元バレーボール女子日本代表の栗原恵さんが患った病気は、2016年9月に発症した「脳静脈洞血栓症」です。現役生活の大きな転機となったこの病気は、当時32歳だった栗原さんに突然襲いかかりました。激しい頭痛や吐き気が続き、病院で検査を受けた結果、命に関わる危険性が判明。約2週間の絶対安静と点滴治療、その後の投薬・リハビリを経て、2017年1月に再びコートへ戻っています。
発症には、競技生活を考えて服用していたピルの副作用による血栓症リスクが関係していたと、本人がインタビューで明かしています。2026年11月現在は、スポーツ解説やメディア出演に加え、結婚・出産を経て子育てにも取り組んでいます。2019年の現役引退から現在までの歩みを含め、病気の原因、当時の症状、治療、後遺症の有無、最新の活動を整理します。
【結論】栗原恵さんの病気は2016年に発症した脳静脈洞血栓症

栗原恵さんが患った病気は、医学的には脳静脈洞血栓症と報じられています。
脳静脈洞血栓症とは、脳から心臓へ血液を戻す役割を担う静脈洞に血栓ができ、血液の流れが妨げられる病気です。頭蓋内の圧力が高まることで、激しい頭痛や吐き気、嘔吐などの症状が現れることがあります。重症化すると、けいれんや意識障害、神経症状につながる可能性もあります。
2020年1月19日放送のフジテレビ系『ジャンクSPORTS』で、栗原さんは現役時代に脳血栓を患っていたことを告白しました。デイリースポーツの同日報道では、発見が難しい病気として脳静脈洞血栓症の名前が紹介されています。
さらに、2025年1月15日公開のCHANTO WEBの本人インタビューでは、2016年9月の発症当時の状況や治療、復帰までの経緯を詳しく説明しています。
当時の栗原さんは日立リヴァーレに所属し、リーグ開幕を控えて調子を上げていた時期でした。本人の振り返りによれば、今季はレギュラーとしてスタートできるかもしれないという手応えがあっただけに、突然の入院は競技人生を左右する出来事になりました。
病名を告げられた際には、競技を続けられるのかだけでなく、以前のような日常生活を送れるのかという不安も抱えていたといいます。
【発症原因と経緯】ピル服用と激しい頭痛・吐き気に何があった?
栗原恵さんの脳血栓について、特に注目されているのがピルの服用との関係です。
本人がHint-Potの2024年12月23日公開インタビューで説明したところによると、現役時代は生理痛やPMS、生理周期によるコンディションの変化に悩んでいました。さらに、3回目の膝の手術につながるけがをした際、生理のタイミングと重なったこともあり、体調管理のためにピルを服用するようになったそうです。
服用は婦人科で診察を受けたうえでの医療処方でした。本人は当初、吐き気や食欲不振などを経験したものの、薬に慣れてからはコンディション管理が楽になったと振り返っています。
一方、CHANTO WEBのインタビューでは、医師から血栓症のリスクについて事前に説明を受け、定期的な検査も行っていたと語っています。それでも、予想していなかったタイミングで血栓症を発症しました。
ピルを服用していたことだけが誰にでも当てはまる発症原因なのではなく、栗原さん自身のケースについて本人が副作用との関係を説明しているという点が重要です。
発症時に現れた症状2016年9月、栗原さんは高地トレーニングの合宿中に頭痛を感じ始めました。
最初は高山病によるものだと考えていたそうです。しかし、山を下りても痛みは治まらず、むしろ悪化。夜も眠れないほどの頭痛が続き、最終的には吐いてしまいました。
母親に症状を伝えると、頭痛に加えて嘔吐していることから、脳に異常がある可能性を心配され、病院へ行くよう促されました。
それでも本人は、リーグ開幕前の大切な時期だったこともあり、練習を休みたくないという気持ちが強かったといいます。
決定的だったのは、練習前にテーピングを巻こうとして下を向いたときです。激しい痛みで涙が止まらなくなり、異変を見たトレーナーが練習を中止させ、病院へ同行しました。
医師から告げられた命の危険病院で検査を受けた結果、脳血栓が判明。医師からは、そのままプレーを続ければ突然倒れ、命を落とす危険性があると説明されたそうです。
CHANTO WEBのインタビューでは、栗原さんと同じような血栓症で倒れた別の患者に麻痺が残った事例についても、当時医師から説明を受けたと明かしています。
ただし、この麻痺のエピソードは別の患者についての話であり、栗原さん本人に麻痺が残ったという意味ではありません。
リーグ戦への出場を強く望んでいた栗原さんでしたが、母親が病室に駆けつけ、命と健康があってこそバレーボールができると強く諭したことで、治療に専念する気持ちへと切り替えたと振り返っています。
【治療と復帰】2週間の入院から2017年1月のコート復帰まで
