2026年10月31日現在、元プロ野球選手・清原和博さんとモデルの亜希さんの息子たちは、それぞれ異なる道を歩んでいる。長男の清原正吾さんは、2024年のプロ野球ドラフト会議で指名されなかった後、野球競技からの引退を発表。就職活動を経て、2026年4月から新社会人として働き始めた。一方、次男の清原勝児さんは、2023年夏の甲子園優勝を経験し、現在は慶應義塾大学野球部に所属している。
特に関心を集めているのが、正吾さんの就職先だ。2025年には大手広告代理店への内定報道があり、2026年9月には同社で勤務しているとする続報も登場した。ただし、具体的な企業名は公表されていない。勝児さんについても、慶應大学野球部での現在の立場や公式プロフィールから分かる情報がある。
父親譲りの野球の才能を持つ兄弟は、なぜ異なる進路を選んだのか。これまでの経歴、ドラフト指名漏れから引退までの経緯、就職先の報道、大学野球での近況を整理する。
【2026年最新】清原和博の息子は現在何をしている?長男と次男の近況

清原和博さんの息子は、長男の清原正吾さんと次男の清原勝児さんの2人だ。母親はモデル・タレントとして活動する亜希さんである。
2026年現在、兄弟の進路は大きく分かれている。正吾さんは大学野球を終えて一般企業に就職し、勝児さんは慶應義塾大学で野球を続けている。
長男・清原正吾は2026年4月から新社会人正吾さんは2002年8月23日生まれ。2026年現在24歳で、慶應義塾大学野球部では内野手として活躍した。
2024年のドラフト会議では指名されず、同年11月24日に野球競技を続けない意向を正式に表明。その後は就職活動に取り組み、2026年4月に新社会人となった。
この新生活を公に伝えたのは母親の亜希さんだった。2026年4月2日、亜希さんは自身のInstagramで、長男が今月から新社会人になることを報告。翌3日にはテレビ朝日や日刊スポーツなども、この投稿を取り上げている。
さらに2026年9月には、大手広告代理店で働いているとする報道も登場した。野球選手という夢から一般企業でのキャリアへと進んだ正吾さんは、新しい環境で社会人としての生活をスタートさせている。
次男・清原勝児は慶應義塾大学野球部に所属次男の勝児さんは2005年5月1日生まれ。2026年現在21歳で、慶應義塾大学商学部に在籍している。
高校時代には慶應義塾高校野球部の一員として、2023年夏の甲子園で全国制覇を経験した。現在は兄と同じ慶應義塾大学野球部に所属し、内野手として活動している。
大学野球部の公式プロフィールには、右投げ右打ち、身長175センチ、体重80キロと掲載されている。また、将来の夢としてプロ野球選手を挙げている。
ただし、大学野球部の公式プロフィールに記載されたリーグ戦通算成績は「出場なし」。部員として在籍していることと、東京六大学野球のリーグ戦に出場していることは区別する必要がある。
【長男・清原正吾の経歴】6年間のブランクから慶應大学野球部の4番へ
清原正吾さんの野球人生は、父親の清原和博さんとは異なる歩みだった。
父親は西武、巨人、オリックスなどで活躍し、プロ通算525本塁打を記録した球界を代表する強打者。一方、正吾さんは中学・高校時代に野球以外の競技に取り組み、大学進学後に本格的な硬式野球へ復帰した。
中学ではバレーボール、高校ではアメリカンフットボール正吾さんは小学校3年生から野球を始めたものの、慶應義塾普通部(中学校)ではバレーボール部に所属。さらに慶應義塾高校ではアメリカンフットボール部に入った。
そのため、中学・高校を通じて硬式野球から離れていた期間は約6年間に及ぶ。
一般的に、大学野球でレギュラーを獲得するには、少年時代からの継続的な練習や競技経験が大きな強みになる。正吾さんの場合、大学から本格的に野球を再開するという異例のスタートだった。
それでも、慶應義塾大学野球部への入部後に努力を重ね、4年生になると一塁手としてレギュラーを獲得。最終的には名門チームの4番を任されるまでに成長した。
慶應大学ではベストナインを獲得正吾さんは身長186センチ、体重90キロという恵まれた体格を持ち、右投げ右打ちの内野手としてプレーした。
2024年春季リーグ戦では一塁手のベストナインを受賞。秋季リーグでも本塁打を放ち、早慶戦を含む最後のシーズンまで主軸打者として注目を集めた。
朝日新聞社の学生スポーツ媒体「4years.」が報じた東京六大学野球の通算成績は、31試合出場、打率.254、3本塁打、12打点。大学4年間の集大成として、確かな実績を残している。
特筆すべきなのは、単に父親と同じ競技を選んだことではない。いったん野球から離れた後、自分の意思で競技に戻り、大学野球のトップレベルで4番打者を務めた点にある。
【ドラフト指名漏れから野球引退へ】清原正吾が競技を離れた経緯
