大竹しのぶの元旦那は、明石家さんまだけではありません。最初の夫は、TBSのドラマディレクターとして活躍した故・服部晴治さんです。大竹しのぶは1982年に服部さんと結婚し、長男・二千翔さんを授かりましたが、1987年に病気で死別。その翌年、ドラマで共演した明石家さんまと再婚し、1992年9月9日に離婚しています。
2026年現在、注目されているのは、2人の元夫との関係だけではありません。長男・二千翔さんの結婚と初孫の誕生、そして離婚から30年以上が経過した明石家さんまとの家族ぐるみの交流も話題になっています。2026年のラジオ出演で語られた離婚の背景や、最初の夫との思い出も含め、結婚歴を時系列で整理します。
【結論】大竹しのぶの元旦那は服部晴治と明石家さんまの2人

大竹しのぶの結婚歴を整理すると、元夫は2人です。1人目がテレビ業界で仕事をしていた服部晴治さん、2人目が人気お笑いタレントの明石家さんまです。
ただし、2人との結婚生活は大きく異なります。服部さんとの結婚は、病気による死別で終わりました。一方、さんまとは約4年間の結婚生活を送り、離婚後も子どもを通じて交流を続けています。
特に混同されやすいのが、長男と長女の父親です。長男の二千翔さんは服部晴治さんとの間に生まれた子どもで、長女のIMALUさんは明石家さんまとの間に生まれました。
つまり、さんまは大竹しのぶの2人目の夫ですが、二千翔さんの実父ではありません。この家族関係を理解すると、結婚歴や現在の交流についても整理しやすくなります。
【最初の夫】服部晴治との出会い・結婚・死別まで
大竹しのぶの最初の夫である服部晴治さんは、TBSでドラマディレクターやプロデューサーとして活動した人物です。大竹より17歳年上で、2人は仕事を通じて知り合いました。
出会いはドラマ「恋人たち」2人が出会ったきっかけは、ドラマ「恋人たち」です。大竹しのぶが出演した作品で、演出を担当していたのが服部さんでした。
交際を経て、2人は1982年10月12日に結婚。大竹は25歳でした。17歳という年齢差も当時話題になった結婚です。
大竹は後年、服部さんと一緒に仕事をした日々を振り返っています。2026年1月にスポニチが報じたNHKラジオ第1「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」での発言では、夫がプロデューサーと演出を担当したドラマの制作に一緒に参加し、毎日を幸せに感じていた思い出を語りました。
夫婦でありながら仕事の現場でも時間を共有していたことが、当時の大竹にとって大切な思い出になっていたようです。
結婚から約1年後に夫のがんが発覚幸せな結婚生活は、思いがけない病気によって大きく変わります。
2017年のテレビ番組出演を報じたデイリースポーツによると、服部さんは結婚から約1年後にがんが発覚しました。闘病生活を続けることになり、大竹も若くして夫の病気と向き合うことになります。
当時は本人への病名告知が一般的ではなかった時代です。大竹は夫に事実を伝えられない苦しさを抱えていたことも、過去の著書などを通じて振り返っています。
1985年に長男・二千翔が誕生、1987年に死別1985年には長男の二千翔(にちか)さんが誕生しました。名前には、21世紀を大きく羽ばたいてほしいという願いが込められています。
しかし、服部さんは1987年に47歳で亡くなりました。大竹は30歳で夫を亡くし、幼い息子を育てていくことになります。
2025年6月、二千翔さんの結婚を報告した大竹は、亡き夫との家族写真を公開し、2歳のときに父親と死別した息子が新しい家庭を築くことへの喜びを伝えました。
また、2025年9月の披露宴では、二千翔さんが実父の写真にも席を用意していました。大竹が語ったエピソードからは、亡くなった服部さんも家族の大切な存在として記憶され続けていることが伝わります。
【さんまとの馴れ初め】男女7人夏物語から1988年の再婚へ
大竹しのぶと明石家さんまの関係を語るうえで欠かせない作品が、1986年放送のTBSドラマ「男女7人夏物語」です。
共演作「男女7人夏物語」が2人を結びつけた1986年、明石家さんまと大竹しのぶは「男女7人夏物語」で共演しました。TBSチャンネルの公式番組資料でも、2人が主要キャストとして出演した作品であることが確認できます。
同作は鎌田敏夫脚本による恋愛ドラマで、都会に生きる男女7人の恋愛模様を描いた人気作品です。最高視聴率31.7%を記録し、翌1987年には続編の「男女7人秋物語」も放送されました。
ドラマでの共演をきっかけに2人の距離は縮まり、後に結婚へと進みます。
