ホーム スポーツ 城福浩の経歴と現在は?富士通時代からJリーグでの実績、実兄・城福敬との関係を徹底解説

城福浩の経歴と現在は?富士通時代からJリーグでの実績、実兄・城福敬との関係を徹底解説

水沢 絵理香 水沢 絵理香 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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城福浩(じょうふく・ひろし)氏は、1961年3月21日生まれ、徳島県徳島市出身の元サッカー選手であり、Jリーグを中心に豊富な指導経験を持つサッカー指導者です。早稲田大学卒業後の1983年に富士通へ入社し、富士通サッカー部で選手として活動。その後、育成年代の日本代表監督やFC東京、ヴァンフォーレ甲府、サンフレッチェ広島、東京ヴェルディなどの指揮官を歴任しました。

2026年10月には、長年率いた東京ヴェルディとの契約が解除され、新たな活動にも関心が集まっています。また、実兄の城福敬氏も高校サッカーの指導者として知られ、仙台育英高校男子サッカー部の監督を務めた人物です。選手時代から現在までの歩みを振り返ると、城福浩氏がどのように指導者としてのキャリアを築いてきたのかが見えてきます。

【城福浩のプロフィール】生年月日・出身地・学歴など基本情報

城福浩

城福浩氏は、徳島県徳島市で生まれ育ったサッカー指導者です。現役時代には企業チームでプレーし、引退後は育成年代の指導からJリーグのトップチーム監督まで幅広い経験を積んできました。

FC東京や東京ヴェルディなどの公式プロフィールでも、生年月日や出身地、選手歴、指導歴が公表されています。

基本プロフィールを整理すると、次のとおりです。

  • 名前:城福浩(じょうふく・ひろし)
  • 生年月日:1961年3月21日
  • 年齢:65歳(2026年10月31日現在)
  • 出身地:徳島県徳島市
  • 出身高校:徳島県立城北高等学校
  • 出身大学:早稲田大学教育学部
  • 選手歴:富士通サッカー部、エリースFC
  • 指導者資格:日本サッカー協会公認S級コーチライセンス
  • 主な指導クラブ:FC東京、ヴァンフォーレ甲府、サンフレッチェ広島、東京ヴェルディ

1979年に徳島県立城北高等学校を卒業し、1983年には早稲田大学教育学部を卒業。同年、富士通株式会社へ入社しています。

城福氏の経歴で特徴的なのは、大学卒業後すぐにプロサッカーの指導者になったわけではないことです。企業に所属しながら選手として競技を続け、その後、指導者へと転身しました。

この企業スポーツでの経験は、後年の指導者としてのキャリアを理解するうえでも興味深い部分です。

【選手時代の経歴】1983年から富士通サッカー部でプレー

城福浩氏のサッカー人生を語るうえで欠かせないのが、1983年に加入した富士通サッカー部です。

当時の富士通サッカー部は、日本サッカーリーグ(JSL)2部に所属する企業チームでした。現在のJリーグとは異なり、企業に所属する選手が仕事と競技を両立する企業スポーツの時代です。

城福氏は早稲田大学を卒業した1983年に富士通株式会社へ入社し、同社のサッカー部でプレーを始めました。

富士通サッカー部での選手歴

東京ヴェルディが公表した選手歴によると、城福氏の富士通サッカー部での在籍期間は1983年から1989年までです。JSL2部という競争環境で経験を積み、選手としての基礎を築きました。

日刊スポーツの人物紹介記事では、城福氏が富士通時代に主将も務めたことが紹介されています。また、勤務を終えてから練習に参加する企業チーム特有の生活についても取り上げられています。

当時のサッカー界では、現在のように選手が競技だけに専念できる環境が一般的ではありませんでした。仕事とサッカーを両立しながら競技力を高める経験は、城福氏のキャリアを形づくった重要な時期です。

1989年以降はエリースFCへ

富士通サッカー部での活動を経て、1989年から1993年まではエリースFCに所属しました。

その後は指導者としての道へ進みます。1993年から1995年までは富士通サッカー部のコーチを務め、1996年には同チームの監督に就任しました。

つまり、富士通は城福氏にとって単なる選手時代の所属先ではありません。選手としての経験を積み、コーチとして指導を学び、監督としてチームを率いるまでのキャリアの出発点でもありました。

【城福浩の指導歴・経歴年表】育成年代からJリーグ監督へ

城福浩氏の指導者としての経歴には、育成年代の日本代表とJリーグのクラブチームという、異なるカテゴリーでの経験が含まれています。

特にFC東京では、育成部門の責任者として長く活動した後、トップチームの監督を務めました。若手選手の育成からプロチームの勝敗を背負う立場まで経験している点が特徴です。

