、少年時代から共有してきた話題がある。プロ入り後の経験や海外での挑戦、現在のチーム事情など、話題は尽きないはずだ。

ただし、後輩が会話に入れないというエピソードだけで、2人が特別な上下関係を作っていると解釈する必要はない。報道から読み取れるのは、昔からの友人同士として自然に会話を楽しんでいる姿だ。

坂本が評価した田中の存在感

坂本は田中の巨人加入について、菅野智之がチームを離れたことにも触れながら、若手選手が多いチームにとって田中の経験は大きなプラスになると話していた。

特に評価したのは、実績のある選手が日々の練習や試合で背中を見せることの価値だ。

田中はメジャーリーグでも長年プレーした経験を持つ。投球技術だけでなく、シーズンを戦い抜く準備、試合への向き合い方、結果が出ない時期の調整など、若い選手に伝えられるものは多い。

坂本自身も巨人で長く主力を務めてきた選手だからこそ、田中の経験がチームに与える影響を理解していたのだろう。

出典:スポニチアネックス(2025年2月3日、2月28日)。

【2026年最新成績】坂本勇人は300本塁打、田中将大は日米通算204勝

2026年の2人を評価する際には、通算記録とシーズン成績を分けて見る必要がある。

坂本は2026年5月に通算300本塁打を達成。田中は同年9月に日米通算204勝へ到達した。一方、シーズン成績では2人とも出場機会や起用法に変化が見られる。

坂本勇人の2026年シーズン成績


.175


2026年シーズン打率
- 出場:67試合
- 安打:27本
- 本塁打:5本
- 打点:19
- OPS:.565

日本野球機構の2026年シーズン終了時の成績では、坂本は67試合に出場し、打率.175、5本塁打、19打点を記録した。

全盛期の数字と比較すると、出場機会も打撃成績も厳しいシーズンだった。2023年には打率.288、22本塁打を記録していたが、2024年は打率.238、2025年は打率.208と推移している。

一方、2026年には記録的な一発を放った。出場数や打率だけでは、坂本が持つ勝負強さや長年積み上げてきた実績のすべてを評価することはできない。

田中将大の2026年シーズン成績


3.42


2026年シーズン防御率
- 登板:13試合
- 勝利:4勝
- 敗北:4敗
- 投球回:68回1/3
- 奪三振:49

田中の2026年シーズン成績は、13試合に登板して4勝4敗、防御率3.42。投球回は68回1/3、奪三振は49だった。

注目すべきは、9月19日の中日戦で見せた投球だ。2週間ぶりの先発登板で7回1失点。チームの14対1の勝利に貢献し、日米通算204勝目を挙げた。

2026年の成績を比較すると、坂本は打撃面で苦しい数字が残った一方、記念すべき300号を記録。田中はシーズン4勝を挙げ、日米通算勝利数をさらに伸ばした。

以下は日本野球機構の公式年度別成績を基準にした比較だ。

比較項目 坂本勇人 田中将大
2026年所属 巨人 巨人
2026年出場・登板 67試合 13試合
打率・防御率 .175 3.42
本塁打・勝利 5本 4勝
打点・敗戦 19打点 4敗
2026年の主な記録 通算300本塁打達成 日米通算204勝達成
通算の主な数字 303本塁打 日米通算204勝

坂本の通算303本塁打はNPBでの記録。田中の204勝は日本126勝、米国78勝を合計した日米通算記録である。数字の対象範囲が異なるため、単純な大小比較ではなく、それぞれの競技実績として見ることが大切だ。

出典:日本野球機構「個人年度別成績」(2026年シーズン終了時)。

【2026年の名場面】ライブBP対決と300号、204勝をめぐる2人のドラマ

2026年の2人の関係を象徴する出来事は、春季キャンプのライブBP対決、坂本の通算300号、そして田中の204勝達成だ。

2月16日:幼なじみ同士のライブBP対決

2026年2月16日、巨人の春季キャンプで田中が今季初めて実戦形式のライブBPに登板した。

この日、打者として対戦したのが坂本だった。

日刊スポーツによると、田中は打者8人に対して24球を投げ、安打性の打球を許さない内容だった。坂本との対戦はカウント1ボール1ストライクから始まり、幼なじみ同士の真剣勝負として球場の拍手を集めた。

