2026年現在、女優・樹木希林の旦那について調べると、ロックミュージシャンの内田裕也と、最初の夫である俳優・岸田森の名前が浮かび上がります。実は、樹木希林には2度の結婚歴があり、岸田森とは1964年に結婚して1968年に離婚。その後、1973年10月に内田裕也と再婚しています。内田とは長年別居しながらも婚姻関係を維持し、1981年には離婚届をめぐる裁判まで経験しました。
約45年に及ぶ結婚生活のうち、大半を別居して過ごした2人は、なぜ離婚しなかったのでしょうか。最初の夫との結婚から内田裕也との出会い、離婚無効訴訟、娘の内田也哉子を含む家族の歩みまで、報道や本人のインタビューをもとに整理します。
【結論】樹木希林の旦那は内田裕也!最初の夫は俳優の岸田森

樹木希林の2番目の夫であり、一般的に「旦那」として知られている人物は、ロックミュージシャン・俳優の内田裕也です。
ただし、内田裕也が最初の結婚相手だったわけではありません。
樹木希林は1964年、俳優の岸田森(きしだ・しん)と結婚しています。その4年後の1968年に離婚し、1973年10月に内田裕也と再婚しました。
つまり、結婚歴は次の2人です。
- 1人目:岸田森(1964年結婚・1968年離婚)
- 2人目:内田裕也(1973年10月再婚)
スポニチの2018年9月の報道でも、岸田森との結婚・離婚、内田裕也との再婚が紹介されています。
特に内田裕也との結婚は、一般的な夫婦生活とは大きく異なっていました。結婚後まもなく別居し、長期間にわたって別々の場所で生活。それでも法律上の夫婦であり続けたことから、芸能界でも異例の夫婦関係として知られるようになりました。
樹木希林自身も、夫婦のあり方についてテレビ番組や新聞のインタビューで率直に語っていました。単純に「別居していたから不仲だった」とは説明できない関係だったのです。
【最初の結婚】樹木希林と岸田森は1964年に結婚、1968年に離婚
1939年10月17日生まれ・1982年12月28日没
俳優、演出家として活躍。樹木希林が最初に結婚した相手で、当時の樹木希林は悠木千帆という芸名で活動していました。
樹木希林の最初の夫は、俳優の岸田森です。
2人は文学座附属演劇研究所の同期として知られ、演劇の世界で活動する中で関係を深めました。
1964年に結婚した当時、樹木希林は21歳。現在の「樹木希林」という名前ではなく、悠木千帆の芸名で活動していました。
岸田森も後に個性的な演技で知られる俳優となり、テレビドラマや映画などで幅広く活躍しています。
2人は結婚後も俳優としての活動を続けましたが、1968年に離婚。結婚生活は約4年間で終わりました。
この最初の結婚について、現在広く知られているのは結婚年と離婚年などの基本的な経歴です。離婚に至った具体的な家庭内事情については、本人たちの詳細な説明が広く確認されているわけではありません。
そのため、性格の不一致や特定の出来事だけを離婚理由として断定することはできません。
注目したいのは、最初の結婚を経験した後も、樹木希林が結婚そのものを否定しなかったことです。
2026年9月掲載の女性自身の記事では、娘の内田也哉子が母親の結婚観について振り返っています。樹木希林は最初の結婚で両親、特に父親が悲しむ姿を見た経験から、次に再婚するなら、どのような試練があっても添い遂げようと覚悟していたと伝えられています。
この考え方は、後の内田裕也との結婚生活を理解するうえでも重要な背景です。
【結婚歴・年表】岸田森から内田裕也まで2人の夫との歩み
樹木希林の結婚歴を整理すると、1964年から1973年までの約9年間に、最初の結婚と離婚、そして再婚という大きな転機があったことが分かります。
樹木希林の結婚・家族に関する主な出来事
この年表から分かるように、樹木希林の結婚歴で大きな転機となったのは、1973年の内田裕也との再婚です。
最初の夫・岸田森との結婚は約4年間で終わりましたが、内田裕也との結婚は別居や離婚届をめぐる問題を経験しながらも、樹木希林が亡くなる2018年まで続きました。
なお、別居開始の時期については報道によって表現に差があります。スポニチは結婚から約1年半で別居したと報じています。一方、本人は実際に一緒に暮らした期間を3カ月未満と振り返っています。
この2つは、別居に至るまでの暦上の期間と、実際の同居期間を分けて捉える必要があります。
【別居の経緯】樹木希林と内田裕也はなぜ長年別々に暮らした?
