ホーム 芸能人プロフィール・現在 【加賀まりこの現在の夫】事実婚のパートナー・清弘誠とは?

【加賀まりこの現在の夫】事実婚のパートナー・清弘誠とは?

天音 りお 天音 りお • 更新: • 公開: • 読了約 14 分
目次

加賀まりこさんの現在のパートナーは、演出家の清弘誠(きよひろ・まこと)さんです。TBSでドラマ演出などを手がけた人物で、加賀さんとは20年以上にわたって親密な関係を続けています。

2026年1月26日放送の「徹子の部屋」でも、清弘さんとの暮らしについて話題になりました。加賀さんはパートナーと散歩をしたり、一緒に外食したりする生活を送っていると紹介されています。

2026年1月の番組関連報道では、清弘さんは75歳と紹介されました。82歳の加賀さんより7歳年下です。冨士眞奈美さんも、加賀さんのパートナーについて「いいの見つけたわね」と祝福したことが報じられています。

2人の関係は、一般的な法律婚とは異なる事実婚です。加賀さんは2021年10月放送のフジテレビ系「ボクらの時代」で、パートナーとの関係が19年目になったことを明かしました。

交際の始まりについては、55歳頃に加賀さんから積極的にアプローチしたものの、すぐには受け入れてもらえず、5年後の60歳頃に関係が進展したと説明しています。

事実婚を選んだ理由についても、加賀さんは「籍入れるなんていつでも出来るけど、なんかそれがそんなに大事だと思っていないので」という趣旨の発言をしています。婚姻届を提出することよりも、2人が心地よく暮らせる関係を重視してきたことが分かります。

したがって、「加賀まりこの現在の夫は誰?」という疑問への答えは、清弘誠さん。ただし、法律上の夫ではなく、長年連れ添う事実婚のパートナーというのが正確な説明です。

【加賀まりこの結婚歴】元夫・高田明侑との結婚と離婚を時系列で整理

加賀まりこ現在

加賀まりこさんの結婚歴で、法律上の結婚として知られているのは、1974年にフジテレビのプロデューサーだった高田明侑さんと結婚したことです。2人は1980年に離婚しています。

映画専門データベースのKINENOTEにも、1974年2月の結婚と1980年3月の離婚が記録されています。現在のパートナーとの事実婚と混同しないよう、結婚歴を整理しておきましょう。

時期 出来事 相手・関係
1972年2月 未婚で女児を出産 父親は公表されていない
1974年2月 結婚 フジテレビのプロデューサー・高田明侑さん
1980年3月 離婚 高田明侑さんとの婚姻関係が終了
2000年代初頭 清弘誠さんとの関係が深まる 現在の事実婚パートナー
2021年10月 事実婚19年目と公表 法律婚ではないことを説明
2026年1月 20年以上続く関係として紹介 演出家・清弘誠さん

高田さんとの離婚理由については、さまざまな情報がネット上で語られています。しかし、本人の確かな発言や信頼できる報道で裏付けられていない事情を、離婚の原因として断定することはできません。

また、現在のパートナーとの事実婚についても、過去の結婚が失敗したから法律婚を避けているといった単純な説明はできません。加賀さん自身が、入籍そのものを人生の必須条件とは考えていないと語っています。

結婚という制度と、実際に一緒に暮らす相手との関係を分けて考えている点が、加賀さんの人生観を理解するうえで重要です。

【石坂浩二との交際の真相】浅丘ルリ子を紹介したのは加賀まりこ?

加賀まりこさんの恋愛遍歴で、現在も関心を集めるのが俳優・石坂浩二さんとの交際です。

2人は若い頃に親密な関係にありました。テレビ朝日のインタビュー番組関連資料でも、石坂さん自身が加賀さんとの交際秘話を語ることが紹介されています。単なる芸能界の噂ではなく、過去に恋人関係だったことは複数の報道で確認できます。

さらに興味深いのは、加賀さんが石坂さんに女優の浅丘ルリ子さんを紹介したというエピソードです。

2013年の女性自身の取材では、浅丘さんの自伝に記された石坂さんとの出会いが取り上げられています。浅丘さんは、加賀さんから石坂さんが自分のファンで、一度会いたがっていると伝えられたことを振り返っています。

2017年のananのインタビューでも、浅丘さん自身が石坂さんを紹介したのは加賀さんだったと語っています。さらに、加賀さんと石坂さんが恋人だった過去についても認めています。

つまり、加賀さんと浅丘さんは、同じ男性をめぐって対立する関係だったという単純な構図ではありません。加賀さんが浅丘さんに石坂さんを紹介したという、意外な交友関係があったのです。

