2026年現在、JRAに所属する現役女性騎手は、古川奈穂、永島まなみ、今村聖奈、河原田菜々、小林美駒、谷原柚希の6人です。2025年には大江原比呂の引退と谷原柚希のデビューがあり、2026年には今村聖奈がオークスを制するなど、女性騎手を取り巻く状況は大きく変化しています。
日本の女性騎手の歴史は、JRAが誕生するよりも前の1898年ごろまでさかのぼります。1936年に騎手免許試験に合格した斉藤澄子、1996年に中央競馬でデビューした3人、藤田菜七子や大江原比呂の引退、そして谷原柚希の免許取得まで、女性騎手の歩みには競馬界の制度や社会環境の変化が表れています。
【2026年最新】JRA女性騎手は現在6人!現役メンバーと注目の活躍

2026年11月1日現在、JRA所属の女性騎手は6人です。
2025年2月に大江原比呂が引退したことで5人に減少しましたが、同年3月に谷原柚希がデビューし、再び6人体制となりました。
JRAが公表した2026年度の騎手免許更新試験合格者一覧にも、以下の6人の名前が掲載されています。
2026年現在のJRA女性騎手一覧
2021年デビュー・栗東
2021年に永島まなみとともにデビューした女性騎手。デビュー後は負傷による休養も経験しながら、中央競馬で騎乗を続けている。
2021年デビュー・栗東
積極的な騎乗で知られる若手騎手。2023年には年間50勝を挙げ、女性騎手の活躍を印象づけた。
2022年デビュー・栗東
2022年のデビュー年に51勝を挙げた実力派。2026年5月24日にはジュウリョクピエロでオークスを制覇した。
2023年デビュー・栗東
小林美駒と同じ2023年デビュー組。減量制度も活用しながら中央競馬で騎乗経験を重ねている。
2023年デビュー・美浦
2026年6月28日の函館記念ではファウストラーゼンに騎乗して優勝。女性騎手の重賞戦線に新たな実績を加えた。
2025年デビュー・美浦
JRA競馬学校の第41期生。藤田菜七子の活躍に憧れて騎手を志した世代で、2025年3月1日にデビューした。
2026年5月24日、東京競馬場で開催された第87回優駿牝馬(オークス・GⅠ)で、今村聖奈がジュウリョクピエロに騎乗して優勝しました。
5番人気で臨んだレースでは、後方から末脚を伸ばして差し切り勝ち。日本人女性騎手として初めてJRAのGⅠを制覇し、女性騎手によるクラシック競走初制覇という記録も打ち立てました。
なお、女性騎手によるJRA平地GⅠ初制覇そのものは、2025年2月23日のフェブラリーステークスでレイチェル・キングが達成しています。
つまり、2025年のレイチェル・キングに続き、2026年には日本人女性騎手の今村聖奈が歴史的な勝利を挙げたという流れです。
また、2026年6月28日には小林美駒が函館記念(GⅢ)をファウストラーゼンで勝利しています。
女性騎手の活躍を考えるうえで、2025~2026年は大きな転換期となっています。
【1898年から1996年へ】斉藤澄子が切り開いた女性騎手の歴史
日本の女性騎手の歴史を語る際、最初に知っておきたい人物が斉藤澄子です。
現在のJRA女性騎手につながる歴史は、単に1996年から始まったわけではありません。
1898年ごろ、横浜競馬場に残る女性騎乗の記録日本では1898年ごろ、横浜競馬場で女性がレースに騎乗した記録が伝えられています。
当時、日本レース・倶楽部の委員だったW・F・ミッチェルの妻ら3人がレースに参加し、そのうちミッチェル夫人が優勝したとされています。
ただし、この時代の騎乗記録と、現在のJRAが発行する騎手免許に基づく職業騎手の制度は区別する必要があります。
この記録は、日本で女性が競馬に参加していた歴史を示すものです。
1936年、斉藤澄子が騎手免許試験に合格1936年・京都競馬倶楽部
日本競馬史に名前を残す先駆者。免許試験に合格したものの、女性であることを理由に公式レースへの出場を認められなかった。
斉藤澄子は1936年、京都競馬倶楽部の騎手免許試験に合格しました。
しかし、当時の競馬界では女性騎手に対する反対運動が起こります。
女性騎手の存在が風紀を乱すという考え方が広がり、農林省や帝国競馬協会などによる出場禁止の措置が取られました。
さらに1937年、日本競馬会の発足に伴い、騎手の要件に男性であることが盛り込まれます。
