「石井アナ TBS」と検索している人が探している人物の一人が、元TBSアナウンサーの石井智(いしい・さとし)さんです。1935年7月17日生まれ、神奈川県茅ヶ崎市出身。1959年にラジオ東京へ入社し、駅伝やマラソン、ゴルフ、野球など、幅広いスポーツ中継で活躍しました。
石井さんの経歴で特に注目されるのは、千葉大学薬学部を卒業して製薬会社に就職した後、スポーツへの情熱からアナウンサーに転身したことです。TBSのスポーツ実況を長年支え、1995年7月に定年退職。その後フリーアナウンサーとして新たな活動を始めましたが、同年9月3日、急性腎不全により60歳で亡くなりました。
【石井アナTBSの正体】石井智のプロフィールと生い立ち

石井智さんは、昭和から平成初期にかけて活躍したTBSのスポーツアナウンサーです。現在のテレビ画面で見かけるアナウンサーとは異なり、テレビ放送の発展期からスポーツ中継の現場に携わってきた人物でした。
基本プロフィールは次のとおりです。
- 氏名:石井智(いしい・さとし)
- 生年月日:1935年7月17日
- 出身地:神奈川県茅ヶ崎市
- 出身高校:神奈川県立湘南高等学校(29回生)
- 最終学歴:千葉大学薬学部卒業
- 職業:元TBSアナウンサー、フリーアナウンサー
- 入社:1959年4月、ラジオ東京
- 退職:1995年7月
- 没年月日:1995年9月3日
- 享年:60歳
- 死因:急性腎不全
学歴を見ると、神奈川県立湘南高等学校から千葉大学薬学部へ進学しており、アナウンサーとしては少し異色の経歴です。薬学を専門的に学び、卒業後には実際に製薬会社へ就職しています。
しかし、石井さんの人生を大きく変えたのは、大学で学んだ薬学でも、最初に選んだ製薬会社での仕事でもありませんでした。学生時代から好きだったスポーツが、後の職業選択につながっていきます。
【1959年ラジオ東京入社】薬学部卒業からTBSアナウンサーへの転身
石井智さんのアナウンサー人生が始まったのは、1959年4月です。当時の放送局名はラジオ東京(KRT)。現在のTBSにつながる放送事業の前身です。
東京放送が編纂した『TBS50年史』に収録されたアナウンサーの記録では、1959年4月入社は第6期生に当たり、石井さんの名前もその名簿に掲載されています。この採用では約2000人の応募者から14人が採用されたとされています。
興味深いのは、本人がアナウンサーを志したきっかけを、千葉大学薬友会報の1994年5月号に寄稿した文章で振り返っていることです。
石井さんによると、1958年に大学を卒業した後、一度は製薬会社に就職しました。しかし、もともとスポーツが大好きだった石井さんは、その夏にテレビでナイター中継を見ていた際、スポーツアナウンサーになろうと思い立ったそうです。
そして当時のラジオ東京に応募し、合格。薬学の道から放送業界へと進路を変更しました。
この転身は、単なる職業変更ではありません。本人の寄稿からは、スポーツへの関心が仕事選びの中心にあったことが読み取れます。
石井さんの経歴を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1935年7月17日 | 誕生 | 神奈川県茅ヶ崎市出身 |
| 高校時代 | 陸上競技に取り組む | 神奈川県立湘南高等学校で学ぶ |
| 1958年 | 大学卒業 | 千葉大学薬学部を卒業し製薬会社に就職 |
| 1959年4月 | ラジオ東京入社 | アナウンサー第6期生として採用 |
| 1976年以降 | ゴルフ中継で活躍 | TBSのマスターズ中継でメイン実況を担当 |
| 1994年5月 | 本人が経歴を寄稿 | 千葉大学薬友会報に仕事の歩みを記す |
| 1995年7月 | TBS定年退職 | フリーアナウンサーへ転身 |
| 1995年9月3日 | 死去 | 急性腎不全により60歳で亡くなる |
この年表から分かるのは、石井さんが大学卒業後すぐにアナウンサーになったわけではないということです。一度は薬学の専門知識を生かす仕事に就きながら、自分の好きなスポーツを職業にする道を選びました。