脳血栓が判明した栗原恵さんは、すぐに競技生活を中断し、治療を受けることになりました。
CHANTO WEBの本人インタビューによると、発症後の約2週間は絶対安静。その間、点滴による治療を受け、血栓による命の危険がなくなるまでバレーボールをすることはできないと医師から告げられました。
その後もすぐに通常の練習へ戻れたわけではありません。点滴から薬による治療に切り替え、少しずつ身体を動かせるようになっていきました。
本人が明かした復帰までの段階栗原さんは約2週間の絶対安静を終えた後、約3か月間にわたって投薬治療を続けました。最初は散歩程度の運動から始め、体調の改善を確認しながら徐々に活動量を増やしていったといいます。
この時期、本人は現役引退も考えており、チームに対して退団や引退の意思を伝えていました。試合に出られないままチームに所属し続けることに申し訳なさを感じ、「解雇してください」と申し出たことも明かしています。
しかし、チームは栗原さんを見放しませんでした。週に1回でもいいから体育館に来るよう声をかけ、復帰を待ってくれたのです。
毎週水曜日ごろに体育館へ通い、チームメイトと交流しながら、重りのないシャフトを使った軽い運動から再開。約1か月ほどその生活を続けたところ、予想以上に回復が進み、練習への復帰も実現しました。
2017年1月、発症から約4か月後に栗原さんは再びコートへ戻りました。その後も約2年半にわたって現役選手としてプレーを続けています。
この復帰については、スポーツ総合誌Numberの2024年12月のインタビューでも紹介されています。治療を担当した医師が競技復帰の可能性を探り、本人とチームが協力して慎重に回復を進めたことが伝えられています。
栗原恵さんの病気を理解するうえでは、発症前後だけでなく、その後の競技人生や引退後の活動も押さえておく必要があります。
LDH公式プロフィール、本人インタビュー、所属事務所の発表、報道各社の情報を時系列で整理しました。
| 時期 | 出来事 | 内容・補足 |
|---|---|---|
| 2001年 | 全日本女子に初選出 | 高校時代から日本代表として活躍 |
| 2004年 | アテネ五輪出場 | 日本代表として5位入賞 |
| 2008年 | 北京五輪出場 | 2大会連続のオリンピック出場 |
| 2016年9月 | 脳静脈洞血栓症を発症 | 頭痛・吐き気・嘔吐を経て入院 |
| 2016年秋以降 | 治療・リハビリ | 約2週間の絶対安静、その後約3か月の投薬治療 |
| 2017年1月 | 競技復帰 | 発症から約4か月後にコートへ復帰 |
| 2018年 | JTマーヴェラスに入部 | 現役続行を決断し、新たなチームでプレー |
| 2019年6月4日 | 現役引退を発表 | 17年間のプロバレーボール選手生活に終止符 |
| 2024年9月18日 | 結婚・妊娠を発表 | モデル兼フォトグラファーのKoukiさんとの結婚を報告 |
| 2024年12月 | 第1子を出産 | 長男・陽太くんの誕生を報告 |
| 2026年3月19日 | 江田島市子育て応援大使に就任 | 故郷の子育て支援活動に参加 |
| 2026年10~11月 | メディア・スポーツ関連活動 | SVリーグ関連イベントやJ SPORTSの番組出演予定を発表 |
この年表から分かるのは、2016年の病気が現役生活の終わりを意味したわけではないということです。
栗原さんは治療とリハビリを経て復帰し、その後も2019年まで選手として活動しました。LDH公式プロフィールによると、2018-19シーズンにはJTマーヴェラスでV.LEAGUE DIVISION1 WOMENの3位という成績も残しています。
2019年6月4日に現役引退を発表した後も、スポーツキャスターや解説者、タレントなどとして活動を継続。病気による即時引退ではなく、復帰後も競技人生を重ねたうえで、自分自身の次のステージを選んだことが分かります。
【後遺症はある?】栗原恵さんの現在の健康状態とネット上の誤解
栗原恵さんについて検索すると、「脳血栓の後遺症は残っているのか」「現在も病気の治療を続けているのか」といった疑問が見られます。
この点について、公開されている本人インタビューや所属事務所のプロフィール、2026年の活動情報から確認できる内容を整理します。
脳血栓による麻痺などの後遺症は公表されている?2026年11月現在、栗原さんに脳血栓による麻痺や継続的な神経障害が残っているという公式発表は確認できません。
2017年1月には競技復帰を果たし、その後も約2年半にわたってプレーを継続しています。2019年の引退まで選手として活動したことも、本人のインタビューやLDH公式プロフィールに記録されています。
