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志穂美悦子の現在は?鬼無里まりの歌手活動と花創作、夫婦関係を2026年最新解説

水沢 絵理香 水沢 絵理香 • 更新: • 公開: • 読了約 22 分
目次

志穂美悦子さんは、1970~80年代に日本を代表するアクション女優として活躍し、1987年に歌手の長渕剛さんと結婚したことで知られています。結婚後は女優業から離れ、家庭を支えながらフラワーアーティストとして独自の活動を続けてきました。

しかし、2024年6月には「鬼無里まり(きなさ・まり)」の名前でシャンソン歌手としてデビュー。2025年にはソロライブやコンクールで実績を重ね、2026年も全国各地の音楽イベントや花の展示、講演活動に取り組んでいます。2026年10月31日現在、71歳を迎えた志穂美悦子さんは、女優時代とは異なる表現者として活動の幅を広げています。

一方、長渕剛さんとの結婚生活や2025年に報じられた別居問題、Office RENの役員退任など、家族や夫婦関係をめぐる話題も注目されています。現在の活動実態から、JAC時代の経歴、芸能界を離れた理由、3人の子どもについてまで整理します。

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> - 現在の活動: 2024年から鬼無里まり名義でシャンソン歌手として本格始動し、花創作家としても活動。
> - 芸能界引退の背景: 1987年の長渕剛さんとの結婚を機に女優業から離れたが、本人は引退会見をしておらず、人生の新しい挑戦という側面も語っている。
> - 2026年の近況: ソロライブ、シャンソンフェスティバル、花の展示などに出演。長渕さんとの関係についても2026年に本人が語っている。

【2026年最新】志穂美悦子の現在は?鬼無里まりとして新たな人生を歩む

志穂美悦子現在

志穂美悦子さんは、現在、主に次の3つの分野で活動しています。

- 花創作家・フラワーアーティスト
- シャンソン歌手・鬼無里まり
- 講演会や文化イベントへの出演

かつてのアクション女優という肩書だけでは、現在の活動を説明できないほど表現の領域が広がっています。

特に大きな転機となったのが、2024年6月9日のシャンソン歌手デビューです。

音楽評論家・作詞家の湯川れい子さんが提唱した「エターナルソング・コンテスト」の受賞作品お披露目コンサートに出演し、「鬼無里まり」の芸名でステージに立ちました。

披露したのは「自惚れさせてよ」などの楽曲です。

芸能界を離れて約37年。かつて映画やドラマで培った表現力を、今度は歌という形で披露することになりました。

2026年6月の日刊スポーツのインタビューでは、70歳になってもボクシングジムに通い、10日に1度ほどトレーニングを続けていることを明かしています。

撮影時には頭上まで脚を上げる姿も披露。身体を鍛え続ける姿勢は、アクション女優だった頃から変わっていません。

また、同インタビューでは「人生は挑戦」という考え方を語り、これまでの経験を花や歌で表現する現在の生き方についても触れています。

2026年10月時点では、71歳を迎えてもなお、舞台や文化イベントへの出演を続けています。

鬼無里まりという芸名の由来

「鬼無里まり」という名前にも、志穂美さんの過去とのつながりがあります。

2026年7月のデイリースポーツのインタビューによると、「鬼無里」は思い出のある長野市内の地名に由来し、「まり」は1973年に出演した特撮ドラマ『キカイダー01』で演じた役名から取られています。

