2011年9月29日、埼玉県さいたま市の市立日進小学校で、駅伝の課外練習に参加していた小学6年生の桐田明日香さんが、1000メートルを走り終えた直後に倒れました。救急搬送されたものの、明日香さんは翌30日に亡くなりました。当時11歳でした。
この事故が現在も語り継がれている理由は、突然の心停止だけではありません。倒れた直後に見られた異常な呼吸を教員らが通常の呼吸と判断し、学校に設置されていたAEDが使われず、救急隊が到着するまで約11分間、心肺蘇生が行われなかったという対応上の問題が明らかになったためです。その教訓から誕生したのが、学校の救命教育を変えた「ASUKAモデル」です。
事故から15年となった2026年9月には、桐田明日香さんの弟・真さんが救急救命士を目指している現在の姿も報じられました。母・桐田寿子さんによる救命教育の普及活動とともに、事故の経緯、AEDが使用されなかった理由、死戦期呼吸の危険性、そして現在の学校安全対策までを整理します。
【事故の真相】2011年9月29日、さいたま市立日進小学校で何が起きたのか

駅伝女子死亡事故として検索されている出来事は、さいたま市立日進小学校で発生した桐田明日香さんの死亡事故です。
明日香さんは当時小学6年生。2011年9月29日の放課後、駅伝の課外練習に参加していました。その日は駅伝メンバーを決める選考に関係する練習で、1000メートルを走り終えた直後、校庭で突然倒れました。
当時、現場では教員らが指導に当たっていました。倒れた明日香さんには、けいれんのような動きや、苦しそうにあえぐような呼吸が見られたとされています。
教員らは明日香さんを保健室へ運び、状態を確認しました。しかし、呼びかけに対する反応がないにもかかわらず、呼吸や脈拍があると判断。心肺蘇生やAEDの使用には至りませんでした。
その後、救急隊が到着した時点で明日香さんは心肺停止状態でした。救急隊による救命処置が開始され、医療機関に搬送されましたが、翌9月30日に亡くなりました。
さいたま市教育委員会の公式資料によれば、この事故では救急隊の到着まで約11分間、現場で心肺蘇生とAED装着が実施されていませんでした。
この出来事は、単に運動中に児童が倒れたという事故ではありません。突然の心停止を疑うべき状況で、呼吸や意識の判断を誤り、救命処置を開始できなかったという学校の危機管理上の課題を浮き彫りにしました。
【事故の経緯を時系列で整理】AED未使用から救急隊到着までの11分間
事故を理解するうえで重要なのが、倒れた直後から救急隊が到着するまでの対応です。
日本学校保健会の資料や、さいたま市教育委員会が作成した事故対応テキストには、当時の状況と、その後の検証で明らかになった問題点が整理されています。
| 時期・経過 | 発生した出来事 | 検証されたポイント |
|---|---|---|
| 2011年9月29日 | 日進小学校の駅伝練習で1000メートルを走り終えた明日香さんが倒れる。 | けいれん様の動きや異常な呼吸が見られた。 |
| 倒れた直後 | 教員らが駆け寄り、保健室へ移動させる。 | 呼吸や脈拍があると判断された。 |
| 事故発生から約4分後 | 救急車を要請する。 | 救急隊への症状の伝達や状況判断に課題があった。 |
| 救急隊到着まで | 保健室にあったAEDは使用されず、心肺蘇生も実施されなかった。 | 異常な呼吸を通常の呼吸と誤認したことが問題となった。 |
| 事故発生から約11分後 | 救急隊が到着し、心肺停止状態を確認する。 | ここで救急隊による心肺蘇生が開始された。 |
| 2011年9月30日 | 搬送先の医療機関で明日香さんが亡くなる。 | 事故の検証と再発防止策の検討が始まる。 |
| 2012年2月21日 | さいたま市立小学校児童事故対応検証委員会が報告書を提出する。 | 事故対応と学校の危機管理体制の問題点を整理。 |
| 2012年9月30日 | ASUKAモデルが完成する。 | 教職員向けの事故対応テキストとして公表。 |
| 2022年9月30日 | ASUKAモデル誕生10年を迎える。 | 「明日も進む いのちの日」が制定される。 |
| 2025年9月30日 | ASUKAモデルの誕生経緯をまとめた書籍が刊行される。 | 桐田寿子さんと桐淵博さんが執筆。 |
| 2026年9月 | 事故から15年を迎える。 | 弟の真さんが救急救命士を目指す現在の姿が報じられる。 |
特に注目したいのは、救急車を呼ぶまでの時間だけではありません。救急要請をした後も、救急隊が到着するまでの間に救命処置が開始されなかったことです。