ただし、競技復帰したことと、医学的にすべての後遺症が存在しないことは同じではありません。詳細な神経学的検査結果や長期的な健康診断の内容は公開されていないため、「後遺症が完全にゼロ」と断定することはできません。
2026年現在も病気を抱えているのか現在の活動を見る限り、栗原さんは仕事と育児を両立しながら、スポーツ関連の仕事を続けています。
2026年4月26日付で公開された江田島市の公式コラムでは、本人が息子は1歳2か月になり、仕事と子育てに奮闘する毎日を送っていると紹介しています。
また、2026年にはバレーボール解説やテレビ出演なども継続しています。こうした活動実績は確認できますが、現在の健康状態についての詳細な医学的評価を示すものではありません。
混同されやすい3つの情報栗原さんの病気については、次のような点を区別して理解することが大切です。
- 脳血栓と脳静脈洞血栓症:報道で使われる脳血栓という表現に対し、具体的な病名として脳静脈洞血栓症が紹介されている。
- 別の患者に残った麻痺:本人のインタビューに登場する麻痺の事例は、同様の血栓症で倒れた別の患者についての話。
- 現在の後遺症:後遺症があるという公式発表は確認されていないが、医学的に完全にないと断定できる情報も公開されていない。
また、妊娠・出産を経験したことから、脳血栓の既往が完全に問題なくなったと判断することもできません。個人の健康状態は、本人の医療情報に基づいて判断されるものです。
【2026年最新】栗原恵さんの現在は?結婚・出産・育児と芸能活動
2026年現在の栗原恵さんは、元日本代表選手という肩書にとどまらず、スポーツ解説者、メディア出演者、母親、地域活動の担い手として活動しています。
LDH公式プロフィールで確認できる基本情報所属事務所LDHの公式プロフィールによると、栗原さんの基本情報は次のとおりです。
- 名前:栗原恵(くりはら・めぐみ)
- 生年月日:1984年7月31日
- 出身地:広島県
- 身長:187cm
- 血液型:B型
- 代表歴:2001年から2012年まで全日本女子代表
- 主な競技実績:アテネ五輪、北京五輪出場、2010年世界選手権銅メダル
「プリンセス・メグ」の愛称で知られた栗原さんは、大山加奈さんとの「メグカナ」コンビでも注目を集めました。2004年アテネ五輪と2008年北京五輪という2大会連続のオリンピック出場は、キャリアを代表する実績です。
2024年に結婚と妊娠を発表2024年9月18日、栗原さんは所属事務所LDHを通じて、モデル兼フォトグラファーのKoukiさんとの結婚と妊娠を発表しました。
発表では、以前から交際していた相手と結婚すること、そして新しい命を授かったことを報告。安定期に入ったタイミングでファンや関係者に伝えました。
同年12月には第1子となる男の子を出産。日刊スポーツなどの報道によると、名前は陽太(ひなた)くんです。
2024年12月23日公開のHint-Potのインタビューでは、かつては自身の身体や病気の経験から妊娠は難しいのではないかと考えていたことも語っています。実際に妊娠・出産を経験したことは、本人にとって大きな人生の変化となりました。
2026年3月、故郷・江田島市の子育て応援大使に就任2026年3月19日、栗原さんは広島県江田島市の「子育て応援大使」に就任しました。
江田島市が2026年4月21日に発表した公式資料によると、任命式は市内の子育て世代包括支援センターで開催されました。栗原さんは自身の結婚や子育ての経験を発信し、地域の子育て世代を応援する役割を担います。
同市の広報コラムでは、2026年4月時点で息子が1歳2か月になったことも紹介。絵本を持ってきてくれたり、名前を呼ぶと手を挙げたりする日常について、母親としての喜びをつづっています。
2026年10月・11月の最新活動所属事務所LDHの2026年10月の公式告知では、栗原さんの活動情報として次の内容が掲載されています。
- 10月8日:テレビ東京『一流が目撃!野球・サッカー伝説の優勝決定瞬間ランキング』にVTR出演。
- 10月17日:大同生命SVリーグ2026-27女子西地区第1節、大阪マーヴェラス対岡山シーガルズの試合で始球式に登場。
- 11月3日:J SPORTSオンデマンド『まるっとバレーボール ~大同生命SVリーグ情報番組~』にコメンテーターとして出演予定。
このように、2026年もバレーボールに関係する仕事を続けています。
かつてコートでプレーしていた経験を生かし、競技を伝える側へと役割を広げていることが、引退後のキャリアの特徴です。
【プロの結論】栗原恵さんの闘病経験から読み取れる3つの重要なポイント
栗原さんの経験は、トップアスリートの健康管理だけでなく、一般の人が日々の体調変化と向き合ううえでも考えさせられる内容です。