結果として斉藤澄子は、騎手免許試験に合格しながら公式レースに一度も騎乗できないまま、騎手の道を断念しました。
この出来事は、女性の能力とは無関係な制度的な障壁によって競技参加が制限された歴史として記憶されています。
作家・吉永みち子の小説『繋がれた夢』は、斉藤澄子をモデルにした作品として知られています。
1996年、JRA初の女性騎手3人がデビュー斉藤澄子の時代から約60年後、中央競馬に大きな変化が訪れます。
1996年3月1日付で騎手免許を取得し、翌3月2日にデビューしたのが次の3人です。
- 田村真来
- 細江純子
- 増沢由貴子(旧姓・牧原由貴子)
この3人が、JRA所属の女性騎手の第一世代に当たります。
その後、1997年には板倉真由子と押田純子、2000年には西原玲奈がデビューしました。
ただし、女性騎手の誕生が毎年続いたわけではありません。
2001年から2015年まで、新たなJRA所属女性騎手は誕生していません。2013年に増沢由貴子が引退した後、2016年に藤田菜七子がデビューするまで、JRA所属の現役女性騎手が不在となる期間もありました。
この長い空白期間は、女性騎手の育成や継続的な人材輩出が簡単ではなかったことを示しています。
【歴代14人を時系列で整理】JRA女性騎手の人数推移と主要年表
JRA女性騎手の人数を理解するには、現役人数だけでなく、デビューした人数と引退した人数を分けて見ることが大切です。
1996年から2025年までにJRA所属騎手としてデビューした女性は、合計14人です。
JRA女性騎手の歴代年表| 年 | 女性騎手・出来事 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1996年 | 田村真来・細江純子・増沢由貴子 | JRA初の女性騎手3人 |
| 1997年 | 板倉真由子・押田純子 | 2人がデビュー |
| 2000年 | 西原玲奈 | 6人目 |
| 2001~2015年 | 新規デビューなし | 女性騎手の空白期 |
| 2016年 | 藤田菜七子 | 16年ぶりの新規デビュー |
| 2021年 | 永島まなみ・古川奈穂 | 2人がデビュー |
| 2022年 | 今村聖奈 | デビュー年に51勝 |
| 2023年 | 小林美駒・河原田菜々 | 2人がデビュー |
| 2024年 | 大江原比呂 | 翌年2月に引退 |
| 2025年 | 谷原柚希 | 現役6人目としてデビュー |
| 2026年 | 現役6人 | 今村聖奈がオークス制覇 |
※JRA所属騎手としてのデビュー年を基準に整理。外国人騎手の短期免許による騎乗は含みません。
女性騎手の人数はどう変化した?人数の推移で注目したいのは、2016年以降の変化です。
藤田菜七子のデビューをきっかけに、2021年には永島まなみと古川奈穂、2022年には今村聖奈が加わりました。
2023年には小林美駒と河原田菜々がデビューし、女性騎手が複数在籍する状態が定着します。
しかし、2024年10月には藤田菜七子が引退。2025年2月には大江原比呂も引退し、JRA所属女性騎手は一時5人になりました。
その後、谷原柚希のデビューによって6人に戻っています。
このように、女性騎手の人数は単純に増え続けているわけではありません。新規デビューと引退の両方を追う必要があります。
谷原柚希はJRA史上14人目の女性騎手谷原柚希は2007年2月20日生まれ、千葉県出身です。
2022年4月にJRA競馬学校の騎手課程へ入学し、2025年2月に卒業。2025年度の新規騎手免許試験に合格しました。
免許取得日は2025年3月1日で、JRA通算14人目の女性騎手となります。
注目したいのは、騎手を目指したきっかけです。
JRAの競馬学校卒業時の紹介資料によると、谷原は小学校4年生のころに藤田菜七子の活躍を見て、騎手を目指すようになりました。
また、目標とする騎手として永島まなみとホリー・ドイルを挙げています。
かつて女性騎手がほとんど存在しなかった時代と違い、現在は先輩女性騎手の姿を見て競馬学校を目指す世代が生まれています。
これは人数の増加だけでは測れない、大きな変化です。
【引退の理由と経緯】藤田菜七子・大江原比呂に何があった?
