漆原氏のプロ野球選手としての実績を評価するには、登板数だけでなく、防御率、ホールド、セーブなどの救援投手としての数字を見る必要がある。
NPB公式サイトに掲載されている2025年シーズン終了時点の一軍通算成績は、121試合登板、3勝6敗、4セーブ、17ホールド、防御率3.06。オリックスと阪神の2球団でプレーした記録が合算されている。
年度別の一軍投手成績| 年度 | 所属球団 | 登板 | 勝敗 | セーブ | ホールド | 防御率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2020年 | オリックス | 22 | 0勝0敗 | 2 | 5 | 3.42 |
| 2021年 | オリックス | 34 | 2勝2敗 | 2 | 4 | 3.03 |
| 2023年 | オリックス | 16 | 0勝0敗 | 0 | 1 | 3.00 |
| 2024年 | 阪神 | 38 | 1勝4敗 | 0 | 5 | 3.89 |
| 2025年 | 阪神 | 11 | 0勝0敗 | 0 | 2 | 0.00 |
| 通算 | 2球団 | 121 | 3勝6敗 | 4 | 17 | 3.06 |
出典:NPB.jp「漆原大晟 個人年度別成績」。2025年シーズン終了時点。2022年は一軍登板記録なし。
オリックス時代の2021年は34試合に登板し、防御率3.03を記録した。勝利数だけでは測れない中継ぎ投手としての役割を担い、2セーブ、4ホールドを挙げている。
阪神移籍後の2024年には、自己最多となる38試合に登板した。防御率は3.89だったものの、1勝4敗、5ホールドという数字を残している。
2025年は一軍11試合に登板し、11回2/3を投げて防御率0.00。2ホールドも記録した。失点ゼロという結果は評価できるが、登板数や投球回数は前年を下回っている。
【2025年10月21日】阪神から戦力外通告を受けた経緯

2025年10月21日、阪神タイガースは漆原氏に対し、来季の選手契約を結ばないことを伝えたと公式サイトで発表した。
この発表は球団による正式な契約方針の通知であり、報道上の噂ではない。
漆原氏は2023年オフの現役ドラフトで阪神に加入し、2024年には38試合に登板。移籍1年目から救援投手として一定の出場機会を得ていた。しかし、2025年は一軍登板が11試合にとどまり、シーズン終了後に戦力外通告を受けることになった。
防御率0.00でも戦力外になったのはなぜ?漆原氏の戦力外通告で注目されたのが、2025年の防御率0.00という数字だ。
失点を許さなかった投手が契約を打ち切られたことに、成績だけを見ると疑問を感じる人もいるだろう。
ただし、プロ野球の支配下選手契約は、防御率だけで決まるものではない。
主な評価材料には、次のようなものがある。
- 一軍での登板機会と投球回数
- 登板した場面や相手打線の強さ
- 投球内容の安定性
- 救援投手陣全体の構成
- 若手選手を含むチーム編成上の判断
漆原氏の場合、2025年は11試合、11回2/3の登板で防御率0.00だった。一方、2024年の38試合と比較すると、一軍での登板機会が大幅に減少している。
したがって、防御率0.00という数字だけで球団の契約判断を説明することはできない。阪神は契約を結ばないことを公表したが、個別の戦力外判断について詳細な評価理由を公式に説明したわけではない。
ここで押さえたいのは、戦力外通告は、そのシーズンの防御率だけでなく、チーム全体の編成や今後の起用方針も関係するという点だ。
【2025年12月4日】漆原大晟が現役引退を発表した理由とは?
戦力外通告から約1か月半後の2025年12月4日、漆原氏は自身のSNSで現役引退を発表した。
日刊スポーツやデイリースポーツなどの報道によると、本人はInstagramで引退を報告。オリックス・バファローズと阪神タイガースで過ごした7年間への感謝を伝えた。
発表に添えられた言葉には、次のような思いが込められていた。
- 現役引退を決断したこと
- オリックスと阪神で過ごした7年間への感謝
- 応援してくれたファンへのお礼
- 小学2年生から続けてきた野球人生への感慨
特に「本当に人に恵まれた幸せな野球人生でした」という言葉は、引退報告の中でも印象的な一節として報じられた。
引退を決めた背景は他球団からのオファーだったのか引退の経緯を理解するうえで重要なのが、10月21日の戦力外通告直後と12月4日の引退発表の間に、本人の考えに変化があったことだ。
日刊スポーツの10月21日の報道では、漆原氏は現役続行への意欲を示していた。体はまだ元気であり、必要としてくれる球団があれば野球を続けたいという趣旨のコメントを残している。
一方、12月4日の引退報道では、他球団からのオファーがなかったことが引退決断の背景として伝えられた。
この経緯を整理すると、次のようになる。
1. 2025年10月21日、阪神から戦力外通告を受ける。
2. 当初は他球団での現役続行を視野に入れていた。
3. その後、他球団からのオファーがない状況が続く。
4. 12月4日、自身のSNSで現役引退を発表する。
つまり、戦力外通告を受けた瞬間に引退を決めたわけではない。現役続行の可能性を考えたうえで、最終的にプロ野球選手としてのキャリアに区切りをつけたと理解できる。
