広島東洋カープの背番号14、大瀬良大地(おおせら・だいち)投手。2013年のドラフト1位でプロ入りし、新人王、最多勝利、最高勝率を獲得した実績を持つ右腕です。2024年にはノーヒットノーランを達成し、広島を代表する投手として長年チームを支えてきました。
一方、大瀬良大地の歩みを語るうえで欠かせないのが、長崎県大村市で育った幼少期、病気と向き合ってきた弟との絆、そして妻・浅田真由さんとの結婚です。2022年には長男、2024年には長女が誕生。さらに2025年12月には日本プロ野球選手会の理事長に選出され、2026年は選手としても球界の運営に関わる立場としても活動しています。
【大瀬良大地のプロフィール】長崎県大村市出身のカープを代表する右腕

大瀬良大地は1991年6月17日生まれ、長崎県大村市出身のプロ野球選手です。右投右打の投手で、広島東洋カープでは背番号14を着用しています。
2026年には35歳を迎えました。188cmの身長を生かした投球と、直球だけに頼らない多彩な変化球が持ち味です。広島東洋カープの公式プロフィールでも、長崎日大高、九州共立大を経て2014年から広島に在籍している経歴が紹介されています。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 氏名 | 大瀬良大地 |
| 読み方 | おおせら・だいち |
| 生年月日 | 1991年6月17日 |
| 年齢 | 35歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 長崎県大村市 |
| 身長 | 188cm |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| 所属球団 | 広島東洋カープ |
| 背番号 | 14 |
| 出身高校 | 長崎日本大学高校 |
| 出身大学 | 九州共立大学 |
| ドラフト | 2013年ドラフト1位 |
| 主なタイトル | 新人王、最多勝利、最高勝率 |
出身地の大村市との関係も現在まで続いています。大村市は大瀬良をスポーツ親善大使に委嘱しており、2026年1月4日から2028年1月3日までの任期で5期目を迎えています。
地元のマスコットキャラクター「オムランちゃん」の刺しゅうを練習用グローブに入れていることも、地元への愛着を感じさせるエピソードです。本人は過去のインタビューで、大村市の名産であるナマコについても語っています。
(出典:広島東洋カープ公式選手プロフィール、大村市公式サイト、リビング広島Web)
【経歴・ドラフトの経緯】長崎での野球少年時代から広島のエースへ
大瀬良が野球を始めたのは小学4年生の秋です。幼い頃から野球を見たり、遊んだりする環境にあり、友人に誘われて野球チームに入りました。
その後、長崎日本大学高校に進学。3年生の夏には甲子園に出場し、投手として実績を積み重ねました。高校卒業後は九州共立大学へ進み、1年生から試合に出場。大学野球で力を伸ばし、日米大学野球選手権大会やBFAアジア選手権大会の日本代表にも選ばれました。
2013年ドラフトで3球団が競合プロ入りの大きな転機となったのが、2013年10月24日のドラフト会議です。
大学球界を代表する右腕として評価されていた大瀬良には、広島東洋カープ、阪神タイガース、東京ヤクルトスワローズの3球団が1位指名で競合しました。
抽選の結果、広島が交渉権を獲得。担当スカウトの田村恵氏が当たりくじを引き当て、九州共立大学から広島への入団が決まりました。
日本サッカー協会が公開する夢先生プロフィールによると、大瀬良は最速154km/hの直球と多彩な変化球を武器に、プロ1年目から先発ローテーション入り。2014年には10勝を挙げ、新人王を獲得しました。
主な経歴と実績の年表| 時期 | 出来事 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 1991年 | 長崎県大村市で誕生 | 野球人生のスタート |
| 小学4年生 | 野球を始める | 投手として競技に取り組む |
| 高校時代 | 長崎日大高校に進学 | 3年夏に甲子園出場 |
| 大学時代 | 九州共立大学に進学 | 大学日本代表などに選出 |
| 2013年 | 広島がドラフト1位指名 | 3球団競合の末に交渉権獲得 |
| 2014年 | プロ1年目 | 10勝、新人王を獲得 |
| 2016年 | 広島がリーグ優勝 | 球団の25年ぶりの優勝を経験 |
| 2018年 | キャリアの大きな飛躍 | 15勝で最多勝利・最高勝率を獲得 |
| 2019年 | 浅田真由さんと結婚 | 家庭を築く |
| 2021年 | 国内FA権を取得 | 権利を行使せず広島残留 |