主な経歴を時系列で整理
時期 所属・役職 主な出来事・実績
1979年 徳島県立城北高校 高校卒業
1983年 早稲田大学・富士通 大学卒業、富士通株式会社入社
1983~1989年 富士通サッカー部 JSL2部で選手として活動
1989~1993年 エリースFC 選手として活動
1993~1996年 富士通サッカー部 コーチを経て監督に就任
1999~2007年 FC東京・日本代表育成世代 育成部門や世代別日本代表の指導を担当
2006年 U-16日本代表 AFC U-17選手権優勝
2008~2010年 FC東京 トップチーム監督、2009年ナビスコカップ優勝
2012~2014年 ヴァンフォーレ甲府 2012年J2優勝、J1昇格
2016年 FC東京 トップチーム監督
2017年 日本サッカー協会 関東地域統括ユースダイレクターなどを担当
2018~2021年 サンフレッチェ広島 トップチーム監督
2022年6月~2026年10月 東京ヴェルディ 2023年にJ1昇格、2024年J1リーグ6位
2026年10月5日 東京ヴェルディ 監督契約解除

この年表から分かるのは、城福氏の指導歴がトップチーム監督だけに限定されていないことです。

FC東京で育成部門を担当

1999年、城福氏はFC東京の育成普及部長に就任しました。その後、2000年から2006年にかけて育成部門を担当しています。

この時期には、U-14日本選抜やU-15、U-16日本代表など、年代別の代表チームでも指導経験を積みました。

2006年にはU-16日本代表を率いてAFC U-17選手権で優勝。翌2007年にはU-17日本代表監督としてFIFA U-17ワールドカップに出場しています。

育成年代で国際大会を経験したことは、城福氏の指導者キャリアにおける大きな実績です。個人の能力を伸ばすだけでなく、年代や所属クラブが異なる選手を短期間でまとめる経験も重ねました。

トップチーム監督としての本格的な活動

2008年にはFC東京のトップチーム監督に就任。2009年にはJリーグヤマザキナビスコカップを制し、2010年にはスルガ銀行チャンピオンシップでも優勝しました。

2012年から2014年まではヴァンフォーレ甲府を指揮。就任初年度の2012年にJ2リーグ優勝を果たし、クラブのJ1昇格に貢献しています。

2016年には再びFC東京の監督を務め、2017年には日本サッカー協会で関東地域統括ユースダイレクターやナショナルトレセンコーチなどを担当しました。

2018年から2021年まではサンフレッチェ広島の監督を務め、2022年6月からは東京ヴェルディの監督に就任しています。

クラブの公式プロフィールには、これらの指導歴に加えて、S級・A級ジェネラルライセンスインストラクターとしての活動も記載されています。

【指導者としての実績】城福浩が評価される理由とは?

城福浩氏の実績を整理すると、育成年代でのタイトル獲得、Jリーグのカップ戦優勝、J2優勝、そしてJ1昇格という複数の成果が確認できます。

主なタイトルと注目すべき実績
  • 2006年:U-16日本代表を率いてAFC U-17選手権優勝
  • 2007年:U-17日本代表監督としてFIFA U-17ワールドカップ出場
  • 2009年:FC東京でJリーグヤマザキナビスコカップ優勝
  • 2010年:FC東京でスルガ銀行チャンピオンシップ優勝
  • 2012年:ヴァンフォーレ甲府でJ2リーグ優勝、J1昇格
  • 2023年:東京ヴェルディをJ1昇格プレーオフ優勝に導く
  • 2024年:東京ヴェルディでJ1リーグ6位
東京ヴェルディを16年ぶりのJ1復帰へ導く

城福氏の近年の代表的な仕事として挙げられるのが、東京ヴェルディの再建です。

2022年6月に監督へ就任した当時、東京ヴェルディはJ2で戦っていました。チームの再構築を進めた結果、2023年にはJ2リーグ3位となり、J1昇格プレーオフを勝ち抜いてJ1復帰を果たします。

東京ヴェルディにとっては16年ぶりのJ1復帰でした。クラブが長年抱えていた昇格という課題に対し、城福氏が結果を残したことは大きな実績です。

さらに、2024年のJ1リーグでは6位という成績を残しました。昇格直後のチームがJ1で上位に食い込んだことも、当時の指導体制を評価する材料となっています。

城福浩の指導者としての特徴

城福氏のキャリアを特徴づけるのは、育成とトップチームの両方を知っている点です。

一般的に、年代別代表の指導では選手個人の成長や将来性を見極める能力が求められます。一方、Jリーグのトップチームでは、短期的な試合結果と長期的なチームづくりを同時に進めなければなりません。