なお、本人の引退報告では、特定の故障や健康問題を引退の直接的な理由として明言していない。報道されたオファーの状況と、本人が公表した感謝の言葉は分けて捉える必要がある。
【誤解を解消】漆原大晟の引退後の活動と今後の指導者人生
漆原氏の引退後について、最も重要なニュースが2025年12月13日の阪神によるアカデミーコーチ就任発表だ。
引退発表からわずか9日後の球団発表であり、2026年1月からタイガースアカデミーのコーチとして活動することが明らかになった。
タイガースアカデミーとは?タイガースアカデミーは、阪神タイガースが運営する野球スクールなどを通じて、子どもたちに野球の楽しさや技術を伝える育成・普及活動だ。
公式サイトでは、基本となるキャッチボールをはじめ、野球やスポーツの魅力を伝えることがスクールの役割として紹介されている。
漆原氏は、実際にプロの一軍で121試合を経験した元投手だ。育成選手から支配下登録を勝ち取った経歴もあり、プロを目指す選手にとって参考になる経験を持っている。
漆原氏が指導者として生かせる3つの経験1.育成選手から支配下登録を勝ち取った経験
2018年の育成ドラフト1位からスタートし、2020年に支配下登録を実現した。プロの世界で競争を続ける難しさや、限られた機会を生かす大切さを伝えられる経歴だ。
2.オリックスと阪神の2球団でプレーした経験
パ・リーグとセ・リーグの異なる環境でプレーした経験がある。球団ごとの雰囲気やチーム内での役割の違いなど、実体験に基づく話が指導に役立つ可能性がある。
3.中継ぎ投手として一軍で戦った経験
救援投手は、短い登板時間の中で準備し、試合の流れを左右する場面を任されるポジションだ。投球技術だけでなく、準備や気持ちの切り替えなども伝えられる立場にある。
もっとも、これらは現役時代の経歴から考えられる指導者としての強みであり、本人が担当する具体的な講座や指導方針のすべてが公表されているわけではない。
引退後も阪神との関係は続いている現役選手としての契約は2025年限りで終了したが、2026年からは同じ阪神タイガースのアカデミー部門で活動している。
阪神公式サイトのスタッフ紹介にも漆原氏のプロフィールが掲載されているため、単なる就任予定の報道にとどまらず、実際にアカデミーのスタッフとして紹介されていることが確認できる。
【漆原大晟】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:漆原大晟は2026年現在、何をしていますか?
A1:2026年1月から阪神タイガースアカデミーのコーチとして活動しています。阪神公式サイトのベースボールスクール・スタッフ紹介にも掲載されています。
Q2:漆原大晟はなぜ現役を引退したのですか?
A2:2025年10月21日に阪神から戦力外通告を受け、当初は他球団での現役続行を希望していました。その後、他球団からのオファーがなかったことが報じられ、12月4日に引退を発表しました。
Q3:漆原大晟はどこの出身ですか?
A3:新潟県燕市出身です。1996年9月10日生まれで、粟生津小学校、吉田中学校、新潟明訓高校、新潟医療福祉大学を経てプロ入りしました。
Q4:漆原大晟はオリックスから阪神に移籍したのですか?
A4:はい。2018年育成ドラフト1位でオリックスに入団し、2023年オフの現役ドラフトで阪神から指名され、2024年から阪神でプレーしました。
Q5:漆原大晟のプロ通算成績は?
A5:NPB公式記録によると、一軍通算121試合登板、3勝6敗、4セーブ、17ホールド、防御率3.06です。
Q6:漆原大晟は2025年に防御率0.00だったのに戦力外になったのですか?
A6:はい。2025年の一軍成績は11試合、11回2/3を投げて防御率0.00でした。ただし、一軍登板数は前年の38試合から減少しており、球団の契約判断にはチーム編成など複数の要素が関係したと考えられます。詳細な理由は球団から公表されていません。
漆原大晟氏のプロ野球人生は、育成ドラフト1位での入団から始まり、オリックスでの支配下登録、現役ドラフトによる阪神移籍、そして2025年の戦力外通告と現役引退へと続いた。
2026年現在は阪神タイガースアカデミーのコーチとして、選手時代とは異なる立場で野球に携わっている。
今回の経歴から押さえておきたいポイントは3つある。
- 育成から支配下へ: 2018年育成ドラフト1位から一軍通算121試合登板を達成した。
- 阪神での2年間: 2024年に38試合登板、2025年には防御率0.00を記録した。
- 引退後の新しい挑戦: 2026年1月からタイガースアカデミーコーチとして活動している。
プロ野球選手としてのキャリアは7年間で幕を閉じた。しかし、野球との関わりまで終わったわけではない。
育成選手としてプロの世界に入り、支配下登録を勝ち取った経験は、これから野球を始める子どもたちや、プロを目指す若い選手に伝えられる貴重な財産になる。
漆原大晟氏の現在は、現役引退によるキャリアの終着点ではなく、阪神タイガースアカデミーで次世代を育てる新たなスタートである。 今後、指導者としてどのような経験を積み、子どもたちに野球の魅力を伝えていくのか注目したい。