女優・大竹しのぶの元旦那は、お笑いタレントの明石家さんまだけではありません。最初の夫は、TBSのテレビディレクターだった服部晴治さんです。1982年に結婚した2人は長男・二千翔さんをもうけましたが、1987年に服部さんががんで亡くなり、死別という形で結婚生活を終えています。
その後、大竹しのぶは1986年のドラマ『男女7人夏物語』で共演した明石家さんまと親しくなり、1988年に再婚。長女IMALUが誕生しましたが、1992年9月に離婚しました。離婚から30年以上が経過した現在も、2人は家族ぐるみの交流を続けています。
【大竹しのぶの元旦那は誰?結婚歴は2回で最初の夫は服部晴治】

大竹しのぶの結婚歴は2回です。最初の結婚相手が服部晴治さん、再婚相手が明石家さんまです。
検索では「大竹しのぶの元旦那=明石家さんま」という認識が広く見られます。しかし、実際にはさんまとの結婚より前に、TBSのテレビディレクターだった服部晴治さんと結婚していました。
2人の夫は、それぞれ異なる形で大竹しのぶの人生に関わっています。服部さんとは長男を育てる家庭を築きましたが、病気による死別を経験。その後、さんまと再婚し、新たに娘を授かっています。
まずは2人の夫の基本情報を整理します。
- 最初の夫:服部晴治さん……TBSのテレビディレクター。1982年に結婚し、1985年に長男・二千翔さんが誕生。1987年にがんで死去。
- 2人目の夫:明石家さんま……お笑いタレント。1988年に結婚し、1989年に長女・IMALUが誕生。1992年9月に離婚。
したがって、大竹しのぶの歴代旦那は服部晴治さんと明石家さんまの2人です。さんまとの離婚後に別の男性と結婚したという事実はありません。
【最初の夫・服部晴治との結婚と死別|1982年から1987年まで】
大竹しのぶの最初の夫である服部晴治さんは、TBSのテレビディレクターとして活動していた人物です。
2人は1982年に結婚しました。当時、大竹しのぶは女優として活動しており、服部さんとの結婚によって家庭を築きました。
1985年に長男・二千翔が誕生結婚から3年後の1985年、2人の間に長男の二千翔(にちか)さんが誕生しました。
しかし、家族の幸せな時間は長く続きませんでした。服部さんはがんを患い、闘病生活を送ることになります。
そして1987年、服部さんは47歳で亡くなりました。デイリースポーツなどの報道によると、死因はがんです。
大竹しのぶは30歳になる前に夫との死別を経験し、幼い長男を育てていくことになりました。
服部晴治と明石家さんまには交流があった服部晴治さんと明石家さんまの関係には、後年になって知られるようになったエピソードがあります。
2025年12月、日本テレビ系の特別番組「誰も知らない明石家さんま」で、さんまは服部さんから手紙を受け取っていたことを明かしました。
手紙には、大竹しのぶのことを「しのぶをよろしくお願いします」という趣旨の言葉で託す内容が記されていたといいます。
さんまによると、服部さんとはテニス仲間として交流していました。亡くなる前に託された思いが、後の結婚につながるエピソードとして紹介されています。
2025年9月に行われた二千翔さんの結婚披露宴でも、さんまはこの手紙について語りました。血縁上の父親ではないものの、長男の人生の節目に立ち会い、服部さんとのつながりを振り返ったことは印象的です。
【1986年の男女7人夏物語から1988年再婚、1992年離婚まで】
服部晴治さんとの死別後、大竹しのぶの人生に大きな変化をもたらしたのが、明石家さんまとの出会いでした。
出会いのきっかけは男女7人夏物語2人が共演したのは、1986年にTBS系で放送されたドラマ『男女7人夏物語』です。
明石家さんまが今井良介役、大竹しのぶが神崎桃子役を演じた作品で、男女7人の恋愛模様を描いた人気ドラマでした。
TBSチャンネルの番組資料によると、同作は全10話で、最高視聴率31.7%を記録。翌1987年には続編の『男女7人秋物語』も放送されています。
ドラマでの共演をきっかけに2人は親しくなり、現実の交際、そして結婚へと進みました。
1988年9月に結婚、翌年IMALUが誕生1988年9月、大竹しのぶと明石家さんまは結婚しました。
服部晴治さんとの死別から約1年後の再婚であり、大竹にとっては2度目の結婚です。