1. 健康管理をしていても、重大な病気を完全には防げない栗原さんは医師からピルによる血栓症リスクについて説明を受け、定期的な検査も行っていました。それでも発症を防げなかったことを本人が明かしています。
これは、定期的に検査を受けているからといって、すべての健康リスクを排除できるわけではないことを示しています。
2. 頭痛や吐き気を単なる疲労として片づけない栗原さんは当初、高地トレーニングによる高山病だと考えていました。しかし、下山後も頭痛が続き、吐き気や嘔吐を伴うほど悪化したことで重大な病気が発見されました。
PMDA(医薬品医療機器総合機構)の医薬品安全性情報でも、ホルモン製剤などに関する血栓症の初期症状として、頭痛や吐き気、嘔吐などが挙げられています。
特に、ピルなどの薬を服用している人に強い頭痛や突然の体調変化が起きた場合、自己判断で様子を見るのではなく、速やかに医療機関へ相談することが大切です。
3. 競技復帰を支えたのは本人の努力だけではなかった栗原さんの復帰には、主治医、母親、トレーナー、チーム、監督、チームメイトなど、多くの人の支えがありました。
特に印象的なのは、本人が引退を考えていた時期にも、チームが体育館に来るよう声をかけ続けたことです。
復帰を急がず、医師の治療方針に従いながら、散歩や軽い運動から段階的に身体を戻していったことも重要でした。
病気からの回復は、単に症状が治まることだけではありません。本人の意思と医療的な判断、周囲の支援が組み合わさって、再び自分らしい生活を取り戻していく過程でもあります。
【栗原恵病気】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:栗原恵さんが患った病気は何ですか?
A1:2016年9月に発症した脳静脈洞血栓症です。報道では脳血栓とも表現されています。脳の静脈洞に血栓ができる病気で、栗原さんは激しい頭痛や吐き気、嘔吐などを経験しました。
Q2:栗原恵さんの病気の原因はピルだったのですか?
A2:本人は、競技生活のコンディション調整のために服用していたピルの副作用による血栓症だったと説明しています。医師から事前にリスクの説明を受け、定期検査もしていたそうです。
Q3:栗原恵さんは何日入院し、いつ復帰しましたか?
A3:約2週間の絶対安静と点滴治療を受け、その後約3か月間の投薬治療などを経て、2017年1月に競技復帰しました。発症から約4か月後の復帰です。
Q4:栗原恵さんに脳血栓の後遺症は残っていますか?
A4:2026年11月現在、麻痺などの後遺症が残っているという公式発表は確認されていません。2017年に競技復帰し、2019年まで現役を続けました。ただし、詳細な医学的検査結果は公表されていません。
Q5:栗原恵さんは現在も元気に活動していますか?
A5:2026年もスポーツ解説やテレビ出演などを続けています。3月には江田島市の子育て応援大使に就任し、仕事と育児を両立していることを公式コラムで紹介しています。
Q6:栗原恵さんは結婚して子供もいますか?
A6:はい。2024年9月にモデル兼フォトグラファーのKoukiさんとの結婚と妊娠を発表し、同年12月に第1子となる長男・陽太くんを出産しました。
栗原恵さんが患った脳静脈洞血栓症は、2016年9月、現役生活の重要な時期に発症した重大な病気でした。ピルの副作用による血栓症リスクが関係し、激しい頭痛や吐き気をきっかけに病院で発見されています。
約2週間の絶対安静と点滴治療、その後の投薬・リハビリを経て、2017年1月には競技復帰。その後も約2年半にわたって選手として活動し、2019年6月に現役引退を発表しました。
2024年には結婚と出産を経験し、2026年には故郷・江田島市の子育て応援大使にも就任。スポーツ解説者としての活動も継続しています。
現在の健康状態について、後遺症が残っているという公表情報はありません。一方で、医学的に後遺症が完全にないと断定できる情報も公開されていません。
病気を乗り越えて競技に復帰し、その後は新しい人生を歩んできた栗原さん。2026年もバレーボールの魅力を伝えながら、母親として、そして一人の社会人として活動を広げている姿が印象的です。
2016年の闘病経験は、栗原さんの競技人生を語るうえで欠かせない出来事であり、現在の活動を理解するうえでも大切な転機となっています。
主な確認資料・出典
- LDH公式プロフィール・2026年メディア出演情報
- CHANTO WEB「開幕直前に脳血栓が発覚した栗原恵」
- Hint-Pot「ピルが原因の脳血栓症を乗り越え、40歳で出産」
- Number Web「栗原恵を襲った脳血栓」
- PMDA「医薬品使用上の注意改訂情報」
- 江田島市公式サイト「栗原恵の愛おしい時間」
- 日刊スポーツ・デイリースポーツの関連報道