1939年11月17日生まれ・2019年3月17日没
日本のロックシーンを代表するミュージシャン。樹木希林の2番目の夫で、長年の別居婚でも知られました。
樹木希林と内田裕也が結婚したのは1973年10月です。
出会いについて、樹木希林は朝日新聞の連載インタビューで、ドラマ「時間ですよ」の撮影現場に内田裕也が訪れた際に知り合ったと振り返っています。
当時の内田裕也は、音楽活動を中心に独自の存在感を放つロックミュージシャンでした。一方、樹木希林も俳優として活動の幅を広げていた時期です。
2人は結婚しましたが、同居生活は長く続きませんでした。
同居期間は実質3カ月未満だった特に興味深いのが、樹木希林本人による同居期間の説明です。
朝日新聞の2018年のインタビューでは、内田裕也と一緒に暮らしていた期間について、「3カ月もない」という趣旨で語っています。
結婚しているにもかかわらず、同じ家で生活した時間は極めて短かったのです。
また、2024年12月掲載の女性自身の記事でも、娘の内田也哉子が、両親は娘が生まれる前から別々に暮らしていたと振り返っています。
家庭内では母親が中心となって子育てと仕事を担い、父親は日常的に家にいる存在ではありませんでした。
価値観の違いも別居の背景にあった別居の理由を考えるうえで重要なのが、樹木希林自身が語った夫婦の価値観です。
2025年3月に婦人公論で紹介された2015年収録の未公開インタビューでは、結婚当初は毎日のように激しい口論をしていたことを明かしています。
また、内田裕也の持ち物の多さと、物を増やしたくない自分との違いなど、日常生活における価値観の隔たりについても語っています。
つまり、2人の別居には、単なる一時的な夫婦喧嘩ではなく、生活習慣や性格の違いも関係していたと考えられます。
一方、長年別居していたからといって、夫婦としての関係が完全に途絶えていたわけではありません。
樹木希林は、内田裕也と年に1~2回程度会うことや、会えば互いに話したいことがたまっていることなどを語っていました。
2015年の日刊スポーツの報道でも、会う頻度は年に2回ほどと紹介され、樹木希林は結婚してよかったという趣旨の発言をしています。
【1981年の離婚無効訴訟】内田裕也が離婚届を無断提出した真相
樹木希林と内田裕也の夫婦関係を語るうえで、避けて通れないのが1981年の離婚届をめぐる問題です。
2人は長年別居していましたが、1981年、内田裕也が樹木希林に無断で離婚届を区役所に提出しました。
しかし、樹木希林はこの離婚を認めませんでした。
なぜ樹木希林は離婚を拒否したのか?当時の状況について、報道では内田裕也が一方的に離婚届を提出したこと、樹木希林が離婚無効を求めて訴訟を起こしたことが伝えられています。
樹木希林は裁判で争い、最終的に勝訴しました。
その結果、離婚届による離婚は無効となり、2人の婚姻関係は継続することになりました。
この出来事で重要なのは、長年別居していたことと、法律上の夫婦関係を解消する意思があったことは別問題だったという点です。
樹木希林は、夫と同居していないからといって、必ずしも離婚を望んでいたわけではありませんでした。
離婚無効訴訟後も夫婦関係は継続1981年の裁判後も、2人が再び同居することはありませんでした。
それでも樹木希林は、内田裕也との関係を維持し続けます。
2013年のデイリースポーツの報道では、内田裕也から「別れなくてよかった」という趣旨の言葉をかけられたエピソードも紹介されています。
また、2018年のスポニチの報道によれば、樹木希林は夫の存在を自分にとっての「重し」と表現していました。
これは、夫婦関係を単に愛情や同居の有無だけで判断していなかったことを示すエピソードです。
別々に暮らすことを選びながら、婚姻関係を続ける。その選択には、樹木希林なりの結婚観が反映されていたと考えられます。
【娘・内田也哉子】樹木希林と内田裕也の家族関係、2026年現在
1976年2月11日生まれ
樹木希林と内田裕也の長女。エッセイや翻訳、ナレーションなど幅広い分野で活動しています。
樹木希林と内田裕也の間には、娘が1人います。
名前は内田也哉子(うちだ・ややこ)です。
1976年2月11日に東京都で生まれ、両親の別居生活の中で育ちました。
内田也哉子はエッセイストとして活動し、翻訳やナレーションなどにも携わっています。1995年には19歳で俳優の本木雅弘と結婚しました。
本木雅弘は樹木希林にとって娘婿にあたります。
娘が語った母と父の関係2026年9月16日掲載の女性自身の記事では、内田也哉子が母親と父親の関係について振り返っています。
記事によると、也哉子は父親が家に帰ってこない生活の中で、母親が仕事と家事、子育てを中心となって担っていたと語っています。
また、母親は父親の悪口を一切口にしなかったとも振り返っています。
也哉子は幼い頃から父親が家庭にいないことを日常として受け止めていましたが、母親がなぜ父親との婚姻関係を維持し続けるのか、疑問を抱いた時期もあったといいます。
それに対して樹木希林は、娘に苦労をかけることを詫びながらも、自分の人生には内田裕也という存在が必要なのだという考えを伝えたとされています。
