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原大智の競輪経歴と現在は?平昌五輪銅メダルから転身後の成績まで徹底解説

如月 なお 如月 なお • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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原大智の競輪経歴と現在は?平昌五輪銅メダルから転身後の成績まで徹底解説

2018年平昌オリンピックの男子モーグルで銅メダルを獲得した原大智。日本男子モーグル初の五輪表彰台という快挙を成し遂げた彼は、その後、まったく異なる競技である競輪に転身した。2026年現在は日本競輪選手会宮城支部に所属し、日本競輪選手養成所117期出身のS級2班選手として活躍している。

注目すべきなのは、五輪メダリストという実績だけではない。2019年の養成所入所、2020年の競輪デビュー、北京五輪まで続けた二刀流、2022年のモーグル引退、そして2023年の結婚と、その競技人生には大きな転換点がいくつもある。2026年にはミラノ・コルティナ冬季オリンピックのモーグル解説も担当し、競輪以外の活動でも存在感を示した。

この記事では、原大智の競輪経歴や成績、モーグル引退の理由、師匠の和田圭との関係、結婚、冬季のスキー活動までを時系列で整理する。

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> - 競輪選手としての現在: 2026年10月時点でS級2班。日本競輪選手養成所117期、宮城所属で活動している。
> - 競技転身の背景: 平昌五輪銅メダル獲得後、17歳の頃に出会った競輪への挑戦を本格化。北京五輪後の2022年3月にモーグルを引退した。
> - 2026年の活動: 競輪でS級を戦う一方、五輪解説やNSDキッズプログラムのアンバサダーとしても活動している。

【原大智とは何者?】平昌五輪モーグル銅メダリストのプロフィール

原大智競輪

原大智(はら・だいち)は、1997年3月4日生まれ、東京都出身の競輪選手である。

もともとはフリースタイルスキーのモーグル選手として活躍し、2018年の平昌オリンピックで男子モーグルの銅メダルを獲得した。

JOC(日本オリンピック委員会)の記録によると、原は決勝で82.19点を記録。日本男子モーグルとして初めてオリンピックの表彰台に立った選手となった。

その後、競輪選手への転身を決断。日本競輪選手養成所の第117期生として訓練を受け、2020年5月にプロデビューを果たした。

基本プロフィールは次のとおり。

項目 内容
名前 原大智(はら・だいち)
生年月日 1997年3月4日
出身地 東京都
競輪登録地 宮城県
所属 日本競輪選手会宮城支部
期別 117期
登録番号 015418
現在の級班 S級2班
師匠 和田圭(92期)
モーグルの主な実績 2018年平昌五輪銅メダル
北京五輪 2022年男子モーグル7位
競輪デビュー 2020年5月
結婚 2023年

