2026年11月1日現在、スピードスケート界のレジェンド・高木美帆さんは、現役選手としての競技生活に幕を下ろし、講演会やテレビ出演、社会貢献活動、ファン交流イベントなど、新しい活動を始めています。2026年4月6日には東京都内で引退会見を開き、ミラノ・コルティナ冬季五輪で獲得した3個を含め、オリンピック通算10個のメダルを獲得したキャリアに一区切りをつけました。
一方、引退後の進路は最初から決まっていたわけではありません。本人は今後について、脳や体、人の健康などに関心を示しながら、自分に合う道を探していく考えを明かしています。2026年10月には北海道での記念講演、能登半島での復興支援、長野でのファン交流会、国立成育医療研究センターへの訪問など、活動の幅が広がっています。
【2026年11月最新】高木美帆の現在は?引退後の仕事と活動状況

高木美帆さんは2026年3月の世界オールラウンド選手権を最後に、スピードスケート選手としての現役生活を終えました。4月6日に東京都内で引退会見を開き、改めて競技生活からの引退を表明しています。
ただし、引退後に活動を休止したわけではありません。公式サイトの2026年10月までの活動記録を見ると、講演会、地域イベント、社会貢献活動、医療施設への訪問など、競技以外の仕事に積極的に取り組んでいます。
特に注目したいのは、引退後の活動が単なるメディア出演やゲスト登壇だけにとどまっていないことです。自身の競技経験を社会に還元する取り組みや、健康に関する関心を生かした活動にも参加しています。
5月14日の日刊スポーツの取材では、現在の生活について、東京と北海道・幕別町の2拠点を中心に過ごしていると説明。競技生活から離れたことで、地元で過ごす時間の意味にも新たな発見があったと語っています。
また、指導者への転身や大学院進学などについても、すぐに決めるのではなく、自分に合う道を探していきたいという姿勢を示しました。興味の対象として挙げているのは、体の仕組み、思考や脳、人の健康などです。
つまり、2026年11月現在の高木美帆さんは、引退後の第二のキャリアを具体的な活動に移しながら、長期的な進路を探索している段階にあります。
【引退理由を解説】高木美帆はなぜ2026年4月に現役引退を決めた?
高木美帆さんが引退を決めた背景には、競技成績だけでは説明できない、本人の内面的な変化がありました。
最初に引退の意向を明らかにしたのは、2026年3月4日です。自身のSNSを通じて、オランダで開催される世界オールラウンド選手権をスケート人生の一区切りにする考えを発表しました。
その後、3月8日、9日に開催された世界選手権では総合3位。最後の国際大会を終え、4月6日に正式な引退会見を開きました。
日本オリンピック委員会(JOC)が伝えた引退会見で、高木さんは、近年思うような成績やタイムを残せなかったことに触れながら、自分をさらに押し上げていこうという情熱が少しずつ薄れていると感じていたことを説明しています。
そのうえで、「今が退くタイミングだと受け入れられた」という趣旨の発言をしました。
ここで重要なのは、ミラノ・コルティナ五輪の1500mで6位だったことだけを引退理由に結び付けないことです。3月10日の帰国時の取材では、五輪の結果を踏まえて引退を決めたわけではないとも説明しています。
長年にわたって高い水準を求め続け、自分自身の理想と向き合ってきた選手だからこそ、記録や順位だけでなく、競技に向き合う気持ちの変化を決断の基準にしたと考えられます。
引退は成績不振による突然の撤退ではなく、自分の競技人生をどう終えるかを考えた末の選択だったという点が、今回の決断を理解するうえで重要です。
なお、4月の会見では今後の進路についても未定と説明。脳や体など、自分が関心を持っている分野で知識やノウハウを広める活動ができれば面白いという考えを示しました。
【プロフィール・経歴】高木美帆の年齢は32歳!五輪10個のメダルと世界選手権の実績
高木美帆さんは1994年5月22日生まれ。2026年11月1日現在、32歳です。北海道中川郡幕別町出身で、5歳からスピードスケートを始めました。
15歳で2010年バンクーバー冬季五輪の日本代表に選出され、当時の日本スピードスケート界で注目を集めました。その後、平昌、北京、ミラノ・コルティナと4大会連続で冬季五輪に出場しています。
日本女子のオリンピック通算メダル数で最多となる10個を獲得したことは、競技史に残る大記録です。
以下に、公式プロフィールやJOCの大会記録をもとに、主な経歴を整理しました。
| 時期・項目 | 出来事・実績 | 主な記録 |
|---|---|---|
| 1994年5月22日 | 北海道幕別町生まれ | 2026年現在32歳 |
