女優・随筆家・俳人として長年活躍してきた冨士眞奈美(ふじ・まなみ)さんは、1938年1月15日生まれです。2026年10月現在、年齢は88歳。1956年にNHKドラマで主演デビューして以来、昭和・平成・令和の芸能界で独自の存在感を発揮してきました。
本名や俳号、脚本家・林秀彦さんとの結婚と1984年の離婚、一人娘の岩崎リズさん、出産後の女優業休止と復帰など、冨士眞奈美さんの人生には興味深い転機がいくつもあります。2026年のテレビ出演情報も含め、これまでの経歴と現在の活動を整理します。
【2026年最新】冨士眞奈美の年齢は88歳!生年月日とプロフィール

冨士眞奈美さんの生年月日は1938年(昭和13年)1月15日です。2026年1月15日に88歳の誕生日を迎えました。
2026年10月31日現在も88歳で、次の誕生日となる2027年1月15日に89歳になります。
静岡県三島市出身で、静岡県立三島北高等学校を卒業。俳優座付属養成所で演技を学び、NHKのテレビドラマをきっかけに女優としてのキャリアをスタートさせました。
プロフィールの基本情報は次のとおりです。
- 芸名:冨士眞奈美
- 読み方:ふじ・まなみ
- 生年月日:1938年1月15日
- 年齢:88歳(2026年10月現在)
- 出身地:静岡県三島市
- 本名:岩崎真奈美と紹介される
- 血液型:A型
- 職業:女優・随筆家・俳人
- 俳号:衾去(きんきょ)
- 所属事務所:アンテーヌ
年齢だけを見ると88歳という節目ですが、冨士さんの魅力は女優としてのキャリアだけではありません。エッセイや小説を執筆し、俳句の世界でも評価を受けてきた、多彩な表現者です。
【本名・俳号】岩崎真奈美と衾去(きんきょ)の由来
冨士眞奈美さんの本名については、人物プロフィールなどで岩崎真奈美と紹介されています。芸名の「冨士眞奈美」とは異なる名前で活動してきました。
一方、映画情報データベースのKINENOTEでは、本名欄に「林真奈美(旧姓・岩崎)」という表記もあります。結婚後の姓を反映した記録と、旧姓を本名として紹介するプロフィールとの間に表記の違いが見られます。
そのため、検索する際には「岩崎真奈美」「林真奈美」の両方が関連情報として出てくることがあります。
俳号は「衾去(きんきょ)」冨士さんは女優として活動する一方、長年にわたって俳句にも取り組んできました。その際に使用している俳号が衾去(きんきょ)です。
俳句への取り組みは趣味の範囲にとどまりません。新潮社の紹介によると、冨士さんは俳句を長く続けており、俳人の登竜門として知られる「俳壇賞」の選考委員も務めました。
婦人公論.jpの著者プロフィールでは、俳壇賞の選考委員を11年間務めた経歴も紹介されています。
また、随筆家や作家としても知られ、句集をはじめ、エッセイなど多くの著書を発表しています。
所属については、タレントデータバンクのプロフィールにアンテーヌの公式サイトが案内されています。女優という肩書だけでは収まりきらない活動の幅が、冨士さんの特徴です。
【女優としての経歴】NHKデビューから『細うで繁盛記』まで
冨士眞奈美さんが芸能界に入ったのは1956年です。NHKテレビドラマ『この瞳』で主演を務め、女優としてデビューしました。
翌1957年にはNHK専属女優の第一号となります。若い頃から演技力を認められ、テレビドラマを中心に活躍の場を広げていきました。
昭和の人気ドラマで存在感を発揮代表的な出演作の一つが、1970年放送の日本テレビ系ドラマ『細うで繁盛記』です。意地悪な小姑役が当たり役となり、視聴者に強い印象を残しました。
続いて1972年の『パパと呼ばないで』などにも出演。コミカルな演技から人間味のある役柄まで幅広く演じ、テレビドラマの名脇役として知られるようになります。
1960年にはフジテレビの音楽バラエティー番組『東は東』で司会も担当しました。女優業だけに活動を限定せず、司会やトークでも才能を発揮していたことが分かります。
2003年『末っ子長男姉三人』でも話題に2003年にはTBS系ドラマ『末っ子長男姉三人』にも出演しました。深津絵里さん、岡田准一さん、賀来千香子さん、原田知世さん、小雪さんらが出演した作品です。
深津絵里さんとの軽妙な掛け合いも印象に残り、幅広い世代に冨士さんの個性的な演技を伝える機会となりました。