| 2022年 | 第一子となる長男が誕生 | 父親になる |
| 2024年6月 | ノーヒットノーラン達成 | プロ野球史上90人目 |
| 2024年6月 | 第二子となる長女が誕生 | 2児の父親になる |
| 2025年12月 | 日本プロ野球選手会理事長に選出 | 選手会の新体制を担う |
| 2026年 | 現役選手として活動 | 一軍18試合に登板 |
特に2018年は大瀬良にとって重要なシーズンでした。27試合に登板して15勝7敗、防御率2.62を記録。最多勝利と最高勝率の2冠に輝き、広島のリーグ3連覇を支えました。
そして2024年6月7日、千葉ロッテマリーンズ戦で129球を投げ抜き、ノーヒットノーランを達成します。NPBの公式記録では、プロ野球史上90人目、通算102度目の快挙です。マツダスタジアムでは初めての達成でした。
新人王から最多勝、そしてノーヒットノーランまで。大瀬良の経歴には、節目ごとにチームの期待に応えてきた実績が刻まれています。
(出典:日本サッカー協会「夢先生プロフィール」、NPB公式記録、九州共立大学硬式野球部、広島アスリートマガジン)
【家族構成と弟との絆】大瀬良大地が野球を続ける理由
大瀬良大地の人物像を理解するうえで、幼少期の家族との関係は重要な要素です。
大瀬良は4人きょうだいの長男です。2歳年下の弟・元気さんにはダウン症があり、幼い頃から家族で支え合う生活を送ってきました。
弟の存在がプロ入りの原動力になった弟の元気さんは幼い頃から野球が好きで、大瀬良の試合を応援することを楽しみにしていました。
次男が長期間入院していた時期には、母親が弟のそばで過ごす時間が多くなり、家庭内でも弟を気遣うことが自然な習慣になっていたと報じられています。
大瀬良は弟の存在を、自分が野球を頑張る理由の一つとして語ってきました。ドラフト前にも、家族の支えが負けじ魂につながっていることや、自分が野球で家族を支えたいという思いを示しています。
この考え方は、単に家族を大切にするという言葉だけでは説明できません。自分の競技人生を通じて家族に喜んでもらいたいという思いが、プロ入りを目指す原動力になっていたのです。
弟にウイニングボールを贈ったエピソード2017年のリビング広島Webのインタビューでは、弟との交流について具体的に語っています。
弟の誕生日には電話で「おめでとう」と伝え、広島まで試合を見に来てくれた際には、その試合で勝利投手になったことからウイニングボールをプレゼントしたと明かしました。
また、家族について質問された際には「家族なしでは、今の僕はいないと思います」と話しています。
この言葉から読み取れるのは、家族が単なる精神的な応援団ではなく、大瀬良自身の価値観や野球への向き合い方を形づくってきた存在だということです。
家族構成を整理すると?公表されている情報を整理すると、幼少期の家族は父、母、大瀬良本人、弟、妹を含む4人きょうだいです。現在の家庭では、妻の浅田真由さんと2人の子どもがいます。
弟との関係については、病気や障害という情報だけに注目するのではなく、試合を応援する弟と、その応援に応えようとする兄という関係にも目を向けたいところです。
大瀬良が「1年でも長く野球を続けたい」と考える背景には、こうした家族とのつながりがあります。
(出典:リビング広島Web「広島東洋カープ・大瀬良大地選手インタビュー」、2013年のドラフト関連報道)
【結婚・馴れ初め】妻の浅田真由との出会いと子ども2人の誕生
大瀬良大地の妻は、広島を中心にタレントやリポーターとして活動してきた浅田真由さんです。
2人の結婚が報じられたのは2019年1月。約2年間の交際を経て結婚に至りました。浅田さんは広島市出身で、大学では管理栄養学を学んでいた人物です。
浅田真由との馴れ初めはカープ関連の仕事2人はもともとカープ関連の仕事を通じて面識があり、共通の友人の紹介によって本格的に知り合いました。
日刊スポーツの2019年1月16日の報道によると、交際が始まったのは2017年の早春です。
当時の大瀬良は、右肘や右脇腹の故障などで思うような投球ができず、選手として苦しい時期を過ごしていました。そうした状況でも浅田さんは彼を支え、2人の関係は深まっていきました。
交際中の2018年12月中旬には、大瀬良が東京ディズニーシーでプロポーズ。婚約指輪を贈り、約2年間の交際を実らせました。
浅田さんが大瀬良に好印象を持った理由として報じられたのは、彼の礼儀正しさや真面目な人柄です。大瀬良自身も、彼女の明るさや笑顔に元気をもらっていたと話しています。
2019年1月29日に結婚2019年1月16日に球団から結婚が発表され、結婚記念日は1月29日です。
当時の報道では、浅田さんは大学で管理栄養学を学んだ経験を生かし、食事面でも大瀬良をサポートしていました。必要な栄養素に合わせて食材を用意するなど、競技生活を支える具体的な取り組みも紹介されています。