| 5歳 | スピードスケートを始める | 幼少期から複数のスポーツを経験 |
| 2010年 | バンクーバー冬季五輪 | 15歳で初出場 |
| 2018年 | 平昌冬季五輪 | 団体パシュート金、1500m銀、1000m銅 |
| 2018年 | 世界オールラウンド選手権 | 日本人初の総合優勝 |
| 2020年 | 世界スプリント選手権 | 総合優勝 |
| 2022年 | 北京冬季五輪 | 1000m金、500m・1500m・団体パシュート銀 |
| 2026年2月 | ミラノ・コルティナ冬季五輪 | 500m・1000m・団体パシュート銅 |
| 2026年3月 | 世界オールラウンド選手権 | 総合3位、現役最後の大会 |
| 2026年4月6日 | 現役引退会見 | 競技生活からの引退を正式表明 |
出典:髙木美帆公式プロフィール、日本オリンピック委員会の競技記録、引退会見資料。
特筆すべきは、五輪のメダルが金2個、銀4個、銅4個の合計10個という内訳です。
2018年平昌大会では団体パシュートで金メダルを獲得し、1500mで銀、1000mで銅を獲得。2022年北京大会では1000mで個人種目初の五輪金メダルを獲得し、さらに3個の銀メダルを加えました。
そして2026年ミラノ・コルティナ大会では、500m、1000m、女子団体パシュートで銅メダルを獲得。4大会にわたる挑戦を通じて、通算10個に到達しました。
また、世界オールラウンド選手権で2018年に日本人初の総合優勝を達成したことも見逃せません。オールラウンドは複数の距離を滑り、その総合力を競う競技です。特定の距離だけに特化せず、幅広い種目で結果を残してきた高木さんの競技スタイルを象徴する実績といえます。
2019年には女子1500mで1分49秒83の世界記録を樹立。短距離から中長距離まで対応できる選手として、国際的にも高い評価を受けてきました。
【引退後の活動】高木美帆の現在の仕事は講演・社会貢献・イベント出演
引退後の高木美帆さんの活動を理解するうえで、2026年10月の公式サイト更新は重要な手掛かりです。
現在の仕事は、講演会やトークイベントへの登壇、社会貢献プロジェクト、医療施設への訪問など多方面に広がっています。競技者として培った経験や知識を、スポーツ以外の場所でも生かそうとしていることが分かります。
1.大地みらい信用金庫110周年記念講演
2026年10月15日、本人の公式サイトに北海道での講演活動についての報告が掲載されました。
実際の講演は9月14日に中標津、10月14日に根室で開催され、大地みらい信用金庫の依頼によるものです。
演題は「Everything is possible〜スケート人生の軌跡〜」。これまで企業や学校、スポーツチーム向けの講演経験はあったものの、一般の人を対象にした単独講演は初めてだったと本人が説明しています。
講演では、スケート人生を通じて学んだことや大切にしてきたもの、オリンピックの経験などを紹介。地域の特性に合わせて話す内容も調整したそうです。
単にメダリストとして成功体験を語るのではなく、幅広い年代の参加者に向けて自分の経験を伝えようとする姿勢がうかがえます。
2.能登半島・珠洲市での復興支援活動
10月10日に公式サイトで公開された「SUPPORT for SUZU」も、引退後の活動を象徴する取り組みです。
これはJOCソーシャルアクションの一環として実施されたプロジェクトで、高木さん自身の「能登の知り合いに会いに行きたい」という思いから始まったといいます。
本人の報告によると、健康に関わる取り組みを選び、スポーツイベントが子ども向けに偏りがちな中で、高齢者に向けた活動にも挑戦したいと考えたそうです。
企画段階から打ち合わせを重ね、イベントの内容を自分たちで組み立てたことも特徴です。現役時代は時間的な制約から取り組めなかった企画・運営にも、引退後は主体的に関わっています。
また、現地を訪れて復興の状況を見た経験から、知らなければ何もできないため、まず知ること、そして外へ発信することも考えていきたいという思いを記しています。
3.国立成育医療研究センターへの訪問
2026年10月27日には、公式サイトの活動記録として国立成育医療研究センターへの訪問を報告しました。
施設の役割や研究活動について説明を受け、NICUなども見学。子どもや家族、医療従事者が日々向き合っている現実を知り、生命の尊さを改めて感じたと振り返っています。
本人は、医療従事者ではない自分に何ができるのかという無力感にも触れながら、応援や励ましが必要なのは医療従事者も同じなのではないかと考えたことを記しました。
今後も必要とされる場所があれば、時間の許す限り何か行動を起こしたいという考えも示しています。
