益若つばささんがファッション誌に初めて登場したのは、17歳の頃。渋谷で撮影された私服スナップが『Popteen』に掲載されたことが、モデル活動の出発点でした。
当初から芸能人として活動していたわけではありません。読者と同じ目線でファッションを楽しみ、自分の着こなしを誌面で紹介する読者モデルでした。
双葉社のインタビュー「THE CHANGE」では、当時の益若さんが150cmという身長を生かしたファッションで読者の共感を集めていたことが紹介されています。
特に支持されたのは、次のようなスタイルです。
- 金髪・盛り髪: ボリュームのあるヘアスタイルで華やかさを演出。
- つけまつげ・濃いアイメイク: 大きく印象的な目元を作るギャルメイク。
- 姫系ファッション: リボンやフリルを取り入れたかわいらしい着こなし。
- プチプラコーデ: 手が届きやすい価格の商品を組み合わせた実用的なファッション。
当時の益若さんは、単に高価な服を着て流行を追いかけるモデルではありませんでした。一般の読者でも真似できるアイテムを組み合わせていたことが、大きな支持につながりました。
昔の画像と現在を比較すると何が違う?益若つばささんの昔の画像を探すと、特に2007~2008年頃の写真が注目されます。
2014年には、本人が7年前の『Popteen』表紙と当時の自分を比較した写真を公開したことが報じられました。
その際に話題になったのが、現在とは異なるメイクや髪型です。当時は、目元を強調した濃いメイク、金髪の盛り髪、姫系ファッションが流行していました。
本人も当時の眉毛の描き方などを振り返っており、昔の写真にはその時代特有の美容トレンドがよく表れています。
ここで押さえておきたいのは、写真の印象が変わった理由を、顔そのものの変化だけで説明するのは適切ではないということです。
メイク、髪型、眉の形、撮影時の照明、ファッションの流行が変われば、同じ人物でも印象は大きく変わります。
2026年10月には41歳の誕生日を迎え、高校時代と同じ髪型に戻ったことも話題になりました。昔のスタイルを懐かしむだけでなく、好きなファッションを現在も楽しんでいる姿が印象的です。
益若つばさのプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 益若つばさ |
| 本名 | 益若翼(読み同じ) |
| 生年月日 | 1985年10月13日 |
| 2026年の年齢 | 41歳 |
| 出身地 | 埼玉県 |
| 身長 | 150cm |
| 愛称 | つーちゃん |
| 主な活動 | モデル・タレント・商品プロデューサー・実業家 |
| 個人事務所 | 株式会社PLAYDOT |
身長150cmという小柄な体格は、当時のファッションにも大きく関係していました。
長身モデルの着こなしをそのまま紹介するのではなく、同世代の女性が実際に取り入れられるコーディネートを提案できたことが、読者モデルとしての強みだったのです。
本名についても、2026年4月に本人が「益若翼」が自身の本名であることに触れています。
【100億円ギャルの真相】つばさ売れはなぜ500億円以上の経済効果を生んだのか?

益若つばささんの名前を語るうえで欠かせないのが、「100億円ギャル」という異名です。
この呼び名は、本人が着用・紹介したファッションアイテムやアクセサリーが、店頭で次々に売れていった現象に由来します。
当時の若い女性たちにとって、益若さんは単なる雑誌モデルではありませんでした。
「つーちゃんが着ている服が欲しい」「同じメイクをしてみたい」という憧れの対象であり、消費行動に直接影響を与える存在だったのです。
そもそも「つばさ売れ」とは?「つばさ売れ」とは、益若さんが身につけた商品や紹介したアイテムが、人気を集めて売れる現象を指します。
双葉社の2025年のインタビューでは、益若さんの人気によって渋谷で人が集まり、編集長から土日は渋谷に行かないように言われるほどだったという当時のエピソードも紹介されています。
また、私服紹介で取り上げられた商品を求めて、渋谷109に買いに行く女性が続出したといいます。
この現象が広がった背景には、3つの理由があります。
1. 読者と同じ目線だった
モデルが着ているからという理由だけではなく、読者が自分でも取り入れられるファッションを紹介していました。
2. 商品を具体的に紹介できた
服の組み合わせだけでなく、アクセサリーやメイク用品まで含めて、トータルコーディネートを提案していたことが強みでした。
3. 雑誌と店頭が連動していた
雑誌で見た商品を実際に店舗で購入するという行動が生まれ、ファッション誌の影響力が購買に直結していました。
経済効果500億円以上という数字の実態2024年5月17日、益若さんはTOKYO MXの番組『5時に夢中!』に出演し、ブレーク当時の経済効果について語っています。
番組内では「100億円ギャル!益若つばさ伝説」という紹介があり、MCから経済効果が500億円以上といわれていたことについて質問されました。
これに対して益若さんは、海外を含めると1000億円以上になっていたらしいと説明しました。
ただし、ここで数字を整理しておく必要があります。
- 100億円ギャル: 益若さんの影響力を象徴する異名。
- 500億円以上: 当時の経済効果として紹介されてきた数字。