さんまが明かした手作り弁当のエピソード2人の馴れ初めについては、明石家さんま自身がテレビ番組で語ったエピソードがあります。
2014年7月放送の「踊る!さんま御殿!!」で、さんまはドラマの撮影中に大竹が作ってくれた弁当が恋に落ちたきっかけだったと明かしました。
ただし、さんまは後から、その弁当を作ったのは大竹本人ではなく祖母だったと冗談交じりに話しています。さんまらしい笑いを交えた思い出話として紹介されたものです。
亡き服部晴治から届いた手紙も再婚に関係2人の再婚をめぐっては、2025年9月にもう一つ興味深いエピソードが明らかになりました。
スポニチによると、さんまは二千翔さんの披露宴について語った2025年9月のMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」で、服部晴治さんから自分に手紙が届いたことがあると明かしました。
その手紙には、大竹しのぶをよろしくという趣旨の内容が記されていたといいます。さんまは、その言葉を自分に託された人生のお願いとして受け止めたことを振り返りました。
これはさんま自身が披露宴で語った過去の記憶です。最初の夫と2人目の夫が、手紙という形でつながっていたという点は、一般的な結婚歴の紹介だけでは見えてこないエピソードです。
1988年9月に再婚、1989年にIMALUが誕生大竹しのぶと明石家さんまは、1988年9月29日に結婚しました。大竹は2026年9月のNHKラジオで、この日がさんまと籍を入れた日だったと振り返っています。
翌1989年には長女のIMALUさんが誕生。芸能界を代表する人気タレント同士の結婚として、大きな注目を集めました。
しかし、夫婦生活は長く続きません。1992年9月9日、2人は離婚を発表しました。
【結婚歴の年表】1982年から1992年までの経緯を一覧で整理
大竹しのぶの歴代夫と結婚生活を時系列で整理すると、服部晴治さんとの結婚、死別、明石家さんまとの再婚と離婚という流れが分かります。
さらに、2025年から2026年にかけては、長男の結婚や初孫の誕生という新しい家族の出来事もありました。
| 時期 | 出来事 | 人物・詳細 |
|---|---|---|
| 1982年10月12日 | 最初の結婚 | TBSディレクターの服部晴治さんと結婚 |
| 1985年 | 長男誕生 | 二千翔さんが誕生 |
| 1986年 | ドラマ共演 | 「男女7人夏物語」でさんまと共演 |
| 1987年 | 夫と死別 | 服部晴治さんが47歳で死去 |
| 1987年 | ドラマ共演 | 「男女7人秋物語」に出演 |
| 1988年9月29日 | 再婚 | 明石家さんまと結婚 |
| 1989年 | 長女誕生 | IMALUさんが誕生 |
| 1992年9月9日 | 離婚 | 明石家さんまと離婚 |
| 2025年5月 | 長男が結婚 | 二千翔さんが結婚 |
| 2025年9月23日 | 長男の披露宴 | 明石家さんまも出席 |
| 2026年5月 | 初孫の誕生を公表 | 二千翔さんに第1子が誕生 |
この年表で重要なのは、服部さんとの死別とさんまとの再婚が連続する出来事ではあるものの、最初の夫との結婚生活が病気による死別で終わったという点です。
また、さんまと離婚した後も家族としての交流は続いています。結婚期間だけを見て現在の関係を判断することはできません。
【離婚理由と真相】大竹しのぶとさんまはなぜ別れたのか
大竹しのぶと明石家さんまの離婚理由については、1992年の離婚会見で語られた内容と、その後の本人たちの回顧を合わせて見る必要があります。
単純な不仲や一つの出来事だけで説明できるものではなく、子育て、仕事、夫婦の価値観など、複数の要素が関係していたことが分かります。
離婚会見で語られた子育てと仕事のすれ違い1992年9月9日の離婚会見で、さんまは子育てに対する考え方の違いや、夫婦ともに忙しすぎたことを理由として説明しました。
一方、大竹は女優としての仕事と家庭生活の両立が難しくなったことを振り返っています。
当時の会見で語られた内容からは、家庭で過ごす時間を大切にしたいという考えと、女優として仕事を続けたいという思いの間に、埋めにくい溝が生まれていたことが読み取れます。
2026年8月、大竹が語った花束を隠した日の記憶離婚理由について、特に注目されたのが2026年8月19日放送のNHK AM「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」での発言です。
スポニチの2026年8月20日付報道によると、大竹は舞台「LOVE LETTERS」に出演した際の出来事を振り返りました。
