俳優・早乙女太一さんの名前を検索すると、「DV」「西山茉希」「ガードレール」「離婚理由」といった関連ワードが表示されます。その背景にあるのが、2012年5月に報じられた交際相手・西山茉希さんとの路上トラブルです。早乙女さんは当時、報道を受けて謝罪会見を開き、自らの行為について説明しました。
その後、2人は2013年6月に結婚し、2人の娘に恵まれました。しかし、2019年6月には離婚を発表しています。2026年現在、当時の騒動はどこまで事実として確認できるのでしょうか。謝罪会見の発言、結婚から離婚までの経緯、西山さんが後年のインタビューで明かした結婚生活についての思い、そして早乙女さんの現在の活動を整理します。
【2012年のDV報道】早乙女太一と西山茉希の路上トラブルで何があった?

早乙女太一さんと西山茉希さんの騒動が大きく注目されたのは、2012年5月15日発売の週刊誌「女性自身」の報道がきっかけでした。
当時、早乙女さんは20歳、西山さんは26歳。交際中で同棲していた2人の間に起きた深夜の口論が、路上での身体的なトラブルに発展したと報じられました。
騒動が起きたのは2012年5月11日深夜報道によると、2012年5月11日深夜、2人は友人らとの会食を終えて早乙女さんの自宅マンションに戻りました。しかし、その数分後に再び路上へ出て、口論になったとされています。
西山さんがタクシーに乗ろうとした際、早乙女さんが腕を引っ張るなどして引き留め、2人はもみ合いになりました。その過程で西山さんがガードレールに押し付けられたり、アスファルトに倒れたりした様子が報じられています。
この一連の出来事が、いわゆる「ガードレール騒動」です。
特に注目されたのは、単なる口論ではなく、身体的な力が加わったと報じられた点でした。恋人同士のプライベートなけんかという枠を超え、暴力の問題として大きく取り上げられたのです。
週刊誌報道と本人の説明には違いもあったここで押さえておきたいのは、週刊誌が伝えた現場の描写と、早乙女さん自身が会見で説明した内容には違いがあることです。
「女性自身」や日刊スポーツなどは、腕を引っ張る行為や突き飛ばす様子、ガードレールにぶつかる状況などを報じました。一方、早乙女さんは会見で、殴ったり投げ飛ばしたりしたわけではなく、強く引っ張った結果として西山さんが倒れたと説明しています。
ただし、本人は身体的な力を使ったこと自体を否定していません。後述する会見では、自身の行為について「暴力になると思う」と認識を示しています。
したがって、この騒動を単なる誤解やデマとして片付けることはできません。一方で、報道されたすべての描写が本人の説明と一致しているわけでもありません。
【謝罪会見の内容】早乙女太一はDV疑惑について何を認めた?
報道が広がるなか、早乙女さんは2012年5月14日、東京・明治座での公演後に急きょ記者会見を開きました。
翌15日に発売される「女性自身」の記事に先立って行われた会見で、早乙女さんは西山さんとの口論について説明し、身体的な行為があったことを認めています。
本人が会見で説明したトラブルの経緯日刊スポーツが掲載した会見の一問一答によると、早乙女さんは、西山さんが家から出て行こうとしたため引き留めようとし、つかみ合いになったと説明しました。
その際、思い切り引っ張ってしまい、西山さんが倒れたというのが本人の説明です。
また、タクシーに乗るのを引き留めたことについても認め、バッグを自分が持っていたことや、西山さんと話し合いたかったことを説明しました。
一方、殴ったり、胸ぐらをつかんで投げ飛ばしたりしたという描写については否定しています。
会見で示した反省と再発防止の意思会見で特に重要なのは、早乙女さんが自分の行為について、単なるけんかでは済まないと認識していたことです。
日刊スポーツの会見詳報では、暴力に当たるのではないかと問われた際、自身の行為が暴力になるとの認識を示しています。また、力加減ができていなかったことについても反省を述べました。
さらに、女性に手を出したことが一番の反省点だと説明し、二度と繰り返さないと誓っています。
会見前日の5月13日には、早乙女さんと西山さんがそれぞれブログで騒動について謝罪していました。女性自身の報道では、早乙女さんは自身について「人として男として失格してしまいました」と反省を記しています。
西山さんも、自覚の足りない2人の軽率な行動が招いた結果だったと謝罪しました。
ただし、2人が謝罪したことと、身体的な行為の責任が双方に等しくあったことは別の問題です。早乙女さん自身が力を使って相手を転倒させたことを認めている点は、騒動を理解するうえで見落とせません。