女性騎手の歴史を振り返ると、活躍する選手が増える一方で、短期間で引退する騎手もいます。
特に注目されたのが、藤田菜七子と大江原比呂の引退です。
ただし、2人の引退は経緯が異なります。
藤田菜七子はなぜ引退した?結婚との関係は、2016年にデビューしたJRA女性騎手を代表する存在でした。
デビュー後は着実に勝利を重ね、2019年にはコパノキッキングとのコンビでカペラステークスを制覇。JRA所属の女性騎手として初めてJRA重賞を勝利した選手として知られています。
JRA通算成績は3,897戦166勝でした。
引退までの経緯を時系列で整理すると、次のようになります。
2024年7月10日:結婚を発表
藤田はJRA職員との結婚を発表しました。
当時の取材では、結婚によって引退する考えはなく、騎手として引き続き努力したいという意向を示していました。
2024年10月9~10日:通信機器の不適切使用が発覚
JRAは藤田について、2023年4月ごろまで複数回にわたって調整ルーム内に通信機器を持ち込み、他者と通信していたことを公表しました。
JRAは騎手として重大な非行に当たると判断し、騎乗停止の措置を取りました。
2024年10月11日:騎手免許取消申請を受理
藤田から提出された騎手免許取消申請が受理され、同日付で引退となりました。
正式な引退理由の申請上の表記は「一身上の都合」です。
ここで重要なのは、結婚と引退を結びつけないことです。
藤田本人は結婚発表時点で現役続行の意思を示しており、実際の引退に至った直接的な経緯は、通信機器の不適切使用に関する問題と、その後の免許取消申請でした。
大江原比呂はなぜ約1年で引退した?は2024年にデビューした女性騎手です。
JRAの公式発表によると、2025年2月1日付で騎手免許が取り消され、引退となりました。
主な経歴は次のとおりです。
- 2024年:騎手免許を取得
- 2024年3月2日:初騎乗
- 2024年6月9日:JRA初勝利
- 2025年2月1日:騎手免許取消、引退
引退時点のJRA通算成績は198戦4勝でした。
引退前の2024年12月1日には、調教中に右手小指を負傷し、騎乗を取りやめて休養に入ったことが報道されています。
ただし、JRAの公式引退発表に記載されているのは、本人から免許取消申請があったという事実です。負傷が引退の直接的な理由だったと公式に断定されたわけではありません。
大江原の引退をめぐっては、デビューから約1年という短さも話題になりました。
藤田と大江原の事例は、同じ女性騎手の引退でも、背景や手続きが異なることを示しています。
【結婚・出産と騎手復帰】宮下瞳が示した女性騎手のキャリア問題
女性騎手のキャリアを考えるうえで、避けて通れないのが結婚、妊娠、出産、育児との両立です。
この問題を象徴する人物が、地方競馬の宮下瞳です。
なお、宮下瞳はJRA所属ではなく、名古屋競馬所属の騎手として活躍した人物です。JRAと地方競馬では免許制度が異なるため、両者を区別して考える必要があります。
宮下瞳は出産後にどうやって騎手復帰した?は、1995年に騎手免許を取得した女性騎手です。
国内女性騎手の第一人者として活躍し、多くの勝利を積み重ねてきました。
しかし、2011年8月16日、妊娠を機に騎手免許を返納します。
その後、2人の子どもを出産し、育児に専念する期間を過ごしました。
騎手への復帰を目指すようになったきっかけの一つは、長男から「ママが馬に乗っているところが見たい」と言われたことだったと、地方競馬の公式情報誌「ウェブハロン」のインタビューで紹介されています。
復帰に向けた道のりは簡単ではありませんでした。
- 約1年半、厩務員として競走馬の世話に従事
- 育児と並行して騎手免許試験の勉強
- 乗馬や調教を通じて騎乗技術を取り戻す
- 新たに騎手免許試験を受験
- 2016年8月に騎手として復帰
2016年8月1日に免許を再取得し、同月17日に現役復帰を果たしました。
出産を経験した女性騎手が、一度免許を返納した後に復帰するという国内でも極めて珍しい事例です。
復帰後も活躍は続き、2021年には地方競馬通算1,000勝を達成。2024年には女性騎手として初めて黄綬褒章を受章しました。
最終的には地方競馬で女性騎手最多となる1,381勝を記録し、2025年11月30日に騎手を引退。12月1日付で調教師に転身しました。
宮下瞳が訴えた産休制度の必要性2025年11月の引退会見で、宮下は女性騎手が出産後も現役を続けられる環境について問題提起しました。
岐阜新聞の報道によると、宮下は次のように語っています。
> 出産しても騎手免許を継続したまま復帰できる産休があるといい。