【スポーツ実況の実績】駅伝・マラソンからゴルフ、野球、F1まで
石井智さんの仕事を語るうえで欠かせないのが、幅広いスポーツ実況です。
本人の1994年の寄稿によれば、当時のスポーツアナウンサーは、まず全員が野球に取り組み、そのうえで2~3種目の専門分野を選ぶ仕組みでした。
石井さんが選んだのは、ゴルフと陸上競技です。ゴルフは兄の手ほどきで始めたばかりの競技であり、陸上競技は高校時代に選手として経験していた分野でした。
後年の人物紹介に記載されている主な担当競技には、次のようなものがあります。
- 駅伝:長距離を走る選手たちの競技展開を伝える中継。
- マラソン:陸上競技の専門性を生かしたロードレース中継。
- ゴルフ:大会の状況やショットの距離、コースの特徴を伝える実況。
- 野球:スポーツアナウンサーとして基礎を築いた競技。
- スピードスケート:氷上競技の中継。
- F1:自動車レースの実況。
とりわけ注目したいのが、ゴルフのマスターズ中継です。
TBSは1976年からマスターズの自社制作による生中継を開始しました。日本ゴルフジャーナリスト協会の回顧記事では、石井さんは解説者の岩田禎夫さんとともに、1976年から実況を担当した人物として紹介されています。
また、日刊スポーツの2021年の記事では、石井さんがマスターズの実況を20回連続で担当した大先輩として取り上げられています。1995年まで続いたその担当歴は、TBSのゴルフ中継を語るうえで欠かせないものです。
スポーツ実況は、単に競技の状況を言葉にするだけの仕事ではありません。ルールや競技特性への理解、選手の動きの把握、視聴者に伝わる距離感や時間感覚など、複数の能力が求められます。
石井さんが陸上競技とゴルフを専門分野に選び、長期間にわたって担当し続けたことは、本人の興味と実況者としての専門性が結び付いた結果といえます。
【独自の実況スタイル】石井智がゴルフ中継に残した工夫
石井智さんの功績で、特に注目したいのがゴルフ中継の表現方法です。
1994年5月の千葉大学薬友会報には、石井さん自身がゴルフ実況を始めた頃の苦労や工夫を具体的に記しています。
当時はゴルフ中継自体が珍しく、参考にできる先輩の実況もほとんどありませんでした。石井さんは、ディレクターやアナウンサーが手探りで番組を作っていた時代だったと振り返っています。
その中で石井さんが取り組んだのが、ゴルフ中継における距離の伝え方でした。
ゴルフではショットの距離をヤードで表現する一方、グリーン上ではメートルを使用するという方法です。石井さんは、欧米で使われていたフィートという単位は日本人の感覚になじみにくいと考え、グリーン上ではメートルを使うことにしたと説明しています。
本人の記述では、この方式を使い始めたのは約30年前。当時の日本の視聴者にとって分かりやすい中継を実現するための工夫でした。
ここに石井さんの実況者としての特徴が表れています。
競技の情報をそのまま伝えるだけでなく、視聴者が理解しやすい形に置き換える。これは現在のスポーツ中継でも欠かせない考え方です。
現在ではゴルフの距離表示や実況表現にさまざまな工夫が取り入れられていますが、石井さんの寄稿からは、ゴルフ中継の形式そのものがまだ確立されていなかった時代に、現場のアナウンサーが伝え方を模索していた様子が分かります。
このエピソードは、石井さんが単に長く実況を担当しただけでなく、競技中継の伝え方にも向き合っていたことを示す重要な記録です。
【1995年7月に定年退職】フリー転身から9月3日の死去まで
長年TBSでスポーツ実況を担当してきた石井智さんは、1995年7月に定年退職しました。その後はフリーアナウンサーに転身し、新たな活動を始めています。
ところが、独立後の活動は長く続きませんでした。
1995年9月3日、石井さんは急性腎不全により60歳で亡くなりました。定年退職から間もない時期の死去でした。