【2012年から2019年まで】早乙女太一と西山茉希の結婚・離婚を時系列で整理
路上トラブルの報道後、2人は一時的に破局の危機を迎えたものの、交際を継続しました。その後、妊娠と結婚を発表し、2人の娘を育てる家庭を築いています。
一連の出来事を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 2012年2月 | 交際が明らかに | 2人の交際が公になった |
| 2012年5月11日 | 路上トラブル | 深夜の口論と身体的なもみ合いが報じられた |
| 2012年5月13日 | ブログで謝罪 | 早乙女さんと西山さんがそれぞれ謝罪 |
| 2012年5月14日 | 謝罪会見 | 早乙女さんが身体的な行為を認めて説明 |
| 2013年4月 | 結婚・妊娠を発表 | 西山さんの妊娠と6月の入籍予定を公表 |
| 2013年6月30日 | 婚姻届を提出 | 正式に夫婦となる |
| 2013年10月30日 | 長女誕生 | 第1子となる女児が誕生 |
| 2016年4月 | 次女誕生 | 第2子となる女児が誕生 |
| 2019年6月26日 | 離婚を発表 | 連名の公式発表で離婚を報告 |
2013年4月17日、早乙女さんと西山さんは結婚することを発表しました。
当時、西山さんは妊娠3カ月。6月ごろに入籍する予定であることも明らかにしました。
翌18日には、それぞれのブログでも結婚について報告しています。
早乙女さんは、約2年間の交際を振り返り、結婚や子どもを将来のこととして考えてきたと説明しました。また、2013年1月には一時的に距離を置いたものの、話し合いを経て再び一緒に歩むことを決めたとしています。
西山さんも、新しい命を第一に守りながら、2人で選んだ道を進んでいくという思いを伝えました。
2013年6月30日に婚姻届を提出し、同年10月30日には長女が誕生。2016年4月には次女も誕生しました。
2019年6月26日に離婚を正式発表結婚から約6年後の2019年6月26日、2人はそれぞれの公式サイトを通じて離婚を発表しました。
連名の文書では、夫婦という形ではなく、今後はパートナーとして互いを尊重し、協力しながら子どもたちの笑顔を父親と母親として守っていくという考えを示しました。
この発表で注目されたのは、離婚後も子どもたちを中心に協力していく姿勢を表明したことです。
スポニチや日刊スポーツなどの報道によると、離婚時の親権は西山さんが持つことになりました。
【離婚理由の実態】DVの再発が原因だった?西山茉希が後年語った結婚生活
早乙女さんと西山さんの離婚について、検索者が特に気にしているのが「2012年のDV騒動が離婚につながったのではないか」という疑問です。
しかし、2019年の離婚発表には、具体的な離婚理由は記されていません。DVの再発が原因だったとする公式説明もありません。
2019年の公式発表では離婚理由を明かしていない2人が発表した文書で中心となっていたのは、離婚の報告と、今後も父親と母親として子どもたちを守っていくという約束でした。
一方、スポニチの2019年6月27日付の記事では、関係者の話として、子育てなどをめぐって夫婦間にすれ違いが生じていたと伝えています。
西山さんが仕事をセーブし、家庭や主婦業を中心にしてきたことなども報じられました。
ただし、これは関係者を通じた報道上の説明であり、2人が連名で公表した離婚理由ではありません。
西山茉希が2023年のインタビューで語った本音離婚理由を考えるうえで参考になるのが、2023年4月27日に公開された「CHANTO WEB」の西山さんへのインタビューです。
この取材で西山さんは、2019年の離婚を振り返り、離婚という言葉を口にした時点では、自分の中ですでに決断していたと明かしました。
さらに、当時の心境について、夫婦関係を続けるには互いのやり取りや会話が必要である一方、自分は一番近くにいるはずの大切な相手と会話ができないことの悲しさが勝っていたと説明しています。
思っていることがたくさんあっても言葉にできず、その状態と向き合った数カ月が一番苦しかったとも振り返りました。
この発言から読み取れるのは、少なくとも西山さんが当時、夫婦間のコミュニケーションに深い悩みを抱えていたことです。
ただし、このインタビューで2012年の路上トラブルが離婚の直接原因だったと語ったわけではありません。DVの再発についても、離婚理由として説明していません。