同作では、女性型アンドロイドのビジンダーに変身する前の人間の姿であるマリを演じました。

つまり、鬼無里まりという芸名は、現在の自分と芸能界デビュー当時の記憶を結びつける名前でもあります。

【花創作家としての現在】薬師寺の奉納から2026年の展示まで

志穂美悦子さんの現在を語るうえで、フラワーアーティストとしての活動は欠かせません。

女優業から離れた後、花の世界に魅了され、2010年から本格的にフラワーアレンジメントを学び始めました。

師事したのは、世界的フラワーデザイナーのダニエル・オスト氏の内弟子だった前田玲子さん、清水はるみさんです。

単に花を美しく飾るだけでなく、木や枝、流木などを組み合わせた独創的な作品を制作することが特徴です。

代表的な花創作の実績

特に注目されたのが、2014年の奈良・薬師寺での活動です。

国宝・東院堂で開催された「聖観世音菩薩に捧げる花展」では、約5000本の花と流木などを使った大規模な奉納作品を制作しました。

本人へのインタビューを掲載した文春オンラインでは、制作のために花や竹、枝などを大量に準備し、スタッフとともに現場で作品を完成させた過程も紹介されています。

また、2011年にはフラワーアートの写真集『INSPIRE』を出版。売り上げを東日本大震災の復興支援などに寄付しました。

その後は、花を通じた被災地支援や海外支援にも取り組み、2016年には「ひまわりプロジェクト」を立ち上げています。

この活動では、ボランティアとともにひまわりを育て、宮城県、福島県、熊本県などに届けました。

2026年も花の活動を継続

2026年の公式活動情報では、次のような取り組みが確認できます。

時期 活動 内容
2010年 花の修業開始 フラワーアレンジメントを本格的に学ぶ
2011年 写真集出版 『INSPIRE』を出版し、売り上げを寄付
2014年 奈良・薬師寺 約5000本の花と流木による奉納
2016年 ひまわりプロジェクト 被災地復興支援活動を開始
2026年2月 世界らん展 花と緑の祭典で作品を展示
2026年8月 石巻市 花生けとトーク、シャンソンライブを実施

2026年2月5日から11日には、東京ドームシティのプリズムホールで開催された「世界らん展2026-花と緑の祭典-」に作品を展示しました。

さらに8月23日には、宮城県石巻市のマルホンまきあーとテラスで「志穂美悦子(鬼無里まり)花とシャンソンLIVE」が開催されました。

第1部は花生けとトークショー、第2部はシャンソンライブという構成です。

花と音楽を別々の仕事として扱うのではなく、一つの舞台で融合させる取り組みが、現在の活動の特徴になっています。

【歌手・鬼無里まりの実績】2024年デビューから2026年までの活動

志穂美悦子さんのもう一つの大きな活動が、シャンソン歌手としての挑戦です。

実は、シャンソンは2024年に突然興味を持った音楽ではありません。

2026年7月のインタビューでは、20代前半から銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」に通っていたことを明かしています。

金子由香利さんらの歌を聴き、長い年月をかけてシャンソンへの思いを育ててきました。

結婚後は歌手活動を本格化させる機会がありませんでしたが、子育てが一段落したこともあり、自分自身の表現として歌に取り組むようになりました。

2024年から2026年までの歌手活動
年月 出来事 実績
2024年6月 シャンソン歌手デビュー エターナルソングのお披露目コンサートに出演
2024年7月 日本シャンソン館 芦野宏生誕100周年記念コンサート出演
2024年11月 日本シャンソンコンクール 優秀賞受賞
2025年5月 東京シャンソンコンクール グランプリ受賞
2025年5月 初のワンマンライブ 渋谷JZ Bratで23曲を披露
2025年11月 日本シャンソンコンクール 2年連続の優秀賞受賞
2026年3月 ソロライブ 「青い月」「赤い月」を開催
2026年7月 ChansoniX 2-deux- 2度目のソロライブを開催

2025年5月4日に開催された初のワンマンライブ「ChansoniX~Un 1」は、東京・渋谷のJZ Bratで行われ、会場は満員となりました。

「水に流して」「愛の讃歌」「遠い道」など23曲を披露。

特に「赤いポスター」では、歌唱だけでなく、俳優時代に身につけた視線や身ぶりを生かした表現が評価されました。

さらに、公式サイトによると、2025年5月の第12回東京シャンソンコンクールではグランプリを受賞。同年11月の日本シャンソンコンクールでも優秀賞を獲得しています。