正吾さんの進路を大きく変えたのが、2024年10月24日に開催されたプロ野球ドラフト会議だった。
プロ志望届を提出していた正吾さんは、父親と同じプロ野球の世界を目指していた。しかし、支配下ドラフトだけでなく育成ドラフトでも名前は呼ばれず、NPB入りは実現しなかった。
2024年10月24日、ドラフト指名はなし当日は慶應義塾大学側にも多数の報道関係者が集まり、正吾さんの指名を待っていた。父親がプロ通算525本塁打を記録した清原和博さんだったこともあり、その動向は大きく報じられていた。
しかし、すべての指名が終了しても名前は呼ばれなかった。
日刊スポーツなどによると、当時の堀井哲也監督は、本人がドラフトの現実を受け止め、まずはリーグ戦に集中する意向であることを説明。今後の進路については、まだ決まっていないとしていた。
独立リーグなど9球団からのオファーも断るドラフト指名漏れ後も、正吾さんには野球を続ける選択肢が残されていた。
2024年11月25日付の日刊スポーツは、独立リーグなど計9球団からオファーがあったと報道。しかし、正吾さんは野球を続けない決断を下し、11月24日朝に堀井監督を通じて各球団に断りの連絡を入れたと伝えている。
同日、慶應義塾大学野球部を通じて本人のコメントも発表された。内容は、プロ志望届を提出してから真剣に悩んだ末、今後は野球の道ではなく、新たな目標を持って社会に出る準備をするというものだった。
注目したいのは、ドラフト指名漏れの直後に感情だけで決断したわけではないことだ。複数の進路があった中で、大学野球を一区切りとし、社会人として新しい人生を歩む道を選んだ。
清原正吾の進路・野球引退までの時系列| 時期 | 出来事 | 内容・状況 |
|---|---|---|
| 小学校時代 | 野球を始める | 小学3年生から野球に取り組む。 |
| 中学時代 | バレーボール部 | 硬式野球から離れる。 |
| 高校時代 | アメフト部 | アメリカンフットボールに挑戦。 |
| 大学時代 | 慶應大学野球部 | 野球を再開し、4番・一塁手として活躍。春季ベストナインを受賞。 |
| 2024年10月24日 | ドラフト指名漏れ | 支配下・育成ともに指名なし。 |
| 2024年11月24日 | 野球引退を表明 | 独立リーグなどのオファーを断り、社会に出る準備を発表。 |
| 2025年4月 | 就職活動を継続 | 大学に在籍しながら本格的な就職活動へ。 |
| 2025年8月 | 内定報道 | 大手広告代理店への内定が報じられる。 |
| 2026年4月 | 新社会人に | 母・亜希さんが長男の新社会人生活を報告。 |
| 2026年9月 | 勤務先の続報 | 大手広告代理店で勤務しているとの報道が出る。 |
【清原正吾の就職先の真相】大手広告代理店への内定報道と2026年の勤務状況
清原正吾さんの現在を調べる読者が特に気にしているのが、就職先の企業名だ。
ネット上では電通や博報堂などの有名企業が候補として挙げられることもある。しかし、広告代理店への内定・勤務報道と、具体的な会社名が公式に明らかになっていることは別問題である。
2025年4月:就職浪人を決断し、就職活動へ2025年4月1日付の日刊スポーツは、正吾さんが就職活動を続けながら慶應大学に在籍していると報じた。
大学時代は野球部の活動に多くの時間を費やしており、インターンシップへの参加も1度だけだったという。そのため、卒業後すぐに就職するのではなく、就職活動に時間をかける道を選んだ。
プロ野球への挑戦を終えた後、一般企業で働くための準備に切り替えた時期といえる。
2025年8月:女性セブンが大手広告代理店への内定を報道2025年8月26日、女性セブンプラスは、正吾さんが大手広告代理店に内定したと報じた。
記事では、芸能関係者の話として、野球選手への道を模索したことで就職活動が遅れていた正吾さんが、大手広告代理店から内定を得たと紹介している。
この報道によって、大学野球引退後の進路として広告業界が注目されるようになった。
2026年4月:母・亜希さんが新社会人になったことを報告2026年4月2日、亜希さんはInstagramで長男が新社会人になったことを報告した。
この投稿を取り上げたテレビ朝日ニュースやスポーツ紙の記事では、正吾さんが2026年4月から社会人として新しい生活を始めたことが伝えられている。
ここで重要なのは、社会人になった事実は母親の公開投稿によって確認できる一方、投稿自体では勤務先の企業名が明らかにされていない点だ。
2026年9月:大手広告代理店で勤務との続報2026年9月18日には、NEWSポストセブンの記事がライブドアニュースにも掲載され、正吾さんが大手広告代理店で勤務していると報じられた。