久しぶりに舞台の仕事に復帰し、大きな花束を受け取って帰宅したとき、大竹はマンションの玄関前で花束を隠したといいます。
その理由は、仕事を終えた女優としての自分を見せるよりも、母親として家に戻らなければならないと感じていたからでした。
本来ならば、花束を持って堂々と帰宅し、仕事が成功した喜びを家族と共有したかった。しかし、母親として振る舞うことを優先し、自分の仕事の喜びを表に出せなかったことに寂しさを感じていたと明かしています。
さらに、大竹は母親も夫のさんまも、自分には家にいてほしいという考えを持っていたと振り返りました。仕事を続けたい自分と、家庭を大切にしなければならないという思いの間で、負い目を感じていたのです。
この回顧は、離婚の背景を理解するうえで重要です。大竹が問題として挙げたのは、単に家事や育児の分担だけではなく、女優である自分と母親である自分の両方を受け入れてもらいたいという思いでした。
さんまも2026年に価値観の違いを回顧さんまも2026年8月のMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」で、大竹との離婚を意識した過去の出来事について語っています。
スポニチの報道によると、2人で映画「フィールド・オブ・ドリームス」を鑑賞した際、作品中の夫婦の行動に対する意見が大きく分かれたことが印象に残っていたそうです。
さんまは夢を追う主人公を支える妻の姿に感動した一方、大竹は生活の現実を考える立場から違った反応を示したといいます。
このエピソードも、夫婦の価値観の違いを象徴する思い出として語られたものです。
つまり、大竹側の回顧では仕事と母親としての役割の葛藤が、さんま側の回顧では物事の捉え方の違いが浮かび上がります。両者の発言を合わせると、離婚は一方だけに原因を求められる問題ではなかったことが分かります。
【子どもと2026年現在】二千翔・IMALUとさんまの関係
大竹しのぶと2人の元夫をめぐる現在の話題では、子どもたちの近況が大きな意味を持っています。
特に2025年の長男・二千翔さんの結婚と、2026年の初孫誕生は、過去の家族関係を振り返るきっかけにもなりました。
長男・二千翔は2025年に結婚二千翔さんは1985年に大竹しのぶと服部晴治さんの間に生まれた長男です。芸能人として活動するのではなく、ウェブ制作会社を経営する仕事に携わっています。
2025年6月、大竹はNHKラジオ第1で二千翔さんが結婚したことを報告しました。二千翔さんは40歳までに結婚したいという目標を持ち、婚活を進めていたといいます。
同年9月23日には東京の神社で挙式し、披露宴も開催されました。スポニチの報道によると、会場には明石家さんまも出席しています。
さらに、二千翔さんの実父である服部晴治さんの写真も会場に飾られていました。亡き父親と、家族として長年関わってきたさんまの双方が、人生の節目に存在していたことが印象的です。
長女IMALUは明石家さんまとの間に誕生IMALUさんは1989年に大竹しのぶと明石家さんまの間に生まれた長女です。タレントとして活動しており、両親が離婚した後も、それぞれの家族との交流が続いています。
大竹とさんまは、離婚によって夫婦関係を解消しましたが、娘の父親と母親という関係は変わりません。
2025年6月に放送されたテレビ朝日系「徹子の部屋」では、大竹がさんまと家族ぐるみで交流していることを紹介。7月が同じ誕生日月であることから、合同誕生会を開くこともあると語りました。
また、大竹はさんまについて、離婚後も縁が切れるわけではなく、時々会って近況を報告したいという趣旨の話をしています。
2026年5月、初孫の誕生を報告2026年5月には、大竹がNHKラジオ第1「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」で、二千翔さんに第1子が誕生したことを公表しました。
長男の結婚に続く新しい家族の誕生に、大竹は祖母になった喜びを語っています。子育てを終えたと思っていたところに、再び赤ちゃんと接する機会が訪れたことも、うれしい驚きだったようです。
さんまも初孫と対面、2026年8月のエピソード2026年8月24日放送のフジテレビ系「ノンストップ!」では、大竹が明石家さんまと初孫の対面について語りました。
大竹によると、赤ちゃんは人見知りが始まった時期で、彼女が抱っこすると母親を求める様子を見せた一方、さんまが話しかけると興味深そうに反応したそうです。
さんまは赤ちゃんに向かって喃語のような言葉で話しかけ、赤ちゃんも反応していたといいます。
大竹は、さんまが人を笑いに巻き込む力を改めて感じたと語りました。
