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【誰が作っている?】箱根駅伝トロフィーの由来と1997年から続く歴史

水沢 絵理香 水沢 絵理香 • 更新: • 公開: • 読了約 15 分
目次
- 制作を担当するのは金指ウッドクラフト: 箱根町畑宿の職人が1997年から歴代トロフィーを制作している。 - 往路優勝校だけに贈られる理由: 箱根町が芦ノ湖の往路ゴールで優勝校をたたえる、地域独自の記念品だから。 - 2026年時点で通算30作品: 第101回大会ではパリ五輪、第102回大会では大谷翔平選手をモチーフにした作品が登場した。

【誰が作っている?】箱根駅伝トロフィーの由来と1997年から続く歴史

箱根駅伝トロフィー

箱根駅伝の往路優勝トロフィーを制作しているのは、神奈川県箱根町畑宿にある金指ウッドクラフトです。

制作の歴史が始まったのは、1997年の第73回大会。箱根町が往路優勝校に箱根寄木細工のトロフィーを贈呈するようになったことがきっかけでした。

制作を長年担当してきたのが、箱根寄木細工の伝統工芸士だった金指勝悦さんです。

金指さんは箱根生まれ、箱根育ちの職人。従来の寄木細工の技術を発展させ、木材を組み合わせた大きな塊そのものを削り出す「無垢の寄木」の技法を確立しました。

この技術があったからこそ、一般的な小箱や装飾品だけでなく、立体的で複雑な形状の駅伝トロフィーも制作できるようになったのです。

日本テレビの箱根駅伝公式サイトに掲載された金指ウッドクラフトへの取材記事でも、1997年から箱根町の依頼で制作していることが紹介されています。

制作を支えてきた金指勝悦さんと後継者への継承

長年続いた制作活動には、大きな転換点がありました。

金指勝悦さんは2022年7月、82歳で亡くなりました。

第99回大会(2023年)のトロフィーは、亡くなる直前まで取り組んでいた作品を、妻のナナさんと3人の弟子たちが完成させたものです。

続く第100回大会(2024年)の作品も、勝悦さんが手掛けた最後の作品として位置づけられています。

そして第101回大会(2025年)からは、甥にあたる金指雲流さんが制作を引き継ぎました。

2025年1月のタウンニュースの取材では、ナナさんが、夫の手が一切入らない作品を新たな体制で作ることへの思いを語っています。

さらに第102回大会(2026年)では、金指雲流さんと3人の弟子による合作が実現しました。

単に制作担当者が交代したのではありません。先代が大切にしてきた無垢作りの技術と、毎年新しい作品を生み出す姿勢を、次の世代が受け継いでいるのです。

【なぜ往路優勝校だけ?】芦ノ湖ゴールと箱根町長賞の関係

箱根駅伝のトロフィーについて、特に多くの人が疑問に感じるのが「なぜ往路優勝校だけに贈られるのか」という点です。

その答えは、トロフィーの位置づけにあります。

これは大会の総合優勝を決めるための賞品ではなく、箱根町が往路優勝校に贈る地域独自の記念トロフィーです。

往路のゴール地点は箱根町の芦ノ湖畔。1月2日、東京から箱根までの過酷な5区間を走り切った選手たちが、最後にたどり着く場所です。

箱根町は、その往路の勝者を地元の伝統工芸品で顕彰しています。

つまり、往路優勝校だけが箱根駅伝で表彰されるという意味ではありません。大会自体には往路優勝、復路優勝、総合優勝など、それぞれの表彰があります。

この寄木細工のトロフィーは、その中でも箱根町が往路優勝校に贈る特別な賞という位置づけです。

箱根町が寄木細工を選んだ意味

箱根町には、江戸時代後期から受け継がれてきた箱根寄木細工があります。

旅人の土産物として発展し、現在では国指定の伝統的工芸品として知られています。

その地元の技術を、全国的な注目を集める箱根駅伝の舞台で披露できることには大きな意味があります。

選手にとっては往路優勝の記念品であり、箱根町にとっては地域文化を全国に伝える象徴でもあるわけです。

トロフィーが芦ノ湖のゴール地点で授与されることも、この地域との結びつきを印象づけています。

【制作工程を解説】9月・10月から始まる寄木細工職人の仕事

箱根駅伝のトロフィーは、既製品の木製カップに模様を貼り付けたものではありません。

金指ウッドクラフトが手掛ける作品は、すべて無垢の寄木細工で制作されています。

ここで重要なのが、箱根寄木細工の2つの代表的な技法です。

- ヅク貼り: 異なる木材を組み合わせて模様を作り、薄く削ったものを箱などの表面に貼る技法。
- 無垢作り: 模様を作った木材の塊を、そのまま加工して立体的な製品にする技法。