2019年12月15日には結婚披露宴も行われ、球団関係者や親しい仲間から祝福を受けました。
夫婦の関係を考えるうえで注目したいのは、2021年の国内FA権取得時の決断です。大瀬良は広島残留を決める際、妻に最も相談したと後年のインタビューで明かしています。
浅田さんからは、広島での生活に慣れているため残留してくれたらうれしいという思いと、どんな決断でも一緒に頑張ろうという言葉があったといいます。
2022年に長男、2024年に長女が誕生夫婦の間には2人の子どもがいます。
第一子となる男児は2022年5月12日に誕生しました。球団が発表したのは翌13日で、大瀬良は妻と息子への感謝をコメントしています。
第二子となる女児は2024年6月17日に誕生しました。この日は大瀬良自身の33歳の誕生日でもあります。球団は翌18日に発表し、本人も喜びを語りました。
2024年の報道では、長男と一緒に出産に立ち会ったことも紹介されています。長男は最初こそ驚いていたものの、次第に妹をかわいがるようになったと大瀬良が話していました。
| 時期 | 家族に関する出来事 |
|---|---|
| 2017年早春 | 浅田真由さんとの交際開始 |
| 2018年12月 | 東京ディズニーシーでプロポーズ |
| 2019年1月29日 | 結婚記念日 |
| 2019年12月15日 | 結婚披露宴 |
| 2022年5月12日 | 第一子となる長男が誕生 |
| 2024年6月17日 | 第二子となる長女が誕生 |
現在の家族構成は、夫婦と長男・長女の4人家族です。子どもたちの名前や詳しい日常生活など、プライベートの詳細は広く公表されていません。
家族を守りながらプロ野球選手として活動する姿勢も、大瀬良の家庭生活を理解するうえで押さえておきたい点です。
(出典:日刊スポーツ、デイリースポーツ、広島東洋カープの発表)
【広島東洋カープでの現在】2026年の成績と復帰までの道のり
大瀬良は2014年のプロ入り以来、広島東洋カープでプレーを続けています。国内FA権を取得した際にも権利を行使せず、チームに残る道を選びました。
広島残留を決めた理由はチームへの信頼2022年2月の広島アスリートマガジンのインタビューで、大瀬良はFA権を行使しなかった理由について説明しています。
カープに入団して多くの人と出会い、支えてもらったことで選手として成長できた。そのため、広島で野球を続けることが自分にとって最善だと考えたという趣旨の発言をしています。
また、決断に際して最も相談した相手は妻だったと明かしています。
この選択には、球団との関係だけでなく、広島で築いてきた生活や家族の意向も関わっていました。長く同じ球団でプレーする選手にとって、チーム環境と家庭生活の安定がキャリア判断に影響することを示す事例です。
2025年10月に右肘手術、2026年はふくらはぎの故障も2025年シーズンの大瀬良は23試合に登板し、7勝9敗、防御率3.48を記録しました。一方、シーズン終了後の10月には自身4度目となる右肘手術を受けています。
2026年は春季キャンプから復帰に向けた調整を進めていましたが、3月5日の練習中に右ふくらはぎを負傷。右下腿の筋損傷と診断され、開幕一軍入りは見送られました。
その後、ファームで実戦復帰を果たし、4月17日に一軍へ合流。手術と新たな故障を乗り越え、シーズン中に再び一軍のマウンドに立ちました。
2026年シーズンの公式成績NPBが公表している2026年シーズン終了時点の年度別成績は次のとおりです。
| 項目 | 2026年成績 |
|---|---|
| 所属 | 広島東洋カープ |
| 登板 | 18試合 |
| 勝利 | 3勝 |
| 敗戦 | 2敗 |
| ホールド | 6 |
| 投球回 | 22回1/3 |
| 奪三振 | 22 |
| 防御率 | 4.43 |
| 通算勝利 | 97勝 |
2026年は前年までの先発中心のシーズンとは異なり、登板数に対して投球回が少なく、ホールドも6つ記録しています。手術後の復帰過程や故障の影響を踏まえて成績を見る必要があります。
特に2026年の防御率4.43だけで、これまでの実績や投手としての評価を判断するのは適切ではありません。2018年の15勝、2024年の防御率1.86、ノーヒットノーランという実績も含め、長いキャリアの中で現在地を捉えることが大切です。
2026年10月現在も広島東洋カープの現役選手であり、今後は右肘の状態や投球回数、先発・救援の役割などが注目点になります。
(出典:NPB公式個人年度別成績、デイリースポーツ、広島アスリートマガジン)
【日本プロ野球選手会理事長】大瀬良大地が担う新たな役割
2026年の大瀬良を語るうえで見逃せないのが、日本プロ野球選手会の理事長に就任したことです。