競輪選手としてのプロフィールはKEIRIN.JPに掲載されており、師匠には宮城所属の和田圭が登録されている。

また、エイベックス・ポータルにも公式プロフィールが掲載されており、競輪選手と元モーグル選手という二つの経歴が紹介されている。

【競輪転身の経緯】五輪メダリストが117期に挑戦した理由

原大智が競輪に興味を持ったきっかけは、モーグル日本代表のトレーナーとの出会いだった。

2025年12月に公開されたREAL SPORTSのインタビューによると、原が競輪を紹介されたのは17歳の頃。

当時、モーグルのナショナルチームで関わっていたトレーナーが競輪選手のコンディショニングも担当しており、その縁から自転車競技を知ることになった。

トレーナーから身体能力が競輪に向いていると評価されたことも、挑戦を考えるきっかけになったという。

ただし、五輪メダリストだからといって、すぐに競輪への転身を決めたわけではない。

当初は競輪という新しい世界に対して慎重で、誘いを約2年間断っていたと本人は振り返っている。

競輪に魅力を感じた理由はスピードと将来性

原が惹かれたものの一つは、自転車で生み出されるスピードだった。

モーグルでは雪上のコブを高速で滑りながら、ターンやジャンプの完成度を競う。一方、競輪はバンクを高速で周回し、選手同士の駆け引きや位置取りによって着順が決まる。

競技の仕組みは違うものの、原にとってスピードを追求する面白さは共通する魅力だった。

さらに、競輪への転身には将来を見据えた現実的な判断もあった。

REAL SPORTSのインタビューでは、トップアスリートとして活動できる期間には限りがあり、引退後の仕事や生活を考える必要があることにも触れている。

競輪は競技を続けながら収入を得られる職業でもある。身体を使って新たな目標に挑戦できることが、原にとって大きな魅力になった。

2019年に117期の特別選抜試験に合格

2019年4月5日、JKAは原大智が日本競輪学校(現・日本競輪選手養成所)の第117回男子生徒特別選抜試験に合格したと発表した。

この特別選抜試験は、世界規模の大会などで優秀な実績を残した選手を対象とする制度である。

原は平昌五輪の銅メダリストとして実績を評価され、競輪選手への道を切り開いた。

2019年5月には養成所へ入所。しかし、五輪メダリストという肩書だけで競輪選手になれるほど、養成所の訓練は簡単ではなかった。

本人もREAL SPORTSのインタビューで、長時間の高負荷トレーニングや規律の厳しい寮生活が非常につらかったと振り返っている。

2020年3月に卒業し、同年5月にプロデビュー。ここから本格的な競輪選手としての人生が始まった。

【モーグル引退の理由】北京五輪後に二刀流を終えた決断

原大智の競技人生を理解するうえで重要なのが、モーグルと競輪を同時に続けた二刀流の時期である。

2018年の平昌五輪で銅メダルを獲得した後、競輪選手を目指した原は、競輪の訓練とモーグルの競技活動を並行していた。

2022年の北京オリンピックでは男子モーグル7位に入賞。平昌に続いて世界最高峰の舞台を経験した。

しかし、北京五輪を最後にモーグルから引退し、2022年3月から競輪に専念する道を選んだ。

引退の直接的な理由は二競技の両立の限界

2025年12月のREAL SPORTSのインタビューで、原本人は二つの競技を同時に極め続けることに限界を感じていたと説明している。

当時の練習は非常にハードだった。

競輪の練習を中心にしながら、モーグルのトレーニングも組み込む生活。午前中に自転車の練習を行い、午後はスキーの練習をする日もあったという。

本人の振り返りからも、二刀流が単なる話題づくりではなく、相当な努力と時間管理を必要とする挑戦だったことが分かる。

引退はモーグルへの情熱を失ったからではない。

北京五輪まで挑戦を続けたうえで、今後の競技人生を競輪に集中させるための決断だった。

モーグルで鍛えた精神力は競輪でも生きている

原は競技転身後、競輪の世界で苦労したことも明かしている。

モーグルで五輪メダルを獲得していても、競輪では新人選手としてA級3班からスタートしなければならなかった。

同期が先に昇級していくなか、原は最初のクラスに半期長くとどまった。

それでも競技を続けられた背景には、モーグル時代に培った精神的な強さがあったという。

五輪を目指す過程で経験した挫折やプレッシャーが、競輪の厳しい環境に向き合う力になった。

この経験は、異競技から競輪へ転身するアスリートにとっても興味深い事例である。

【原大智の競輪成績と現在】2026年はS級2班で活躍

2026年10月現在、原大智はS級2班に所属している。

KEIRIN.JPの2026年10月27日更新プロフィールでは、競走得点104.80。脚質は「両」と登録されている。

級班の履歴を見ると、2024年7月にS級2班へ昇格し、2025年7月にA級1班へ。その後、2026年1月に再びS級2班へ復帰した。

一度昇格して終わりではなく、上位クラスで戦い続けるために競走力を高めてきた経過が分かる。

2026年の注目成績は前橋G3の3着

2026年7月22日から24日に開催された前橋G3「ドームスーパーナイトレース」では、予選1着、準決勝2着で決勝に進出した。

決勝では北日本ラインの小堀敢太と連携。小堀が先行する展開となったが、原は谷口遼平、恩田淳平に続く3着でフィニッシュした。

月刊競輪WEBの2026年8月11日付インタビューでは、原自身が脚力不足を課題として挙げている。