2024年に歌手として活動を始めてから、コンクールでの評価とライブ実績を積み重ねてきたことが分かります。

2026年の出演・コンサート活動

2026年も活動は活発です。

公式サイトに掲載された出演情報には、次の公演が並んでいます。

- 3月27日:シャンパーニュでソロライブ「青い月」「赤い月」
- 5月24日:岡山凱旋ソロライブ
- 6月27日:シャンソンフェスティバルin八千代
- 7月3日:ソロライブ「ChansoniX 2-deux-」
- 7月:岡山、尾道、名古屋、東京、金沢などのパリ祭
- 8月23日:石巻市で花とシャンソンのライブ
- 9月:長野県佐久市でディナーショーなど
- 9月29日:シャンテMICAコンサート
- 10月17日:シャンソンティック歌謡祭in WAKAYAMA

このように、2026年は単独ライブだけでなく、地方の文化イベントや復興支援につながるステージにも出演しています。

【女優時代の経歴】JACと千葉真一の師弟関係、代表作を振り返る

現在の志穂美悦子さんを理解するには、アクション女優としての原点を知る必要があります。

志穂美さんは1955年10月29日、岡山県西大寺市(現在の岡山市)に生まれました。

子どもの頃から運動が得意で、中学・高校では陸上部に所属。中学時代には80メートルハードルで岡山県歴代2位となる13秒4の記録を残したとされています。

女優を志すきっかけとなったのは、テレビ番組『キイハンター』で見た千葉真一さんでした。

千葉さんに憧れた志穂美さんは、高校在学中の1972年にジャパン・アクション・クラブ(JAC)のオーディションを受けて合格。同年10月に上京して入会しました。

千葉真一との師弟関係

JACは、千葉真一さんが設立したアクション俳優・スタントマンの育成組織です。

志穂美さんはJACが輩出した最初の女優として知られています。

2026年6月の日刊スポーツのインタビューでは、オーディションの際、前転と後転を披露して合格したエピソードを語っています。

入会後は月曜日から土曜日まで訓練に取り組み、プールで手足を縛って泳ぐ訓練や、ビル間の綱渡り、ヘリコプターにぶら下がる訓練なども経験しました。

千葉さんからは「雑草のように頑張りなさい」と励まされたといいます。

志穂美さんは千葉さんを単なる指導者ではなく、人生の恩師として尊敬していました。

また、千葉さんが自分自身のスター性だけに固執せず、真田広之さんら後輩を育てた姿勢についても評価しています。

志穂美悦子の代表作

女優時代の代表作には、アクション映画だけでなく、ドラマや人間ドラマも含まれています。

年 作品 内容・見どころ
1973年 キカイダー01 マリ役で出演
1974~76年 女必殺拳シリーズ アクション女優として主演
1978年 宇宙からのメッセージ SF映画に出演
1978年 熱中時代 マドンナ教師役
1982年 蒲田行進曲 映画出演
1983年 里見八犬伝 犬坂毛野役
1984年 上海バンスキング 演技が高く評価される
1985年 二代目はクリスチャン シスター今日子役
1986年 親子ゲーム 長渕剛と初共演
1986年 男はつらいよ 幸福の青い鳥 長渕剛と再共演

特に『女必殺拳』シリーズは、志穂美さんの名前を全国に広めた作品です。

また、1984年公開の『上海バンスキング』などでの演技が評価され、1985年の第8回日本アカデミー賞では優秀助演女優賞を受賞しました。

さらに『熱中時代』では教師役を演じ、アクション以外の演技でも存在感を示しました。

松竹の『男はつらいよ』公式サイトでも、JAC初の女優としての活躍と、1986年の長渕さんとの共演が紹介されています。

【長渕剛との結婚と芸能界引退】1987年の決断、その本当の背景

志穂美悦子さんと長渕剛さんが親しくなるきっかけとなったのは、1986年のドラマ『親子ゲーム』でした。

長渕さんは元暴走族のラーメン店主を演じ、志穂美さんはその恋人役を担当しています。

交際から結婚までの経緯

撮影中、志穂美さんは左手小指の付け根を骨折するアクシデントに見舞われました。

その際、病院に付き添ったのが長渕さんでした。

この出来事をきっかけに2人の距離が縮まり、その後、映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演。交際を公に認めるようになりました。