その後もNHKの『紙の月』、TBS系『コウノドリ』、テレビ朝日系『やすらぎの郷』などに出演。長年培ってきた経験を生かし、作品に独特の存在感を与えてきました。
女優としてのキャリアを振り返ると、若手時代の主演から人気ドラマの個性的な役柄、そして年齢を重ねてからの味わい深い演技へと、活躍の形を変えてきたことが分かります。
【結婚・離婚】林秀彦との結婚、娘・岩崎リズと活動休止
冨士眞奈美さんの人生における大きな転機が、脚本家の林秀彦さんとの結婚です。
1974年、冨士さんは林秀彦さんと結婚しました。林さんは脚本家として知られ、二人の結婚は女優として活動していた冨士さんの生活を大きく変える出来事となりました。
結婚と出産を機に女優業を休止冨士さんは結婚後、女優業から離れ、家庭と子育てを優先する生活を選びました。その後、夫婦の間には一人娘の岩崎リズさんが誕生します。
リズさんは後に作家として活動するようになり、母娘でテレビ番組や雑誌の対談にも登場しています。
2022年の週刊女性PRIMEのインタビューで、冨士さんは当時の生活を振り返っています。エッセイや小説の執筆は続けていたものの、1984年に離婚するまでドラマや映画には出演せず、俳句の句会にも出席していなかったと語っています。
また、夫が芸能活動を嫌がっていたことや、幼い娘を置いて撮影のために家を空けることへの抵抗感も、当時の判断に関係していました。
女優としての仕事を失ったというよりも、家庭生活を優先するため、自ら活動の場を変えた時期だったと捉えられます。
1984年に離婚、芸能活動を本格的に再開結婚生活は約10年で終わり、1984年に林秀彦さんと離婚しました。
2023年の週刊女性PRIMEのインタビューでは、離婚当時、娘のリズさんは8歳だったと冨士さん自身が振り返っています。
復帰についても、本人は女優業に戻りたいという気持ちだけが理由ではなかったと説明しています。娘を育てるために、これからお金が必要になるので仕事をしなければならなかった、という現実的な事情がありました。
本人の回想によれば、慰謝料や養育費を受け取らずに離婚したことも、仕事を再開する理由の一つでした。
こうして冨士さんは芸能活動を再開し、女優として再びテレビや映画の世界へ戻っていきます。
興味深いのは、後年のインタビューで当時の生活について「その選択に後悔はない」と振り返っている点です。女優としてのキャリアを一時的に止めたことも、子育てに専念した経験も、自身の人生の一部として受け止めています。
ここまでの情報を時系列で整理すると、冨士眞奈美さんの人生における主な出来事が分かります。
| 時期・年月 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1938年1月15日 | 誕生 | 静岡県三島市出身 |
| 1956年 | 女優デビュー | NHKドラマ『この瞳』で主演 |
| 1957年 | NHK専属女優 | NHK専属女優第一号となる |
| 1960年 | 司会を担当 | 『東は東』に出演 |
| 1970年 | ドラマ出演 | 『細うで繁盛記』で注目される |
| 1972年 | ドラマ出演 | 『パパと呼ばないで』などに出演 |
| 1974年 | 林秀彦と結婚 | 結婚を機に女優業を休止 |
| 結婚後 | 娘が誕生 | 一人娘の岩崎リズさんを育てる |
| 1984年 | 離婚・活動再開 | 林秀彦と離婚し、芸能活動を本格的に再開 |
| 2003年 | ドラマ出演 | TBS系『末っ子長男姉三人』に出演 |
| 2026年1月 | テレビ出演 | テレビ朝日『徹子の部屋』に加賀まりこと出演 |
| 2026年2月 | テレビ出演 | BSテレ東『武田鉄矢の昭和は輝いていた』出演回が掲載 |
この年表から分かるのは、冨士さんの人生が一直線の芸能活動ではなかったということです。若手女優としての成功、結婚と子育て、約10年にわたる女優業の休止、そして復帰という複数の段階を経ています。
【現在の活動】88歳の2026年もテレビ出演!女優・俳人・随筆家としての姿
2026年現在、冨士眞奈美さんは88歳です。長年の女優活動に加え、俳句や随筆、テレビでのトークなど、複数の分野で知られています。
2026年1月には『徹子の部屋』に出演2026年1月26日には、テレビ朝日系の長寿トーク番組『徹子の部屋』に出演しました。