結果は田中の勝ち。坂本は初球の直球を捉えたものの、中飛に終わった。

対戦後、坂本は田中に「出力出てるな」と声をかけた。

田中も投球を振り返り、狙ったところに投げられた球は少なかったとしながらも、直球で打者を差し込めたことに手応えを示していた。

この対決が興味深いのは、単なるキャンプの話題作りではない点だ。少年時代には坂本が投手、田中が捕手だった。2026年には立場が変わり、投手の田中と打者の坂本として対戦している。

約四半世紀を経ても、互いのボールやスイングを評価できる関係が続いている。

出典:日刊スポーツ「田中将大vs坂本勇人 小学生時代のチームメイトとライブBPで真剣勝負」(2026年2月16日)。

5月13日:坂本勇人が通算300本塁打を達成

2026年5月13日の広島戦は、坂本にとってプロ野球人生に残る一日になった。

舞台は福井のセーレン・ドリームスタジアム。巨人は1点を追う延長12回裏、1死一、二塁のチャンスを迎えていた。

ここで打席に入った坂本は、広島の遠藤淳志が投じた初球の変化球を振り抜き、左翼スタンドへ逆転サヨナラ3ランを放った。

史上48人目

この一発がNPB通算300本塁打。巨人生え抜きでは7人目の快挙だった。

さらに劇的だったのは、300号を決めるまでの試合展開だ。坂本は延長10回の好機で代打出場したものの、空振り三振に終わっていた。それでも延長12回に再び巡ってきた打席で結果を残した。

坂本は試合後、「一生忘れない」と喜びを語った。記録達成を決めたのが、逆転サヨナラという最高の場面だったことも、この一打の価値を高めている。

NPBの公式発表でも、坂本は2026年5月度のセ・リーグ「スカパー!サヨナラ賞」に選出された。

出典:スポニチアネックス、日本野球機構の2026年5月度サヨナラ賞発表。

9月19日:田中将大が日米通算204勝に到達

坂本の300号から約4か月後、今度は田中が大きな記録を打ち立てた。

2026年9月19日の中日戦。田中は7回1失点と好投し、巨人の14対1の勝利に貢献した。

これが日米通算204勝目。日本で126勝、米国で78勝を積み重ね、黒田博樹の203勝を上回る歴代単独2位の記録となった。

なお、当時の日米通算200勝以上の投手の記録は、ダルビッシュ有が208勝、田中が204勝、黒田博樹が203勝、野茂英雄が201勝だった。

この試合では、坂本も三塁手として先発出場していた。

そして田中は、試合後のヒーローインタビューで幼なじみの坂本に感謝を伝えた。

小学校時代には捕手として投手・坂本を支えた田中。今度はプロの舞台で、三塁から声をかけてくれる坂本に助けられている。

少年野球のバッテリーが、長い年月を経て違う形で互いを支える関係になっていることが分かるエピソードだ。

出典:スポーツ報知配信記事、ライブドアニュース掲載(2026年9月19日)。

【互いのコメント】「僕の自慢」「球場を沸かせる選手」から見える現在の絆

坂本と田中の関係を理解するうえで、本人たちが互いについて語った言葉は重要な手がかりになる。

単に幼なじみだから仲がよいというだけではない。長いキャリアの中で互いの苦労や実績を見てきたからこそ、相手に対する評価には重みがある。

坂本から田中へ:「僕の自慢の1つ」

2025年9月30日、田中が日米通算200勝を達成した際、坂本は幼なじみとして祝福の言葉を贈った。

坂本は、田中がヤンキースで長くプレーしたことに触れ、自分たちには分からない苦労もあったはずだと話したうえで、「本当におめでとう」と祝福した。

さらに少年時代にバッテリーを組んだことについて、「僕の自慢の1つ」と表現している。

この言葉には、単なる友人の成功を喜ぶ以上の意味がある。

田中がプロ入りしてから経験してきた海外挑戦、故障や不調、復活への努力を知ったうえで、子どものころから知る相手が大きな記録を達成したことを誇りに思っているのだろう。