城福氏は、この両方を経験してきました。

特に東京ヴェルディのJ1昇格は、育成世代での経験だけでなく、クラブ全体の競争力を引き上げるマネジメントが求められる仕事だったと考えられます。

また、FC東京や甲府、広島など異なる規模や環境のクラブで指揮を執ってきたことも、指導者としての経験値を示す要素です。

【城福敬との兄弟関係】実兄は仙台育英高校サッカー部の元監督

城福浩氏を検索すると、実兄である城福敬(じょうふく・たかし)氏の名前も関連して表示されます。

城福敬氏もサッカー指導者として活動してきた人物で、宮城県の仙台育英高校男子サッカー部で監督を務めていました。

城福敬氏と城福浩氏は実の兄弟

2人が実の兄弟であることは、2014年9月27日付の日刊スポーツの記事でも紹介されています。

同記事は、当時ヴァンフォーレ甲府の監督だった城福浩氏と、仙台育英高校サッカー部の城福敬監督について、城福浩氏が城福敬氏の弟であると説明しています。

したがって、2人は単に同じ名字を持つサッカー関係者ではなく、実際に兄弟関係にある人物です。

城福敬氏は仙台育英高校で指導

城福敬氏は、仙台育英高校男子サッカー部の監督としてチームを率いてきました。

仙台育英学園の公式情報にも、男子サッカー部の監督として城福敬氏の名前が掲載されていた記録があります。

高校サッカーの指導者として活動する兄と、Jリーグのクラブや年代別日本代表を率いてきた弟。異なるカテゴリーでサッカーの指導に携わってきたことが、2人の共通点です。

城福敬氏は現在も仙台育英の監督なのか

ここは情報を整理する必要があります。

仙台育英高校の男子サッカー部では、2025年11月に城福敬氏が監督職を離れたことが公表されています。学校の発表によると、同氏は同月18日以降、顧問団から外れています。

そのため、城福敬氏を現在の仙台育英高校サッカー部監督として紹介するのは正確ではありません。過去に同校の監督を務めた人物として理解する必要があります。

なお、城福浩氏本人の監督実績と、兄の城福敬氏の高校サッカー指導歴は別々の経歴です。兄弟であることを理由に、同じチームや同じ指導実績を共有していたと解釈することはできません。

【2026年現在の活動】東京ヴェルディ退任と次の指導先

2026年10月31日時点で、城福浩氏の活動を考えるうえで最も大きな出来事は、東京ヴェルディとの契約解除です。

東京ヴェルディは2026年10月5日、城福監督との契約を解除したと公式発表しました。

2026年10月5日に東京ヴェルディとの契約解除

クラブの発表によると、契約解除の背景には2026年シーズンの成績不振がありました。

当時の東京ヴェルディは、J1リーグ第8節終了時点で19位。リーグ戦の成績は0勝4分け4敗で、開幕から8試合勝利がありませんでした。

クラブ側は第8節終了時点での順位を重く受け止め、将来を見据えた総合的な判断として契約解除を決定したと説明しています。

城福氏はクラブを通じて、シーズン序盤に勝ち点を積み上げられなかったことへの申し訳なさと、チームづくりの途中で離れることへの無念を表明しました。

東京ヴェルディは10月8日、後任監督として相馬直樹氏の就任を発表しています。

アビスパ福岡からの監督オファー報道

東京ヴェルディ退任後の動向として注目されたのが、アビスパ福岡からの監督就任オファーに関する報道です。

2026年10月11日付のスポニチアネックスは、アビスパ福岡が城福氏に新監督就任のオファーを出したと報じました。

同報道では、福岡が監督交代を検討するなかで、東京ヴェルディをJ1復帰に導いた実績を持つ城福氏を候補に挙げたとされています。

ただし、オファー報道と正式な監督就任は別の事柄です。2026年10月31日時点で、城福氏のアビスパ福岡監督就任を正式に発表したクラブ情報は確認できません。

そのため、現段階では東京ヴェルディ退任後の次の所属先が決まったと断定することはできません。

65歳を迎えたベテラン指導者の次の挑戦

城福氏は2026年3月21日に65歳を迎えました。

これまでのキャリアを振り返ると、企業チームでの選手経験、育成年代の日本代表指導、Jリーグの複数クラブでの監督経験と、幅広い現場を経験してきた指導者です。

東京ヴェルディではJ1昇格という成果を残した一方、2026年シーズンは開幕からの未勝利が続き、途中でチームを離れることになりました。

監督としての評価は、過去のタイトルや昇格実績だけでも、直近の成績だけでも決まりません。クラブの戦力、目標、指導期間、選手編成などを含めて見る必要があります。

今後どのクラブで指導に携わるのか、あるいは別の形でサッカー界に関わるのか。次の公式発表が注目されます。

【プロの結論】城福浩のキャリアから分かる3つの評価ポイント

城福浩氏の経歴を総合すると、単にタイトルを獲得した監督というだけではなく、選手・育成担当・年代別代表監督・Jリーグ監督という複数の立場を経験してきた人物であることが分かります。