1989年9月には長女のIMALUが誕生。大竹には前夫との間に生まれた長男・二千翔さんもいたため、さんまは二千翔さんとも生活を共にすることになりました。
さんまは後年、二千翔さんとの関係についてもテレビ番組などで語っています。実の父親ではない二千翔さんに対して、きちんと育ってほしいという思いから気を配っていたことを明かしました。
1992年9月に離婚結婚から約4年後の1992年9月、大竹しのぶと明石家さんまは離婚しました。
当時は人気女優と人気お笑いタレントの離婚として大きな話題になりました。2人は離婚会見でも注目を集め、さんまが使った「バツイチ」という言葉も広く知られるようになりました。
結婚生活は約4年間でしたが、その後も2人の間には子どもを通じた交流が続いています。
大竹しのぶの結婚歴・重要年表| 時期 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1982年 | 最初の結婚 | 服部晴治さんと結婚 |
| 1985年 | 長男誕生 | 二千翔さんが誕生 |
| 1986年 | ドラマ共演 | 『男女7人夏物語』でさんまと共演 |
| 1987年 | 死別 | 服部晴治さんががんで死去 |
| 1988年9月 | 再婚 | 明石家さんまと結婚 |
| 1989年 | 長女誕生 | IMALUが誕生 |
| 1992年9月 | 離婚 | 明石家さんまと離婚 |
| 2025年5月 | 長男が結婚 | 二千翔さんが結婚 |
| 2026年5月 | 初孫誕生 | 二千翔さん夫妻に第1子が誕生 |
この年表から分かるように、大竹しのぶの結婚歴は、最初の夫との死別と、さんまとの結婚・離婚という2つの大きな出来事で構成されています。
【大竹しのぶと明石家さんまの離婚理由は?2026年に本人が語った本音】
大竹しのぶと明石家さんまの離婚理由については、これまでさまざまな報道や本人の発言が取り上げられてきました。
2026年8月20日、スポニチアネックスが報じたNHKラジオ「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」での発言は、離婚当時の心境を理解するうえで重要な内容でした。
女優としての自分と母親としての自分の間で感じた葛藤大竹しのぶは番組内で、1990年に出演した朗読劇『LOVE LETTERS』を振り返りました。
当時、彼女は長女IMALUを出産した後、久しぶりに舞台に立っていました。舞台を終え、共演者と過ごした後、大きな花束を持って帰宅する際、マンションの玄関前で花束を隠したことがあったと語っています。
その理由は、母親としての自分に戻らなければならないという意識でした。
母親に子どもを預けて舞台に立ち、きれいな衣装を着て、花束をもらった自分を、家庭に持ち込んではいけないように感じていたのです。
大竹は、母親である自分だけでなく、女優として仕事をする自分も本当の自分だったと振り返りました。
さんまの家庭観と大竹の仕事への思い同じ放送で大竹は、自身の母親には「子供の面倒は母親が見るもの」という考え方があり、さんまも家庭にいてほしいと考える人だったと説明しています。
一方、大竹自身は女優として仕事を続けたいという気持ちを持っていました。
家庭を大切にしたい気持ちと、仕事を続けたい気持ち。その両方を持ちながら、当時は自分の本音を相手に十分伝えられなかったと振り返っています。
そして、この出来事について「だから離婚したんだと思う」と自身の言葉で語りました。
この2026年の発言から見えてくるのは、単純な夫婦喧嘩や一時的な不仲だけでは説明できない、生活観と仕事観の違いです。
離婚理由を考える際に押さえたいポイント大竹しのぶの発言から整理すると、離婚の背景には次のような事情がありました。
- 大竹しのぶは女優として仕事を続けたい思いを持っていた。
- さんまは家庭で過ごすことを望む考え方だったと大竹が振り返っている。
- 大竹自身が仕事への思いを十分に伝えられず、自分を偽っているように感じていた。
- 母親としての役割と、女優としての自分を両立させることに葛藤があった。
なお、離婚の原因をこの1つだけに限定することはできません。夫婦それぞれの考え方や当時の生活環境が重なった結果として理解する必要があります。
2026年の本人の回顧は、長年語られてきた離婚理由を、大竹自身の内面から捉え直す材料になっています。