田中から坂本へ:「僕も同じように見えています」

2026年5月、坂本が通算300本塁打を達成すると、田中も報道陣の取材に応じて祝福した。

田中は、延長12回の逆転サヨナラ3ランという劇的な記録達成について、「最高にいい形、いい場面で決めたなって思いますね」とコメントした。

さらに坂本の存在について、次のように語っている。

「みんながプロ野球のスターだと見えているように、僕も同じように見えています」

田中は、坂本が先発出場する機会が減り、数字の面でも苦しんでいる状況に触れた。

それでも、代打などで坂本の名前がアナウンスされると球場が沸く。その存在感こそが、坂本の選手としての価値を表しているという評価だった。

長年の友人であっても、プロ野球選手としての実力や存在感を客観的に認めていることが伝わってくる。

出典:スポーツ報知配信記事(2026年5月15日)。

田中の200勝を支えた坂本の存在

2026年9月19日の204勝達成時にも、田中は坂本への感謝を口にしている。

田中は、三塁からいつも声をかけてくれることや、いいタイミングでマウンドに来てくれることが助けになっていると話した。

このコメントは、2人の関係が昔話だけで成り立っているわけではないことを示している。

かつては捕手として投手・坂本を支えた田中が、現在はマウンドに立つ投手となり、内野手として守る坂本から声をかけられている。

ポジションも立場も変わったが、グラウンドで互いを気にかける姿勢は変わっていない。

不調の時期にも互いを尊敬していた

2025年9月の取材では、坂本が田中の不調時の姿についても語っている。

当時は2人とも思うような結果が出ず、二軍で過ごした時期もあった。坂本は田中が新しいことに取り組み、苦労しながらマウンドを目指す姿を見ていたという。

そして、田中について「絶対に弱い部分とか、一度も見たことがない」と語り、マウンドに上がったときの闘争心を高く評価した。

ここに、2人の関係の本質がある。

幼なじみだからこそ、華やかな成功だけでなく、結果が出ない時期の姿も知っている。相手が苦しんでいることを理解しながらも、プロとしての姿勢を尊敬し続けているのだ。

出典:デイリースポーツ(2025年9月30日)、スポーツ報知配信記事(2026年9月19日)。

【プロの結論】坂本勇人と田中将大の関係が特別な理由は、友情と競争心の両立にある

坂本勇人と田中将大の関係を振り返ると、単なる幼なじみという言葉だけでは説明しきれない部分がある。

2人には、少年野球時代から続く友情がある。同時に、互いの才能を認めながら、自分も負けたくないという競争心を持ち続けてきた。

この2つが共存していることが、長い年月を経ても関係が続いている理由の一つだ。

友情だけではなく、プロとしての評価がある

坂本は田中の200勝を自慢と表現し、田中は坂本の300号を劇的な記録として称賛した。

どちらも相手の記録を単に祝うだけではない。達成までの苦労や、選手としての価値を理解したうえで言葉を贈っている。

特に、坂本が田中の闘争心を評価し、田中が坂本の球場を沸かせる存在感を評価したことは象徴的だ。

お互いに相手の長所を具体的に理解しているからこそ、言葉に説得力が生まれている。

2026年の2人を評価するときに見るべきポイント

成績を見る際には、次の3つを分けて考えると、2人の現在地を正確に理解しやすい。

1つ目は、通算記録。坂本の303本塁打、田中の日米通算204勝は、長年の積み重ねによって達成された数字だ。1シーズンの好不調とは別の評価軸になる。

2つ目は、2026年のシーズン成績。坂本は打率.175、田中は防御率3.42。記録達成だけを取り上げず、実際の出場機会や投球内容も見る必要がある。

3つ目は、チーム内での役割。田中は投手として登板し、坂本は内野守備や打席でチームを支える。2026年9月の204勝達成時に見られたように、声かけやマウンドへの訪問もチームプレーの一部だ。