日本学校保健会の解説資料では、救急要請時に教員らが脈拍と呼吸があると判断していたこと、けいれんや頭部を打った可能性について十分な情報伝達ができていなかったことなども紹介されています。
事故の検証で問題視されたのは、救急車を呼ぶという行動だけでは救命対応として十分ではないという点でした。救急隊が到着するまでの時間に、現場にいる人が何を判断し、どのような処置を行うかが問われたのです。
【死亡理由とAED未使用の理由】鍵を握る死戦期呼吸とは何だったのか
桐田明日香さんの事故で特に重要な医学的キーワードが「死戦期呼吸」です。
死戦期呼吸とは、心停止直後などに見られる、しゃくり上げるような不規則な呼吸のことです。大きく息を吸い込むような動きや、途切れ途切れのあえぎが見られることがあります。
一見すると呼吸をしているように見えるため、救命に慣れていない人が通常の呼吸と誤認する危険があります。しかし、死戦期呼吸は正常な呼吸ではありません。
なぜAEDが使用されなかったのかさいたま市の事故検証委員会の報告について、東京新聞の連載記事などでは、教員らが死戦期呼吸を通常の呼吸と誤認し、脈拍もあると判断したことが、救命処置を行わなかった理由として推定されています。
当時、学校にはAEDが設置されており、保健室にも機器がありました。つまり、AEDそのものが学校になかったということではありません。
問題は、目の前で倒れている児童の状態を正しく判断できず、AEDを使用する必要がある状況だと認識できなかったことです。
さらに、現場での情報共有や役割分担にも課題がありました。誰が救急要請を行い、誰がAEDを取りに行き、誰が心肺蘇生を担当するのか。緊急時に必要な行動が組織として十分に機能していなかったのです。
事故の死因と運動との関係は?明日香さんは1000メートルを走り終えた直後に倒れ、救急隊到着時には心肺停止状態でした。公表資料では、事故の中心的な問題として突然の心停止と、その後の救命対応が検証されています。
ただし、心停止は心臓が血液を送り出せなくなった状態を示すものであり、それだけで心停止に至った根本的な医学的原因まで特定できるわけではありません。
そのため、特定の心臓病や熱中症が原因だったと断定することはできません。運動中に倒れたという事実と、医学的な死因の確定は分けて理解する必要があります。
現在の救命教育で重視されていること文部科学省が2023年11月30日に各教育委員会などへ周知したAEDの適切な管理に関する資料でも、心停止が疑われる場合や判断に迷う場合には、ためらわず一次救命処置を行う必要性が示されています。
同資料では、死戦期呼吸を通常の呼吸と区別し、ただちに胸骨圧迫を開始すること、AEDが到着したら電源を入れて音声指示に従うことが説明されています。
また、心停止ではない人に胸骨圧迫を行ったとしても、重大な障害が生じることはないとされています。正確な判断に迷って対応が遅れることを防ぐ考え方です。
この事故が残した大きな教訓は、呼吸があるように見えるからといって、必ずしも安全な状態とは限らないということです。
【ASUKAモデル誕生の経緯】事故検証から全国の救命教育へ
桐田明日香さんの事故を受け、さいたま市教育委員会は再発防止に向けた検証を開始しました。
2012年2月21日には「さいたま市立小学校児童事故対応検証委員会」が報告書を提出。その内容を踏まえ、教育委員会は教員や校長など、実際に教育現場で活動する人の視点から事故対応をさらに分析することにしました。
こうして作成されたのが「体育活動時等における事故対応テキスト~ASUKAモデル~」です。完成日は2012年9月30日。明日香さんの命日に当たります。
ASUKAモデルという名称に込められた意味さいたま市教育委員会の公式説明によると、名称には「明日香さんの事故から学ばせていただく」「二度とこのような事故を繰り返さない」という思いが込められています。
単なる事故対応マニュアルではなく、明日香さんの命を無駄にせず、今後の子どもたちの命を守るための教育資料として位置づけられました。
ASUKAモデルの主な内容テキストは大きく4つの分野で構成されています。
- 日常における重大事故の未然防止:教職員の危機管理意識を高め、学校全体の安全体制を整備する。
- 体育活動時等における事故の未然防止:活動前後の打ち合わせや健康観察を徹底する。
- 重大事故発生時の対応:第一発見者と応援者の役割を明確にし、迅速な救命処置につなげる。
- 事故発生後の対応:事実確認や分析、保護者への対応などを適切に進める。