その後、石坂さんと浅丘さんは1971年に結婚し、2000年に離婚しました。

2017年のテレビ朝日系ドラマ「やすらぎの郷」では、石坂さん、浅丘さん、加賀さんの3人が共演。過去の恋愛関係を知る視聴者にとって、3人が同じ作品に出演することは大きな話題になりました。

加賀さんと浅丘さんは、仕事だけでなくプライベートでも親しく交流してきたことを明かしています。2017年のテレビ出演では、一緒に美容院に行ったり、映画や芝居を観たり、食事をしたりする関係だと語っていました。

石坂さんとの過去の交際は事実ですが、現在も恋愛関係にあるという情報はありません。過去の恋愛と現在の人間関係を区別することが大切です。

【加賀まりこの子供・娘】未婚で出産を決意した1972年の出来事

加賀まりこさんの人生を振り返るうえで欠かせないのが、1972年の出産です。

当時、加賀さんは結婚していない状態で妊娠し、シングルマザーとして子供を産み育てる決意をしました。現在のように多様な家族の形が広く受け止められていた時代ではなく、未婚の女性が出産することに対する社会的な風当たりも強かった時期です。

しかし、加賀さんは出産することを選びました。娘は1972年2月に生まれましたが、生後わずか7時間で亡くなっています。

この出来事について、加賀さんは2023年12月20日放送のNHK「あさイチ」で、自らの経験を振り返りました。

子供を産んで育て、責任を持って愛情を注ぐ母親としての生活に憧れていたことを明かし、出産後の娘との別れについても語っています。

また、当時は周囲から批判されることもあったものの、出産を決意した背景には、自分の人生を自分で選びたいという思いがありました。

娘の父親については公表されていません。亡くなった原因についても、本人が公表した情報以上の詳細は明らかになっていません。

この経験は、加賀さんの人生観にも影響を与えた出来事として知られています。番組では、つらい経験を経て、世間が考える「普通」の人生に無理に合わせる必要はないと考えるようになったことを語りました。

娘を失った経験を、単なる芸能ニュースとして消費するのではなく、本人が長い時間を経て語った人生の一部として受け止めたいところです。

【若い頃の加賀まりこ】和製ブリジット・バルドーと呼ばれた女優時代

加賀まりこさんは1943年12月11日、東京都で生まれました。本名は加賀雅子(かが・まさこ)です。

芸能界入りは17歳の頃。高校在学中にスカウトされ、1960年にテレビドラマ『東京タワーは知っている』でデビューしました。1962年には映画『涙を、獅子のたて髪に』でスクリーンデビューを果たしています。

若い頃の加賀さんは、当時の日本の女優の中でも際立った個性を持っていました。大きな瞳と華やかな顔立ち、自由奔放な言動から「小悪魔」「和製ブリジット・バルドー」と呼ばれるようになります。

1960年代には映画『月曜日のユカ』『乾いた花』などに出演。特に『月曜日のユカ』は、加賀さんの若い頃を代表する作品として知られています。

20歳頃には芸能界から一時距離を置き、フランス・パリへ渡った経験もあります。2026年4月放送のBS12の番組では、当時は芸能界を引退するつもりで日本を離れたことを振り返りました。

その後、劇団四季の舞台『オンディーヌ』などを経て女優活動を再開。映画、テレビ、舞台と活動の幅を広げていきました。

若い頃の美貌だけで評価される女優ではなく、年齢を重ねるにつれて役柄の幅を広げ、個性的な演技で存在感を発揮してきたことも加賀さんの特徴です。

主な出演作品を挙げると、次のようになります。

  • 『月曜日のユカ』:1960年代を代表する出演映画
  • 『乾いた花』:篠田正浩監督作品
  • 『泥の河』:小栗康平監督作品
  • 『花より男子』シリーズ:TBS系ドラマで存在感を発揮
  • 『やすらぎの郷』:2017年のテレビ朝日系ドラマ
  • 『梅切らぬバカ』:2021年公開の主演映画

特に『梅切らぬバカ』は、2021年に公開された作品で、加賀さんにとって54年ぶりの主演映画として紹介されました。年齢を重ねても主演を務める力を持ち続けていることを示す作品です。

プロフィール上の所属先は有限会社活動屋とされています。映画やドラマの出演に加えて、司会やトーク番組でも独自の存在感を発揮してきました。

「和製ブリジット・バルドー」という呼び名は、単なる容姿の比較にとどまりません。当時の日本の芸能界では珍しかった、自分の感性を優先する自由な振る舞いも含めて、加賀さんの個性を象徴する表現として定着しました。