離婚理由として広まった浮気・束縛説の扱いインターネット上では、早乙女さんの夜遊び、浮気、束縛、価値観の違いなど、さまざまな離婚理由が取り上げられています。
しかし、こうした話題を2019年の離婚の確定した原因として扱うことはできません。
確認できるのは、2人が離婚を正式に発表したこと、関係者を通じて子育てなどのすれ違いが報じられたこと、そして西山さん本人が後年、夫婦間の会話ができなかった当時の苦しさを語ったことです。
この3つを区別することが、早乙女太一さんの離婚理由の実態を理解するうえで大切です。
【事実と噂の違い】早乙女太一のDV報道で誤解されやすい5つのポイント
2012年の騒動は長い時間が経過した現在も検索され続けています。その理由の一つは、当時の報道内容と、その後の結婚・離婚に関する情報が一緒に語られることが多いためです。
特に注意したいポイントを整理します。
1. 路上トラブルそのものは本人も認めている早乙女さんは2012年の会見で、強く引っ張って西山さんを転倒させたことを認めています。したがって、騒動そのものが完全なデマだったという説明は正確ではありません。
2. 週刊誌の描写すべてを本人が認めたわけではないガードレールにぶつかったという報道や、身体的なもみ合いの詳細については、本人の説明と報道内容を分けて理解する必要があります。早乙女さんは殴打や投げ飛ばしについては否定していました。
3. 2012年の騒動だけで結婚生活全体を判断できない交際中の一件が報道されたことは事実ですが、それだけで結婚後の夫婦関係や家庭内での状況まで断定することはできません。
4. 2019年の離婚がDV再発によるものとは公表されていない離婚発表には具体的な理由が書かれていません。西山さんが後年語ったのは、当時の夫婦間のコミュニケーションに関する苦悩です。
5. 離婚後も2人の娘の父親と母親である2人の間には2013年生まれの長女と2016年生まれの次女がいます。離婚発表でも、子どもたちの笑顔を父親と母親として守っていくと説明されました。
2026年2月のスポニチの報道では、西山さんは娘2人について12歳と9歳と紹介されています。2026年10月現在は、長女12歳、次女10歳です。
子どもたちの学校や日常生活の詳細など、本人たちが公表していない情報まで憶測で広げる必要はありません。
【2026年現在】早乙女太一は何をしている?俳優としての活動と現在の姿
2012年の騒動や2019年の離婚が検索される一方、早乙女さんは現在も舞台を中心に俳優として活動しています。
1991年9月24日生まれで、2026年10月現在35歳。所属事務所LDHの公式プロフィールには、舞台を中心とした出演歴や今後の公演予定が掲載されています。
劇団朱雀の2代目座長として舞台を牽引早乙女さんは大衆演劇の世界で育ち、幼い頃から舞台経験を積んできた俳優です。
劇団朱雀は、早乙女さんが2代目座長として率いる劇団として知られています。大衆演劇ならではの芝居や日本舞踊、華やかな舞台表現を活動の基盤としてきました。
2026年には劇団朱雀の公演「OMIAKASHI」が東京・大阪・福岡の3都市で開催され、早乙女さんは総合演出も担当しました。
2026年も劇団☆新感線など大きな舞台に出演LDHの公式プロフィールによると、2026年は「TOKYO INSIDE CLUB」「OTOGI -TAICHI SAOTOME 30TH ANNIVERSARY STAGE-」の再演にも出演し、総合プロデュースと演出を担当しています。
さらに、2026年11月からは劇団☆新感線46周年興行の冬公演、いのうえ歌舞伎「髑髏城の七人 LAST STAND」への出演が予定されています。
俳優として舞台に立つだけでなく、演出やプロデュースにも関わっている点は、現在の早乙女さんの活動を理解するうえで重要です。
過去の騒動と現在の仕事は分けて見る必要がある2012年の出来事は、本人が身体的な行為を認めて謝罪したという意味で、現在も検証されるべき過去の事実です。
一方、現在の活動については、公式プロフィールや公演情報を通じて具体的に確認できます。
過去の騒動だけで現在の仕事や表現者としての実績をすべて評価することも、逆に現在の活躍を理由に過去の行為をなかったことにすることも適切ではありません。
過去の責任と現在の活動をそれぞれ独立した事実として捉えることが、人物を正確に理解するための視点です。
【早乙女太一のDV報道】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:早乙女太一のDV騒動はいつ起きた?