この発言の背景には、騎手免許を一度返納すると、再び騎手になるために免許試験を受け直さなければならないという事情があります。
一般的な会社員であれば、労働関係法令に基づく産前産後休業や育児休業という制度があります。
一方、騎手は個人事業主として活動する側面があり、一般的な雇用労働者と同じ制度がそのまま適用されるわけではありません。
宮下のケースでは、出産後に競技へ戻るため、改めて免許取得に向けた勉強と訓練が必要になりました。
2025年の制度改正で地方競馬はどう変わった?ここは2026年の最新情報として押さえておきたい部分です。
地方競馬全国協会(NAR)は2025年11月、妊娠中または出産後1年以内の女性騎手について、騎手免許の継続に必要だった体重と騎乗回数の基準を適用除外とする制度変更を行いました。
従来の地方競馬では、免許更新に際して次のような条件がありました。
- 体重がおおむね55kg以内であること(ばんえい競馬は別基準)
- 過去1年間に30回以上、または過去2年間に60回以上の騎乗があること
妊娠中や出産直後は騎乗を控える必要があるため、こうした要件を満たすことが難しくなります。
今回の変更によって、妊産婦の女性騎手は体重と騎乗回数に関する要件を適用されず、免許を維持しやすくなりました。
ただし、免許を維持できることと、実際にレースへ復帰できることは別問題です。身体的な回復、育児環境、調教への参加、所属厩舎の協力などは引き続き必要になります。
また、この改正は地方競馬全国協会の制度です。JRAの騎手免許制度にそのまま適用されるものではありません。
毎日新聞の2025年12月の報道では、JRAの免許更新要件には地方競馬のような体重・騎乗回数の規定はないと説明されています。
2026年、浜尚美が出産後に現役復帰2026年には、宮下に続く重要な事例が生まれました。
高知競馬所属のが、第1子の出産を経て現役復帰したのです。
浜は2025年3月に結婚を発表し、同年4月から休業。2026年1月に出産を報告しました。
その後、2026年7月4日に約1年3か月ぶりに実戦復帰しています。
復帰初日は2鞍に騎乗し、いずれも7着。さらに7月12日には、復帰後8戦目となる高知競馬のファイナルレースで初勝利を挙げました。
注目すべきは、宮下のケースと異なり、浜は新たに騎手免許を取り直すのではなく、免許を維持した状態で出産後の復帰を実現した点です。
これは地方競馬の制度改正後の重要な実例となりました。
宮下が一度免許を返納して再取得した経験と、浜が免許を維持して復帰した経験を比べると、制度変更が女性騎手のキャリアに与える影響が見えてきます。
ただし、両者の復帰には家族や所属厩舎など周囲の支援も欠かせませんでした。
産休制度を整えるだけでなく、育児と調教を両立できる環境づくりも必要です。
【海外女性騎手の活躍】ホリー・ドイルのJRA短期免許とは?
JRAの女性騎手を考える際には、日本人の現役騎手だけでなく、海外から短期免許で来日する女性騎手にも注目する必要があります。
代表的な存在が、イギリスのホリー・ドイルです。
イギリス・平地競馬
欧州を代表する女性騎手の一人。JRAの短期免許を利用して複数回日本で騎乗している。
JRAの公式発表によると、ホリー・ドイルは次の期間に短期免許を取得しています。
| 年 | JRA短期免許期間 |
|---|---|
| 2022年 | 10月29日~12月25日 |
| 2023年 | 11月11日~12月29日 |
| 2024年 | 11月9日~12月22日 |
| 2025年 | 1月5日~1月14日 |
JRAが公表した2025年1月時点のプロフィールでは、ドイルは2022年にイギリスのリーディング2位、2023年に5位、2024年に7位という実績を残しています。
また、海外のGⅠ競走でも複数の勝利を挙げています。
ホリー・ドイルの来日は、日本の女性騎手にとっても海外のトップレベルの騎乗技術に触れる機会となっています。
レイチェル・キングは女性騎手初のJRA平地GⅠ制覇もう一人、忘れてはならない海外女性騎手がです。
2025年2月23日、東京競馬場で開催されたフェブラリーステークス(GⅠ)で、キングはコスタノヴァに騎乗して優勝しました。
これが女性騎手によるJRA平地GⅠ初制覇です。
さらに、2026年1月にもJRAはキングに短期免許を交付。1月24日から2月23日まで日本で騎乗しました。
ここで理解しておきたいのは、ホリー・ドイルやレイチェル・キングのような海外騎手は、JRA所属の現役女性騎手6人とは別の区分だということです。
JRA所属の女性騎手数を調べる場合は、通常の騎手免許を持つ日本人騎手と、外国人騎手の短期免許による騎乗を混同しないようにしましょう。
