御嶽海の母親は、大道マルガリータさんです。1970年にフィリピンで生まれ、若い頃に来日しました。フィリピン出身というルーツを持ちながら、日本で家庭を築き、長野県で息子を育て上げた女性です。
2022年1月の『婦人公論.jp』のインタビューでは、マルガリータさん自身が家族の歩みを語っています。来日のきっかけは、フィリピンのガールズバンドの一員として日本を訪れたことでした。
名古屋で出会ったのが、後に夫となる大道春男さんです。20歳で結婚し、1992年にフィリピンで長男の久司さんを出産。その後、息子が3歳になる頃に日本へ戻り、長野県上松町で暮らすようになりました。
御嶽海はフィリピンで生まれた後、幼少期から長野で育った力士です。日本とフィリピン、双方の文化に触れながら成長した背景には、母親の存在がありました。
大道マルガリータさんのプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 大道マルガリータ |
| 生年 | 1970年 |
| 出身地 | フィリピン |
| 結婚 | 1990年 |
| 夫 | 大道春男さん |
| 子ども | 長男・大道久司さん(御嶽海) |
| 長男の誕生 | 1992年、フィリピン |
| 日本での生活 | 息子が3歳になる頃に来日 |
| 主な居住地 | 長野県上松町 |
| 亡くなった日 | 2025年9月12日 |
| 亡くなった年齢 | 55歳 |
マルガリータさんの生年月日は1970年と紹介されています。亡くなったのは2025年9月12日で、55歳でした。
また、御嶽海の本名は大道久司(おおみち・ひさし)です。四股名の御嶽海だけでなく、本名にも家族の歴史がつながっています。
なお、御嶽海の出身地として知られる長野県上松町と、母親が生まれたフィリピンは区別して理解する必要があります。
【父親と家族】大道春男さんとともに支えた御嶽海の相撲人生

御嶽海の父親は、大道春男さんです。母マルガリータさんとともに息子を育て、幼少期から相撲に取り組む御嶽海を支えてきました。
長野放送の2023年7月の報道によると、春男さんは息子が相撲を始めるきっかけをつくった人物でもあります。御嶽海は父親の勧めもあって地元の相撲大会に参加し、その後、本格的に相撲の道を歩むことになりました。
春男さんが大切にしていたのは、勝負の結果だけではありません。謙虚さや礼儀正しさを重んじ、周囲への感謝を忘れない姿勢を息子に伝えていました。
2022年に御嶽海が大関へ昇進した際、春男さんは出羽海部屋の関係者への感謝を口にしています。息子の成長を自分たちだけの力とは考えず、周囲の支えがあってこそと受け止めていたのです。
父・大道春男さんも2023年に死去春男さんは2023年7月5日、74歳で亡くなりました。日刊スポーツは7月6日、長野県木曽町で亡くなったことを報じています。
御嶽海は名古屋場所を前に父親の訃報を受け、愛知県犬山市の部屋宿舎から長野へ帰省しました。葬儀と告別式では喪主を務め、その後、名古屋場所に備えて部屋へ戻っています。
父親が亡くなった後も、母マルガリータさんは息子の応援を続けていました。しかし、2025年9月には母親も55歳で亡くなります。御嶽海はわずか2年余りの間に、両親との別れを経験することになりました。
【子育てと教育方針】マルガリータさんが御嶽海に伝えた3つの教え
マルガリータさんのインタビューで印象的なのは、息子を力士として成功させることだけを目標にしていなかった点です。
『婦人公論』2018年9月11日号に掲載されたインタビューでは、家庭での教育や息子の進路選択について詳しく語っています。
1.自分のルーツを忘れないこと母親は息子と話す際、基本的にフィリピンのタガログ語を使っていました。自分のルーツを忘れないようにという思いがあったからです。
御嶽海はフィリピンの親戚を訪ねた際、父親と親戚の間で通訳ができるほどタガログ語を話せたといいます。
家庭の中で母親の言語や文化を自然に受け継いできたことは、御嶽海の成長を知るうえで興味深いエピソードです。
2.努力を毎日積み重ねることマルガリータさんによると、御嶽海は小学生の頃から集中力があり、自分で決めたことを守る子どもでした。
