佐々木朗希選手が「令和の怪物」と呼ばれる理由を語るうえで欠かせないのが、2022年4月10日のオリックス戦です。
この試合で佐々木選手は、千葉ロッテマリーンズの先発投手として9回を投げ、打者27人を相手に無安打・無四死球・19奪三振という完璧な投球を披露しました。
19奪三振

2022年4月10日・オリックス戦
13人
連続奪三振の新記録
27人
対戦打者数・走者なし
105球
総投球数
6対0
ロッテの勝利
13者連続奪三振は64年ぶりの記録更新
試合では初回2死から三振を奪い始め、5回まで13人連続で打者を三振に仕留めました。
それまでのプロ野球記録は9者連続奪三振。1957年の梶本隆夫投手、1958年の土橋正幸投手が記録していた数字を64年ぶりに更新しました。
さらに、9回を通じて奪った三振は19個。これは野田浩司投手が1995年に記録したプロ野球1試合最多奪三振記録に並ぶ数字です。
史上最年少20歳5か月での完全試合完全試合とは、投手が相手チームの打者全員をアウトにし、安打や四球、死球などによる出塁を一切許さない記録です。
佐々木選手は20歳5か月で達成し、当時のプロ野球最年少記録を更新。1994年の槙原寛己投手以来、28年ぶりの快挙となりました。
この記録は日本野球機構の公式記録にも掲載され、千葉ロッテマリーンズも専用の記念特設サイトを開設しています。
父親の功太さんが亡くなってから11年後に達成した歴史的な記録です。佐々木選手自身が完全試合を父親に捧げたと公式に表明したわけではありませんが、家族の歴史を知るファンにとって、特別な意味を持つ出来事として受け止められています。
【2026年最新情報】ドジャースでの現在と今後の目標
2026年10月31日現在、佐々木朗希選手はロサンゼルス・ドジャースに所属しています。メジャー2年目となった2026年シーズンは、先発ローテーションを経験した一方、シーズン終盤には救援投手としても起用されました。
MLB公式選手データに掲載された2026年レギュラーシーズンの成績は次のとおりです。
| 項目 | 2026年成績 |
|---|---|
| 登板 | 26試合 |
| 先発 | 23試合 |
| 勝敗 | 5勝5敗 |
| 防御率 | 4.49 |
| 投球回 | 122回1/3 |
| 奪三振 | 123 |
| WHIP | 1.32 |
開幕から先発として登板を重ねていましたが、8月下旬に右手中指のマメの影響で負傷者リスト(IL)入りしました。
9月22日(日本時間23日)のパドレス戦で復帰し、1イニングを2安打2奪三振、無失点で投げ切っています。復帰後はポストシーズンを見据えた救援起用に移りました。
2026年ポストシーズンでは救援投手として登板2026年のポストシーズンでは、佐々木選手は3試合に登板。合計3回1/3を投げ、防御率2.70、2奪三振を記録しました。
しかし、ドジャースは10月15日(日本時間16日)のブルワーズとのナ・リーグ優勝決定シリーズ第4戦に敗れ、シリーズ敗退が決定。佐々木選手の2026年シーズンも終了しました。
10月16日の取材では、来季以降はレギュラーシーズンだけでなく、ポストシーズンでも先発として投げられるような実力を身につけたいという意欲を示しています。
2026年は先発としての経験を積みながら、故障からの復帰や救援起用にも対応したシーズンでした。今後の焦点は、年間を通して安定した投球を続け、先発投手としてチームの中心に定着できるかどうかです。
なお、父親の功太さんは2011年の震災で亡くなっているため、2026年現在も存命ということではありません。父親の現在については、故人であることが報道で確認できる事実です。
2025年2月21日の結婚発表も大きな節目に佐々木選手は2025年2月21日、日本時間の深夜に自身のInstagramで一般女性との入籍を発表しました。
ドジャースの帽子を2つ並べた写真を添え、夫婦で力を合わせて新しい生活を築いていくことを報告しています。
翌22日の報道では、会見で結婚を決めた理由について、一緒にいると落ち着き、自分らしくいられると感じたことを説明しました。
妻の氏名や詳細なプロフィールは公表されていません。夫婦のプライベートについても、本人の発表を超える情報は限定的です。
父親を幼い頃に亡くし、母親や兄弟、地元の人々に支えられてきた佐々木選手が、自分自身の家庭を築いたという点でも、2025年の発表は人生の大きな転換点でした。