駅伝トロフィーに使われるのは後者です。

自然の木の色だけで模様を作る

箱根寄木細工の魅力は、木材が持つ自然な色合いを利用して幾何学模様を作り出すことです。

白っぽい木、黄色みのある木、赤みや茶色の木など、樹種によって色や木目が異なります。

それらを組み合わせることで、色を塗らなくても美しい模様が生まれます。

本間寄木美術館の公式解説でも、寄木文様は天然木の色を生かして作られ、染色や着色を施さないことが特徴として説明されています。

トロフィー完成までの年間スケジュール

金指ウッドクラフトの制作について、日本テレビの取材記事や中川政七商店の職人取材では、構想から完成までの流れが紹介されています。

制作の大まかな流れは次のとおりです。

時期 主な作業 制作上のポイント
1〜8月 テーマ・デザインの構想 その年のニュースや世相を反映
9月ごろ 本格的な制作開始 木材や模様を組み合わせる
9〜10月 加工・成形 無垢の寄木を立体的に仕上げる
11〜12月 最終調整・仕上げ 細部の形状や模様を整える
12月 箱根町へ引き渡し 町長への納品
1月2日 往路優勝校へ贈呈 芦ノ湖のゴールで披露

中川政七商店の2019年の取材では、9〜10月ごろから制作を始め、12月に箱根町へ引き渡す流れが紹介されています。

一方、日本テレビの2023年の取材では、1月から8月ごろまで世相を踏まえた構想を練り、9月ごろから制作するという具体的な準備過程も明かされています。

なぜ毎年デザインを変えられるのか

無垢作りの強みは、完成形の自由度が高いことです。

一般的な木箱の表面に模様を貼るだけでは、立体的な形や細かな造形には限界があります。

しかし、模様を組み合わせた木材の塊そのものを加工すれば、カップ型や塔型など、さまざまな形を表現できます。

金指勝悦さんは設計図に頼らず、頭の中にあるイメージを実際に手を動かしながら形にしていたことも、日本テレビの取材で紹介されています。

毎年異なるモチーフを作品にできるのは、こうした独自の技術と職人の創造力があるからです。

【歴代デザイン・写真】第73回から第102回までの変遷

箱根駅伝トロフィーの大きな特徴は、同じデザインを繰り返さないことです。

金指ウッドクラフトの公式サイトには、1997年から2019年までの歴代作品の写真が掲載されています。

それぞれの作品には、制作した年の社会的な出来事や明るいニュースが反映されています。

印象的な歴代デザイン

2013年ごろ:富士山と逆さ富士

富士山の世界文化遺産登録を記念した作品では、芦ノ湖の水面に映る逆さ富士を表現しました。

第90回大会にちなんで、逆さ富士を90層で表現するという工夫も取り入れられています。

2018年前後:将棋のモチーフ

藤井聡太さんの活躍を背景に、将棋の駒や盤面を取り入れたデザインも登場しました。

職人がその時代の明るいニュースを作品に反映させる姿勢がよく分かる事例です。

第101回大会(2025年):パリ五輪がテーマ

第101回大会のトロフィーは、2024年12月18日に箱根町へ納品されました。

この作品は、パリ五輪が開催された2024年を象徴するデザインです。

制作したのは、金指勝悦さんの甥である金指雲流さん。

塔全体には「切りちがえ桝」を応用した幾何学模様が使われています。直線を組み合わせているにもかかわらず、見る角度や視点によって円が連なっているように見える不思議なデザインです。

台座には5種類の木材を使い、五輪マークを5色で表現しました。

先代の職人が亡くなった後、後継者が初めて本格的に引き継いだ作品という点でも、節目となるトロフィーです。

第102回大会(2026年):大谷翔平選手の二刀流がモチーフ

2026年の第102回大会向けに制作されたトロフィーは、野球をモチーフにした作品です。

着想のきっかけとなったのは、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手。

投打の二刀流でワールドシリーズ連覇に貢献した大谷選手の活躍を、寄木細工で表現しました。

タウンニュースの2026年1月1日付の記事によると、この作品は通算30作目。金指雲流さんと3人の弟子による合作です。

ミズキやクルミなどの木材を使い分け、カップ内部には野球ボールの縫い目を思わせるデザインを採用。

台座の側面には木象嵌の技法で大谷選手の愛犬や七宝柄を表現しています。

先代が築いた無垢作りの技術に、別の工芸技法も組み合わせた意欲的な作品です。

このように、トロフィーは単なる大会記念品ではありません。毎年の社会の動きや文化を、木工芸という形で記録する役割も担っています。

【値段・返還ルール】トロフィーの本当の価値と保管の実態

箱根駅伝のトロフィーについて、もう一つ気になるのが価格と返還ルールです。

テレビで見る機会はあっても、一般の人が購入できる商品ではありません。

箱根駅伝トロフィーの値段・制作費はいくら?