この3つを合わせて見ることで、記録だけでは分からない2人の現在の価値が見えてくる。

幼なじみとしての関係を過度に美化する必要はない。互いに長いキャリアを持つプロ選手であり、現在も同じチームで結果を求められている。その現実の中で、互いを認め、支え合っていることにこそ意味がある。

【坂本勇人田中将大】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:坂本勇人と田中将大は本当に幼なじみですか?

A1:はい。兵庫県伊丹市の少年野球チーム「昆陽里タイガース」で小学1年生のころから一緒にプレーしていました。同じ小学校、中学校に通った同級生でもあります。

Q2:坂本勇人と田中将大は少年野球でバッテリーを組んでいましたか?

A2:はい。少年野球時代は坂本が投手、田中が捕手でした。現在とは異なるポジションでバッテリーを組んでいたことが、2人の関係を象徴するエピソードです。

Q3:2人が巨人でチームメートになったのはいつですか?

A3:2025年です。田中将大が巨人に加入したことで、少年時代以来、プロ野球の同じチームでプレーすることになりました。

Q4:2026年のライブBP対決はどちらが勝ちましたか?

A4:2026年2月16日の春季キャンプでは田中が勝ちました。坂本は初球の直球を捉えましたが中飛に終わり、田中に軍配が上がりました。

Q5:坂本勇人の通算300本塁打はいつ達成されましたか?

A5:2026年5月13日の広島戦です。福井で行われた試合の延長12回に逆転サヨナラ3ランを放ち、NPB史上48人目の通算300本塁打を達成しました。

Q6:田中将大の日米通算204勝はいつ達成されましたか?

A6:2026年9月19日の中日戦です。7回1失点の好投で勝利し、日本126勝、米国78勝の合計204勝に到達しました。

Q7:2026年現在も坂本勇人と田中将大の仲は良いですか?

A7:公開されている報道からは、良好な関係が続いていることがうかがえます。田中は坂本の300号を祝福し、204勝達成時には坂本からの声かけに感謝を述べています。少年時代から続く信頼関係は、現在のチーム内でも見られます。

坂本勇人と田中将大の関係は、兵庫県伊丹市の昆陽里タイガースで始まった。

小学時代には坂本が投手、田中が捕手としてバッテリーを組み、打撃練習では飛距離を競い合った。その後、別々の高校、球団へ進みながら、それぞれプロ野球を代表する選手へと成長した。

2025年に田中が巨人へ加入したことで、2人は再び同じユニホームを着ることになった。そして2026年には、坂本が通算300本塁打、田中が日米通算204勝という大記録を達成している。

特に印象深いのは、記録を達成した際に互いを称賛した言葉だ。坂本にとって田中は自慢の幼なじみであり、田中にとって坂本は今も球場を沸かせるスター選手である。

少年時代の投手と捕手は、現在では内野手と投手として同じグラウンドに立つ。かつてのバッテリーが、今度は声をかけ合いながら勝利を目指している。

記録の数字だけでは語り尽くせない2人の歩み。2026年以降も、それぞれの挑戦と、巨人で見せる幼なじみ同士の共闘に注目したい。

坂本勇人と田中将大の関係を象徴するのは、少年時代から変わらない互いへの尊敬と、プロとして競い続ける姿勢なのである。

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如月 なお
コンテンツディレクター 如月 なお
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アイドルグループのリリース情報とライブ告知を追いかけて8年。卒業や加入の発表は必ず公式発表の日付とあわせて記録しています。

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