そして1987年8月29日に入籍。

同年9月17日には、奈良県天川村の天河大弁財天社で結婚式を挙げています。

当初は入籍だけで済ませる考えだった長渕さんですが、志穂美さんの希望もあり、双方の両親と親しい知人だけが参加する小規模な式となりました。

志穂美さんが望んだのは、芸能人としてではなく、普通の人として静かに結婚式を挙げることだったと報じられています。

芸能界引退の理由は長渕剛の希望だけだったのか

志穂美さんが芸能界から離れた理由については、長年さまざまな説明がされてきました。

2023年12月、フジテレビ系『ぽかぽか』に出演した際、本人は当時の状況を振り返っています。

長渕さんから「家の中に2つの星はいらない」と言われたことが、家庭に専念するきっかけの一つになったと説明しました。

志穂美さん自身は、当初から完全に女優を辞めるつもりだったわけではなく、できれば仕事を続けたい気持ちもあったそうです。

しかし、その後すぐに妊娠し、生まれた子どもを抱いたことで、母親としての生活に意識が向いていきました。

さらに、2026年6月の日刊スポーツのインタビューでは、重要な補足をしています。

それは、実際には引退会見をしておらず、結婚会見でも引退すると宣言したわけではないということです。

本人は、女優としての仕事をやり尽くしたという思いや、30歳頃から実人生を豊かにすることへの関心が強くなったことも語っています。

『男はつらいよ』のマドンナ役など、女優として大きな経験を積んだうえで、結婚生活や子育てという新しい世界に挑戦したい気持ちが生まれたのです。

したがって、芸能界から離れた理由を長渕さんの一言だけで説明するのは正確ではありません。

夫婦間の考え方、出産、子育て、本人の人生観の変化が重なった決断だったと理解できます。

【家族構成と夫婦関係】子ども3人の現在とOffice REN退任報道

志穂美悦子さんと長渕剛さんの間には、3人の子どもがいます。

続柄 名前 主な活動
長女 文音(あやね) 女優
長男 WATARU(航) ヒップホップミュージシャン・ラッパー
次男 ReN(蓮) シンガーソングライター
長女・文音

1988年3月17日生まれの長女・文音さんは女優として活動しています。

2026年9月には、70歳を迎えた父・長渕剛さんを祝福する様子が報じられました。

親子の写真とともに父親の健康と幸せを願うメッセージを公開したことも話題になっています。

長男・WATARU

長男のWATARUさんはヒップホップミュージシャン、ラッパーとして活動しています。

2025年2月には36歳の誕生日を迎え、両親への感謝を自身のSNSで伝えたことが報じられました。

次男・ReN

次男のReNさんはシンガーソングライターです。

かつてレーシングドライバーを目指して英国に留学した経験があり、その後、音楽の道へ進みました。

2026年6月の日刊スポーツのインタビューでは、志穂美さん自身も、次男が16歳で英国留学する際に「お母さんも好きなことをやれば」と背中を押してくれたことを明かしています。

子どもたちが成長し、それぞれの道を歩み始めたことが、花創作やシャンソンに再び力を注ぐきっかけになったようです。

Office RENの代表取締役を退任していた?

長渕剛さんの個人事務所「Office REN(オフィスレン)」についても、近年報道がありました。

志穂美さんは結婚後、家庭を支える一方で、長渕さんの事務所社長として経営面にも関わっていました。

日刊スポーツの2024年11月4日付記事によると、志穂美さんは2024年10月にOffice RENの代表取締役を退任しています。

また、2025年8月の週刊文春は、Office RENを含む長渕さん関連の3社について、志穂美さんが2024年4月に取締役を退いていたと報じました。

役職や関連会社についての報道には時期の違いがありますが、現在も同事務所の代表取締役を務めているという状況ではありません。

本人は文春の取材に対して、役員を降りたことは事実と認め、新しく始めた活動に集中したいという趣旨を説明しています。

長渕剛との夫婦関係は現在どうなっている?