なかでも大きな特徴は、傷病者の呼吸が普段どおりかどうか分からない場合でも、迷わず心肺蘇生とAEDの手配に進むという考え方です。
医療の専門家でない教員に、緊迫した現場で脈拍や呼吸を正確に判断することを求めるのではなく、判断に迷った場合の行動を明確にした点に意義があります。
また、さいたま市教育委員会は2014年1月31日に解説資料と研修用資料を作成し、2015年3月31日には内容を映像化したDVDも制作しました。水泳、給食後、校外学習、登下校など、体育活動以外の場面にも応用できる内容が取り入れられています。
その後、ASUKAモデルはさいたま市内にとどまらず、全国の学校関係者や救命教育に携わる人々に知られるようになりました。
【2026年最新】明日も進む いのちの日と学校の救命教育の現在
ASUKAモデルは、事故を検証してマニュアルを作っただけで終わっていません。さいたま市では、毎年9月30日を「明日(あす)も進む いのちの日」と定め、学校全体で救命教育に取り組んでいます。
9月30日に行われる取り組み2022年9月30日、ASUKAモデルの完成から10年を迎えた節目に、さいたま市教育委員会は「明日も進む いのちの日」を制定しました。
この日は、市立学校においてAEDの一斉点検を行うとともに、児童生徒にAEDの設置場所を確認させる取り組みが実施されています。
目的は、AEDを設置しているだけで安心するのではなく、必要なときに誰もが機器の場所を把握し、実際に使用できる環境を整えることです。
学校の外にも広がるAED設置と救命教育さいたま市は、学校におけるAEDの整備やASUKAモデル関連事業を推進するため、クラウドファンディング型ふるさと納税なども活用してきました。
2023年には市立中学校全58校へのAEDと屋外型AED収納ボックスの整備に関する寄贈も発表されています。学校が閉まっている時間帯にも地域住民がAEDを利用できる環境づくりにつながる取り組みです。
こうした施策から分かるのは、救命教育が教職員だけの問題ではなく、児童生徒や地域住民も含めた安全体制として考えられていることです。
2025年にはASUKAモデル誕生の経緯をまとめた書籍も刊行2025年9月30日には、桐田寿子さんと事故当時のさいたま市教育委員会教育長だった桐淵博さんが執筆した書籍「『ASUKAモデル』の誕生 いのちをつなぐAED」が刊行されました。
埼玉新聞の2025年10月31日付報道によると、この書籍はASUKAモデルが生まれた経緯や、教育現場での救命教育の課題などをまとめたもので、市内の学校などにも寄贈されました。
事故から時間が経過しても、当事者の経験や再発防止への思いを次世代に伝え続けることが、活動の大きな柱になっています。
【事故から15年】桐田寿子さんの活動と弟・桐田真さんの現在
2026年9月24日、埼玉新聞は事故から15年を迎える桐田家の現在を報じました。記事では、明日香さんの母・桐田寿子さんと、弟の真さんの歩みが紹介されています。
母・桐田寿子さんが続ける救命教育への取り組み明日香さんを亡くした寿子さんは、事故をきっかけに学校の安全体制を改善する活動に取り組んできました。
事故当時の教育長だった桐淵博さんらと協力し、ASUKAモデルの誕生と普及に尽力。全国の学校や教育関係者に向けて、事故の教訓と救命教育の必要性を伝えてきました。
事故後の教育委員会との話し合いには困難もありましたが、最終的には再発防止という共通の目標に向けて、遺族と教育行政が協力する形でモデルが完成しました。
2025年には桐淵さんとともに書籍を刊行し、事故の検証だけでなく、救命教育を次の世代に伝える活動にも取り組んでいます。
弟・桐田真さんは救急救命士を目指している2026年9月24日の埼玉新聞の記事で特に注目されたのが、弟の真さんの現在です。
真さんは明日香さんより7歳年下で、2026年時点では20歳。幼い頃から優しく頼りがいのある姉に憧れていたと報じられています。
姉の死後、母親の活動を通じて救命教育に関心を持つようになり、小学3年生の自由研究ではAEDの設置場所を調べてマップを作成しました。
さらに、高校1年生のときには救命講習会のインストラクター認定資格を取得し、参加者に救命処置を教える活動も始めています。
2025年春には国士舘大学のスポーツ医科学科に進学。救急救命に関する知識を学びながら、実践的な訓練にも取り組んでいます。
現在の目標は、救急救命士になること。高い救命技術を身につけるだけでなく、緊急事態に直面して不安を感じている人を安心させられる存在を目指していると、埼玉新聞は伝えています。
