則本昂大は、2013年から2025年までの13シーズンにわたり、東北楽天ゴールデンイーグルスの主力投手として活躍した右腕だ。新人王、5年連続最多奪三振、NPB記録となる8試合連続2桁奪三振など、楽天の歴史に残る実績を積み重ねてきた。2025年には自己最多となる56試合に登板し、救援投手としてチームを支えたが、シーズン終了後に海外FA権を行使。2026年からは読売ジャイアンツで新たなキャリアをスタートさせている。
気になるのは、楽天を離れた理由だけではない。先発から抑えへ転向した背景、2025年の56試合登板の意味、巨人移籍を決断した経緯、そして2026年シーズンの最新成績も知りたいところだ。NPB公式の年度別記録と球団発表、移籍に関する報道をもとに、楽天時代から現在までの歩みを整理する。
【楽天在籍は2013〜2025年】則本昂大のプロフィールと13年間の経歴

則本昂大(のりもと・たかひろ)は1990年12月17日生まれ、滋賀県出身のプロ野球投手。右投左打、身長178cmの本格派右腕で、2012年のドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスから2位指名を受けた。
高校は八幡商業高校、大学は三重中京大学。大学時代から高い奪三振能力を示し、プロ入り後は1年目から先発ローテーションの中心を担った。楽天球団の選手名鑑にも、八幡商業高、三重中京大を経て2013年に楽天へ入団した経歴が掲載されている。
楽天での在籍期間は2013年から2025年まで。2026年は読売ジャイアンツ所属となっており、球団をまたいだキャリアの転換点を迎えた。
則本昂大の年度別成績・所属球団一覧NPB公式の個人年度別成績から、プロ入り後の主な投手成績を年度ごとに整理した。登板数、勝敗、セーブ、奪三振、防御率を比較すると、先発中心だった時代と救援へ転向した後の違いが明確になる。
| 年度 | 所属球団 | 登板 | 勝敗 | セーブ | 奪三振 | 防御率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013 | 楽天 | 27 | 15勝8敗 | 0 | 134 | 3.34 |
| 2014 | 楽天 | 30 | 14勝10敗 | 0 | 204 | 3.02 |
| 2015 | 楽天 | 28 | 10勝11敗 | 0 | 215 | 2.91 |
| 2016 | 楽天 | 28 | 11勝11敗 | 0 | 216 | 2.91 |
| 2017 | 楽天 | 25 | 15勝7敗 | 0 | 222 | 2.57 |
| 2018 | 楽天 | 27 | 10勝11敗 | 0 | 187 | 3.69 |
| 2019 | 楽天 | 12 | 5勝5敗 | 0 | 67 | 2.78 |
| 2020 | 楽天 | 18 | 5勝7敗 | 0 | 105 | 3.96 |
| 2021 | 楽天 | 23 | 11勝5敗 | 0 | 152 | 3.17 |
| 2022 | 楽天 | 21 | 10勝8敗 | 0 | 104 | 3.53 |
| 2023 | 楽天 | 24 | 8勝8敗 | 0 | 111 | 2.61 |
| 2024 | 楽天 | 54 | 3勝4敗 | 32 | 44 | 3.46 |
| 2025 | 楽天 | 56 | 3勝4敗 | 16 | 43 | 3.05 |
| 2026 | 巨人 | 18 | 3勝4敗 | 0 | 43 | 4.72 |
出典:日本野球機構(NPB)公式・個人年度別成績。2026年はレギュラーシーズン終了時の数値。
表から読み取れるのは、則本の役割がキャリアの途中で大きく変化していることだ。2013年から2023年までは先発投手として勝利数と投球回を積み重ね、2024年以降は救援投手としてセーブやホールドを記録している。
楽天での13年間は、単に同じチームに長く所属した期間ではない。先発投手としての全盛期を築き、その後は新しい役割に適応した期間でもあった。