箱根町が金指ウッドクラフトに依頼して制作する特注品であり、一般向けの販売価格は設定されていません。

また、箱根町の公表資料や金指ウッドクラフトの歴代作品紹介には、個別の制作費や契約金額の記載はありません。

そのため、数十万円、数百万円といった金額を確定した価格として紹介することはできません。

価格を考える際には、次の要素を分けて考える必要があります。

- 使用する木材の種類と量
- 寄木の模様を組み合わせる技術
- 無垢材から立体形状を削り出す作業
- 毎年異なるデザインを考える構想時間
- 仕上げや細部の加工に必要な手作業

特に重要なのは、量産品ではないという点です。

同じ形を大量に作るのではなく、その年だけの作品を一から作るため、一般的な木製トロフィーの販売価格とは単純比較できません。

トロフィーは翌年に返還するのか?

ここは誤解されやすいポイントです。

箱根町から贈られる寄木細工のトロフィーは、大学に寄贈される記念品として扱われています。

小田原箱根経済新聞が過去の歴代トロフィー展示企画を紹介した記事では、往路優勝杯は寄贈後、大学から外へ出ることのないものとして紹介されていました。

つまり、毎年同じトロフィーを優勝校間で回す持ち回り方式とは異なり、優勝した大学に作品が残るというのが実態です。

ただし、箱根町の公開資料には、返還期限や返還義務を定めた詳細な規則は掲載されていません。したがって、公式規程としての返還ルールと、大学に所蔵されてきた実態は区別して理解する必要があります。

歴代トロフィーを実際に見られる場所は?

箱根駅伝ミュージアムでは、往路優勝記念トロフィーのレプリカが展示されています。

本物のトロフィーは各大学に寄贈されるため、歴代作品をまとめて見たい場合は、こうした展示施設や制作元の資料が参考になります。

また、箱根町役場では新作完成後に期間限定展示が行われることもあります。

第101回大会向けの作品は、2024年12月に箱根町役場の箱根物産コーナーで展示されました。

歴代の写真を見比べたい場合は、金指ウッドクラフトの公式サイトにある「箱根駅伝往路優勝トロフィー」の作品紹介が参考になります。

【箱根駅伝トロフィー】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:箱根駅伝の往路優勝トロフィーは誰が作っていますか?

金指ウッドクラフトが制作しています。箱根町畑宿の工房で、1997年の第73回大会から制作を担当してきました。現在は金指雲流さんと弟子たちが技術を受け継いでいます。

Q2:箱根駅伝のトロフィーはなぜ寄木細工なのですか?

箱根町の伝統的工芸品である箱根寄木細工を、全国的に注目される箱根駅伝の舞台で紹介する意味があります。自然の木の色だけで模様を作り、無垢材から立体的な形を削り出せることも、トロフィーに採用されている理由の一つです。

Q3:箱根駅伝のトロフィーは返還する必要がありますか?

箱根町から往路優勝校に贈られる寄木細工のトロフィーは、大学に寄贈される記念品として扱われています。歴代作品も大学側に所蔵されてきました。翌年に返す持ち回り式の優勝杯とは性格が異なります。

箱根駅伝の往路優勝トロフィーは、1997年の第73回大会から続く箱根町の特別な贈呈品です。箱根町畑宿の金指ウッドクラフトが制作し、伝統的な箱根寄木細工の無垢作りによって、毎年異なる一点ものを生み出してきました。

2025年の第101回大会ではパリ五輪、2026年の第102回大会では大谷翔平選手の二刀流がテーマになりました。先代の金指勝悦さんが築いた技術は、甥の金指雲流さんと弟子たちへと受け継がれています。

このトロフィーを理解するうえで大切なのは、次の3点です。

- 競技の記念品であること: 芦ノ湖で往路を制した大学に贈られる箱根町の地域賞。
- 伝統工芸の作品であること: 天然木の色合いと無垢作りの技術が生み出す一点もの。
- 時代を記録する作品であること: その年の出来事や世相がデザインに反映される。

選手たちが芦ノ湖で掲げるトロフィーには、5区間を走り抜いた選手たちの努力だけでなく、長い時間をかけて作品を完成させた職人たちの仕事も刻まれています。

2027年以降も、この伝統がどのようなデザインで受け継がれていくのか。箱根駅伝を観戦する際には、ぜひ往路優勝の瞬間だけでなく、その手に掲げられる寄木細工のトロフィーにも注目してみてください。

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水沢 絵理香

美容と健康の記事を10年担当。成分表記と公的機関の資料を確認し、効果を断定しない書き方を徹底しています。

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