この日のゲストは、60年来の親友として知られる加賀まりこさん。二人の長年の交流や共通の友人だった吉行和子さんの思い出などが取り上げられました。
冨士さんと加賀さんという、長い芸歴を持つ二人の率直でユーモアのあるやり取りも見どころとなりました。
2026年2月にもBS番組への出演記録WEBザテレビジョンの出演情報には、2026年2月27日放送のBSテレ東『武田鉄矢の昭和は輝いていた』への出演回も掲載されています。
また、2025年7月には娘の岩崎リズさんと一緒に『徹子の部屋』へ出演。母娘の関係や、かつての生活について語る機会もありました。
このように、2026年にもテレビ番組への出演が確認できます。近年の活動を把握する際には、連続ドラマの出演歴だけでなく、トーク番組や文化的な企画への出演も含めて見る必要があります。
娘・岩崎リズとの親子関係一人娘の岩崎リズさんは作家として活動しています。母娘はそれぞれの個性を持ちながら、雑誌の対談やテレビ出演を通して親子関係について語ってきました。
婦人公論.jpの2026年1月掲載記事では、冨士さんとリズさんの過去の対談が再掲載され、免許の自主返納や親子の距離感などについてのエピソードが紹介されています。
母娘は必ずしも同居する形ではなく、それぞれの生活を尊重しながら関係を築いていることも語られています。
冨士さんの現在を知るうえでは、娘との関係や近年のテレビ出演、そして俳句・執筆活動も重要な要素です。
【冨士眞奈美年齢】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:冨士眞奈美さんは2026年現在何歳ですか?
A1:1938年1月15日生まれなので、2026年10月現在88歳です。2027年1月15日に89歳になります。
Q2:冨士眞奈美さんの本名と俳号は何ですか?
A2:本名は岩崎真奈美と紹介されています。俳号は「衾去(きんきょ)」です。なお、KINENOTEでは婚姻後の姓を反映した「林真奈美(旧姓・岩崎)」という表記もあります。
Q3:冨士眞奈美さんの結婚相手は誰ですか?
A3:1974年に脚本家の林秀彦さんと結婚しました。二人の間には一人娘の岩崎リズさんがいますが、1984年に離婚しています。
Q4:冨士眞奈美さんが女優業を休止した理由は何ですか?
A4:結婚と出産を機に家庭生活と子育てを優先したためです。本人は当時、夫が芸能活動を嫌がっていたことや、幼い娘を育てる生活を大切にしていたことを振り返っています。
Q5:冨士眞奈美さんは現在も芸能活動をしていますか?
A5:2026年にも『徹子の部屋』や『武田鉄矢の昭和は輝いていた』への出演記録があります。テレビ出演に加え、俳人・随筆家としての活動歴でも知られています。
冨士眞奈美さんは、1938年1月15日生まれの88歳(2026年現在)です。
1956年のNHKドラマ『この瞳』でデビューし、NHK専属女優第一号として活躍。その後、『細うで繁盛記』『パパと呼ばないで』などの作品で人気を集めました。
1974年には脚本家の林秀彦さんと結婚し、一人娘の岩崎リズさんを出産。家庭と子育てを優先して女優業を休止しましたが、1984年の離婚を経て芸能活動を本格的に再開しました。
また、俳号「衾去(きんきょ)」で俳句を続け、俳壇賞の選考委員を11年間務めるなど、文学の分野でも実績を残しています。
2026年には『徹子の部屋』などへのテレビ出演もあり、88歳を迎えた現在も、その個性的な語り口や豊かな人生経験が視聴者の関心を集めています。
冨士眞奈美さんの経歴を理解するうえで大切なのは、年齢や出演作品だけでなく、女優業を休止して子育てに専念した時期、離婚後に仕事へ戻った経緯、そして俳人・随筆家として築いたもう一つのキャリアです。88年にわたる歩みそのものが、冨士眞奈美という表現者の大きな魅力になっています。
主な参考資料・事実確認先
- 生年月日・女優デビュー・代表作:WEBザテレビジョン、KINENOTE、タレントデータバンク。
- 結婚・離婚・活動休止と復帰:週刊女性PRIMEによる2022年・2023年の本人回想インタビュー。
- 俳号・俳句活動・俳壇賞:新潮社、婦人公論.jp。
- 2026年のテレビ出演:テレビ朝日『徹子の部屋』公式番組情報、WEBザテレビジョン。
- 娘・岩崎リズさんとの関係:婦人公論.jp、テレビ朝日POST。