このエピソードからは、樹木希林が単に離婚を避けていたのではなく、自分自身の人生観に基づいて夫婦関係を選び続けていたことがうかがえます。
2026年現在、樹木希林の旦那はどうなっている?2026年現在、樹木希林も内田裕也もすでに亡くなっています。
- 樹木希林: 2018年9月15日、75歳で死去。
- 内田裕也: 2019年3月17日、79歳で死去。
内田裕也は樹木希林の死から約半年後、肺炎のため亡くなりました。2019年3月18日には所属事務所から正式に訃報が発表されています。
樹木希林が亡くなった時点では、1981年の離婚無効訴訟を経て婚姻関係が継続していました。
したがって、2026年現在の状況を正確に整理すると、内田裕也は樹木希林の2番目の夫であり、最後の夫です。ただし、現在存命の旦那がいるわけではありません。
【プロの結論】樹木希林と内田裕也の夫婦関係から分かる3つのこと
樹木希林と内田裕也の関係は、一般的な夫婦のイメージだけでは理解しにくいものでした。
結婚後まもなく別居し、離婚届をめぐる裁判まで経験しながら、最後まで婚姻関係を維持した2人。その歩みには、夫婦という関係を考えるうえで興味深いポイントがあります。
1. 同居していることだけが夫婦関係の基準ではなかった
2人は長期間別居していましたが、互いの存在を完全に否定していたわけではありません。
樹木希林は内田裕也の存在を、自分を律するための「重し」と表現していました。
夫婦の距離感は家庭ごとに異なり、同居しているかどうかだけでは、その関係の実態を判断できないことが分かります。
2. 離婚しないという選択にも本人なりの理由があった
1981年の離婚無効訴訟は、樹木希林が法律上の婚姻関係を維持する意思を持っていたことを示す出来事です。
娘の内田也哉子が振り返った母親の言葉からも、最初の結婚で得た経験や家族への思いが、2度目の結婚に対する考え方に影響していたことが分かります。
3. 夫婦の実像は本人の言葉と家族の証言から理解する
樹木希林と内田裕也は、メディアで夫婦関係について率直に語ってきました。
一方で、外から見える出来事だけでは、2人が何を考えていたのかまでは分かりません。
本人のインタビュー、娘の回想、当時の報道を照らし合わせることで、単なる「長年別居した夫婦」という説明では捉えきれない関係が見えてきます。
【樹木希林旦那】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:樹木希林の旦那は誰ですか?
A1:2番目の夫はロックミュージシャン・俳優の内田裕也です。最初の夫は俳優の岸田森で、1964年に結婚し1968年に離婚しています。
Q2:樹木希林と岸田森はいつ結婚して離婚しましたか?
A2:1964年に結婚し、1968年に離婚しました。岸田森は文学座附属演劇研究所の同期でもあり、樹木希林が最初に結婚した相手です。
Q3:樹木希林と内田裕也はいつ再婚しましたか?
A3:1973年10月です。結婚後は短期間の同居を経て別居生活となり、その後も長年にわたって婚姻関係を維持しました。
Q4:内田裕也が離婚届を勝手に提出したのは本当ですか?
A4:本当です。1981年、内田裕也が樹木希林に無断で離婚届を提出しました。樹木希林は離婚を認めず、離婚無効訴訟を起こして勝訴しています。
Q5:樹木希林と内田裕也の間に子供はいますか?
A5:長女の内田也哉子が1人います。1976年2月11日生まれで、エッセイストや翻訳家などとして活動しています。俳優の本木雅弘は也哉子の夫で、樹木希林の娘婿です。
Q6:樹木希林と内田裕也は最後まで離婚しなかったのですか?
A6:はい。1981年の離婚無効訴訟で離婚届による離婚が無効となり、その後も婚姻関係は続きました。樹木希林が2018年に亡くなった時点でも夫婦でした。
Q7:2026年現在、樹木希林の旦那は存命ですか?
A7:いいえ。樹木希林は2018年9月15日に75歳で亡くなり、夫の内田裕也も2019年3月17日に79歳で亡くなっています。
樹木希林の結婚歴は、俳優・岸田森との最初の結婚と離婚、そしてロックミュージシャン・内田裕也との再婚という2つの大きな節目で構成されています。
岸田森とは1964年に結婚し、1968年に離婚。その後、1973年10月に内田裕也と再婚しました。
内田裕也とは結婚後まもなく別居し、1981年には無断で提出された離婚届をめぐって離婚無効訴訟を起こしています。裁判で勝訴した後も別居生活は続きましたが、2018年に樹木希林が亡くなるまで婚姻関係は維持されました。
2人の間には娘の内田也哉子がおり、母親が仕事と子育てを担う家庭で育ちました。娘の回想や樹木希林本人のインタビューからは、一般的な夫婦像とは異なる、2人なりの関係性が浮かび上がります。
2026年現在、樹木希林の最後の夫は内田裕也であり、2人ともすでに故人です。
長年の別居や離婚騒動だけに注目すると、2人の結婚生活は不思議に映るかもしれません。しかし、本人の言葉をたどると、結婚や家族に対する価値観は一つではないという、樹木希林らしい人生観が見えてきます。