記事では知人の証言として、2026年4月から勤務しており、コンテンツの企画・制作を主導する制作営業の部署に配属されたと紹介している。
2025年の内定報道と2026年の勤務報道を合わせると、大手広告代理店に就職したという見方には複数の報道による裏付けがある。ただし、これらは本人や勤務先企業による公式発表ではない。
勤務先は電通?博報堂?会社名は公表されている?検索候補としてよく挙がるのが、電通や博報堂といった日本を代表する広告会社だ。
しかし、2026年10月31日現在、正吾さんの勤務先について、本人や家族、勤務先企業が具体的な会社名を公表した事実は確認できない。
大手広告代理店という報道だけを根拠に、特定の会社名を断定することはできない。広告業界への就職報道と、電通・博報堂への入社が確定しているという情報は分けて理解する必要がある。
なお、2024年11月には大手総合商社への就職をめぐる観測を紹介した報道もあった。その後、2025年には広告代理店への内定報道が登場している。こうした進路情報の変遷も、勤務先の社名が確定情報として扱えない理由の一つだ。
現段階で整理できるのは、2026年4月から社会人になったこと、2025年に大手広告代理店への内定が報じられたこと、そして2026年9月に同業界での勤務が報じられたことの3点である。
【次男・清原勝児の現在】慶應高校の甲子園優勝から慶應大学野球部へ
兄の正吾さんが野球を離れた一方、次男の勝児さんは大学野球を続けている。
勝児さんを語るうえで欠かせないのが、2023年夏の甲子園での全国制覇だ。
2023年夏、慶應義塾高校が107年ぶりの甲子園優勝2023年8月23日、第105回全国高等学校野球選手権記念大会の決勝で、慶應義塾高校は宮城県代表の仙台育英高校と対戦。8対2で勝利し、全国制覇を果たした。
慶應義塾が夏の甲子園で優勝するのは、1916年の第2回大会以来、実に107年ぶりだった。慶應義塾の公式広報も、この歴史的な優勝を大きく取り上げている。
勝児さんは、この優勝を経験した慶應義塾高校野球部のメンバーの一人だった。父親が長年プロ野球界で活躍した清原和博さんであることも重なり、兄弟の中でも高校野球で大きな注目を浴びた。
ただし、チームの優勝実績と個人の出場実績は同じではない。甲子園優勝メンバーだったことを、全試合で先発出場したという意味に置き換えることはできない。
2026年現在は慶應義塾大学野球部の2年生高校卒業後、勝児さんは兄と同じ慶應義塾大学へ進学。大学でも野球を続けている。
2026年度の慶應義塾体育会野球部の部員一覧では、勝児さんは2年生として掲載されている。
公式プロフィールに記載された基本情報は以下のとおりだ。
- 氏名:清原勝児
- 生年月日:2005年5月1日
- 年齢:21歳(2026年10月現在)
- 所属:慶應義塾大学商学部
- ポジション:内野手
- 身長・体重:175センチ・80キロ
- 投打:右投げ右打ち
- 出身高校:慶應義塾高校
- 将来の夢:プロ野球選手
特に興味深いのは、公式プロフィールに「尊敬する人」として兄の清原正吾さんの名前が掲載されていることだ。
兄は野球を離れて社会人となったが、弟は兄を尊敬する人物に挙げ、プロ野球選手という夢を掲げている。兄弟それぞれの野球に対する向き合い方が表れている。
慶應大学野球部でレギュラーなのか?勝児さんについては、慶應大学野球部に所属しているという情報から、東京六大学野球の試合で活躍している姿を想像する人もいるかもしれない。
しかし、大学野球部の公式プロフィールに記載されたリーグ戦通算成績は「出場なし」となっている。
したがって、2026年現在の状況は、大学野球部に所属している内野手であることは確認できるものの、東京六大学野球のリーグ戦での出場実績は公式プロフィール上では確認できない、という整理が正確だ。
大学野球では、部員として登録されていることと、リーグ戦でベンチ入り・出場することは別の段階にある。今後の成長や出場機会が注目される。
【清原兄弟の経歴と進路を比較】父・和博と母・亜希が注目される理由
清原兄弟は、同じ父親を持ち、同じ慶應義塾の系列で学び、大学でも野球に取り組んできた。しかし、競技との関わり方や現在の進路には違いがある。
正吾と勝児の違いは野球への復帰時期と現在の目標正吾さんは、中学時代にバレーボール、高校時代にアメリカンフットボールを経験した後、大学で野球に復帰した。6年間のブランクを乗り越えて4番打者となり、ベストナインも獲得したが、プロ入りは実現せず、現在は一般企業で働いている。
対して勝児さんは、慶應義塾高校で甲子園優勝を経験し、そのまま大学野球へ進んだ。現在も野球部に所属しており、公式プロフィールではプロ野球選手を将来の夢として掲げている。