【冨士眞奈美・吉行和子との関係】長年続いた女優仲間との友情

加賀まりこさんの交友関係でよく知られているのが、女優の冨士眞奈美さんと吉行和子さんです。

冨士さんとは60年来の親友として知られています。2026年1月26日放送の「徹子の部屋」では、2人がそろって出演し、若い頃からの交流や互いの家を行き来していた思い出を語りました。

加賀さんが冨士さんの家に遊びに行き、お腹が空いたと食事を楽しんでいたエピソードなど、長年の親交を感じさせる話題も紹介されました。

また、吉行和子さんも2人にとって大切な友人でした。吉行さんは2025年9月2日に90歳で亡くなっています。2026年の番組では、吉行さんとの思い出や、亡くなったことを知った際の出来事についても語られました。

加賀さんは、吉行さんと冨士さんとの交流を通じて、女優同士でありながら仕事だけに限定されない長い友情を築いてきました。

若い頃から自由な生き方を貫いてきた加賀さんにとって、こうした友人との関係も人生を支える大切な要素だったのでしょう。

【加賀まりこ現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:加賀まりこは2026年現在何歳ですか?
A1:1943年12月11日生まれで、2026年10月31日現在は82歳です。2026年12月11日に83歳を迎えます。

Q2:加賀まりこの現在の夫は誰ですか?
A2:演出家の清弘誠さんです。20年以上にわたって事実婚関係を続けています。ただし、法律上の夫婦ではありません。

Q3:加賀まりこの元夫は誰ですか?
A3:フジテレビのプロデューサーだった高田明侑さんです。1974年2月に結婚し、1980年3月に離婚しました。

Q4:加賀まりこと石坂浩二は結婚していたのですか?
A4:結婚していません。若い頃に恋人関係にあったことが報じられています。石坂さんに浅丘ルリ子さんを紹介したのも加賀さんです。

Q5:加賀まりこには子供がいますか?
A5:1972年に未婚で女児を出産しましたが、娘は生後7時間で亡くなりました。この経験を本人がNHK「あさイチ」などで振り返っています。

Q6:加賀まりこの代表作は何ですか?
A6:映画では『月曜日のユカ』『乾いた花』『泥の河』『梅切らぬバカ』、テレビドラマでは『花より男子』シリーズや『やすらぎの郷』などが知られています。

2026年10月現在、82歳の加賀まりこさんは、女優として長いキャリアを築きながら、現在も清弘誠さんとの事実婚関係を続けています。

結婚歴を整理すると、1974年に高田明侑さんと結婚し、1980年に離婚。その後、現在のパートナーである清弘誠さんと20年以上にわたって生活をともにしています。

石坂浩二さんとの過去の交際や、浅丘ルリ子さんとの友人関係、1972年の出産と娘との別れなど、加賀さんの人生にはさまざまな転機がありました。

一方、女優としては17歳でデビューし、『月曜日のユカ』などで若い頃から注目を集め、映画『梅切らぬバカ』など後年の作品でも存在感を示してきました。

加賀まりこさんの現在を理解するうえで押さえたいポイントは、次の3つです。

  • 年齢と仕事:82歳になった2026年も、テレビ番組などで自身の経験や暮らしについて語っている。
  • 結婚とパートナー:元夫は高田明侑さん。現在の清弘誠さんとは法律婚ではなく事実婚を選択している。
  • 女優としての評価:若い頃の美貌だけでなく、作品ごとに異なる役柄を演じてきた長年の実績がある。

加賀まりこさんの魅力は、若い頃の華やかなイメージだけでは語りきれません。結婚や出産、別れを経験しながらも、自分の感性を大切にし、仕事と私生活の両方で自分らしい選択を重ねてきたことにあります。

82歳を迎えた現在も、長年のパートナーや友人との交流を大切にする姿は、加賀まりこさんという女優の人生を象徴するものです。これからの出演作やテレビでの発言にも注目が集まります。

主な参考資料: スポーツニッポン(2026年1月・4月、2021年10月)、テレビ朝日「徹子の部屋」関連番組情報、テレビ朝日POST、NHK「あさイチ」出演に関する日刊スポーツ報道、KINENOTE、女性自身、anan。

同じカテゴリの記事

天音 りお

映画ライター歴9年。劇場公開情報と配信開始日を公式サイトで確認し、あらすじはネタバレ範囲を分けて構成しています。

おすすめの関連記事