2026年現在、元フリースタイルスキー・モーグル日本代表の上村愛子さんは、現役引退後もスキーの魅力を伝える活動を続けています。2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックではモーグル競技の解説を担当。生まれ育った長野県白馬村を生活の拠点とし、観光振興や雪の環境保全、メディア出演など幅広い分野で活動しています。
一方、プライベートでは2009年に結婚した元アルペンスキー選手の皆川賢太郎さんと、2023年12月9日に離婚していたことを2024年10月に公表しました。五輪5大会連続出場、ワールドカップ年間優勝、引退を決断した理由、そして結婚生活の変化まで、2026年の最新情報を交えて整理します。
【2026年最新】上村愛子の現在は?引退後の活動と白馬村での暮らし

2026年現在の上村愛子さんは、競技者としてではなく、モーグルの経験を伝える解説者・スポーツ関係者として活動しています。
特に注目されたのが、2026年2月に開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピックです。上村さんはモーグル競技の解説を担当し、かつて5大会連続で五輪に出場した経験を生かして、現役選手の技術や競技の見どころを伝えました。
2月11日の女子モーグル決勝では、日本の冨高日向子選手が4位となった際、自身もバンクーバー大会とソチ大会で4位を経験した立場から選手の心情に寄り添うコメントを伝えました。選手時代の経験を持つ解説者だからこそ伝えられる言葉が、改めて注目を集めました。
白馬村に生活の拠点を戻した理由2026年2月の文春オンラインのインタビューによると、上村さんは東京から長野県白馬村へ生活の拠点を移しています。
白馬村は、上村さんが幼少期からスキーに親しみ、競技人生の原点を築いた場所です。自然に囲まれた生活を送りながら、季節の移り変わりを感じる日々を大切にしていると語っています。
趣味のカメラで撮影した木々や星空、新雪などの写真をInstagramで発信していることも、インタビューで紹介されました。
また、雪資源の保全を目指すプロジェクト「SAVE THE SNOW」のアンバサダーも務めています。雪が減ればスキーそのものを楽しめなくなるという問題意識から、自然環境を守る活動にも関わっています。
ラジオや観光大使としての活動スポーツビズの公式発表によると、上村さんは2025年11月、FM-NIIGATAの冬季限定番組『Snow Freak Jam 2nd Season』でラジオパーソナリティを担当することが発表されました。
放送期間は2025年12月19日から2026年3月6日まで。共同パーソナリティのミノルクリス滝沢さんとともに、アスリートやインストラクターなど、雪とともに暮らす人々をゲストに迎え、雪のある生活やウインタースポーツの魅力を紹介しました。
さらに、2023年11月には白馬村観光大使に就任しています。村の歴史や文化、自然、特産品などの魅力を広く発信し、観光振興に貢献する役割です。
現在の所属先であるスポーツビズの公式プロフィールには、トークショー、イベント、クリニック、メディア出演、競技解説などの業務が掲載されています。
こうした活動を見ると、引退後の上村さんは単にテレビに出演する元選手ではありません。競技経験を生かした情報発信、地域の魅力の紹介、次世代への競技普及という複数の役割を担っています。
【経歴・実績】上村愛子の五輪5大会連続出場と歴代成績を年表で紹介
上村愛子さんは1979年12月9日生まれ、兵庫県伊丹市出身です。長野県白馬村で育ち、フリースタイルスキーのモーグル選手として日本を代表する存在になりました。
1998年の長野オリンピックから2014年のソチオリンピックまで、5大会連続で日本代表として出場。すべての大会で8位以内の入賞を果たしています。
歴代オリンピック成績一覧上村さんの五輪成績は、初出場から4大会連続で順位を一つずつ上げたことでも知られています。
| 年・大会 | 女子モーグル成績 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 1998年・長野 | 7位 | 18歳で初出場。高校3年生の注目選手に |
| 2002年・ソルトレークシティー | 6位 | 2大会連続入賞 |
| 2006年・トリノ | 5位 | 世界トップクラスの選手として存在感を示す |
| 2010年・バンクーバー | 4位 | メダルまであと一歩の結果に |
| 2014年・ソチ | 4位 | 5大会連続入賞。最後の五輪出場 |
特に有名なのが、2010年バンクーバーオリンピック後の「なんでこんな一段一段なんだろう」という言葉です。
1998年の7位から2002年は6位、2006年は5位と、順位を一つずつ上げてきた上村さん。メダルに手が届きそうな状況だっただけに、4位という結果には悔しさがにじみました。
この言葉は、メダルを目指して努力を重ねてきた選手の率直な心情として、多くの人の記憶に残っています。
ワールドカップ年間総合優勝という快挙オリンピックの成績だけでなく、ワールドカップでも上村さんは大きな実績を残しています。
2007~2008年シーズンには、日本のモーグル選手として初めて種目別年間優勝を達成しました。シーズンを通じて安定した成績を残し、世界のトップ選手としての実力を証明したのです。