つまり、兄は大学野球を通じて競技に区切りをつけ、弟は大学野球を次の目標へつなげている。
父・清原和博と母・亜希の影響父親の清原和博さんは、PL学園高校からプロ野球の世界へ進み、西武、巨人、オリックスなどで活躍した強打者。通算525本塁打という実績を持つ。
母親の亜希さんはモデル・タレントとして活動しており、子どもたちの成長を見守ってきた。
2024年1月にテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した亜希さんは、2人の息子について、野球を通じて感じることとして、2人とも本当に野球が好きだから続けているという趣旨の話をしている。
また、2026年4月には正吾さんの新社会人としての門出を公表。兄弟それぞれの進路が変わる中でも、家族にとって大きな節目となった。
兄弟を比較するときに注意したい3つのポイント- 甲子園優勝と大学リーグでの実績は別:勝児さんは高校時代に全国制覇を経験しているが、大学リーグ戦の出場実績とは区別する必要がある。
- ドラフト指名漏れと野球引退は同じ出来事ではない:正吾さんは2024年10月に指名されなかった後、複数の進路を検討し、11月に自ら競技を続けない意向を表明した。
- 就職先の業界報道と会社名の確定は別:正吾さんの広告代理店勤務は報道されているが、電通や博報堂など具体的な企業名は公表されていない。
兄弟の進路を比較するときは、父親の実績や知名度だけで評価するのではなく、それぞれが実際に積み重ねてきた競技経験と、自分で選んだ進路に目を向けたい。
【清原の息子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:清原和博の長男・清原正吾は2026年現在何をしていますか?
A1:2024年11月に野球競技からの引退を発表し、就職活動を経て2026年4月から新社会人になっています。2026年9月には大手広告代理店で勤務しているとの報道も出ています。
Q2:清原正吾の就職先は電通や博報堂ですか?
A2:大手広告代理店への内定・勤務が報じられていますが、具体的な企業名は公表されていません。電通や博報堂という名前を確定情報として扱うことはできません。
Q3:清原正吾が野球を引退した理由は何ですか?
A3:2024年のドラフト指名漏れ後、将来について真剣に考えた結果、野球ではなく新しい目標を持って社会に出ることを選びました。独立リーグなど9球団からオファーがあったものの、すべて断っています。
Q4:清原勝児は現在も慶應大学野球部に所属していますか?
A4:はい。2026年度の慶應義塾体育会野球部の部員一覧に2年生として掲載されています。ポジションは内野手です。
Q5:清原勝児は甲子園で優勝したのですか?
A5:はい。2023年夏の第105回全国高校野球選手権大会で、慶應義塾高校のメンバーとして全国制覇を経験しています。決勝では仙台育英高校を8対2で破りました。
Q6:清原正吾と清原勝児は何歳違いですか?
A6:正吾さんは2002年8月23日生まれ、勝児さんは2005年5月1日生まれです。年齢差は約2歳8か月で、2026年10月現在は正吾さんが24歳、勝児さんが21歳です。
Q7:清原和博と亜希の息子は何人ですか?
A7:2人です。長男が清原正吾さん、次男が清原勝児さんです。父親は元プロ野球選手の清原和博さん、母親はモデル・タレントの亜希さんです。
2026年10月現在、清原和博さんの長男・正吾さんは野球を離れ、社会人として新たなキャリアを歩んでいる。2024年のドラフト指名漏れから引退発表、就職活動を経て、2026年4月に新社会人となった。大手広告代理店への内定・勤務報道も出ているが、具体的な企業名は非公表だ。
一方、次男の勝児さんは、2023年夏の慶應義塾高校の甲子園優勝を経験し、現在は慶應義塾大学野球部の2年生として活動している。公式プロフィールにはプロ野球選手という将来の夢も記されている。
兄弟に共通するのは、清原和博さんという偉大な野球選手を父に持ちながら、それぞれが自分の人生を選択していることだ。
正吾さんにとっては、大学野球で4番を務め、ベストナインを獲得した経験が社会人生活の土台になる。勝児さんにとっては、高校での全国制覇を経て、大学野球でどこまで成長できるかが今後の焦点となる。
父親の記録を超えることだけが、清原兄弟の人生の目標ではない。長男は野球で培った経験を社会で生かし、次男はプロ野球選手という夢に向かって挑戦を続ける。2026年は、兄弟それぞれの新しい人生が本格的に動き始めた節目の年となっている。
主な確認資料: 慶應義塾公式発表、慶應義塾体育会野球部公式プロフィール、朝日新聞社「4years.」、日刊スポーツ、テレビ朝日ニュース、女性セブンプラス、2026年9月のNEWSポストセブン報道。