【プロの結論】佐々木朗希の父親を知るうえで大切な3つの視点
佐々木功太さんについての報道を整理すると、見えてくるのは単に震災で家族を失ったという事実だけではありません。
功太さんは葬儀店で働き、地域の活動にも積極的に参加していた人物でした。周囲から慕われ、3人の息子を育てていた父親の姿が、当時の関係者の証言や佐々木選手本人の言葉から伝わってきます。
このテーマを理解するうえで、押さえておきたいポイントは3つです。
1. 父親の職業と人物像は区別して理解する
葬儀店勤務という職業は日刊ゲンダイの報道で確認できます。一方、勤務先の会社名や具体的な役職は公表されていません。地域での人柄については、日刊スポーツが本人や陸前高田市の関係者の証言を紹介しています。
2. 震災後の成長を母親や地域の支援と切り離さない
佐々木選手の成功は、本人の身体能力や努力だけで説明できるものではありません。母親の支え、兄弟との関係、移住先での生活、野球を続けるための地域の協力など、複数の要素が重なっています。
3. 父親の死を競技成績の理由として単純化しない
震災の経験が佐々木選手の人生観に影響したことは、本人のインタビューから読み取れます。しかし、完全試合やMLBでの活躍を父親の死だけで説明することはできません。競技者としての成長には、本人の努力と周囲の支援、技術的な進歩が関わっています。
「令和の怪物」という呼び名の裏側には、記録だけでは見えない一人の青年の人生があります。父親が地域で築いた人間関係、母親が守った家庭、そして故郷の人々の支援まで含めて見ることで、佐々木朗希という選手の歩みをより深く理解できます。
【佐々木朗希父親】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:佐々木朗希の父親の名前は何ですか?
佐々木功太(ささき・こうた)さんです。日刊スポーツの2020年3月の特集記事では、震災当時37歳だったと紹介されています。
Q2:佐々木朗希の父親の職業は何ですか?
日刊ゲンダイの2019年の記事によると、葬儀店に勤務していました。具体的な勤務先や役職は公表されていません。
Q3:佐々木朗希の父親は現在も存命ですか?
いいえ。功太さんは2011年3月11日の東日本大震災による津波で亡くなっています。当時9歳だった佐々木選手は、父親と祖父母を失いました。
Q4:佐々木朗希の家族構成は?
母親の陽子さんと兄、弟がいます。佐々木選手は3人兄弟の真ん中です。2025年2月21日には一般女性との結婚を発表しました。
Q5:佐々木朗希は父親について語ったことがありますか?
あります。2020年3月の日刊スポーツのインタビューで、父親は誰とでも仲良くし、周囲から愛されていた人物だったと振り返っています。
佐々木朗希選手の父親は、佐々木功太さんです。葬儀店に勤務し、陸前高田市の地域活動にも積極的に関わっていた人物でした。しかし、2011年3月11日の東日本大震災によって37歳で亡くなっています。
震災後、母親の陽子さんと兄弟とともに大船渡市で生活を再建し、野球を続けてきた佐々木選手。2022年には完全試合と13者連続奪三振、1試合19奪三振という歴史的な記録を残し、2025年にはドジャースへの移籍と結婚を経験しました。
2026年はMLBで先発と救援の両方を経験し、来季の先発定着に向けた課題も明確になっています。
父親の功太さんが地域に残した人とのつながり、母親や兄弟の支え、そして本人が積み重ねてきた努力。それらを知ることで、佐々木朗希選手の活躍は単なる野球の記録以上の意味を持って見えてきます。
これからもドジャースでどのような成長を見せるのか。故郷・岩手への思いとともに、世界の舞台で挑戦を続ける佐々木朗希選手の次のシーズンに注目です。
主な参考資料・報道
- 日刊スポーツ「佐々木朗希、当時9歳…震災で亡くした父を語った」(2020年3月11日)
- 日刊ゲンダイ「ロッテ1位・佐々木朗希〈1〉野球経験なしの父が放った本塁打」(2019年11月12日)
- 日刊スポーツ「佐々木朗希が家族を語る」(2025年1月22日)
- 日本野球機構「2022年シーズンの記録の回顧」
- 千葉ロッテマリーンズ「佐々木朗希投手完全試合達成特設サイト」
- MLB公式選手プロフィール・2026年シーズン成績
- 日刊スポーツ、スポニチアネックス(2025年2月の結婚発表報道)
- 中日スポーツ(2026年10月16日のシーズン総括報道)