スポーツビズの公式プロフィールに掲載されているワールドカップ通算成績は次のとおりです。
- モーグル:優勝9回、2位8回、3位10回
- デュアルモーグル:優勝1回、2位5回、3位1回
- 2008年:モーグル種目別年間優勝
また、2009年の世界選手権ではモーグルとデュアルモーグルの2種目で優勝。オリンピックでは惜しくもメダルに届かなかったものの、ワールドカップや世界選手権では世界一の称号を手にしています。
ここで押さえておきたいのは、オリンピックとワールドカップでは評価される期間が異なる点です。オリンピックは一大会の限られた滑走で結果が決まりますが、年間優勝は複数の大会を通じた安定性が問われます。上村さんは両方の舞台で世界トップレベルの実力を証明した選手でした。
【引退理由と経緯】2014年4月に現役生活を終えた本当の理由
上村愛子さんが現役引退を発表したのは2014年3月26日。実際の競技生活は、3月27日に長野県白馬村で行われた全日本スキー選手権モーグルを最後に終えました。
そして2014年4月1日、長野市内で引退記者会見を開催。約20年間にわたる競技生活に区切りをつけました。
引退はソチオリンピックの前から決めていた2026年2月の文春オンラインのインタビューで、上村さんは引退を決めた時期について、ソチオリンピックより前だったと明かしています。
当時34歳だった上村さんは、次のオリンピックが開催される4年後には38歳になります。その年齢でメダルを狙える身体に仕上げることは現実的ではないと感じていたことが、決断の背景にありました。
上村さんは長野オリンピックで里谷多英さんの金メダルを見た経験から、オリンピックはメダルを獲得しに行く場所という意識を持って競技に取り組んできました。
そのため、ソチ大会を最後の五輪と決め、練習にも全力を注いでいました。本人の振り返りでは、ソチに向けた身体の状態は現役時代で最も良かったとされています。
メダルを逃したから引退したわけではないソチオリンピックの結果は4位。バンクーバーに続いてメダルには届きませんでした。
しかし、引退会見で上村さんは、競技に精いっぱい打ち込むことができ、幸せな競技人生だったと振り返っています。
2014年4月の日本オリンピック委員会の報道でも、長野とソチを特に印象深い大会として挙げ、最初に五輪出場の夢をかなえた大会と、最後に自分の技術を出し切ろうと取り組んだ大会だったことを語っています。
つまり、引退の背景にあったのは単純な敗北や競技への興味の喪失ではありません。自分が目指す水準に対して、身体的な条件や年齢、次の4年間を考えたうえで、自ら区切りをつけた決断でした。
引退後は競技団体や企業に所属する選手という立場から転換上村さんは2014年7月15日付で、16年間在籍した北野建設を退職しました。
当時、JOCの報道によると、上村さんは家の仕事を大切にしながら講演などの活動を行う場合、会社員として残ることは難しいと説明しています。
退職後の連絡先として公表されたのがスポーツビズでした。現在も同社の公式プロフィールに掲載されており、引退後の仕事を支える所属先となっています。
引退を単なる競技生活の終了ではなく、スキーとの関わり方を変える転換点にしたことが、その後の活動につながっています。
【結婚・離婚の真相】上村愛子と皆川賢太郎の結婚生活に何があった?
上村愛子さんのプライベートで大きな話題となったのが、元アルペンスキー選手の皆川賢太郎さんとの結婚、そして2024年に公表された離婚です。
2009年6月11日に皆川賢太郎と結婚上村さんと皆川さんは、2009年6月11日に婚姻届を提出しました。
皆川さんはアルペンスキーの日本代表として活躍し、オリンピックにも4大会連続で出場したトップ選手です。競技を通じて知り合った2人は、同じウインタースポーツの世界で目標を追いかける存在でした。
結婚翌年の2010年には、2人そろってバンクーバーオリンピックに出場。夫婦ともに世界の舞台で戦うスキー選手として注目されました。
なお、競技登録上の姓について、上村さんは結婚後も従来どおり上村姓で出場することを表明していました。
離婚は2023年12月9日、発表は2024年10月2日2人は2024年10月2日、それぞれのSNSなどを通じて連名の文書を公表しました。
発表によると、実際に婚姻関係を解消したのは2023年12月9日です。2009年6月の結婚から約14年半で夫婦としての関係に区切りをつけたことになります。
発表が離婚から約10か月後になった理由については、冬季シーズンやパリオリンピックが終わり、少し落ち着いたタイミングでの報告になったと説明しています。
離婚理由は不倫や不祥事ではなく、人生観の変化をめぐる話し合い離婚理由について、2人の連名発表では、現役引退やコロナ禍など社会が変化していく中で、お互いの人生観について話し合う機会が自然と増えたと説明しています。
現役時代は、金メダルや世界一を目指すという共通の目標がありました。しかし引退後は、それぞれが社会の中で新しい役割を模索するようになりました。
発表文では、皆川さんがスキー連盟の改革やスノーリゾート再生などに取り組む一方、上村さんは自然環境を大切にし、季節の移り変わりを感じられる生活を好んで過ごしていたことにも触れています。