A1:2012年5月11日深夜に起きた路上トラブルです。5月15日発売の女性自身で報じられ、早乙女さんは5月14日に謝罪会見を開きました。
Q2:早乙女太一は謝罪会見で暴力を認めた?
A2:はい。西山さんを引き留めようとして強く引っ張り、転倒させたことを認めました。一方、殴ったり投げ飛ばしたりしたという描写については否定しています。
Q3:早乙女太一と西山茉希の離婚理由はDVだった?
A3:公式な離婚理由は発表されていません。西山さんは2023年のインタビューで、当時は夫婦間の会話ができなくなっていたことがつらかったと語っていますが、2012年の騒動やDVの再発が離婚の直接原因だったとは説明していません。
Q4:早乙女太一と西山茉希の子どもは何人?
A4:2人の娘がいます。長女は2013年10月生まれ、次女は2016年4月生まれです。2019年の離婚発表では、父親と母親として協力して子どもたちを守っていく意向が示されました。
Q5:早乙女太一は2026年現在も俳優を続けている?
A5:はい。2026年も劇団朱雀「OMIAKASHI」や30周年記念舞台などに関わり、劇団☆新感線の「髑髏城の七人 LAST STAND」への出演も予定されています。
早乙女太一さんのDV報道の発端は、2012年5月に起きた西山茉希さんとの路上トラブルでした。ガードレールをめぐる騒動は週刊誌で大きく報じられ、早乙女さん自身も会見で強く引っ張って転倒させたことを認め、謝罪しています。
その後、2人は関係を修復し、2013年6月に結婚。長女と次女に恵まれましたが、2019年6月26日に離婚を発表しました。
離婚理由については、公式には具体的な説明がありません。関係者による子育てをめぐるすれ違いの報道や、西山さんが2023年に語った夫婦間のコミュニケーションの問題は、当時の状況を知る手掛かりになります。しかし、DVの再発や浮気などを離婚の確定原因とする根拠は公表されていません。
2026年現在、早乙女さんは劇団朱雀や劇団☆新感線などの舞台で活動を続け、俳優だけでなく演出・プロデュースの領域にも仕事を広げています。西山さんも2人の娘を育てながら芸能活動を続けています。
この騒動を理解するうえで大切なのは、2012年に本人が認めた身体的な行為、2013年の結婚、2019年の離婚、そして2026年の現在を混同しないことです。報道された事実と本人の説明、後年のインタビュー、ネット上の推測を区別することで、早乙女太一さんと西山茉希さんの歩んできた経緯がより正確に見えてきます。
主な根拠資料・取材報道
- 2012年の会見内容:日刊スポーツ、女性自身
- 2013年の結婚・出産:MANTANWEB、ORICON NEWS
- 2019年の離婚発表:スポニチ、日刊スポーツ
- 2023年の西山茉希さん本人へのインタビュー:CHANTO WEB
- 2026年の活動情報:LDH公式プロフィール
- 2026年の娘2人に関する報道:スポニチ