弟・則本佳樹も楽天に所属していた則本昂大には、プロ野球選手として楽天に所属していた弟の則本佳樹がいる。佳樹は2018年のドラフト会議で楽天から育成2位指名を受け、2019年から2021年まで育成選手として在籍した。
兄弟が同じ球団のユニフォームを着ることになり、当時は兄弟そろっての一軍登板にも期待が集まった。しかし、佳樹は支配下登録をつかめず、2021年10月に球団から翌シーズンの育成契約を結ばない旨を伝えられている。
したがって、則本昂大の楽天時代を振り返る際には、弟も同じ球団に在籍していたというエピソードを押さえておきたい。ただし、兄弟で一軍の公式戦に登板したわけではない。
【楽天時代の評判と評価】新人王から5年連続奪三振王へ
則本昂大が楽天で高く評価された理由は、デビュー直後から結果を残し続けたことにある。2013年のプロ1年目は27試合に登板して15勝8敗、防御率3.34を記録。新人ながら先発陣の柱となり、パ・リーグの最優秀新人に選ばれた。
2014年には14勝を挙げ、202回2/3を投げて204奪三振を記録。2015年は215奪三振、2016年は216奪三振と、三振を奪う能力を継続して発揮した。
さらに2017年には222奪三振をマーク。2014年から2018年まで、5年連続で最多三振奪取投手のタイトルを獲得している。これは楽天の選手名鑑にも記載されている代表的な実績だ。
則本の投球スタイルを支えた強気の攻め則本の持ち味は、力強いストレートを軸に打者へ積極的に勝負を仕掛ける投球だ。スポーツナビの選手紹介でも、強気に攻める右腕として紹介されている。
奪三振数は投手の能力を測る重要な指標の一つだが、則本の場合は長いイニングを投げながら三振を積み重ねた点にも価値がある。
2014年には202回2/3、2015年には194回2/3、2016年には195回を投げた。先発投手として年間を通じて試合をつくる能力と、打者を三振に仕留める能力を兼ね備えていた。
また、2021年には11勝5敗、防御率3.17を記録。2023年も155イニングを投げて防御率2.61と安定した数字を残している。
こうした実績を踏まえると、楽天時代の則本に対する評価は、単に奪三振の多い投手というものではない。長期間にわたって先発ローテーションを支え、チームの投手陣を牽引した存在だったことが大きい。
【NPB記録】8試合連続2桁奪三振は2017年に達成
則本昂大の名前をプロ野球の歴史に刻んだ記録の一つが、8試合連続2桁奪三振だ。
この記録は2017年4月19日の西武戦から始まり、同年6月8日のDeNA戦まで続いた。NPB公式の2017年シーズン記録にも、プロ野球新記録として掲載されている。
野茂英雄の記録を超えた歴史的な奪三振記録それまでのプロ野球記録は、1991年に近鉄の野茂英雄が達成した6試合連続2桁奪三振だった。
則本は2017年6月1日の登板で、この6試合連続という記録を上回り、新記録を樹立。その後も記録を伸ばし、最終的に8試合連続まで到達した。
重要なのは、単に一試合で多くの三振を奪ったのではなく、複数試合にわたって同じ水準の奪三振能力を発揮した点だ。相手打線が対策を講じる中で記録を更新したことは、投手としての高い完成度を示している。
NPBから特別表彰を受けた実績この偉業はNPBからも評価され、2017年度のコミッショナー特別表彰で特別賞を受賞した。日本野球機構は、プロ野球新記録となる8試合連続二桁奪三振の達成を表彰理由として公表している。
同じ2017年には年間222奪三振を記録し、4年連続200奪三振も達成。奪三振という分野で、則本が当時の球界を代表する投手だったことを示すシーズンになった。
そのため、則本昂大のNPB投手記録を調べる場合、8試合連続2桁奪三振は欠かせない実績だ。楽天時代を象徴する記録であり、2026年に巨人へ移籍した後も語り継がれるキャリアのハイライトである。
【2024〜2025年】先発から救援へ転向、自己最多56試合登板を達成