特に印象的なのが、相撲クラブでの稽古を終えた後、家でも毎日400回の四股を踏むと決めて実行していたことです。
また、宿題を終えると自分から家の手伝いを探し、玄関掃除や掃除機がけもしていたそうです。父親と一緒に宿題に取り組むことも多かったといいます。
3.自分の人生は自分で決めること御嶽海は東洋大学在学中、学生横綱とアマチュア横綱のタイトルを獲得しました。一方、卒業後は和歌山県庁への就職も予定されていました。
安定した公務員の道と、プロの力士として挑戦する道。息子が進路に迷っていることを感じ取ったマルガリータさんは、本人の気持ちを尊重しました。
御嶽海からプロ入りについて相談された際には、母親として応援する意思を伝えたとインタビューで振り返っています。
彼女の教育方針を象徴するのは、親が子どもの人生を決めるのではなく、本人が後悔しない選択をするべきだという考え方です。
この考え方は、御嶽海がアマチュア相撲から大相撲へ進む大きな転機を支えました。
【親子の絆】母の日の贈り物から優勝時の涙まで、心に残るエピソード
マルガリータさんが多くの相撲ファンに知られるようになった理由の一つは、息子を応援するときの明るく情熱的な姿でした。
本場所の客席で息子の取組を見守り、勝利すれば全身で喜ぶ。優勝が決まった際には投げキッスを送るなど、テレビ中継にもたびたび映る存在でした。
2018年の初優勝では母親も緊張2018年7月の名古屋場所で御嶽海が幕内初優勝を決めた際、マルガリータさんも会場で息子の戦いを見守っていました。
優勝が決まった後の取材では、13日目と14日目はお腹が痛くなるほど緊張したと話しています。
普段は明るい母親でも、息子が優勝争いをする大一番では、観客席から祈るような気持ちで見守っていたことが伝わります。
母親が一番の応援団だった『婦人公論』のインタビューでは、地元の後援会が主催する観戦バスツアーに何度も参加したことも語っています。
2018年の名古屋場所では、初日や2日目、5日目、中日、千秋楽など、複数の日程で会場へ足を運びました。東京での観戦や長野巡業にも参加し、息子を応援することが家族の楽しみになっていました。
また、母親が息子に愛情を直接伝えることを大切にしていた点も特徴的です。別れ際に「アイ・ラブ・ユー」と伝え、御嶽海もそれに応えていたといいます。
2019年に再掲載されたインタビューには、母親が泣き虫であることを息子が理解し、心配しないよう励ましていた様子も残っています。
婦人公論で語った母親の思い2022年1月、御嶽海が3度目の幕内優勝と大関昇進を決めた際にも、マルガリータさんは『婦人公論.jp』の取材に答えています。
このときは息子の結婚も明らかになり、母親として二重の喜びを感じていました。息子の結婚相手とはこれから仲良くなっていきたいという思いも話しています。
このインタビューから見えてくるのは、息子の相撲人生を応援するだけでなく、人生の節目を一緒に喜び、家族の将来を大切にしていた母親の姿です。
【死去の経緯】2025年9月12日に55歳で亡くなった母親の最期
2025年9月12日、大相撲の御嶽海の母親、大道マルガリータさんが亡くなりました。55歳でした。
秋場所の初日を9月14日に控えた時期の訃報であり、相撲界やファンに大きな衝撃を与えました。
日刊スポーツの2025年9月14日の報道によると、御嶽海は母親の容体が急変したとの知らせを受け、長野県上松町の実家に近い病院へ急行しました。母親の死去後、東京に戻って稽古を再開しています。
死去までの経緯とその後の出来事| 日付 | 出来事 | 報道内容 |
|---|---|---|
| 2023年7月5日 | 父・春男さんが死去 | 74歳 |
| 2025年9月11日 | 母の容体が急変 | 御嶽海が病院へ急行 |
| 2025年9月12日 | 母・マルガリータさんが死去 | 55歳 |
| 2025年9月14日 | 秋場所初日 | 御嶽海は出場するも黒星 |
| 2025年9月16日 | 秋場所3日目 | 正代を破り、今場所初白星 |
