1961年6月7日生まれ・東京都出身
女優。NHK連続テレビ小説『ハイカラさん』や『ふぞろいの林檎たち』などに出演。
俳優
映画・ドラマで国内外に活躍の場を広げてきた俳優。手塚理美の元夫で、2人の息子の父親。
手塚理美と真田広之が結婚したのは1990年8月です。当時、2人とも俳優として活動しており、芸能界でも知られた夫婦でした。
その後、長男と次男が誕生。手塚理美は2025年の美STのインタビューで、30歳で長男、34歳で次男を出産したと明かしています。
家庭を持った手塚は、仕事と子育ての両立を考えながら生活するようになりました。
離婚のきっかけは真田広之の不倫報道だった?2人の夫婦関係が大きく揺らいだのは1995年ごろです。
当時、真田広之と女優の葉月里緒奈をめぐる交際・不倫報道が相次ぎました。日刊ゲンダイの芸能回顧記事によると、1995年10月には手塚理美が別居を決意し、子どもたちとともに実家に戻ったとされています。
ただし、離婚の理由を不倫報道だけで説明するのは正確ではありません。
1997年3月の離婚会見で、手塚は人生観や俳優としての価値観の違いが大きくなったことを説明しました。また、当時の報道では、相手女性の存在と離婚そのものは別の問題だという趣旨の発言も伝えられています。
手塚理美は離婚したくなかった?2016年に明かした本音離婚について、もう一つ重要なのが2016年7月の日刊スポーツの報道です。
手塚理美はフジテレビ系『ノンストップ!』への出演で、当時の気持ちを振り返りました。
報道によると、手塚は当初、離婚を望んでいたわけではなく、真田が家に戻ってくることを願っていたといいます。
しかし、別居状態が続き、約2年が経過。自分の気持ちだけを押し付けても前に進めないと考え、最終的に離婚を決意したと説明しています。
つまり、当時の夫婦関係には不倫報道だけでなく、価値観の違いや別居生活の長期化、関係修復をめぐる双方の気持ちの変化がありました。
1990年から1997年までの主な出来事を整理すると、次のようになります。
出典:日刊ゲンダイ、日刊スポーツ、CHANTO WEB、美ST、手塚日南人公式プロフィール。
【シングルマザーとしての子育て】手塚理美が息子2人に向き合った日々

1997年の離婚後、手塚理美は2人の息子を育てるシングルマザーとして生活してきました。
その子育てについては、2024年のCHANTO WEBと2025年の美STのインタビューで、本人が具体的に語っています。
女優としての仕事よりも子どもとの時間を優先手塚理美は、子どもが高校生になるころまでは、家を空ける仕事をできるだけ断っていたと話しています。
さらに、息子たちがそれぞれ中学受験を迎えた際には、1年間仕事を休んで受験に向き合いました。PTA活動にも参加し、家庭や学校で過ごす時間を大切にしていたそうです。
これは単に仕事を減らしたという話ではありません。本人にとって、子どもを産み育てることが人生で大切にしたかった目標だったという背景があります。
長男の反抗期と音楽との出会い手塚理美はインタビューで、長男が中学2年生だったころの苦労も明かしています。
長男は学校には通っていたものの、帰宅後は部屋にこもり、母親と顔を合わせない時期がありました。手塚自身も精神的に追い詰められ、入院した経験を語っています。
状況が変わるきっかけになったのは、手塚の弟が長男にギターをプレゼントしたことでした。
音楽に興味を持った長男は、次第に自分の好きなことを見つけていったといいます。
2024年には、長男がバンドでギターを演奏する写真も公開されました。現在も好きなことを自由に続けているという母親の言葉からは、本人の選択を尊重する姿勢がうかがえます。
次男の日南人にはあえて細かい助言をしなかった次男について、手塚理美はCHANTO WEBのインタビューで、趣味が似ていて一緒に散歩や食事、映画鑑賞などを楽しんでいたと話しています。
日南人が俳優を目指し始めたときも、母親として応援しながら、具体的な演技指導などはしなかったそうです。
その理由は、自分で経験し、自分で決めることを大切にしてほしかったからです。
母親が有名女優で、父親も著名な俳優という環境でも、息子たちに自分の人生を選ばせる。手塚理美の子育てには、こうした考え方が一貫して見られます。
離婚後も真田広之と息子たちの交流は続いている離婚後の家族関係についても、興味深い証言があります。
2025年3月の美STのインタビューで、手塚理美は真田広之と現在も良い関係にあると話しました。
息子たちの誕生日やクリスマス、お正月には一緒に食事をする機会があり、子育てで悩んだときには真田に相談することもあったといいます。