- 1000億円以上: 本人が2024年のテレビ出演で、海外を含めた規模として言及した数字。
これらは公的な統計によって確定した売上高ではなく、経済効果についての紹介や本人の発言に基づく数字です。算定期間や対象商品の範囲を混同しないことが大切です。
さらに興味深いのは、本人が当時の収益構造について説明している点です。
益若さんは、商品を紹介することで企業が潤った一方、紹介した商品が売れても、その売上がそのまま自分に入るわけではなかったと語っています。
つまり、彼女の影響力は、単純な広告収入だけでは説明できません。
読者モデルが消費者の購買行動を動かし、企業の商品価値を高めるという、現在のインフルエンサーマーケティングにも通じる仕組みを先取りしていたのです。
【結婚・出産・Popteen卒業】梅田直樹との結婚から長男誕生まで
益若つばささんの人生における大きな転機が、梅田直樹さんとの結婚と出産です。
梅田さんは、男性ファッション誌『Men's egg』の読者モデルとして知られていた人物。愛称は「梅しゃん」で、益若さんとのカップルは当時の若者から注目を集めていました。
2人は2007年12月25日に結婚を発表。
当時の益若さんは22歳で、モデルとして人気の絶頂期にありました。
翌2008年4月には、第1子となる男の子を出産したことを自身の公式ブログで報告しています。
Popteenを卒業した本当の理由益若さんが『Popteen』を卒業した理由については、単純に人気が落ちたからというわけではありません。
2008年4月の出産報告時、本人は育児や家事と、毎月決まった日数・時間の拘束がある雑誌モデルの仕事を両立することは難しいと判断したと説明しています。
つまり、仕事への意欲がなくなったわけではなく、生活環境が変わったことが大きな理由でした。
さらに2013年のライブドアニュースのインタビューでは、当時の心境を振り返っています。
本人によると、結婚や出産を経てモデルを続けることで、ファンから「落ち着いた」と思われ、必要とされなくなることを恐れていたそうです。
また、人気モデルとして多忙だった時期に、一度すべてをリセットしたい気持ちもあったと明かしています。
2025年の双葉社のインタビューでも、人気絶頂での卒業は周囲から驚かれた決断だったと振り返っています。
この選択は、当時の女性モデルの働き方を考えるうえでも興味深いものです。
結婚・出産・卒業の時系列| 時期 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 2007年12月25日 | 梅田直樹さんと結婚 | クリスマスに結婚を発表 |
| 2008年1月 | Popteen卒業 | 同誌の2008年1月発売号を最後に卒業 |
| 2008年4月 | 長男を出産 | 公式ブログで第1子男児の誕生を報告 |
| 2008年以降 | 新しい仕事へ | 商品プロデュースやテレビ出演など活動の幅を拡大 |
| 2011年秋 | 離婚危機の報道 | 夫婦関係について一部メディアが報道 |
| 2013年1月14日 | 離婚発表 | 夫婦で話し合った結果、離婚を公表 |
| 2023年3月1日 | 独立 | 株式会社PLAYDOTを設立 |
| 2026年 | 41歳で活動継続 | 商品プロデュース、テレビ出演、執筆など |
この経歴を見ると、益若さんは雑誌モデルとしての人気を失ってから次の仕事を探したのではなく、人気がある段階で自ら活動の方向性を変えていたことが分かります。
【2013年に離婚】梅田直樹との離婚の経緯と長男の親権
益若つばささんと梅田直樹さんは、結婚当初は人気モデル同士の夫婦として注目されていました。
しかし、2011年秋頃から一部メディアで離婚危機や別居についての報道が出始めます。
ここで注意したいのが、当時の報道と夫婦本人の説明には違いがあったことです。
2011年10月19日には、夫婦連名で一部の報道内容について「一切事実ではございません」と否定するコメントが出されました。
その後、2013年1月14日、益若さんは所属事務所を通じて梅田さんとの離婚を発表しました。
離婚理由は何だった?2013年1月14日の発表では、2人で長い時間をかけて何度も話し合い、お互いのために別々の道を歩むという結論に至ったと説明されています。
マイナビニュースが報じた本人のブログでも、十分に話し合ったうえで決めたことが明かされていました。
一方、離婚に至った具体的な事情や夫婦間の詳細なやり取りについては、公式発表で明らかにされていません。
そのため、当時の別居報道や価値観の違いなどを、確定した離婚原因として扱うことはできません。
長男の親権は益若つばさが持った?2人の間には、2008年4月に誕生した長男がいます。
離婚後の長男の親権については、益若さんが持ったと報じられています。
離婚発表時にも、益若さんは母親として新しい人生を歩んでいくという意向をブログで伝えていました。
その後も益若さんはモデル・タレントとしての仕事を続け、商品プロデュースや実業家としての活動にも取り組んでいます。
なお、長男の現在の生活や詳しいプライベートについては、本人が公表している範囲を超えて断定することはできません。
【現在2026年】益若つばさの仕事・音楽活動・株式会社PLAYDOTを解説