日本プロ野球選手会は2025年12月8日に大阪市内で定期大会・通常総会を開催し、一般社団法人の新理事長として大瀬良を選出しました。前任の丸佳浩氏から引き継ぐ新体制です。
選手会長と理事長は別の役職ここで注意したいのが、日本プロ野球選手会における役職の違いです。
2025年12月の新体制では、労働組合の会長にはソフトバンクの近藤健介選手が就任し、一般社団法人の理事長には大瀬良が就任しました。
つまり、大瀬良は労働組合の会長ではなく、一般社団法人日本プロ野球選手会の理事長です。両者は同じ選手会に関係する役職ですが、役割を混同しないことが大切です。
理事長として取り組む社会貢献活動日本プロ野球選手会の公式サイトに掲載された大瀬良理事長の挨拶では、野球振興活動と社会貢献活動を中心に、選手の力を社会に還元していく方針が説明されています。
具体的な取り組みには、次のようなものがあります。
- 災害支援:日本プロ野球選手会災害支援基金を通じた被災地支援。
- 防災教育:各野球団体と協力する「みんなDE防災」の展開。
- 子どもと家族への支援:ドナルド・マクドナルド・ハウスへの訪問や寄付活動。
- 野球振興:「ドリームキャッチプロジェクト」などを通じた野球体験機会の提供。
- 野球普及:キャッチボールクラシックやキャッチボール専用球「ゆうボール」の普及。
特に、病気と向き合う子どもたちと家族を支援する活動や、子どもたちに野球に触れる機会を届ける活動は、選手会が取り組む社会貢献の重要な柱です。
大瀬良自身も、幼い頃から家族の支えを受けて野球を続けてきました。こうした経験と理事長としての社会活動を結び付けて考えることはできますが、就任理由そのものについては選手会の公式発表に基づいて理解する必要があります。
地元・大村市とのつながりも継続大瀬良はプロ野球選手会の理事長だけでなく、長崎県大村市のスポーツ親善大使としても活動しています。
大村市公式サイトによると、2026年1月から5期目の任期に入り、2028年1月3日まで委嘱されています。
プロ野球の現役選手として広島でプレーしながら、球界全体の社会貢献活動と故郷のスポーツ振興にも関わる立場になったことは、2026年の大瀬良を特徴づける変化です。
(出典:日本プロ野球選手会公式サイト「役員からのご挨拶」「令和7年定期大会・通常総会」、大村市公式サイト)
【大瀬良大地】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大瀬良大地の出身地はどこですか?
A1:長崎県大村市です。長崎日大高校から九州共立大学へ進み、2013年のドラフト1位で広島東洋カープに入団しました。現在も大村市のスポーツ親善大使を務めています。
Q2:大瀬良大地の妻・浅田真由との馴れ初めは?
A2:カープ関連の仕事で面識があり、共通の友人の紹介をきっかけに親しくなりました。2017年早春に交際を始め、2018年12月にプロポーズ。2019年1月29日が結婚記念日です。
Q3:大瀬良大地には子どもが何人いますか?
A3:2人です。2022年5月12日に長男、2024年6月17日に長女が誕生しました。2026年現在、浅田真由さんとの間に2人の子どもがいます。
大瀬良大地の歩みを振り返ると、単なる広島東洋カープの実力派投手という枠には収まらない人物像が見えてきます。
その野球人生を理解するために押さえたいのは、次の3つの視点です。
第一に、長崎県大村市からプロの世界へ進んだ実績です。高校、大学と着実に成長し、2013年のドラフトでは3球団競合の末に広島から指名されました。新人王や最多勝利、ノーヒットノーランなど、節目ごとに結果を残しています。
第二に、弟や妻、子どもたちとの家族のつながりです。弟の存在はプロ入りの原動力の一つとなり、妻・浅田真由さんは苦しい時期にも寄り添ってきました。FA権を行使せず広島残留を決めた際にも、家族との相談が大きな意味を持っていました。
第三に、現役選手としての活動と球界への貢献です。2026年は右肘手術や右ふくらはぎの故障を経て一軍に復帰。さらに日本プロ野球選手会理事長として、野球振興や社会貢献活動にも携わっています。
今後の大瀬良を追う際には、2026年の防御率だけでなく、故障からの回復状況、登板機会、通算100勝への到達、選手会理事長としての活動にも注目したいところです。
長崎で野球を始めた少年は、広島のエースとして成長し、家族を持ち、球界を支える役割も担うようになりました。弟との絆を大切にしながら、野球を続ける大瀬良大地。その次のシーズンにどのような姿を見せるのか、引き続き注目が集まります。
編集上の重要な補足: 2026年の公式成績はNPBのシーズン終了時データに基づいています。また、選手会理事長と労働組合会長は別の役職として整理しています。