これらの活動を見ると、高木さんが引退後に関心を寄せているのは、競技の技術指導だけではないことが分かります。健康、医療、地域社会、人の心と体など、これまでの経験を起点に関心領域を広げている段階です。
【テレビ出演・ファン交流会】2026年10月の最新活動をチェック
高木美帆さんは引退後、テレビ番組にも出演しています。2026年10月末には、本人の公式サイトで複数の出演情報が告知されました。
テレビ出演の主な動き
10月23日から25日にかけて放送されたNHK BS「全日本スピードスケート距離別選手権大会」では、VTR出演が告知されました。
さらに10月30日には、TBS系「S☆1」へのスタジオ生出演が公式サイトで発表されています。放送は11月1日午前0時から0時58分までの予定で、JOCソーシャルアクションの取り組みに密着した内容も紹介されると案内されていました。
また、7月にはフジテレビ系「さんまのまんま 真夏のおしゃべり祭り」への出演情報も公式サイトに掲載されています。
こうした出演実績から、引退後もスポーツ界の経験者としてテレビで紹介される機会が続いていることが分かります。ただし、2026年11月現在、レギュラー番組や専属キャスターへの就任が発表されたわけではありません。現段階では、個別の番組や企画への出演と捉えるのが適切です。
10月25日には長野でファン交流会
10月の活動で特に注目されたのが、25日に長野市のエムウェーブで行われたファン交流会です。
十勝毎日新聞は10月26日付の記事で、高木さんがスピードスケート大会後のイベントに参加したことを報道しました。
会場では佐藤綾乃さんやヨハン・デ・ヴィットコーチとともに姿を見せ、ファンへの感謝を伝えました。報道写真には、ミラノ・コルティナ五輪で獲得した銅メダルを披露する様子や、ファンから花束を受け取る場面も掲載されています。
また、姉の高木菜那さんとの軽妙なトークも取り上げられました。北京大会やミラノ・コルティナ大会でともに戦ったチームパシュートの仲間たちによる滑走も披露され、競技生活を支えた人々とファンが交流する機会となりました。
このイベントは、引退後もスケート界とのつながりが続いていることを示す出来事です。選手としてリンクに立つ姿は見られなくなりましたが、競技を通じて築いた人間関係やファンとの交流は続いています。
11月以降のイベントにも注目
10月29日には、11月10日に横浜市開港記念会館で開催予定の読書イベントについても報道されました。
企画名は「『高木美帆』をつくった本の話」。トップアスリートとしての経験を交えながら、本の力や困難を乗り越える際に支えとなった本について語る予定です。
参加対象は市内在住・在勤・在学の15歳から25歳までで、本人に直接質問できる時間も予定されています。
テレビ出演だけでなく、講演や読書イベントなど、競技とは異なるテーマで人々と交流する機会が増えている点も、引退後の変化といえます。
【高木菜那・佐藤綾乃・ヨハンコーチ】引退後も続く仲間との関係
高木美帆さんの競技人生を語るうえで欠かせないのが、姉の高木菜那さん、チームメートの佐藤綾乃さん、そして長年指導を受けたヨハン・デ・ヴィットコーチです。
高木菜那さんは2歳年上の実姉
高木菜那さんは1992年7月2日生まれで、美帆さんより約2歳年上です。姉妹ともに北海道幕別町出身で、スピードスケートの日本代表として活躍しました。
菜那さんは2018年平昌五輪で女子団体パシュートとマススタートの2種目で金メダルを獲得。妹の美帆さんも団体パシュートで金メダルを獲得し、同じ大会で姉妹が活躍しました。
菜那さんは2022年4月に現役を引退。現在はテレビ出演や講演などを中心に活動しています。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪でも、姉妹の交流は話題になりました。競技後に菜那さんが美帆さんを抱きしめる場面は、多くのメディアで取り上げられています。
10月25日のファン交流会でも姉妹のトークが報じられており、競技者としての関係から、互いの活動を応援する関係へと歩みを進めていることがうかがえます。
佐藤綾乃さんは団体パシュートを支えた仲間
佐藤綾乃さんは、平昌、北京、ミラノ・コルティナの各大会で日本女子チームを支えたスピードスケート選手です。
北京五輪後、高木さんは日本スケート連盟のナショナルチームを離れ、ヨハンコーチとともに独自のトレーニング体制を築きました。その後、佐藤さんもTeam Goldに加わり、互いに刺激を受けながら競技力を高めてきました。
2026年10月のファン交流会でも2人が一緒に登場しており、引退後も競技仲間との関係が続いていることが分かります。
ヨハン・デ・ヴィットコーチは長年の指導者