それぞれの人生の目的や大切にしたいことを尊重し、話し合いを重ねた結果として婚姻関係の解消に至ったという説明です。
特定の第三者や不祥事を原因とする発表ではありません。離婚の理由をめぐる憶測と、本人たちが公表した説明は分けて受け止める必要があります。
離婚後も皆川賢太郎は人生の理解者離婚後の2人の関係についても、2026年2月の文春オンラインのインタビューで新たな近況が伝えられました。
上村さんは、離婚公表後にイベントのトークショーで皆川さんと共演したことについて尋ねられ、今でも一番の理解者だと思っていると回答しています。
何かあれば相談したいし、相手にも頼ってほしいという趣旨の言葉を述べ、夫婦という形が変わっても、相手への信頼が失われたわけではないことを示しました。
2人は離婚発表の中でも、これからも良き理解者、人生の戦友、同志として過ごしていくと説明しています。
結婚生活の終了と、人としての信頼関係の終了は必ずしも同じではありません。上村さんと皆川さんの場合、競技者として共有した時間や経験が、離婚後も互いを理解する土台になっているようです。
【生い立ち・受賞歴】白馬村で育った上村愛子が残した功績
上村愛子さんの競技人生を理解するうえで欠かせないのが、長野県白馬村とのつながりです。
1979年12月9日に兵庫県伊丹市で生まれた上村さんは、2歳のころに長野県へ移住しました。両親が自然豊かな場所で生活したいという思いを持っていたことなどが、移住の背景にありました。
その後、白馬村で育ち、幼いころからスキーに親しみます。小学生時代はアルペンスキーに取り組み、中学2年生のときにカナダでモーグルのワールドカップを観戦したことが転向のきっかけになりました。
アルペンスキーとは異なる、コブ斜面を滑りながらジャンプを行うモーグルの魅力に引き込まれ、世界を目指す競技人生が始まりました。
2008年度の紫綬褒章を受章上村さんは競技実績が評価され、2008年度に紫綬褒章を受章しています。
紫綬褒章は、学術や芸術、スポーツなどの分野で優れた業績を挙げた人に授与される褒章です。世界の舞台で日本のモーグル界をけん引してきた功績が評価されました。
JOCスポーツ賞の特別貢献賞も受賞2013年度にはJOCスポーツ賞の特別貢献賞を受賞しています。2014年6月には表彰式が行われ、上村さんは受賞について喜びを語りました。
この賞は競技成績だけでなく、オリンピック・ムーブメントの推進やJOCの活動への貢献を評価するものです。
上村さんには、ほかにも文部科学省のソチオリンピック入賞者表彰、長野県のスポーツ特別栄誉賞、伊丹市の市民栄誉賞など、複数の表彰歴があります。
技術面でも女子モーグル界に影響を与えた存在上村さんの功績は、五輪やワールドカップの順位だけではありません。
スポーツビズの公式プロフィールでは、3Dエアのコークスクリュー720を最初に完成させた選手としても紹介されています。カービングターンを武器にした滑りも、女子モーグル界の技術発展に影響を与えました。
また、現役引退後も大会の解説やイベント出演、スキー普及活動に携わっています。自分が経験した技術や競技の魅力を次世代へ伝える役割は、現役時代とは違う形で続いています。
【上村愛子現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上村愛子さんは2026年現在、何をしていますか?
A1:白馬村を生活の拠点に、スキーの普及、競技解説、メディア出演、地域振興、環境保全などに取り組んでいます。2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックではモーグルの解説を担当しました。
Q2:上村愛子さんと皆川賢太郎さんは現在も夫婦ですか?
A2:いいえ。2人は2023年12月9日に婚姻関係を解消し、2024年10月2日に離婚を公表しました。離婚後も互いを理解者として尊重していることを2026年のインタビューでも明かしています。
Q3:上村愛子さんが現役引退した理由は何ですか?
A3:ソチオリンピック前から引退を決めていました。当時34歳だった上村さんは、次の五輪でメダルを狙える身体に仕上げることは現実的ではないと考え、2014年3月の全日本選手権を最後に競技生活を終えました。
上村愛子さんは、1998年の長野オリンピックから2014年のソチオリンピックまで5大会連続で出場し、すべての大会で入賞を果たした日本モーグル界のレジェンドです。
2007~2008年シーズンのワールドカップ種目別年間優勝、2008年度の紫綬褒章、JOCスポーツ賞特別貢献賞など、その功績は競技の内外で評価されています。
2014年4月の引退後は、スポーツビズ所属のもと、メディア出演や競技解説、白馬村観光大使、ラジオパーソナリティなどに活動の幅を広げてきました。2026年にはミラノ・コルティナ五輪の解説も担当し、経験を次世代に伝える姿が注目されました。
皆川賢太郎さんとの結婚生活には2023年12月に区切りをつけましたが、離婚後も互いを理解者として尊重する関係を築いています。
現役時代の上村愛子さんが追い求めたのは、世界一という目標でした。そして現在は、雪や自然、地域、次世代のスキーヤーと向き合う活動を続けています。競技者としての20年間で培った経験を、これからのスキー界や冬季産業の未来にどうつないでいくのか。2026年以降も、その活動に注目が集まります。