1935年7月17日生まれの石井さんは、1995年7月に60歳を迎え、同年9月に亡くなっています。薬学部卒業からラジオ東京への転身、長年のスポーツ実況、そして定年後のフリー活動という経歴を振り返ると、放送の仕事に携わった期間は約36年に及びます。
なお、本人が寄稿した1994年5月の千葉大学薬友会報には、定年まであと一年半と記されています。一方、後年の人物経歴資料では1995年7月退職とされています。この寄稿は当時の本人の見通しを示すもので、正式な退職月を記録したものではありません。
石井さんの死去については、急性腎不全という死因と1995年9月3日という日付が人物紹介資料に記載されています。退職後の療養や発症時の詳細については、広く参照できる具体的な記録は多くありません。
そのため、石井さんの晩年を理解するうえでは、確認できる経歴上の事実と、後年の人物紹介に記載された死去情報を分けて捉えることが大切です。
【2026年の検索で注意】石井智とほかのTBSアナウンサーは別人
「石井アナ TBS」という検索語では、名前の一部だけで人物を探しているケースも考えられます。そのため、石井智さんと同じ名字のアナウンサーを混同しないことも大切です。
特に区別しておきたいのが、石井大裕(いしい・ともひろ)さんです。
石井大裕さんは1985年生まれで、2010年にTBSへ入社した別のアナウンサーです。TBSのアナウンススクール公式ページでは、2026年退社と記載されています。
両者は名前の読み方も経歴も異なります。
- 石井智:1935年生まれ。1959年ラジオ東京入社。スポーツ実況を長年担当し、1995年死去。
- 石井大裕:1985年生まれ。2010年TBS入社。スポーツ取材や番組出演などで活動。
また、「石井アナ」という表記だけでは、人物を特定できません。正確な情報を探すなら、フルネームの「石井智」と読み方の「いしいさとし」を組み合わせて検索するのが確実です。
【石井アナTBS】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:TBSの石井アナとは石井智さんのことですか?
A1:今回取り上げている人物は、元TBSアナウンサーの石井智さんです。1959年にラジオ東京へ入社したスポーツアナウンサーで、駅伝・マラソンやゴルフなどの実況を担当しました。
Q2:石井智さんの出身大学と学部はどこですか?
A2:千葉大学薬学部です。1958年に卒業し、一度は製薬会社に就職しました。その後、スポーツへの関心からラジオ東京のアナウンサー採用試験に応募して合格しました。
Q3:石井智さんの死因と亡くなった日はいつですか?
A3:1995年9月3日に急性腎不全で亡くなりました。1995年7月にTBSを定年退職してフリーアナウンサーに転身した後のことです。享年60歳でした。
石井智さんは、1959年にラジオ東京へ入社したアナウンサー第6期生です。千葉大学薬学部を卒業し、製薬会社に就職した後、スポーツへの情熱から放送業界に進みました。
駅伝やマラソン、野球、ゴルフなど幅広い競技を担当し、特にマスターズ中継では1976年から1995年まで長年にわたって実況を務めました。
また、1994年の千葉大学薬友会報に掲載された本人の文章は、ゴルフ実況の黎明期における苦労や、視聴者に伝わりやすい表現を追求した工夫を知ることができる貴重な資料です。
1995年7月の定年退職後、フリーアナウンサーとして新しい一歩を踏み出したものの、同年9月3日に急性腎不全で死去。60歳という年齢でその生涯を閉じました。
石井智さんの経歴を理解するうえで大切なのは、単にTBSに所属していた過去のアナウンサーとして見るのではなく、スポーツ中継の黎明期に現場で伝え方を考え、競技実況の発展を支えた人物として捉えることです。2026年現在も、本人が残した寄稿や放送史の記録から、その仕事の足跡をたどることができます。
主な参照資料: 千葉大学薬友会報1994年5月号(石井智本人の寄稿)、東京放送編『TBS50年史』、日本ゴルフジャーナリスト協会、日刊スポーツ、TBSアナウンススクール公式資料。