則本昂大のキャリアにおける大きな転換点は、2024年の救援転向だった。
長年、楽天の先発ローテーションを担ってきた右腕は、2024年から抑えとして起用されるようになった。先発投手として培った経験を生かしながら、試合終盤の重要な場面を任される役割へと変わった。
2024年は32セーブで最多セーブ投手に2024年の則本は54試合に登板し、3勝4敗32セーブ、4ホールド、防御率3.46を記録した。
32セーブはリーグ最多であり、最多セーブ投手のタイトルを獲得。先発時代に培った経験を救援でも発揮し、新しい役割で結果を残した。
先発投手と抑え投手では、求められる準備や試合への入り方が異なる。先発は長いイニングを見据えた配球と体力配分が重要になる一方、抑えは限られたイニングで失点を防ぐ集中力が問われる。
則本はこの役割の違いに対応し、楽天の終盤を支える存在となった。
2025年は自己最多56試合に登板楽天での最終シーズンとなった2025年は、自己最多となる56試合に登板。3勝4敗16セーブ、10ホールド、防御率3.05、投球回56回という成績を残した。
2024年の32セーブからセーブ数は減少したものの、ホールドも記録しながら年間を通じて救援陣を支えた。スポーツナビの選手紹介でも、シーズン終盤には調子を落としたものの、年間を通してブルペンを支えたと評価されている。
ここで注意したいのは、56試合登板を56試合先発と混同しないことだ。2025年の則本は救援投手として起用されており、56試合という数字はリリーフとしての登板数を示している。
また、登板数だけで投手の貢献度を判断するのも適切ではない。56試合に登板し、防御率3.05を維持したことに加え、セーブとホールドの両方を記録した点が、最終年の働きを評価するうえで重要になる。
楽天での最後のシーズンに自己最多登板を記録したことは、長年チームを支えた則本らしいキャリアの締めくくりだった。
【楽天退団の経緯】海外FA権を行使して巨人移籍を決断した理由
則本昂大が楽天を退団した直接の経緯は、海外FA権の行使だ。2025年シーズン終了後、楽天との7年契約が満了するタイミングで海外FA権を行使し、新天地を探すことになった。
つまり、球団から戦力外通告を受けて退団したわけではない。自身が保有するFA権を使い、今後のキャリアを自ら選択する形での移籍だった。
最初の希望はメジャーリーグ挑戦2025年11月に海外FA権の行使を宣言した則本は、当初からメジャーリーグ移籍を視野に入れていた。
2025年12月21日に仙台で開催されたファン交流イベントでは、楽天で過ごした13年間を振り返り、今後は楽天の選手ではなくなる可能性が高いことを示唆した。
同日の取材でも、米国でプレーすることを第一希望として動いていると説明。楽天への感謝を示しながら、新しい環境に挑戦する意思を明らかにした。
2026年1月にはMLB球団からメジャー契約の提示があったと報道された。しかし、条件や環境面などを総合的に判断し、最終的には米国でのプレーを見送ることになった。
2026年1月16日、読売ジャイアンツとの契約合意2026年1月16日、読売ジャイアンツは海外FA権を行使した則本昂大との契約合意を発表した。
報道によると、契約は3年総額13億円(推定)の大型契約で、背番号は43。複数の球団からオファーがあった中で、巨人を新天地に選んだ。
1月19日の入団会見では、FA宣言後に長い時間悩んだことや、巨人からオファーを受けてうれしかったことを明かしている。また、40歳まで第一線でプレーしたいという思いがあり、複数年契約の提示が心強かったと語った。
巨人には楽天時代のチームメートだった田中将大も在籍しており、再び同じユニフォームでプレーすることになった点も注目された。
今回の移籍を理解するうえで重要なのは、楽天との関係を断ち切るための退団ではなく、FA権を取得した選手が、海外挑戦を含めて自身のキャリアを検討した結果だということだ。
【2026年最新・現在】巨人の則本昂大はどんな成績を残した?