同記事によると、2026年前期の平均競走得点は101.54点。好位を確保してから自力を繰り出すレースが増え、1着を奪う場面も目立つようになっていた。

以前は先行を中心とした積極的な走りが特徴だったが、現在は位置取りにもこだわり、レース展開を考えながら走るスタイルへと変化している。

2026年10月末の最新状況

10月5日から7日の奈良F1では、2着、1着、4着と好成績を残した。

一方、10月24日の小松島F1では、8Rの予選で落車棄権となった。

KEIRIN.JPの10月27日更新プロフィールでは、引き続きS級2班、競走得点104.80となっている。

今後の出場予定としては、11月3日からの青森F1、11月12日からの立川G3、11月24日からの松山F1などが掲載されている。

出場予定は変更される可能性があるものの、競輪選手としての活動を継続していることが分かる。

原大智の競輪選手としての評判と評価

原の競輪選手としての評価は、五輪メダリストという知名度だけで判断するべきではない。

注目したいのは、積極的な自力勝負と、近年磨いてきた位置取りの技術である。

2023年の月刊競輪WEBの記事では、予選で突っ張り先行を基本とし、準決勝や決勝でも積極的に主導権を取りに行く姿勢が紹介されていた。

2026年のインタビューでは、位置取りを重視する戦術面の成長が取り上げられている。

また、前橋G3で決勝3着に入ったことは、G3の上位争いに加われる力を示す材料になった。

ただし、G3初優勝にはまだ届いていない。S級で安定して決勝へ進み、優勝争いを続けられるかが今後の評価を左右する。

原大智の競輪選手としての現在地は、五輪メダリストの肩書に頼る段階から、実際の競走成績で評価を高めていく段階へ移っている。

【師匠は和田圭】宮城支部で競輪選手として成長

原大智の競輪人生を語る際に欠かせないのが、師匠の和田圭である。

和田圭は宮城所属の92期選手。原はKEIRIN.JPの公式プロフィールで和田を師匠として登録している。

二人の接点は競輪への転身以前にさかのぼる。

原が17歳の頃、モーグル日本代表のトレーナーを通じて競輪に関心を持つようになったが、そのトレーナーは和田のコンディショニングにも関わっていた。

こうした縁が、原と競輪界を結び付けるきっかけの一つになった。

競輪は個人競技の側面が強い一方、日々の練習では地域の選手同士のつながりが重要になる。

宮城を拠点とする原にとって、同じ地域で活動する和田の存在は、競技技術だけでなく、プロとしての考え方を学ぶうえでも大きな意味を持つ。

2026年現在もS級2班で戦っている原にとって、宮城の競輪選手との連携や練習環境は重要な要素だ。

【2023年に結婚】原大智のプライベートと家族について

原大智は2023年に結婚を発表している。

結婚が明らかになったのは、2023年4月9日に掲載されたnetkeirinのインタビューだった。

記事によると、原は2023年2月27日に入籍していたことを明かした。

入籍から約1か月間は周囲に知らせていなかったといい、結婚によって競技への気持ちが大きく変わったわけではないと話している。

当時は競輪での成績も上向き、S級への昇格を目指していた時期だった。

本人は競技への取り組みを優先しており、新婚旅行についても具体的な予定は立てていないと説明していた。

結婚相手の詳しいプロフィールや職業、家族構成などについては、広く公表された情報は限られている。

2026年現在も、競技生活を中心に活動を続けている原。プライベートの詳細よりも、競輪選手としての実績や活動が公に紹介される機会が多い。

【2026年最新活動】モーグル解説とNSDキッズプログラムにも参加

競輪選手として活動する一方、原大智はモーグルとの関係を完全に断ったわけではない。

2026年には、競技経験を生かした解説活動や子どもたちへのウィンタースポーツ普及にも関わっている。

ミラノ・コルティナ五輪でモーグル解説を担当

2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、原がモーグルの解説者として活動した。

日刊スポーツの2026年2月19日付記事によると、原は五輪期間中に約10回の解説機会を経験したという。

解説者としてトップ選手の滑りを見たことは、自身にとっても大きな刺激になったようだ。

同記事では、五輪解説を通じて再びオリンピックに出たいと思ったことにも触れている。

競技者としての経験を持つ原だからこそ、モーグルの技術や選手心理を理解した解説ができる。

競輪に専念している現在も、かつて世界の舞台で戦った経験が別の形で生きている。

また、J SPORTSの2025/26シーズンのモーグル番組でも解説者として名前が掲載されている。

NSDキッズプログラムのアンバサダーとして子どもたちと交流

原は冬季のスキー普及活動にも携わっている。

日本スキー場開発株式会社が運営するNSDキッズプログラムでは、子どもたちが雪山に親しむための取り組みを行っている。

2026年9月現在の公式アンバサダー一覧には原大智の名前が掲載されている。

同プログラムでは、元日本代表選手やメダリストと子どもたちが一緒に滑る「一緒に滑ろう!」などの交流企画を実施している。

また、スキー・スノーボード大会やキッズキャンプなども展開されている。

原にとって、モーグルで培った経験を次世代に伝える機会にもなっている。