1. 選手時代から指導者まで現場経験が一貫している

1983年の富士通サッカー部加入から、1990年代のコーチ・監督就任、FC東京の育成部門、Jリーグのトップチーム監督まで、城福氏のキャリアには一貫してサッカーの現場があります。

特に企業スポーツ時代の選手経験は、プロ化が進んだ現在のJリーグとは異なる環境を知るという意味でも特徴的です。

2. 育成と勝利の両方を経験している

2006年のAFC U-17選手権優勝と、2009年のFC東京でのナビスコカップ優勝は、異なるカテゴリーでの成果です。

若い選手を育てる仕事と、トップチームでタイトルを目指す仕事では、必要な判断やマネジメントが異なります。両方を経験していることは、城福氏の指導歴を評価するうえで重要なポイントです。

3. 昇格実績と直近の成績を分けて考える

2012年のヴァンフォーレ甲府、2023年の東京ヴェルディという2つのJ1昇格実績は、城福氏の代表的な成果です。

一方で、2026年の東京ヴェルディでは開幕8試合未勝利という結果になりました。

監督の能力を評価する際には、過去の成功を過大評価することも、直近の不振だけでキャリア全体を否定することも適切ではありません。

昇格を目指すクラブなのか、J1残留を目指すクラブなのか、あるいは育成を重視するクラブなのか。クラブ側の目標と指導者の経験が合致しているかどうかが、監督人事を考える際の判断基準になります。

城福氏の場合、育成年代の代表指導からJ1クラブの指揮まで経験しているため、その経験をどのようなチームづくりに生かすのかが今後の注目点です。

【城福浩】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:城福浩の生年月日と出身地は?
A1:1961年3月21日生まれで、徳島県徳島市出身です。2026年10月31日現在の年齢は65歳です。

Q2:城福浩は富士通サッカー部に所属していた?
A2:はい。1983年から1989年まで富士通サッカー部に所属していました。当時のチームはJSL2部で、城福氏は富士通株式会社の社員として仕事とサッカーを両立していました。その後、エリースFCでも選手として活動しています。

Q3:城福浩と城福敬は兄弟?
A3:はい。実の兄弟です。城福敬氏は城福浩氏の実兄で、仙台育英高校男子サッカー部の監督を務めていました。なお、2025年11月に同校の監督職を離れています。

Q4:城福浩の主な監督実績は?
A4:FC東京で2009年のナビスコカップ優勝、ヴァンフォーレ甲府で2012年のJ2優勝、東京ヴェルディで2023年のJ1昇格などがあります。また、U-16日本代表を率いた2006年のAFC U-17選手権優勝も代表的な実績です。

Q5:城福浩は2026年現在どこの監督?
A5:2026年10月5日に東京ヴェルディとの契約が解除されています。10月11日にはアビスパ福岡からの監督オファーが報じられましたが、10月31日時点で新たな監督就任の正式発表は確認されていません。

城福浩氏は、1961年3月21日生まれ、徳島県徳島市出身のサッカー指導者です。

1983年に富士通株式会社へ入社し、富士通サッカー部でJSL2部の選手として活動。その後、エリースFCを経て指導者に転身しました。

FC東京では育成部門や年代別日本代表の指導を経験し、2006年にはU-16日本代表でAFC U-17選手権を制覇。トップチームではFC東京、ヴァンフォーレ甲府、サンフレッチェ広島、東京ヴェルディなどを率いてきました。

また、実兄の城福敬氏も仙台育英高校男子サッカー部の監督を務めた指導者であり、兄弟そろってサッカー界に携わってきたことも特徴です。

2026年10月には東京ヴェルディとの契約が解除され、次の活動先が注目されています。福岡からのオファー報道もありましたが、正式な就任発表とは区別する必要があります。

城福浩氏のキャリアを理解するうえで重要なのは、富士通時代の選手経験から育成年代の指導、そしてJリーグでのチームづくりまで、長年にわたってサッカーの現場に携わってきた点です。今後どのような形で指導者としての経験を生かしていくのか、その動向にも引き続き注目が集まります。

主な参照資料:FC東京公式プロフィール、東京ヴェルディ公式発表、日刊スポーツ、スポニチアネックス、仙台育英学園の公表資料。

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水沢 絵理香

美容と健康の記事を10年担当。成分表記と公的機関の資料を確認し、効果を断定しない書き方を徹底しています。

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