2025年8月、週刊文春が長渕さんと志穂美さんの別居状態を報じました。

記事では、長渕さんが2023年末頃から自宅を離れ、都内の別のマンションを生活拠点にしているという関係者の証言が紹介されています。

志穂美さんは別居についての直撃取材に「行ったり来たり」と回答しました。

また、会社の取締役を退任したことについては事実と認めたものの、詳しい事情については回答を控えています。

ただし、2026年7月のデイリースポーツのインタビューでは、志穂美さんは夫の長渕さんについて改めて語っています。

シャンソン歌手として活動する時間を作ってくれたことに感謝し、「やれるとこまでやれ」と応援してくれていることにも触れました。

一方、歌手としての夫婦共演については「ないでしょう」と答えています。

ここで大切なのは、別居報道と離婚を混同しないことです。

2025年には別居状態が報じられましたが、2026年7月の本人の発言では長渕さんを夫として語り、音楽活動への理解や感謝も示しています。

夫婦の実際の生活拠点や現在の私生活の詳細は公表されていません。離婚が確定したという発表も確認されていません。

2025年の報道だけで夫婦関係のすべてを判断することはできず、本人の2026年の発言も合わせて見る必要があります。

【志穂美悦子現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:志穂美悦子さんは2026年現在、何歳ですか?

1955年10月29日生まれで、2026年10月31日現在は71歳です。花創作家としての活動に加え、鬼無里まり名義でシャンソン歌手としても活動しています。

Q2:鬼無里まりとは志穂美悦子さんの別名ですか?

はい。2024年6月にシャンソン歌手としてデビューした際に使用した芸名です。「鬼無里」は長野市内の地名、「まり」は1973年の出演作『キカイダー01』で演じた役名に由来します。

Q3:志穂美悦子さんはなぜ芸能界を引退したのですか?

1987年の長渕剛さんとの結婚と出産を機に、女優業から離れました。夫の希望もきっかけの一つでしたが、本人は2026年のインタビューで、引退会見をしたわけではなく、人生の新しい挑戦を選んだという趣旨を語っています。

Q4:長渕剛さんとの間に子どもは何人いますか?

3人です。長女は女優の文音さん、長男はラッパーのWATARUさん、次男はシンガーソングライターのReNさんです。

Q5:長渕剛さんとは離婚したのでしょうか?

離婚を公表した事実は確認されていません。2025年には別居状態が報じられましたが、2026年7月のインタビューでは志穂美さんが夫への感謝を語っています。

Q6:Office RENの代表取締役は現在も務めていますか?

いいえ。日刊スポーツは2024年10月に代表取締役を退任したと報じています。現在は花創作家やシャンソン歌手としての活動が中心です。

志穂美悦子さんの現在を振り返ると、1987年の結婚を境に女優としての活動を離れた後も、決して表現することをやめていなかったことが分かります。

2010年から本格的に取り組んだ花創作では、薬師寺での奉納や被災地支援など、独自の実績を積み重ねてきました。

そして2024年には鬼無里まりとしてシャンソン歌手デビュー。2025年のコンクール受賞や初のワンマンライブを経て、2026年も全国各地で公演を続けています。

長渕剛さんとの夫婦関係については別居報道がありましたが、2026年の本人の発言からは、夫への感謝や音楽活動への理解もうかがえます。

今回の歩みで特に注目したいのは、志穂美悦子さんが過去の肩書にとどまらず、自分自身の意思で新しい表現の世界を切り開いていることです。

アクション女優、妻、母、花創作家、そしてシャンソン歌手。

それぞれの経験を積み重ねた71歳の現在は、かつての女優時代とは違う、新たな表現者としての人生のステージにあります。

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水沢 絵理香

美容と健康の記事を10年担当。成分表記と公的機関の資料を確認し、効果を断定しない書き方を徹底しています。

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