競輪選手としての活動と、冬季競技の普及活動を組み合わせている点は、原の現在のキャリアを特徴付ける部分だ。

エイベックス・マネジメント・エージェンシーとの関係

原大智は競技活動だけでなく、メディア出演や解説などの活動も行っている。

2026年2月の競輪関連報道では、エイベックスとのマネジメント契約について本人が言及している。

エイベックス・ポータルにも原の公式プロフィールが掲載され、平昌五輪銅メダリスト、競輪選手という経歴が紹介されている。

こうしたマネジメント面の活動は、競輪とモーグルの両方で知名度を持つ原ならではの特徴といえる。

競輪のレースに出場するだけでなく、スポーツ解説や子ども向けの普及活動にも関わることで、競技の枠を越えた活動の幅を広げている。

【プロの結論】原大智の競技人生から見える3つの注目ポイント

原大智の歩みを振り返ると、単なる五輪メダリストの競輪転身では説明できない特徴が見えてくる。

1. 五輪メダル獲得後も新しい競技に挑戦したこと

平昌五輪の銅メダルは、モーグル選手としての大きな到達点だった。しかし、原はそこで競技人生を終わらせず、競輪という別の世界に挑戦した。

特別選抜試験による入所であっても、養成所では厳しい訓練が待っていた。五輪の実績が競輪での即戦力を保証するわけではないことを、自身の経験で示している。

2. 二刀流を終える決断が競技人生を前進させたこと

2022年3月のモーグル引退は、二つの競技を中途半端に続けるのではなく、競輪に集中するための選択だった。

2024年のS級昇格、2025年のA級1班への降格、2026年のS級2班復帰という推移からも、プロ競輪選手として継続的に挑戦していることが分かる。

3. 競技経験を次世代やメディアへ還元していること

モーグル解説やNSDキッズプログラムのアンバサダー活動は、競技者としての経験を社会に還元する取り組みでもある。

競輪での活躍を目指しながら、冬季競技の魅力を伝える役割も担う。こうした活動は、競技転身後のアスリートが持つ可能性を広げる事例として注目できる。

今後の注目点は、S級での安定した成績とG3初優勝への挑戦だ。五輪メダリストという過去の実績だけでなく、競輪選手としてどこまで上を目指せるかが原の次のテーマになる。

【原大智競輪】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:原大智は現在も競輪選手として活動していますか?

A1:はい。2026年10月時点で日本競輪選手会宮城支部所属のS級2班として活動しています。KEIRIN.JPの10月27日更新プロフィールでは競走得点104.80となっています。

Q2:原大智がモーグルを引退した理由は何ですか?

A2:モーグルと競輪の二競技を同時に極め続けることに限界を感じたためです。2022年の北京オリンピックで7位に入賞した後、同年3月にモーグルを引退し、競輪に専念しました。

Q3:原大智の競輪の師匠は誰ですか?

A3:宮城所属の和田圭(92期)です。KEIRIN.JPの公式選手プロフィールにも師匠として登録されています。

Q4:原大智は結婚していますか?

A4:はい。2023年2月27日に入籍し、同年4月9日の競輪関連インタビューで結婚を公表しました。

Q5:原大智は2026年もモーグルに関わっていますか?

A5:はい。2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピックではモーグル解説を担当しました。また、NSDキッズプログラムの2026-2027シーズンのアンバサダーにも就任しています。

Q6:原大智の平昌オリンピックでの成績は?

A6:2018年の平昌オリンピック男子モーグルで82.19点を記録し、銅メダルを獲得しました。日本男子モーグル初の五輪表彰台という歴史的な成績です。

原大智は、2018年平昌オリンピックの男子モーグル銅メダリストから競輪選手へ転身した異色のアスリートである。

2019年に日本競輪選手養成所117期へ入所し、2020年5月にプロデビュー。和田圭を師匠とする宮城所属の選手として経験を積み、2026年にはS級2班に復帰している。

2022年3月のモーグル引退は、二刀流の限界を受け止め、競輪に集中するための決断だった。

2023年には結婚を発表し、2026年には五輪解説やNSDキッズプログラムのアンバサダーとしても活動している。

今後の焦点は、S級でのさらなる成績向上とG3初優勝、そして競輪界での存在感をどこまで高められるかだ。

平昌五輪で日本男子モーグルの歴史を変えた原大智は、現在、競輪という新たな舞台で自分自身の可能性を追い続けている。

主な確認資料: JOC、KEIRIN.JP、JKA、月刊競輪WEB、REAL SPORTS、netkeirin、日刊スポーツ、日本スキー場開発株式会社、エイベックス・ポータルの公開情報を参照。

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コンテンツディレクター 如月 なお
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アイドルグループのリリース情報とライブ告知を追いかけて8年。卒業や加入の発表は必ず公式発表の日付とあわせて記録しています。

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