明日香さんの事故から生まれた救命教育が、母親の活動を通じて弟にも受け継がれていることは、15年という時間の中で生まれた大きな変化です。
【プロの結論】駅伝女子死亡事故から学ぶべき3つの重要な教訓
この事故を振り返るとき、注目すべきなのは、AEDを設置するだけでは命を守れないという現実です。
救命体制は、機器の設置、使用方法の理解、緊急時の役割分担、実践的な訓練がそろって初めて機能します。
1. AEDは設置場所を知っているだけでは不十分学校やスポーツ施設では、AEDがどこにあるかを事前に確認し、必要なときにすぐ取り出せる状態にしておく必要があります。
特に校庭や体育館など、AEDの設置場所から離れた場所で活動する場合は、誰が取りに行くのか、どこで使用するのかまで確認しておくことが大切です。
2. 判断に迷う時間を減らす仕組みが必要心停止の現場では、一般の人が呼吸や脈拍を正確に判断することは簡単ではありません。死戦期呼吸のように、一見すると呼吸があるように見える場合もあります。
だからこそ、現場の人間が迷い続けないための行動基準が必要です。ASUKAモデルが示した「分からない場合は迷わず心肺蘇生へ進む」という考え方は、学校だけでなく、スポーツ大会や地域活動にも通じる教訓です。
3. 訓練は一度受けて終わりにしない緊急事態は、救命講習を受けた直後に起こるとは限りません。時間が経過すると、知識や操作方法を忘れてしまう可能性もあります。
そのため、日常的な訓練やAEDの点検、緊急時の役割確認を繰り返す必要があります。救命活動は特定の教員や担当者だけに任せず、学校全体で対応できる体制が求められます。
事故の教訓を正しく受け継ぐためには、誰か一人の責任を追及するだけでなく、同じ状況が起きたときに確実に行動できる仕組みを作ることが欠かせません。
【駅伝女子死亡】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:駅伝練習中に死亡した女子児童は誰ですか? A1:2011年9月29日にさいたま市立日進小学校で発生した事故で亡くなった、当時小学6年生の桐田明日香さんです。1000メートルを走り終えた直後に倒れ、翌9月30日に亡くなりました。
Q2:桐田明日香さんの事故でAEDが使われなかったのはなぜですか? A2:倒れた直後に見られた死戦期呼吸を通常の呼吸と誤認し、脈拍もあると判断したことが主な理由として検証されています。学校にはAEDが設置されていましたが、救急隊到着まで約11分間、AEDも心肺蘇生も実施されませんでした。
Q3:ASUKAモデルは現在も使われていますか? A3:はい。さいたま市教育委員会が教職員向け研修資料として公開しており、学校の事故防止や救命対応の研修に活用されています。毎年9月30日の「明日も進む いのちの日」には、市立学校でAEDの一斉点検や設置場所の確認も行われています。
2011年9月29日にさいたま市立日進小学校で発生した桐田明日香さんの駅伝練習中の死亡事故は、学校における救命対応の在り方を大きく問い直す出来事となりました。
倒れた直後の死戦期呼吸を通常の呼吸と誤認し、AEDと心肺蘇生が行われないまま約11分が経過したこと。この検証結果から生まれたのが、2012年9月30日に完成したASUKAモデルです。
その後、さいたま市では毎年9月30日を「明日も進む いのちの日」とし、AEDの点検や救命教育を継続しています。2025年には母・桐田寿子さんらがASUKAモデル誕生の経緯をまとめた書籍を刊行し、2026年には事故から15年を迎えました。
弟の真さんが救急救命士を目指して学び、救命講習の指導にも携わっていることも、事故の教訓が次の世代へ受け継がれていることを示しています。
明日香さんの事故を過去の悲しい出来事として終わらせないために必要なのは、AEDを使える環境を整え、正しい知識を身につけ、いざというときに行動できる人を増やすことです。
「明日も進む いのちの日」に込められた思いは、9月30日だけにとどまりません。学校でも、スポーツの現場でも、日常生活でも、目の前で誰かが倒れたときに命を守る行動ができるか。その問いを私たち一人ひとりが持ち続けることが、ASUKAモデルの最も大切な教訓です。
主な参照資料: さいたま市教育委員会「体育活動時等における事故対応テキスト~ASUKAモデル~」、文部科学省のAED適切管理に関する通知、日本学校保健会の心肺蘇生・AED関連資料、東京新聞、埼玉新聞(2025年・2026年報道)。