【長男・二千翔と娘IMALU|離婚後も続く家族のつながり】
大竹しのぶには、服部晴治さんとの間に生まれた長男・二千翔さんと、明石家さんまとの間に生まれた長女・IMALUがいます。
2人の子どもは、それぞれ異なる父親との間に生まれましたが、さんまは離婚後も二千翔さんとの関係を大切にしてきました。
長男・二千翔は2025年に結婚二千翔さんは1985年生まれで、服部晴治さんと大竹しのぶの長男です。ウェブ制作会社を経営する人物としても報じられています。
2025年5月には結婚し、同年9月には結婚披露宴が開かれました。
披露宴には明石家さんまも出席。さんまは親族席に座り、スピーチでは服部晴治さんから託された手紙について触れました。
実父ではないさんまが、二千翔さんの人生の節目に立ち会ったことは、離婚後も家族としての交流が続いていることを示すエピソードです。
娘IMALUも芸能界で活動IMALUは1989年生まれの長女で、明石家さんまと大竹しのぶの間に生まれました。
モデルやタレントとして活動しており、両親ともに著名な芸能人であることから、幼い頃から注目を集めてきました。
2025年6月の「徹子の部屋」出演時には、大竹がIMALUとの交流についても語っています。東京と奄美大島の2拠点生活を送る娘との時間を楽しんでいることなどが紹介されました。
2026年には大竹しのぶに初孫が誕生2026年5月13日放送のNHKラジオ「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」で、大竹は長男・二千翔さん夫妻に第1子が誕生したことを報告しました。
長男の結婚から約1年後のことで、大竹にとっては初孫です。
2026年8月にはフジテレビ系「ノンストップ!」でも孫について語り、明石家さんまが初孫と対面した際の様子を明かしました。
大竹によると、孫は人見知りをする時期だったにもかかわらず、さんまの声や表情には強く反応し、赤ちゃん言葉で話しかけるさんまと楽しそうにやり取りしていたといいます。
大竹は、さんまが周囲の人を笑いに巻き込む力を改めて感じたと語りました。
服部晴治さんとの間に生まれた二千翔さんが父親となり、さんまもその子どもと交流しているという現在の状況は、2人の結婚・離婚の歴史を考えるうえでも興味深い出来事です。
【2026年現在の大竹しのぶとさんまの関係|再婚の可能性は?】
大竹しのぶと明石家さんまは1992年に離婚しましたが、その後も交流を続けています。
単に子どもの親同士というだけでなく、テレビ番組で共演したり、家族の節目に顔を合わせたりする関係です。
離婚後も合同誕生会を開催2025年6月23日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」で、大竹はさんまとの現在の関係について語りました。
2人はともに7月生まれであることから、合同誕生会を開くことが恒例になっているといいます。
大竹は、離婚後の時間の方が結婚していた期間よりも長くなったことにも触れ、子どもがいるため縁は切れないと説明しました。
また、さんまとテレビ番組で共演することもあり、サプライズ出演の予定を本人にうっかり話してしまったエピソードも披露しています。
さんまが再婚しなかった理由も2026年に明らかに2026年1月2日放送のフジテレビ系「さんまのまんま 42年目もあの頃のまんまSP」では、さんま自身が再婚しなかった理由を語りました。
スポニチアネックスによると、さんまは再婚の機会があったことを認めたうえで、IMALUが幼い頃には二千翔さんとも会えなくなることを心配していたと説明しています。
新しい家庭を築くことで、子どもたちと会う機会が失われることを考え、再婚を控えていたというのです。
この発言は、さんまが離婚後も子どもたちとの関係を大切にしてきたことを示しています。
現在の2人は恋愛関係ではなく家族としての交流が中心2026年8月には、大竹が初孫とさんまの対面について語ったほか、2025年には合同誕生会の存在も明らかになりました。
こうした報道から見えるのは、離婚後も続く家族ぐるみの付き合いです。
一方、2人が復縁や再婚を決めたという発表はありません。過去の結婚生活をやり直すというより、それぞれの人生を歩みながら、子どもや孫を通じた関係を維持していると捉えるのが自然です。