【プロの結論】JRA女性騎手の未来を左右する3つのポイント
2026年のJRA女性騎手を評価するとき、単純に人数だけを見るのでは実態を十分に把握できません。
重要なのは、競技への参加機会、長期的なキャリア形成、そして競馬界全体の制度整備です。
1. 女性騎手の人数だけでなく競技実績を見る2026年の今村聖奈によるオークス制覇は、女性騎手の競技能力を示す象徴的な出来事です。
また、小林美駒の函館記念制覇も、女性騎手が重賞で結果を残せることを示しています。
性別だけで評価するのではなく、騎乗馬の能力、レース展開への対応、勝率、重賞実績などを基準に評価することが大切です。
2. 出産後も騎手を続けられる制度を整える宮下瞳の経験は、出産を機に免許を返納した場合、再び騎手になるまでに大きな負担がかかることを示しました。
2025年のNARの制度改正と2026年の浜尚美の復帰は、環境改善が具体的な結果につながった事例です。
今後は免許の維持だけでなく、次のような支援も検討課題になります。
- 出産前後の安全な休業期間
- 調教復帰に向けた段階的な支援
- 育児と騎乗予定を調整できる仕組み
- 家族や厩舎に負担が集中しない支援体制
- 女性用施設や競馬場設備の改善
藤田菜七子の引退、大江原比呂の引退、宮下瞳の一度目の引退は、それぞれ異なる経緯があります。
結婚したから引退した、負傷したから必ず引退した、出産したら騎手を続けられないといった単純な理解では、実際の競馬界の状況を捉えられません。
ニュースを読むときは、本人の発表、JRAの免許取消発表、地方競馬の制度変更を区別することが大切です。
2026年は、女性騎手がGⅠを勝ち、出産後に復帰する事例も増えた年です。今後の競馬界に求められるのは、デビューする女性騎手を増やすことだけでなく、長く現役を続けられる環境をつくることです。
【女性騎手JRA】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、JRAの女性騎手は何人いますか?
A1:2026年11月1日現在、JRA所属の現役女性騎手は6人です。古川奈穂、永島まなみ、今村聖奈、河原田菜々、小林美駒、谷原柚希です。
Q2:JRAで最初の女性騎手は誰ですか?
A2:JRA所属の最初の女性騎手は、1996年にデビューした田村真来、細江純子、増沢由貴子の3人です。それ以前には1936年に騎手免許試験に合格した斉藤澄子がいますが、公式レースには出場できませんでした。
Q3:女性騎手は結婚や出産をすると引退しなければならないのですか?
A3:結婚や出産だけで必ず引退するわけではありません。宮下瞳は出産後に免許を再取得して復帰し、2026年には地方競馬の浜尚美も免許を維持したまま出産後に復帰しました。ただし、休業中の生活や育児、調教への復帰など、乗り越えるべき課題は残っています。
Q4:藤田菜七子の引退理由は結婚ですか?
A4:違います。2024年7月に結婚を発表した際、本人は騎手を続ける意向を示していました。同年10月、通信機器の不適切使用に関する問題で騎乗停止となり、その後、騎手免許取消申請が受理されて引退しました。
Q5:谷原柚希は何年に騎手免許を取得しましたか?
A5:2025年3月1日付で騎手免許を取得しました。JRA競馬学校の第41期生で、JRA通算14人目の女性騎手です。
Q6:ホリー・ドイルはJRA所属の女性騎手ですか?
A6:ホリー・ドイルはイギリス所属の騎手です。JRAの短期免許を取得して日本で騎乗した実績がありますが、JRA所属の現役女性騎手6人には含まれません。
JRA女性騎手の歴史は、1936年に騎手免許試験に合格した斉藤澄子の時代から、1996年の女性騎手3人のデビュー、藤田菜七子の活躍、2025年の谷原柚希の免許取得へと続いてきました。
2026年現在は、6人の女性騎手がJRAで活動しています。
さらに、今村聖奈のオークス制覇や小林美駒の函館記念制覇によって、女性騎手の競技実績も新たな段階に入りました。
一方、出産とキャリアの両立については、宮下瞳が経験した免許返納と再取得の問題がありました。2025年の地方競馬の制度改正、2026年の浜尚美の出産後復帰は、その課題を改善する具体的な一歩です。
女性騎手の歴史を評価するうえで大切なのは、何人デビューしたかだけではありません。何人が勝利を重ね、何人がライフステージの変化を乗り越え、長く競馬界で活躍できるかという視点です。
1898年ごろの横浜競馬場に残る女性騎乗の記録から、2026年のGⅠ制覇まで。日本の女性騎手の歴史は、競技の実力と活躍の場を広げるための制度改革の両面で、次の時代へ進んでいます。