2026年の益若つばささんは、かつてのギャルモデルという肩書きだけでは語れない活動を展開しています。
モデル、タレント、商品プロデューサー、クリエイティブディレクターなど、複数の分野で活動しています。
TSUBASA・Milky Bunnyとしての音楽活動益若さんはファッションや美容だけでなく、音楽にも挑戦してきました。
2011年には、Milky Bunny(ミルキーバニー)という名義で歌手デビュー。
デビュー曲は「Bunny Days♡」で、2011年7月20日に発売されました。
この曲は、自身がプロデュースするコスメブランド「CandyDoll」のCMソングにも起用されています。
益若さんは、モデルとして表現できない部分を音楽で伝えたいという思いを語っていました。
歌手活動は、モデルという枠にとどまらず、自分自身の世界観をさまざまな方法で発信してきたキャリアの一つです。
CandyDoll・Dolly Winkなどの商品プロデュース益若さんの実業家としての活動を象徴するのが、美容商品のプロデュースです。
代表的なブランド・商品には次のようなものがあります。
- CandyDoll: ベースメイクなどを中心としたコスメブランド。
- Dolly Wink: つけまつげやアイメイク関連商品。
- Bambi Series: 益若さんがプロデュースするカラーコンタクトシリーズ。
こうした商品展開は、Popteen時代の「つばさ売れ」ともつながっています。
雑誌で自分のファッションを紹介していた立場から、商品の企画やブランドの世界観づくりに関わる立場へと変化してきたのです。
2023年に株式会社PLAYDOTを設立益若さんは2023年3月1日、個人事務所である株式会社PLAYDOT(プレイドット)を設立したことを公式サイトで発表しました。
それまで所属していたエイジアプロモーションから独立し、自分の会社を通じて活動する形へ移行しました。
現在もエイジアプロモーションとはエージェント契約を結んでおり、完全に関係を断ったわけではありません。
この独立は、芸能活動だけでなく、商品開発やブランド運営などを自分自身で進めていくための転換点といえます。
2026年の最新活動は?2026年10月時点で確認できる主な活動は以下のとおりです。
MEND(メンド)
2025年末にローンチされたライフスタイルブランド。2026年には、従来の美容・ファッションに加えて、暮らし全体を提案する方向へ活動を広げています。
『つばさ塾 人生が好転する100のマインドセット』
三笠書房から2026年10月15日に発売された人生エッセイ。自身の経験や考え方をまとめた著書です。
メディア出演
2026年10月19日にはABEMA『ABEMA Prime』への出演が所属事務所の公式プロフィールに掲載されています。10月29日の日本テレビ『ぐるぐるナインティナイン』への出演情報も掲載されました。
2026年の活動を見ると、益若さんは過去のギャルブームを懐かしむだけの存在ではありません。
美容商品のプロデュースからライフスタイルブランド、書籍、テレビ出演まで、仕事の領域を広げ続けています。
【益若つばさ昔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:益若つばさの本名は何?
益若つばささんの本名は、益若翼(ますわか・つばさ)です。芸名では「つばさ」をひらがなで表記しています。2026年4月には本人も本名についてSNSで言及しています。
Q2:益若つばさの身長は何cm?
所属事務所の公式プロフィールによると、身長は150cmです。小柄な体格を生かしたファッションが、Popteen読者モデル時代の人気につながりました。
Q3:益若つばさがPopteenを卒業した理由は?
結婚・妊娠・出産を経て、育児と毎月決まったスケジュールで行う雑誌モデルの仕事を両立することが難しいと判断したためです。本人は後年、ファンに飽きられる前に自分から卒業したいという当時の心境も振り返っています。
益若つばささんの昔を振り返ると、単なるギャルモデルの成功物語ではないことが分かります。
17歳で『Popteen』の読者モデルとして登場し、150cmの身長を生かしたファッションで人気を獲得。2000年代には「100億円ギャル」と呼ばれ、「つばさ売れ」という消費現象を生み出しました。
その一方で、22歳で結婚・出産を経験し、人気絶頂期に雑誌モデルを卒業。2013年には梅田直樹さんとの離婚を発表し、その後も自分の仕事を築き上げてきました。
2023年には株式会社PLAYDOTを設立。2026年には41歳を迎え、ライフスタイルブランドや書籍など、新たな領域にも挑戦しています。
益若つばさのキャリアを理解するうえで重要なのは、昔の人気と現在の活動を切り離さないことです。
「つばさ売れ」は、読者に近い立場からファッションを提案し、消費者の購買行動を動かした実績でした。そして現在の商品プロデュースにも、その経験が生かされています。
昔の画像に見られる金髪や盛り髪は平成ギャル文化の象徴ですが、時代が変わっても自分の感性を商品や仕事に反映させる姿勢は一貫しています。
益若つばささんは、平成ギャルのカリスマであると同時に、読者モデルから商品プロデューサー、そして自ら会社を運営する実業家へとキャリアを発展させてきた人物なのです。