ヨハン・デ・ヴィット(Johan de Wit)氏はオランダ出身のスピードスケート指導者です。2015年から日本スケート連盟のナショナルチームを指導し、高木さんの成長を支えてきました。
北京五輪後、高木さんが新たな挑戦として選んだのが、ヨハンコーチとともに活動するTeam Goldです。日本代表チームという従来の枠組みから離れ、海外選手も含めた環境で練習する体制を築きました。
国際スケート連盟の選手情報でも、ヨハンコーチは高木さんの競技人生に最も大きな影響を与えた人物として紹介されています。
2026年3月の最後の大会を終えた後も、長年の指導者との関係は続いており、10月25日のファン交流会では一緒に姿を見せました。
高木さんの引退は競技生活の終わりであって、スケートを通じて築いた人間関係まで終わることを意味するものではありません。
所属先はTOKIOインカラミ
高木さんは2023年4月17日から、イフイング株式会社と所属契約を結び、TOKIOインカラミスケート部のスピードスケート部門に所属してきました。
JOCの2026年2月時点のプロフィールにも、勤務先・所属先としてイフイング株式会社/TOKIOインカラミと記載されています。
ただし、これは競技時代の所属情報であり、引退後の具体的な役職や専任業務まで公表されたという意味ではありません。現在の仕事を把握する際は、所属表記と実際の活動内容を分けて見る必要があります。
【高木美帆現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:高木美帆は2026年現在、現役を引退していますか?
A1:はい。2026年3月の世界オールラウンド選手権を最後の大会とし、4月6日に東京都内で引退会見を開いて正式に現役引退を表明しました。
Q2:高木美帆の引退理由は何ですか?
A2:競技に向かう情熱が少しずつ薄れてきたことや、自分をさらに押し上げていくパッションの変化が主な理由です。五輪の1500mで6位だったことだけが直接の理由ではありません。
Q3:高木美帆は引退後、何の仕事をしていますか?
A3:講演会、テレビ出演、トークイベント、JOCソーシャルアクション、地域の社会貢献活動などに取り組んでいます。2026年10月には北海道での講演や能登半島の復興支援、医療施設への訪問などを行いました。
Q4:高木美帆は今後、スケートの指導者になりますか?
A4:2026年11月現在、指導者への転身は正式発表されていません。本人は体や脳、健康などに関心を示しており、自分に合う進路を探索していく考えを明らかにしています。
Q5:高木美帆のオリンピック通算メダル数は何個ですか?
A5:通算10個です。内訳は金2個、銀4個、銅4個。2018年平昌、2022年北京、2026年ミラノ・コルティナの3大会でメダルを獲得しました。
Q6:高木美帆は2026年10月にファン交流会を開催しましたか?
A6:10月25日に長野市のエムウェーブでファン交流会に参加しました。佐藤綾乃さんやヨハンコーチらとの交流に加え、姉の高木菜那さんとのトークも報じられています。
高木美帆さんは2026年4月に現役引退を正式に発表し、オリンピック通算10個のメダルという輝かしい実績を残して競技生活に区切りをつけました。
引退理由は、単なる成績や年齢の問題ではなく、自分自身の競技への情熱と向き合った末の決断でした。最後の大会となった世界オールラウンド選手権でも総合3位に入り、最後まで世界トップレベルの実力を示しています。
引退後は、講演会、テレビ出演、ファン交流会、能登の復興支援、医療施設への訪問など、活動の幅を広げています。10月の公式発信を見ると、競技経験を社会に還元しようとする姿勢が特に際立っています。
【プロの結論】
高木美帆さんの現在を正しく理解するための判断基準は、「現役引退」と「スケート界からの引退」を混同しないことです。競技者としてのキャリアは終了しましたが、スケートを通じて培った経験や人脈は、講演や社会貢献、メディア出演など新しい活動に生かされています。
また、引退後の仕事についても、すでに講演活動などの実績がある一方、大学院進学や指導者への転身、特定の職業への就任が決まったわけではありません。本人が語っているように、今は新しい世界を知り、自分に合った道を見つけていく段階です。
日本女子最多の五輪10メダルを獲得したアスリートが、これから何を学び、どのような形で社会と関わっていくのか。2026年11月以降も、講演活動やテレビ出演、社会貢献プロジェクト、そして本人が選ぶ新しい進路に注目が集まりそうです。
主な確認資料: 髙木美帆公式サイト、日本オリンピック委員会(JOC)、国際スケート連盟、十勝毎日新聞、日刊スポーツ、TBS NEWS DIG。