もちろん、二千翔さんは服部晴治さんの実子であり、さんまと血縁関係があるわけではありません。それでも、長年の家族としての交流が続いていることは、今回の初孫との対面からも伝わります。
さらに2026年9月9日には、大竹がNHKラジオでさんまとの離婚日を振り返りました。9月にはIMALUさんの誕生日や、さんまと結婚した日、二千翔さん夫婦の誕生日なども重なると話し、過去の離婚を含めて家族の節目を振り返っています。
2026年現在の2人の関係は、元夫婦として復縁を目指す関係ではなく、子どもや孫を通じてつながる家族としての交流と捉えるのが自然です。
【プロの結論】大竹しのぶの結婚歴から分かる3つのポイント
大竹しのぶの元旦那について調べる際には、単純に結婚した相手の名前だけを知るのではなく、それぞれの結婚生活がどのような形で終わり、現在の家族関係にどうつながっているかを理解することが大切です。
1. 元旦那は2人で、離婚と死別は別の出来事服部晴治さんとは1987年の死別、明石家さんまとは1992年の離婚です。2人とも元夫という立場ですが、結婚生活が終わった理由はまったく異なります。
2. 離婚理由は子育てだけではなく仕事と価値観の問題もあった1992年の会見では子育てや仕事の忙しさが語られましたが、2026年の大竹の回顧では、女優としての自分を家庭の中でも受け入れてほしかったという思いが明らかになりました。
芸能活動と家庭生活の両立という問題は、当時の大竹にとって非常に切実なものだったと考えられます。
3. 離婚後も家族としての関係は続いているさんまは二千翔さんの結婚式に出席し、2026年には初孫とも対面しました。大竹との合同誕生会や家族ぐるみの交流も報じられています。
ここで重要なのは、元夫婦が仲良くしているからといって、必ずしも再婚や復縁を意味するわけではないという点です。夫婦としての相性と、家族としての信頼関係は別のものです。
大竹しのぶの結婚歴は、2人の元夫との異なる人生の経緯を示すと同時に、離婚後も子どもを中心に家族のつながりを保ってきた歩みとして見ることができます。
【大竹しのぶの元旦那】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大竹しのぶの元旦那は誰ですか?
A1:元旦那は2人です。最初の夫はTBSのドラマディレクターだった故・服部晴治さんで、2人目はお笑いタレントの明石家さんまです。
Q2:大竹しのぶと最初の夫・服部晴治はなぜ別れたのですか?
A2:2人は離婚したのではなく、1987年に服部さんががんで亡くなったため死別しています。1982年に結婚し、1985年には長男の二千翔さんが誕生しました。
Q3:大竹しのぶと明石家さんまの離婚日はいつですか?
A3:1992年9月9日です。2人は1988年9月29日に結婚し、約4年間の結婚生活を送りました。
Q4:大竹しのぶとさんまの離婚理由は何ですか?
A4:子育てや仕事の忙しさ、夫婦間の価値観の違いなどが背景にありました。2026年8月には大竹自身が、女優と母親という2つの自分を受け入れてもらいたかったという思いをラジオで語っています。
Q5:大竹しのぶとさんまは2026年現在も交流がありますか?
A5:あります。合同誕生会など家族ぐるみの交流が続いており、2025年には長男・二千翔さんの披露宴にさんまが出席。2026年8月には初孫との対面エピソードも明かされました。
Q6:二千翔とIMALUの父親は同じですか?
A6:違います。二千翔さんの実父は最初の夫・服部晴治さん、IMALUさんの父親は2人目の夫・明石家さんまです。
大竹しのぶの元旦那は、最初の夫・服部晴治さんと、2人目の夫・明石家さんまの2人です。
1982年に服部さんと結婚し、1985年に長男・二千翔さんが誕生。しかし1987年に死別し、1988年には明石家さんまと再婚しました。1989年には長女IMALUさんが生まれましたが、1992年9月9日に離婚しています。
離婚の背景には、子育てや仕事のすれ違いに加え、女優としての自分と母親としての自分をどう両立するかという問題がありました。2026年の本人の回顧によって、その当時の心情も改めて伝わっています。
そして2026年現在、二千翔さんの結婚と初孫の誕生を経て、大竹とさんまの関係は新しい段階を迎えています。元夫婦という過去だけではなく、子どもたちの人生を見守る家族としてのつながりが続いているのです。
大竹しのぶの結婚歴を理解するうえでは、服部晴治さんとの死別、明石家さんまとの離婚、そして現在の家族関係をそれぞれ分けて捉えることが重要です。2026年の最新エピソードまで振り返ると、彼女が歩んできた人生と家族の歴史がより鮮明に見えてきます。