2026年10月31日現在、則本昂大は読売ジャイアンツ所属の投手としてプレーしている。NPB公式の選手情報でも、所属球団は読売、背番号43と記載されている。
2026年シーズンの公式成績は、18試合登板、3勝4敗、1ホールド、61投球回、43奪三振、防御率4.72。楽天時代とは異なる環境で、新しいシーズンを終えた。
楽天最終年と巨人1年目の数字を比較2025年の楽天時代は56試合で防御率3.05だったのに対し、2026年の巨人では18試合、防御率4.72となった。
防御率だけを見ると、楽天最終年より数字を落としたことが分かる。一方、投球回は2025年の56回から2026年の61回に増えている。登板数が減ったからといって、単純に投手としての仕事量が減ったと判断することはできない。
2026年の成績を評価する際には、登板数、防御率だけでなく、投球回や奪三振、起用方法も合わせて確認する必要がある。
2026年シーズン終了時点の通算成績NPB公式の年度別成績によると、2026年シーズン終了時点での通算成績は次のとおりだ。
- 通算登板:391試合
- 通算勝利:123勝
- 通算敗北:103敗
- 通算セーブ:48
- 通算ホールド:15
- 通算奪三振:1847
- 通算防御率:3.17
楽天時代の13年間で築いた実績に、巨人での2026年シーズンの記録が加わった数字だ。通算1847奪三振という実績は、則本が長年にわたって三振を奪い続けてきた投手であることを物語っている。
今後の注目点は、防御率の改善と安定した投球内容を取り戻せるかどうかだ。3年契約の初年度を終えた段階であり、2027年以降の起用方法やパフォーマンスにも関心が集まる。
【則本楽天】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:則本昂大は楽天に何年間在籍していましたか?
A1:2013年から2025年までの13シーズンです。2012年のドラフト2位で楽天に指名され、2013年にプロデビュー。2025年まで先発や抑えとして活躍しました。
Q2:則本昂大はなぜ楽天を退団して巨人に移籍したのですか?
A2:楽天との7年契約が満了した後、2025年オフに海外FA権を行使したためです。当初はメジャーリーグ挑戦を希望していましたが、条件や環境を検討した結果、2026年1月16日に読売ジャイアンツとの契約合意が発表されました。
Q3:則本昂大の8試合連続2桁奪三振とは何ですか?
A3:2017年4月19日の西武戦から6月8日のDeNA戦まで、8試合連続で1試合10奪三振以上を記録したNPBのプロ野球新記録です。それまでの記録は1991年に野茂英雄が達成した6試合連続でした。
則本昂大と楽天の関係を振り返ると、2013年の新人王獲得から2025年の自己最多56試合登板まで、13年間にわたる大きな足跡が見えてくる。
先発時代には5年連続最多奪三振、2017年の8試合連続2桁奪三振という歴史的な記録を残した。2024年には抑えとして32セーブを挙げ、最多セーブ投手のタイトルを獲得。先発から救援へ役割を変えながら、楽天の投手陣を支え続けた。
2025年終了後の退団は、海外FA権を行使した本人のキャリア選択によるものだった。メジャー挑戦を模索した後、2026年1月に読売ジャイアンツへの移籍を決断。背番号43を背負い、新しいチームでの挑戦を始めた。
則本昂大を評価する際に見るべきポイントは、単年の勝敗や防御率だけではない。先発として積み上げた奪三振記録、救援転向後の適応力、そして13年間にわたって楽天の主力を務めた継続性も重要な評価材料となる。
2026年シーズンは防御率4.72という課題を残したが、通算1847奪三振、123勝という実績は変わらない。楽天で築いたキャリアを巨人でどう生かし、残る契約期間でどのような投球を見せるのか。2027年以降も、その動向から目が離せない。
主な参照資料: 日本野球機構(NPB)公式年度別成績・2017年達成記録、東北楽天ゴールデンイーグルス公式選手名鑑、読売ジャイアンツ移籍に関する2026年1月の報道、則本佳樹に関する報道。