| 2025年10月 | 秋場所後の取材 | 母を失った悲しみについて胸中を明かす |
| 2026年5月7日 | 日刊スポーツが母の日特集を掲載 | 亡き母への思いを語る |
秋場所への出場については、師匠の出羽海親方も理解を示しました。母親もそれを望んでいるだろうという考えを伝え、土俵に立つことを後押ししています。
御嶽海は母親に関する質問を控えてほしいと報道陣に伝え、相撲に集中する姿勢を示しました。初日は狼雅に敗れたものの、9月16日の3日目には正代を寄り切って初白星を挙げています。
母親の死因は何だった?公表された情報を整理マルガリータさんの死因については、訃報当時のデイリースポーツが「病気で体調が良くないという知らせ」を受けて御嶽海が帰郷したと報じています。また、読売新聞なども急病による搬送を伝えています。
一方、家族や相撲部屋から、具体的な病名を含む詳細な死因が公式発表されたことは確認できません。したがって、公に確認できるのは病気による体調悪化と容体の急変までです。
インターネット上では消化器官の破裂や出血性ショックなど、より具体的な説明を掲載する記事もあります。ただし、病名や発症部位までを家族の公式発表として扱うことはできません。
55歳という若さでの突然の別れだったこと、御嶽海が母親の容体を知ってすぐに帰郷したことは、複数の報道で伝えられています。
母親の死後、御嶽海が語った悲しみ2025年10月には、御嶽海が母親を亡くした後の心境について取材で語っています。秋場所中は相撲に集中するため、母親に関する質問を控えるよう求めていましたが、母親の死が精神面に与えた影響は小さくありませんでした。
2025年9月の秋場所で母親を亡くした後、御嶽海は土俵に立ち続けました。悲しみを抱えながらも、相撲に集中する姿勢を貫いたことが報じられています。
【2026年最新】母の日に御嶽海が語った亡き母への思いと現在
2026年5月7日、日刊スポーツは母の日を前に、御嶽海へ亡き母についてインタビューした記事を掲載しました。
記事のタイトルは「【母の日】御嶽海が天国のマルガリータさんに伝えたいこと『ケガをしないように…』」。2025年9月に母を亡くしてから初めて迎える母の日に近い時期の取材であり、親子の絆を知るうえで重要な報道です。
毎年の母の日に贈っていたもの御嶽海は母の日を毎年大切にしていました。
母親が自宅でテレビ観戦している場合は東京から贈り物を送り、会場に観戦に来ていた年には、宿泊先のホテルにカーネーションを届けたこともあったそうです。
贈り物だけではなく、取組で勝つことも母親へのプレゼントでした。白星と贈り物を組み合わせて感謝を伝えていたのです。
2026年の母の日には、もう直接プレゼントを手渡すことはできません。それでも、御嶽海は白星を届けたいという思いを語っています。
「ずっとそばにいる」という母親への思い日刊スポーツの取材で、御嶽海は母親を亡くしてからの心境について、まだ気持ちが落ち着いてはいないと明かしました。
一方で、母親が今も自分のそばにいるという感覚は変わらないとも話しています。
この言葉には、母親の死を単純に過去の出来事として整理するのではなく、これまで築いてきた親子関係を大切にし続ける気持ちが表れています。
かつて母親は、息子がけがをせずに相撲を取ることを何より願っていました。2026年の母の日の記事でも、その願いが取材の中心に据えられています。
2026年7月の御嶽海の近況2026年7月12日付の地元紙『市民タイムス』も、御嶽海の近況を伝えています。
同紙の取材で御嶽海は、母親を亡くして以降、成績が伸び悩み、精神的にも難しい時期が続いたと振り返りました。一方で、夏場所まで2場所連続で勝ち越したことを手応えとして挙げ、再浮上への意欲を示しています。
本人は、もう一度優勝したいことや三役で相撲を取りたいという目標にも言及しました。
母親を亡くした後も現役力士として歩み続ける御嶽海にとって、母親の応援や教えは、今も大切な心の支えになっているようです。
【御嶽海母親】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:御嶽海の母親の名前は何ですか?