夫婦としての関係は終わっていても、家族としてのつながりは続いている。その距離感が、2人の現在を特徴づけています。
【2026年最新情報】大竹しのぶの現在は?女優としての活動も継続
2026年10月31日現在、大竹しのぶは69歳。女優として舞台やテレビ、ラジオなどで活動を続けています。
2026年8月にはNHKラジオで過去の結婚生活や離婚について振り返り、これまで語られてきた夫婦関係に新たな視点を加えました。
2026年10月には舞台の稽古とライブ観覧を報告2026年10月22日のスポニチアネックス報道では、大竹が11月上演予定の舞台の稽古に取り組んでいることが伝えられました。
また、10月29日の日刊スポーツ報道によると、大竹は稽古の合間にDA PUMPのライブにも足を運んでいます。
娘と一緒に夢中になっていた時期を振り返り、ライブからエネルギーをもらったことも自身の発信で伝えています。
初孫との新しい生活も話題に2026年10月21日放送のNHKラジオでは、初孫に何と呼ばせるかという話題も取り上げられました。
大竹は「オーマ」や「グランマ」などの呼び方を候補に挙げ、まだ悩んでいる様子を語っています。
長男の結婚、初孫の誕生と、家族の新しい段階を迎えた2026年。女優としての仕事を続けながら、祖母としての時間も楽しんでいる様子が報じられています。
こうした近況からも、大竹しのぶが過去の結婚や離婚だけで語られる人物ではなく、現在も精力的に活動する俳優であることが分かります。
【大竹しのぶ元旦那】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大竹しのぶの元旦那は誰ですか?
A1:元旦那は2人です。最初の夫はTBSのテレビディレクターだった服部晴治さん、2人目の夫はお笑いタレントの明石家さんまです。
Q2:大竹しのぶと服部晴治の離婚理由は何ですか?
A2:離婚ではなく死別です。2人は1982年に結婚し、1985年に長男・二千翔さんが誕生しましたが、服部さんは1987年にがんで亡くなりました。
Q3:大竹しのぶと明石家さんまはいつ結婚して離婚しましたか?
A3:1988年9月に結婚し、1989年に長女IMALUが誕生。1992年9月に離婚しました。結婚生活は約4年間です。
Q4:大竹しのぶと明石家さんまの離婚理由は何ですか?
A4:大竹は2026年8月のNHKラジオで、母親として家庭を守ることと、女優として仕事を続けたい気持ちの間で葛藤していたと振り返っています。さんまの家庭観との違いや、自分の思いを伝えきれなかったことが背景にありました。
Q5:大竹しのぶの子どもは何人ですか?
A5:2人です。最初の夫・服部晴治さんとの間に長男の二千翔さん、明石家さんまとの間に長女のIMALUがいます。
Q6:大竹しのぶと明石家さんまは現在も仲が良いのですか?
A6:家族ぐるみの交流が続いています。合同誕生会やテレビ番組での共演があり、2026年にはさんまが大竹の初孫と対面したエピソードも紹介されました。
Q7:大竹しのぶは2026年現在、再婚していますか?
A7:再婚していません。これまでに確認できる結婚歴は服部晴治さんと明石家さんまとの2回です。2026年現在も女優として活動しています。
大竹しのぶの元旦那は、最初の夫・服部晴治さんと、2人目の夫・明石家さんまです。
1982年に服部さんと結婚し、1985年に長男・二千翔さんが誕生。しかし、1987年に服部さんががんで亡くなり、大竹は死別を経験しました。
その後、1986年の『男女7人夏物語』で出会った明石家さんまと1988年に再婚し、1989年にIMALUが誕生。1992年9月に離婚しています。
2026年8月には、大竹自身がラジオで離婚当時の葛藤を語り、女優としての仕事と母親としての役割の間で悩んでいたことを明かしました。
現在、さんまとは合同誕生会や家族ぐるみの交流が続き、2026年には初孫を囲む新しい家族のエピソードも話題になっています。
大竹しのぶの結婚歴を理解する際に大切なのは、服部晴治さんとの関係を離婚と混同しないこと、そして明石家さんまとの離婚後も家族の縁が続いていることです。
2人の夫との歩みは、死別、再婚、離婚という大きな転機を経ながらも、子どもたちとの関係や人生の新しい節目へとつながっています。2026年現在も第一線で活動する大竹しのぶの今後にも注目が集まります。