また、真田がドラマ『SHOGUN 将軍』でエミー賞主演男優賞を受賞した際には、お祝いのメッセージを送ったことも明かしています。
離婚によって夫婦という関係は終わりましたが、親としての関わりまでなくなったわけではありません。
【手塚理美の現在2026】女優業と新しい働き方
手塚理美
65歳
2026年10月31日時点
手塚理美は1961年6月7日生まれ。2026年10月現在、65歳です。
1982年のNHK連続テレビ小説『ハイカラさん』でヒロインを務め、『ふぞろいの林檎たち』『男女7人秋物語』などでも活躍しました。
子育てを優先した時期を経て、息子たちが独立した後は女優業に本腰を入れています。
2025年に所属事務所を退所してフリーに2025年7月19日、手塚理美は所属していた事務所を離れ、フリーランスとして仕事をしていくことを発表しました。
自身のInstagramで、7月7日からフリーとして活動することを報告。初めての挑戦として、新しい働き方を楽しみたいという意向を示しました。
長年の芸能活動を経て、65歳を迎える時期にも自分のペースで新しい挑戦を続けています。
2026年もテレビ番組に出演2026年8月4日には、BS日テレの『友近・礼二の妄想トレイン』に出演しました。
番組では、江ノ電沿線を巡る鎌倉・江の島の旅を紹介。手塚理美が以前から好きだった踏切や鉄道に関する話題も取り上げられました。
映画やドラマだけでなく、旅番組などでも活動を続けていることが分かります。
グレイヘアを通じた自然体の生き方手塚理美は2018年ごろから髪を染めることをやめ、自然なグレイヘアにしています。
長かった髪もショートに変え、年齢を重ねることを前向きに楽しむ姿勢を見せてきました。
2025年の美STのインタビューでは、子育てを通じて自分の考え方も変化し、以前よりも「こうでなければならない」という思いから自由になれたと語っています。
家庭を優先した時期と、女優として再び活動に力を入れる現在。その両方が手塚理美の人生を形づくっています。
【手塚理美の息子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:手塚理美の息子は何人いますか?
A1:息子は2人です。元夫の真田広之との間に長男と次男が誕生しています。次男は俳優の手塚日南人です。
Q2:手塚理美の長男の名前や職業は?
A2:長男の詳しいプロフィールや職業は広く公表されていません。2024年には母親がバンドでギターを演奏する姿を公開しており、音楽活動をしていることが伝えられています。
Q3:手塚日南人は何歳ですか?
A3:1995年6月12日生まれです。2026年10月31日時点で31歳です。
Q4:手塚日南人は本当に俳優なのですか?
A4:はい。2015年に映画『たまご』で主演デビューし、2024年から俳優活動を本格化。2025年に矢島聰子事務所への所属を発表し、2026年も映画・舞台・配信作品に出演しています。
Q5:手塚理美と真田広之の離婚理由は何ですか?
A5:1995年ごろの不倫報道や別居が夫婦関係に影響したと報じられています。一方、手塚は離婚会見で人生観や俳優としての価値観の違いにも言及しました。2016年には、当初は復縁を望んでいたものの、最終的に離婚を決意した経緯を語っています。
Q6:手塚理美は現在も真田広之と交流がありますか?
A6:2025年のインタビューで、息子たちの誕生日やクリスマス、お正月に一緒に食事をすることや、子育てについて相談していたことを明かしています。
Q7:手塚理美は2026年現在も女優ですか?
A7:はい。2025年7月に事務所を退所してフリーランスとなり、2026年もBS日テレの番組に出演するなど活動を続けています。
手塚理美の息子は、真田広之との間に生まれた長男と次男の2人です。
次男の日南人は、音楽活動や北海道での経験を経て俳優に転身。2025年に芸能事務所への所属を発表し、2026年も映画・舞台・配信ドラマに出演しています。
長男は音楽活動に取り組み、母親から尊敬する存在として紹介されています。ただし、詳しいプロフィールは非公表です。
1990年に真田広之と結婚し、1997年に離婚した手塚理美は、その後シングルマザーとして2人を育てました。子どもたちの成長に合わせて仕事を調整し、それぞれが自分の道を選ぶことを見守ってきました。
特に注目したいのは、離婚後も真田広之と親としての交流が続き、息子たちの成長をともに見守ってきたことです。
2026年現在、手塚理美は65歳でフリーランスの女優として活動中。日南人も俳優としてキャリアを積み重ねています。
親の知名度に頼るのではなく、それぞれが自分の好きな道を選び、歩んでいること。 手塚理美と2人の息子の現在を知るうえで、これが最も注目すべきポイントです。