A1:母親の名前は大道マルガリータさんです。フィリピン出身で、1970年生まれ。夫の大道春男さんとともに長野県で御嶽海を育てました。
Q2:マルガリータさんはいつ亡くなりましたか?
A2:2025年9月12日未明に亡くなりました。55歳でした。
Q3:御嶽海の母親の死因は公表されていますか?
A3:報道では病気による体調悪化と急変が伝えられていますが、具体的な病名について家族から公式発表された情報は確認できません。
Q4:御嶽海の母親はフィリピン出身ですか?
A4:はい。1970年にフィリピンで生まれました。フィリピンのガールズバンドの一員として来日し、名古屋で大道春男さんと出会いました。
Q5:御嶽海の父親は誰ですか?
A5:父親は大道春男さんです。2023年7月5日に74歳で亡くなりました。息子が相撲を始めるきっかけをつくり、礼儀や謙虚さを大切にする教育をしていました。
Q6:2026年現在、マルガリータさんはどうしていますか?
A6:2025年9月12日に亡くなっています。2026年5月の日刊スポーツでは、母の日を前に御嶽海が亡き母への思いを語りました。
Q7:マルガリータさんと御嶽海の印象的なエピソードは何ですか?
A7:2018年の名古屋場所で御嶽海が初優勝した際、母親が会場で息子を応援し、緊張でお腹が痛くなるほどだったと語ったことです。また、普段から「アイ・ラブ・ユー」と愛情を直接伝えていた親子関係も知られています。
御嶽海の母親、大道マルガリータさんは、フィリピンから来日し、夫の大道春男さんと長野県で家庭を築いた女性です。息子の幼少期から相撲人生まで、長年にわたって支え続けてきました。
特に印象的なのは、息子の進路を尊重し、プロ入りという大きな決断を応援したことです。日々の努力を大切にする姿勢、周囲への感謝、愛情を言葉で伝えること。その一つ一つが、御嶽海の人間形成に影響を与えてきました。
2025年9月12日、55歳で亡くなったマルガリータさん。2026年5月の日刊スポーツの取材で御嶽海が語ったのは、今も母親がそばにいるという思いでした。
母親の死因については具体的な病名が公表されていない一方、親子の絆や応援のエピソードは過去のインタビューや報道に残されています。
母の日に贈っていた花やプレゼント、そして白星。これからは直接届けることのできない贈り物ですが、母親を思いながら土俵に立つ御嶽海の姿は、マルガリータさんが息子に注いできた愛情を今も伝えています。
一人の母親として、そして相撲ファンから愛された存在として、大道マルガリータさんの歩みは、これからも御嶽海の家族の歴史とともに語り継がれていくでしょう。
主な参考報道・インタビュー
- 『婦人公論.jp』2019年9月22日掲載・大道マルガリータさんの子育てインタビュー(『婦人公論』2018年9月11日号再掲載)
- 『婦人公論.jp』2022年1月27日掲載・御嶽海の大関昇進と結婚に関する母親インタビュー
- 日刊スポーツ、2023年7月6日・大道春男さんの訃報
- 日刊スポーツ、2025年9月14日・御嶽海の母親急逝と秋場所出場
- デイリースポーツ、2025年9月17日・母親への弔いの初白星
- 日刊スポーツ・プレミアム、2026年5月7日・母の日の御嶽海インタビュー
- 『市民タイムス』2026年7月12日・御嶽海の近況と再浮上への意欲